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2008年11月14日 (金)

広島で思う…原爆・核・平和、そして祈り!

 142回目のブログです。

 アメリカ(United States of America・アメリカ合衆国)の大統領に、民主党の
オバマ氏が選ばれました。従来、わが国とアメリカはパートナー、あるいは僕(しもべ)
として、密接な関係にありますが、これからはどうなるか、予断を許さないのではない
でしょうか。

 日米安全保障条約による軍事同盟をベースに、経済的、社会的にそれなりに友好
関係にあるにはありますが、今後は、北朝鮮問題、中国問題などなどで、困難極まり
ない状況に引き込まれる予感がします。いよいよ自立への意志が求められる時が
来たと思いますが、その精神基盤は思考停止しており、また、甘えの構造にどっぷり
浸かっているままで、さらには確固とした国の基軸を喪失した状態で、はたしてどう
なるのか心配です。

 先日、わが故郷の広島に行きました。時間もありましたので、今まで訪れていな
かった、ひろしま美術館、原爆ドーム、平和記念公園、広島原爆死没者追悼平和
祈念館、広島平和記念資料館、原爆死没者慰霊碑を訪れました。その感想を率直
に述べたいと思います。

  ひろしま美術館

  今から30年前、広島銀行の創立100周年を記念して開館した美術館であり、
  県庁のすぐ近くに位置し、全体に穏やかな雰囲気を示しています。たまたま、
  開館30周年、広島銀行130周年ということで、「まるごとひろしま美術館展」
  の豪華な作品群に巡り合う幸運に恵まれました。日本人が一番好きなフランス
  印象派
の作品が多いのが特徴です。

  ゴッホ、ミレー、ルノワール、ピカソ、シャガール、マイヨール、モネ、ピサロ、
  ロートレック、マルケ、マティス、ローランサン、ロダン、ゴーギャン、ルオー、
  ブルーデル、ドラクロア、ルドン、ユトリロ、モディリアーニ、クールベ、スーラ、
  コロー、マネ、セザンヌ、ムンクなど学校で習う美術史に載る著名なヨーロッ
  パ芸術家ばかりで目も眩むほどです。

  さらに、日本人のフジタ、佐伯祐三、藤島武二、岡田三郎助、林武、岸田劉生、
  安井曽太郎、梅原龍三郎、坂本繁二郎、熊谷守一、岡鹿之助、黒田清輝、
  三岸節子、金山平三、鴨居玲など、これも素晴らしいものでした。

  こんなバラエティに富む作品を一度に観賞できる幸せ…地方銀行の雄が、
  真に社会貢献しようとする心暖まる姿勢、本物の芸術作品を提供しようという
  真摯な精神に感謝した次第です。

  原爆ドーム

  子どものころの微かな記憶しかなく、今回はじめて目の前にしました。原爆爆
  心地の中心的建物の残骸として、その象徴的存在を主張するに相応しいもの
  でしょう。永久に保存することが望ましいと思いました。

  平和記念公園・原爆死没者慰霊碑

  当日は秋晴れのためか、多数の人が、それも外人さんも含めて、平和記念
  公園を散策。しかし、原爆死没者慰霊碑にお参りする人はほとんど見当たら
  ず、有名なモニュメント見ているだけのように思えましたが、単なる思い過ごし
  だったのでしょうか。

  わたしは一礼だけしました。慰霊の碑を前にしているのですから、本来は、手
  を合わせ、静かにお祈りをすべきでしょうが、ここはそういう雰囲気を欠いて
  いるように思えます。慰霊とは、宗教的雰囲気無しではどうにも収まりがつき
  ません。
その意味では、神社・鳥居、仏閣・仏像などが据えつけられると、
  ガラッと雰囲気が変わり、“慰霊”の場になるのではないかと思います。

  また、原爆死没者慰霊碑の設置当時から論争がつづいている碑文
        「安らかに眠ってください/過ちは繰返しませぬから」
  をじっと見つめてきました。この主語は誰かということで、過去いくたびか論争
  されましたが、今は、一応、この碑の前に立つすべての人間が、人類の一人
  として二度と核戦争をしないことを誓うということで落ち着かせているそうです。

  折角のチャンスでもあり、ここにある図書館で、膨大な碑文論争をつぶさに読
  みましたが、この碑文では趣旨が曖昧模糊、問題点が多すぎると思います。
  平和記念公園を設計した丹下健三氏の師匠は、単に『慰霊』とだけにすべき
  であると主張していますが、私も同感です。これは、慰霊碑ですから。

 ■ 広島平和記念資料館

  原爆の悲惨な実態を詳細に展示。写真、音声、立体、説明文、遺物などを数
  多く展示し、見物者の脳裏に訴えたものです。戦争の苦しみと悲惨、原爆の
  無残と無念、戦争推進の歴史が多角的に捉えられ、それなりに勉強になります。

  これらの展示物を見て、わたしの叔父も原爆で亡くなり、無残だっただろうな
  という思いにかられましたが、しかし、唯一点、最も大事なことを抜かしている
  ことに気付きました。それは、原爆を落したアメリカの無道、無法について全く
  触れていないことです。

  戦後、鳩山一郎氏(現在の鳩山代議士の祖父・後の首相)は明確に次のように
  述べています。
      『広島・長崎への原子爆弾投下は
               ①、国際法違反である。
               ②、戦争犯罪である。』

  博覧強記、わが国最高の知性といわれている小室直樹さんも同じことを述べて
  います。まさしく、原爆投下は、非戦闘員を攻撃しないという国際法に明確に
  違反しているのです。中華人民共和国の南京大虐殺は、たとえまぼろしであっ
  ても、30万人説をここに掲示しているにもかかわらず、わが国の広島大虐殺
  (原爆)は、たとえ事実そのものであっても、虐殺だと言わないのは、何故で
  しょうか。日本だけが悪かったという自虐史観は、もうそろそろ卒業しようでは
  ありませんか。

  わたし達は、アメリカの原爆投下は間違いであり国際法違反であったとの判断
  を下すべきでしょうし、また、そのことをアメリカに主張しなければならないと
  考えます。この原爆問題についての基本的な認識を欠いて、どんなに原爆、
  水爆、核兵器、核武装、核廃絶、原水爆禁止などを議論しても、実のある結論
  に達しないと思われます。

 ■ 平和記念公園・広島平和記念資料館の用語について

  わたしは言葉というものに非常に関心があり、広島原爆死没者追悼平和祈念館
  は「祈念」を使用し、平和記念公園、広島平和記念資料館については、「記念」
  を使用しているのが気になりました。

  「祈念」は祈ることであり良く理解できますが、「記念」は何を記念しているのか
  疑問を持ちました。平和記念…何の平和を記念しているのでしょうか。まさか
  原爆を落とされ戦争が終わったこと、それを平和と称し記念(…祝して)いる
  とは到底考えられないのです。もしもそうなら、原爆投下を正当化している
  アメリカ、中国、朝鮮(韓国・北朝鮮)と同じ考え方となりますので…。わたし
  の少ない知識と極く些細な教養では理解できず、どなたかご教示いただけ
  ませんか。

 それにしても、いろんなことを考えさせられた広島の一日でした。広島市長の
秋葉氏は、もともと強烈な左翼の方ですが、市長として毎年発している「平和宣言」
を、決してイデオロギーと結び付けないで欲
しいと思うや切なるものがあります。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

次回も
時事エッセー
です
 

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