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2008年8月29日 (金)

指導層は分をわきまえよ!…その① 

 131回目のブログです。

 北京でのオリンピックが終わりましたが、みなさんの感想は如何でしょうか。
政治的には、独裁国家の、国威発揚としての偽装てんこもりのオリンピックは、
それはそれは、盛大で見事であったと思います。特に、反中華、反中国共産党と
思われていた、あの石原東京都知事さえをも唸らし、中国賛美の感嘆の声を挙げ
させた程ですから。まあ、石原氏や福田氏をはじめとするわが国の指導層の腰
砕けは、中国首脳の政治力が巧に突出していることと、所詮はもともと、アジア的
独裁権力に非常な魅力とシンパシーを感じている証左とも言えるのではないで
しょうか。

 さて、外国は外国として置いて、わが国の指導層の状況を見てみたいと思います
が、わたしは常日頃から、疑問に感じていることに、地方政治家、地方自治体が、
分をわきまえない発言、発信をし、足元の政治行政をおろそかにしていると思われ
ることです。

 先日、終戦記念日(8月15日)の数日前、わたしの住む大阪府茨木市のJR茨木
駅で、市の関係者だろう人たちが次のような文面のチラシが入ったティッシュを配っ
ていました。

 ■ 非核平和都市宣言

    世界の平和と安全は全人類の願望であります。にもかかわらず、核
   軍拡競争はとめどなく拡大しており、私どもは生存の危機に立たされて
      います。
    日本は世界ではじめて広島・長崎に原爆の被災を受け、今もなお数
   十万の人びとがその後遺に苦しんでいます。再びその惨禍を繰り返させ
   ず、人類を滅亡から救うために、核兵器の使用を許してはなりません。
    私たちは太平洋戦争の苦しみの中から世界に誇るべき平和憲法を制定
   しました。その精神に基づき、核兵器の廃絶を世界の人びとと共に強く
   主張し、「核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則の
   厳守を政府に求めます。
    更に市民に向けて平和のための諸施策を推進することを誓い、ここに
   「非核平和都市」とすることを宣言します。
        昭和59年(1984)12月17日         茨 木 市
      (この宣言は、茨木市議会が決議し、議決したものであります)

 びっくりしました。今、こんな「非核平和都市宣言」のチラシが、現在の複雑な
国際情勢のもとで、ノホホンと、のんびり・ゆったり、何の確信・覚悟もなく配布され
ている場面に現実に遭遇し、日本は、いや茨木市は、平和ボケそのもののぬるい
都市であると実感しました。

 これだから、大阪府がわが国で最低の府県の一つに陥ったのは当然だと思い
ます。こんなヌルマ湯から脱却しなければ、健全な地方自治体になることはできま
せん。“痴呆自治体”から真の「地方自治体」になるためにも、上の宣言のどこが
問題であるのかをキチッと認識する必要があります。

 軍備をどうするか、核政策をどうするか、憲法をどう判断するのかは、偏に「国
   政の問題」であり、国民全体がどう考えるかということ
であって、地方自治体
     や地方議会が関知するところではない。地方自治体や地方議会は本来の『分を
     わきまえる』
べきであり、国政に口出しするのは、越権行為であり、傲慢である。
     また、地方政治の責任逃れの材料にしていると言っても過言ではなく、全く
     もって不遜である。

 「戦争か平和か」は人類の永遠のテーマであり、“非核平和都市宣言”をすれ
     ば、核兵器がなくなり、平和な都市でいることができるというものではない。
     これは歴史が証明している厳然たる事実であり、薄っぺらな宣言ひとつでは何
     の影響もなく、厳しい現実を見ないようにすることから、かえってマイナス
     作用するのである。

 宣言文のなかで、平和のための諸施策を推進すると記されているが、こんな
     ことは出来るわけがない。具体的に何をしようとするのか、何をしてきたのか。
     バカも休み休み言ってもらいたい。まさしく偽善の最たるものである。

 本来の地方自治体は、その自治体住民の安全確保、福利の向上、教育の充実
など、より身近なことに注力すべきであり、国政分野に口出しすることは無責任と
いうべきでしょう。また、観念的な平和都市の宣言を行うことなどは何の意味もなし
ません。

 地方自治体には、自らやるべきテーマは山ほどあることは明白であり、それらを
蔑ろにし、上っ面の飾り言葉ばかりをもてあそんだ結果が、惰性的な無駄遣いや
汚れた利権を生み、現在の歪んだ財政状態に陥った原因のひとつではないでしょう
か。

 今、道州制や地方分権の議論が喧しく行われようとしていますが、地方が地方と
しての現実的な“覚悟”を示さなければ、機能不全に陥るのが目に見えています。

 その意味で、このようなアホなチラシを見るにつけても、地方自治体も地方議員
“志”ある勉強が足りない(櫻井よしこさんの発言を借用)と思います。

 わが国の各市町村で、「非核平和都市宣言」「平和都市宣言」「平和宣言」「護憲
宣言」「非戦都市宣言」などなど、意味をなさない、呆けた言動が、堂々と何の疑問
も、覚悟も、志もなく行われています。

 こんな宣言で平和になるのであれば、世界は今すぐ平和一色に染まるでしょう。

 しかし、チベットしかり、グルジアしかり、覇権主義国・独裁国・大国によって現に
弾圧・蹂躙されているではありませんか。民族、国家、宗教間の争いは依然として
続き、核武装国家も増加の一途であり、これが世界政治の現実というものです。
何を寝ぼけたことばかりを言い続けるのか、はなはだ理解に苦しみます。

 みなさんが住む都市、町でも一度調べてみては如何でしょうか。茨木市と同じ
ような無意味、無駄なことを行っている可能性があります。お互いに、もうすこし
ましな、もう少し凛とした都市や町にしたいものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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