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2007年8月31日 (金)

傲慢(ゴーマン)を排せ!

 79回目のブログです。

 今日で8月(葉月・August)も終わります。それにしても、今年は異常気象のせい
でしょうか、酷暑、猛暑、熱暑の連続で結構滅入ります。9月(長月・September)
になっても、当分この暑さが続くと思われますが、早い秋風の到来を期待したい
ものです。

 いい加減暑いのに加え、更に暑さが加わる現象を目にするようになりました。

 最近の新聞などを見ますと、一面のトップ見出しに、かなりオーバーな表現が
目立ちます。たとえば、たいした事柄でないのに、すぐに「決断した」というような
表現をしようとします。これらは一般的には、「決定した」でよいのではないで
しょうか。本来、『決断』とは、時代を大きく左右することに対して使われるべき
用語であり、決断という言葉の安売りをすべきではありません。言論に携わる
人は、日本語の使い方に気を使って欲しいものです。

 さらに、たとえば夕刊紙の夕刊ゲンダイや夕刊フジはひどいですね。都会の駅
スタンドでの販売ですから、奇を衒わざるを得ないのでしょうが、一面トップ見出し
で、安倍首相の場合は、「安倍」の文字は3段の大文字で表わし、「首相」の文字
はほんの小さく付け足した表現をしています。小沢代表に対しても同じですから、
ほとんど、呼び捨てと言っても言い過ぎではないでしょう。

 夕刊ゲンダイは一流出版社の講談社、夕刊フジは全国紙産経新聞社系で発行
されており、いわゆる一流メディアのものです。それにしては、一国の総理大臣や
大政党党首を、実質的に呼び捨てにするのは、傲慢そのものと言えるのではない
でしょうか。たとえ対象人物を批判的に報道する場合でも、表現には『節度』という
ものがあるはずです。夕刊ゲンダイのデスクにしても、夕刊フジのデスクにしても、
自社の社長や上司を呼び捨てにはしないでしょう。

 わたしは、報道記者(通信記者・新聞記者・TV報道記者・雑誌記者)が、時の
首相や大臣や党首などを呼び捨てにす
のを、以前よく耳にし、非常な違和感を
覚えたことが、度々ありました。報道記者は、自分の方が首相よりは偉い、あるい
は権力があると錯覚しているとしか思えません。もしも錯覚ならば、まだ目が覚め
る可能性が残っていますが…。そんな傲慢で夜郎自大な記者に、姿勢を改め、
品位ある表現を期待したいのですが、これは、八百屋で魚を求めるのと同じことで
しょうか。わたしは友人に報道記者が大勢いますが、彼らは極めて普通の表現を
していますから、紙面の異常さが、どうしても気になります。
 
 これらは、メディアだけではありません。政治家にもあります。まあ、質的には、
記者も政治家も同じと言えます。

 先日、参議院議員選挙で自民党が惨敗し、赤城農林水産大臣が辞任しました。
自民党惨敗の一因が赤城大臣の姿勢にあったことは疑いもありません。この赤城
氏に対して、国民的人気も高い、自民党参議院政策審議会長・舛添要一氏(今回
の内閣改造で厚生労働大臣に就任)は、各テレビを梯子し、恨み骨髄、憎さも憎し、
あろうことか、『バカ大臣』という言葉を連発していました。今だにこの言葉を得意げ
に使っています。

 わたしは、舛添氏の品性に疑問を持ちます。いやしくも、たとえバンソウコウ事件
があったにせよ、わが国の大臣であり、ましてや自党の大臣ではないでしょうか。
「バカ大臣」という言葉は使うべきではないと考えます。芸人として有名な志村けん
が、ドタバタコメディの世界で「バカ殿」を演じているのとは訳が違いますから。

 舛添氏は、惻隠の情のもと、ある種の憐憫、軽蔑の雰囲気をきちっとした日本語
で語るべきでしょう。「バカ大臣」などという、下品で、露骨で、見下した、傲慢な
表現
は、ブーメラン的に、舛添氏がそうだということをも意味しないとも限りません。
こういう言葉は、密室での内輪の会話に限るべきではないでしょうか。わたし達
大衆は、舛添氏の言葉で、その時は溜飲が下がりますが、一方冷静に、語って
いる人の傲慢さも感じているのです。

 落語に言うじゃないですか。「それを言っちゃお終いよ!」と。国会議員で要職を
占める人に相応しい言葉を期待します。今回、大臣に就任されたはなむけに贈り
たいと思います。その上で、舛添大臣には、伏魔殿といわれる厚労省・社保庁の
抜本的改革を、ぜひとも期待したいものです。

 以前のブログでも書きましたが、碩学、数学者、真の日本人、教育家、文化勲章
授章者である、岡潔先生はこのように言っておられます。

   “理想の高さが気品の高さになるのである”

 報道記者も、政治家も、理想がそれぞれの出発点だったはずです。それならば、
より一層、理想を高く掲げていただき、もう少し気品ある表現を期待したいものです。
それが真の知性というものでしょう。品位が無ければ、それは、報道記者でもなけ
れば、政治家でもなく、いわゆる羽織ゴロであり、政治屋と言われても仕方ない
のではないでしょうか。

 いやあ、あまりの暑さで、ちょっと厳しいことをいい過ぎたようですね…。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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