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2007年7月 6日 (金)

『俺は、君のためにこそ死ににいく』!

 71回目のブログです。

 先週のブログでは、汚い金のやりとり、良識を失った卑しい精神、大陸・半島へ
のマゾ的心理、藩屏意識のない堕落したリーダーを象徴するような、朝鮮総連
事件における、胡散臭さ紛々の反日日本人についての私の考えを述べました。
この事件には、まだまだ裏がありそうですが、全体の解明を期待したいところです。
それにしても、世の中は急速に腐ってきているように思えますがいかがでしょう。

 先日、観よう観ようと思っていた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』を観に
いきました。5月12日よりロードショーされていた訳ですから、今ごろ観に行くのは、
少々、社会のテンポに遅れをとり始めた証拠かも知れません。それでも、映画は
いいですね。やはり、映画館の大型スクリーンで観るのは、TVで観るのと迫力が
異なります。音響の立体的豊かさを含めると、その臨場感は、何物にも優るのでは
ないでしょうか。

 「俺は、君のためにこそ死ににいく」は、大東亜戦争末期に特攻隊員として鹿児
島県知覧町から飛び立っていった若き兵士たちの青春群像を、その只中で見守り
つづけた食堂「富屋」店主・鳥濱トメさんの目を通して描いたものです。製作総指揮
脚本・石原慎太郎、監督・新城卓、主演・岸恵子徳重聡窪塚洋介筒井道隆
によるものであり、なかなか見ごたえがあります。素晴らしい映画となっています。

 特攻隊と言えば、わたし達は、太平洋戦争での唾棄すべき作戦、非人間的な
やり方であり、発案した大西中将はもちろんのこと、指揮官も特攻隊員もバカで
あり、特に特攻隊員の死は無駄死にであったと教えられてきました。小・中・高・
大学の時は先生から、社会人になってからはマスメディアやいわゆる文化人から、
特攻隊への罵倒をたびたび聞かされてきました。

 しかしながら、よくよく考えてみれば、“公のための、覚悟の上の厳粛な死”
対して、罵倒する資格のある人がどこにいるのでしょうか。そのような人は、人間性
と感受性を喪失した、人間の屑というべきでしょう。
今、靖国の問題などで、日本人の精神が問われている時、この映画に描かれた、
特攻の時代背景とその人たちの心に思いを馳せることは、非常に有意義なことと
考えます。

 脚本・製作総指揮の石原慎太郎氏の言葉

   “特攻隊員から母のように慕われた鳥濱トメさん。
    彼女に聞かせてもらった隊員たちの真実の声。
    過酷な時代を生きた、美しい日本人の姿を残しておきたい。”

   “戦争という過酷な時代にあっても、それぞれが愛した者たちのために
    迷わず、あるいは迷いつつ、苦しみつつも敢えて自ら死んでいった
    若者たちの鎮魂のために、現代のそれよりもはるかに美しく、はるかに
    濃い密度の彼らの青春の賛歌でもあります。”

 監督・新城卓氏(沖縄出身)の言葉

   “特攻隊を描いた映画っていうのは<哀れさ>だけではない、
    (残された)肉親に対しての情があると思うんです。彼らが特攻隊
    に志願したのは、御国のためというよりは、親や家族のためだった
    んじゃないかな。僕としては沖縄の近海に散っていった特攻隊員たち
    に対する鎮魂歌のつもりで今度の映画を作りました。偉そうに言う
    わけじゃないですけど、沖縄130万人の県民を代表して特攻隊の
    英霊に御礼を言いたいというのがテーマなんです

 いわゆる戦争映画には、壮大なスペクタクルー叙事詩―がつきものですが、
この映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」は、叙事詩と言うよりは、石原
慎太郎さんの言葉にあるように、若き特攻隊員の純真な心と気高い精神を、
心からの同情と厳粛な御礼、鎮魂の気持ちを込めて描いた、格調高い叙情詩
と言えるのではないでしょうか。決して、戦争礼賛映画でもなければ、軍国主義
万歳映画でもありません。

 ところが、最近「パッチギ」(ハングル語・頭突きの意)という映画の監督で、TV
などでコメンテーターとして著名な、井筒和幸氏は、この石原氏の映画にかみつき
ました。“翼賛的な映画が多くなってしまっている。ピュアな若者が見たら好戦的な
人物を生んでしまう。戦争の美化はアカン。若者を右へならえさせたいだけ”と。

 井筒監督は、「日本人は政府も含めて、朝鮮問題について長い間全然意識も
せずにいた。当然、朝鮮を植民地にして、分断の根本原因を作ったことにも目を
背けてきた。なのに拉致問題をきっかけに『ある日、平和な日本から人が北に連れ
去られた』という物語を作り上げ、日々それを塗り替え、あげくに国交交渉どころ
か、経済制裁論にまでエスカレートさせてしまった」という、名うての朝鮮心酔派
あり、徹底した反日主義者です。彼の言に従えば、彼の映画は、えげつない喧嘩
のオンパレードですから、ピュアな若者が観れば、喧嘩好きの人間を生んでしまう
ということになります。映画を観たからといって、即座に、その思想や環境に染まる
ものではないでしょう。若者を見下すのもいい加減にしてもらいたいものです。

 左翼的、反日的、イデオロギー主義者は、石原慎太郎と言えば、条件反射的に、
右翼・タカ派・反中・反朝鮮・反米・戦争主義者とレッテルを貼りがちですが、少なく
とも、この映画はイデオロギーを超えた叙情の映画です。薄汚れた色眼鏡で人を
短絡的に判断すべきではありません
。純粋に日本人として、映画を楽しみ、たま
には60数年前の若者の生き様に触れてもいいのではありませんか。

 まだ観られていない方はぜひご覧ください。お薦めします。
 本格的解説DVDも発売されています。
 わたしは、この秋、友人らと知覧を訪れる予定です。みなさんも訪れませんか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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コメント

ソムリエ森山英子さんへ

この秋に友人らと知覧へ行きます。
森山さんがおっしゃるように、わたし自身も「美しい純粋さ」を
確実に失ってきているように思えてなりません。
久間前防衛相のように、なんでも“しょうがない”と諦めが先に
来たのではないかと、今ごろ悔やんでいます。
知覧に行き自分を取り戻そうと思うや切なるものがあります。
その意味で、今から、「ワクワク!!」しています。

投稿: のんちゃん | 2007年7月 9日 (月) 09時29分

知覧には行きました。
たくさんの残った手紙を見て感動しました。
覚悟を決めて、潔く命を捨てる・・・
これほど純粋で美しいものはないと思います。
若い頃このような魂を持った人と
出会いたいなぁ~と思っていました。
気が付いたら、自分自身の「美しい純粋さ」が壊滅状態にあり!!!
恥ずかしい次第です(シクシク)。

投稿: ソムリエ森山英子 | 2007年7月 6日 (金) 20時45分

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