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2009年4月17日 (金)

「マスコミ」の愚…まだやるのか漢字遊び!

 164回目のブログです。

 大阪中心部を流れる大川(淀川)の河畔にあり、また歴史的にも由緒ある
「造幣局」の桜の通り抜が今週行われています。そこでは126種類の八重桜が、
華麗、豪華、絢爛さの妍を競っており、手に届く近さの豊かな桜花と遠くの吸い込
まれるような青い空のバランスのとれた情景は、なかなか素晴らしい風情を醸し出
しています。

 その自然界の風情に較べ、人間界には、はなはだ好ましからざる状況が続いて
います。3月20日のこのブログで、マスコミの不見識を、傲慢・下衆・無知をキー
ワードに厳しく批判したところ、いろんなご意見をいただきました。たしかに、キー
ボードが滑り、言いすぎた点もなきにしもありませんが、またまた同様の現象が生
じていますので、再度取り上げ、わたしの視点を述べたいと思います。

 ■ 祝辞で「弥栄」を「いやさかえ」麻生首相、言い間違え

  麻生太郎首相は、10日午前に皇居・宮殿で行われた天皇、皇后両陛下
  のご結婚50年を祝う祝賀行事で述べた祝辞で、「弥栄(いやさか)」
  (いよいよ栄えること)と言うべき部分を、「いやさかえ」と言い間違えた。

  麻生首相は、衆参両院議長や最高裁長官、各閣僚らとともに宮殿「松の間」
  で行われた祝賀行事に出席。首相は出席者を代表し、両陛下の前で祝辞を
  述べたが、「両陛下の益々のご健勝と皇室のいやさかえを心から祈念し…」
  と発言した。文脈上、ここは「いやさか」というべきだが、「いやさかえ」と言い
  間違えた。
                                     (H21/4/10 産経新聞)

  WEB多事争論(叱正)

  10日の天皇・皇后両陛下のご成婚50年で、麻生首相は三権の長を代表
  してのお祝いの言葉でまたもや失態を演ました。繁栄を意味する「弥栄
  (いやさか)」を「いやさかえ」と言い間違えたのです。宮殿の「松の間」で
  両陛下の前に一歩進み出て、紙を見ずに祝辞を述べたのですが、国の
  トップが国民の象徴に対してこれでは情けない限りです。歴史的な誤った
  日本語事例
として残ってしまいました。
                   (4/12 TBS/WEB多事争論編集委員)

 ほとんどの新聞やTVがこの記事をニュースとして流しましたが、わたしはこれを
読んでかなりの違和感を持ちました。この不況のさなかにもっと重要なニュースが
あるだろうし、また、天皇陛下ご成婚50周年祝賀行事でのことであろうし、どうして、
この問題をここまで大きく取り上げなければならないのかさっぱり理解できなかった
からです。

 それにしても、TBSは、「またもや失態」、「歴史的な誤った日本語事例」などと、
完膚なきまでに罵倒しており、かなり日本人的な寛容さに欠ける異常さを感じます。

 さらに、この漢字「弥栄」「弥栄え」の読み方が“いやさか”か“いやさかえ”かは、
またまたマスコミの間違い、無知、チョンボではなかろうかと、本当に『危惧』して
いました。案の定、一般的には“いやさか”ですが、正式には・古くは・地域によっ
ては・学者の著作には・祝詞などには
“いやさかえ”と読まれている例が数多くある
ことが判明。

 読売と朝日はこれを掲載しなかったのですが、前回の轍(麻生総理の手紙に
あった送り仮名“心ずかい”を糾弾したものの、“心ずかい”、“心づかい”両方とも
が広辞苑によって正解だとわかり、マスコミの無知が判明、赤っ恥を掻いたこと)
を踏まないよう良く調べ記事にしなかったのではないかと推測しています。

 そこで、産経WEBは削除、TBS/WEBはお詫びをしましたが、他はなんと、
なしのつぶて、無視を決め込んでいます。ここで、TBSのお詫びを見てみましょう。

 ■ WEB多事争論(お詫び)

  上記、記事において「歴史的な誤読」と評したのは撤回します。また、その後
  に調べましたら、歌舞伎の演目などに「弥栄」を「いやさかえ」と読む例もあり
  ました。麻生首相がそうしたことを踏まえて、慣用表現の「いやさか」ではなく
  「いやさかえ」と天皇・皇后両陛下へのご祝辞で申されたのであれば、当方の
  誤りです。礼を失しました。訂正しお詫びいたします。
                   (4/12 TBS/WEB多事争論編集委員)

 本当に心から謝っているのでしょうか。「…申されたのであれば……」と条件を
つけていますから、一種のパフォマンスで、一寸だけ頭を下げておこうということ
ではないでしょうか。

 さて、それでは、この問題をどう考えるべきか、わたしの視点と判断を述べます。

有力TV局のアナウンサーでさえ、時々言葉の読み間違いをしていますから、
  麻生総理の言葉間違いを、そんなに深刻に取り上げなくてもよいと思います。

今のマスコミの、鬼の首でもとったように大はしゃぎし、総理をおちょくり、嘲笑し、
  蔑む姿勢は如何なものでしょうか。いわゆる「上から目線」の傲慢さを感じます。

前回もそうでしたが、今回も、敢えて総理の言葉にケチをつけようとするならば、
  きちっと調べてから記事にすべきです。マスコミは常に“言葉は命”と言っている
  ではないですか。

たしかに、麻生総理は、日本語に弱いことは否定できません。したがって、
  もしも、総理の条件として、言語、知識、教養が必須と考え、麻生総理がその
  条件にはるかに満たない政治家と判断するならば、紙面や画面で、麻生氏は
  総理大臣の資質を欠く故に辞職せよと真剣に主張すべきではないでしょうか。

  それが、日本の新聞であり、日本のテレビであり、そこまでの覚悟が必要で
  しょう。

総理大臣を批判、非難、論難するならば、それは漢字の読み方や送り仮名で
  はなく、政策について堂々と批判すべきです。政策についてならば、どのように
  厳しく追及しても、何の問題もなく、逆に、それこそが読者、視聴者から期待され
  ているのではないでしょうか。幼児的な揚げ足取り、揶揄はマスコミの弱体化に
  繋がると考えます。

従来、マスコミは第4の権力と言われていましたが、今や、第1の権力とも称さ
  れている存在ですから、「社会の木鐸」、「日本国の藩屏」としての自覚を持ち、
  それに値する言論を展開してほしいもの。

とすれば、現在、わが国は危険なほどの低迷期、過渡期であると認識するなら
  ば、今回のことは、些少な問題に過ぎるのではないでしょうか。マスメディアは、
  もっと大きなことや将来のことを真剣に取り上げるべきであり、わたし達はそれ
  に期待しています。

 今、世の中が異状、異様、混乱の坩堝(ルツボ)状態になっている時、それを正道
に戻すには強烈なエネルギーと不断の努力が必要です。そして、基準をどこに求め
ればよいのか。それは、「日本人としての良識と常識」…これこそが、判断の基準
でなければなりません。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です

  

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