« 時事エッセー・旧暦表現 | トップページ | 時事エッセー・戦後60年、歪められた自画像 »

2006年12月22日 (金)

時事エッセー・硫黄島

 43回目のブログです。

 いよいよ、あと一週間とすこしで、波瀾の平成18年の幕を閉じることになりま
す。この一年間は、社会的にも政治的にも、深刻に、真剣に考えさせられる場
面が数多くありました。これは、わたしだけが感じたことではなく、おそらく、全て
の国民(もちろん、非人間的な、為にする一部のイデオロギストは別でしょう)が
感じたのではないでしょうか。

 数多くのなかから、今年後半に上演された映画について述べてみたいと思い
ます。

 大東亜戦争(第二次世界大戦)末期の硫黄島での戦闘をテーマにした映画で
すが、アメリカ側の視点から描かれた「父親たちの星条旗」と、わが日本側から
描かれた「硫黄島からの手紙」です。いずれもクリント・イーストウッド監督の作品
であり、「硫黄島からの手紙」の主演は渡辺謙です。
 この「硫黄島からの手紙」は、先日、アメリカ映画批評会議賞の作品賞に輝くと
ともに、さらに各賞を受賞するのではないかと期待されています。

 硫黄島の戦闘は、日米双方とも、死力をつくして戦ったものであり、特に、わが
日本軍の強烈な守りは、涙なくして観ることはできません。日本軍の闘いは、硫
黄島の守りを1日でも永くし、本土への攻撃を遅らせようとする、決死の崇高な
ものであったと言えます。

 ところが、わたし達は、大東亜戦争のこと、ましてや硫黄島のことなど、とっく
に忘れ去っています。はたして忘却の彼方に置いたままで良いのでしょうか。今、
この映画を通じて、強烈な反省を強いられているように思います。

 私も、子供のころ、“硫黄島(いおうとう・いおうじま)”の話を何度も聞いた記憶
はありますが、以後はついぞ耳にしたことがありませんし、いわゆる歴史教育
(社会科の一環)においても、触れられた記憶はありません。

 今月13日、テレビで、独立総合研究所の青山繁晴氏が硫黄島に赴かれ、取
材と慰霊をされたことが放映されていました。灼熱の防空壕での、長期間の戦
闘は、おそらく、想像を絶するものだったであろうと思わずにおられないほどの
驚きと、ある種の寂寥感を画面に漂わせていました。

 青山氏は、ここで、涙ながらに、現在の国民に覚醒を促していました。硫黄島で
戦った人は、後世の日本が立派な国として存在してほしいと、命の限り戦った
にもかかわらず、今のわが国の惨状は意に反することではないのか。親が子を
殺し、子が親を殺すなどの風潮は、これは、どう考えても、亡くなった英霊の遺志
にそむくのではないか。精神の緩み、心の歪みについてもっと真剣に考え直さ
なければならない。……と。

 さらに、重大なことを指摘しました。この映画では全く触れられていないことで
すが、現在の滑走路の下に、数多の英霊の遺骨が眠っているとのことです。
アメリカは、遺骨を丁寧に片付けることなく、遺骨の上に滑走路を造ったのです。
何という残酷なことでしょうか。今からでも遅くはない。わが国は、わが政府は、
速やかに遺骨収拾に向かうべきでしょう。そういうことを行わずして、国家と言
えますか、国民と言えるのでしょうか。このようなことを放置してきた、腐った精
神が、今の堕落と強欲と混沌の世相に繋がってきていることを認識しなければ
ならないと考えます。

 それにしても、青山繁晴氏は熱い心の持ち主ですね。慰霊に関しても、拉致
問題に関しても、心熱く、目に涙を湛え、同じ国民としての共感を持とうではな
いかと、強く視聴者に訴えています。誠に頭が下がりますし、心から尊敬します。

 ところで、わが国のメディアは、戦争は邪悪で避けるべきものであるにもかか
わらず、時の悪辣な指導者により、国民が常に被害者になると言います。しかし、
このような浅薄で誤った認識をいくら重ねても、戦争の持つ本質と多面性を理解
することはできません。

 その意味で、この映画のイーストウッド監督が語る次の言葉は含蓄があります。

 “日本の若者たちがあまりにもあの戦争について無知なことに驚いた。学校で
教えられていない。「硫黄島からの手紙」に出演した日本人俳優たちは一人とし
て硫黄島戦についての知識がなかった。
私はこの戦いを語り継ぐことは日本に
とって大切だと思う。なぜならば、彼等は祖国のために究極の犠牲的精神を体
言した人々であるからだ。
そして、これは、日本人にとってだけの話ではない。
戦争というものが最高に愚かな行為であり、平和な世界ではとびきり優しく人懐
っこい人たちも、状況が変われば互いに殺しあわなければならないという現実を
理解することが重要なんだ。”(WEBより)

 わが国の、メディア・文化人・官僚・政治家・教授・教師・市民運動家などで常に
唱えられる、「戦争は悪、平和は善」という、思考停止した単純標語の、如何に浅
薄で、いかに空疎か、このイーストウッドの言葉と比較すれば、一目瞭然となるの
ではないでしょうか。
 含蓄ある素晴らしい語り、これを読む限り、イーストウッドは、人間の尊厳に心
より共感をしめす、
大した人物だと思います。

 みなさんはどのように考えられますか

次回は
時事エッセー
です。

|

« 時事エッセー・旧暦表現 | トップページ | 時事エッセー・戦後60年、歪められた自画像 »

コメント

hiromichit1013さんへ

硫黄島の映画についての感想を記しましたが、考えさせられるものが、多々ありました。
悲劇のなかに真の文学があると言いますが、それにしても、辛い戦争だったと思います。
コメントに感謝申しあげます。
来年のご多幸をお祈りします。

投稿: のんちゃん | 2006年12月31日 (日) 23時55分

 「硫黄島」評判がいいみたいですが、私は未だ見ていません。
 硫黄島は、悲劇の島で、見るに忍びない気持ちが強いです。
 英霊の島で慰霊祭が催されていますが、未だに遺骨が発見され続けています。合掌!南無…。
 来年が良い年でありますように祈念申し上げます。

投稿: hiromichit1013 | 2006年12月27日 (水) 11時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166202/13085355

この記事へのトラックバック一覧です: 時事エッセー・硫黄島:

« 時事エッセー・旧暦表現 | トップページ | 時事エッセー・戦後60年、歪められた自画像 »