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2007年11月16日 (金)

政治家は「言葉」に責任を持て!

 90回目のブログです。
                
 わが国は久しく言霊の国、言霊の幸映える国と言われてきました。言霊の国、
言霊の幸映える国と称されるまでに、わたし達の祖先は上下こもごも言葉を大切
にしてきた歴史を持っています。

 特に上流階級やリーダー層は言葉を自在に、豊かに、また丁重に使えないよう
では失格とみなされました。さらには、言葉の使い方、使う姿勢に問題があった時
は、自らの立場で責任をとらされたのです。

 その意味で、言葉に躍らされるという局面もありますが、言葉のもつ重みはいくら
強調してもし過ぎることはないように思います。総じて真のリーダーは言葉には細
心の注意を払ってきた
のではないでしょうか。

 重い立場の人の言葉、たとえば総理大臣などの言葉は、重大なる決意と言えば、
内閣総辞職、衆議院解散を意味し、一度口から漏れてしまえば、もう止めることは
できません。それが総理大臣の意図したことか、そうでないかは別にして、一度口
から発せられたならば、一瀉千里に事態が展開してゆくことは、たびたび経験した
ことであり、これは、厳然たる歴史の事実と言えましょう。

 最近は、大臣、大企業の社長、高級官僚、ジャーナリストなどはもとより、総理
大臣といえども、大層口が軽く、その発言に重みがなく世間を徒に掻き乱している
傾向があります。

 先月末から今月はじめにかけて、連日の新聞やテレビで報道された、民主党
代表・小沢一郎氏の辞任記者会見
、および3日後の翻意の顛末を見てください。
いやしくも、「大政党の党首の言葉」がこんなに軽いものでいいのでしょうか。国家
の藩屏らしい責任ある言葉とは余りにも距離があり、情けないと思うのはわたし
だけではないでしょう。

  「民主党代表として、けじめをつけるに当たり、私の考え方を一言申し上げる。
    福田総理の求めによる2度の党首会談で、総理から要請のあった連立政権
   の樹立をめぐり、政治的混乱が生じたことを受け、民主党内外に対するけじ
   めとして民主党代表の職を辞することを決意し、本日、鳩山由紀夫幹事長に
   辞職願を提出し、執行部をはじめとして同僚議員の皆様に私の進退を委ね
   た。」                     (11/4 MSN産経ニュース)

 小沢代表は、それこそ明確に、「…けじめとして民主党代表の職を辞することを
決意し…」
と述べました。それが、3日後には、なんとなんと、辞意を撤回したの
です。その理由も、「辞意表明は、張りつめて頑張っていた気力が、『プッツン』した
というか、そういう精神状態に陥りまして…」
という、まったく開いた口が塞がらない
ほどのものです。

 小沢代表の発する、「決意」という言葉は、そんなに軽い存在なのでしょうか

 民主党は、今や衆議院では第2党ですが、参議院では、第1党であり、小沢氏
(不動産は小澤氏)は押しも押されもせぬ代表ではないですか。わたし達のような、
一庶民ではありません。もう既に手遅れかも知れませんが、また馬の耳に念仏かも
しれませんが、多少とも、国家の藩屏としての自覚を持つよう、促したいと思います。

          『綸言(りんげん)汗の如し』 (漢書・劉向伝)

という重い格言があります。「体から出た汗が再び体内に戻り入ることがないよう
に、君主の言は、一度発せられたら取り消し難いこと」(大辞林)という意味ですが、
現代の高位高官、国家社会のリーダーには、ぜひとも認識していただきたいもの
です。

 この格言の出典になっている話は、まだ子どもであった皇帝がその弟との遊び
の中で、「弟よ、お前を○○国の王に任命する」と言ったところ、すぐに書記官が
その言葉を書き留め、実際に皇帝の弟に王の印綬を授与する準備を始めたと
いう故事にあります。

 もちろんのこと、言い出しっぺの皇帝は、遊びの中での冗談の発言でしたので、
慌ててこれを取り消そうとしましたが、「皇帝の言葉は汗のようなもので、一度口
にしてしまった以上これを戻すことは出来ません」といわれ、そのまま皇帝の弟君
に王の印綬が与えられてしまいました。

 今回の民主党代表のドタバタ劇に表れたのは、党最高位の代表の発言で
あって、君主の話ではありませんが、同じことと見るべきでしょう。

 わたし達国民は、国のリーダーの発する言葉や姿勢を自然に見習っており、また
それに大きく影響されています。今、社会には責任と恥じらいを放棄した現象が激
増しているように思えますが、たとえば、学校に対して自己中心的な理不尽な要求
を繰り返す、モンスターペアレントなども、社会上層部の姿勢の反映とも言えるので
はないでしょうか。

 その意味で、あらためて、国家のリーダーには、己の発する言葉は重いこと、
またその言葉には責任があることを、認識していただきたい
思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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