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2010年10月22日 (金)

中国民主改革の道標…ノーベル平和賞に思う!

 243回目のブログです。

     “ 緑なる ひとつ草とぞ 春は見し 秋は色々の 花にぞありける ”
                                                         (読人知らず)

 あちこちの神社で「秋祭り」が行われはじめました。太鼓、鐘、お神輿、縁日…
これは、老若男女が集う、なかなか趣のある民俗行事として、秋を彩る素晴らしい
風物詩でもあります。

 神社に限らず、野山も秋を演出しており、読人知らずの和歌にあるように、
いろんな色をつけた花々を見出すことができます。

 このように自然は豊かで穏やかな姿を見せてくれていますが、国際社会、なかん
ずく、今の中国(中華人民共和国)の動きには、穏やかさは一片もなく、苛烈の限り
を表出させているように思われてなりません。

  中国人権活動家の劉暁波氏にノーベル平和賞

  ノルウェーのノーベル賞委員会は8日、2010年のノーベル平和賞を中国の
  民主活動家・劉暁波氏(54)に授与すると発表した。

  劉氏は、学生らが民主化を求めた1989年の天安門事件で指導的な立場に
  あった。08年12月には、中国の知識人や人権活動家らが言論の自由と複数
  政党選挙を求めた「08憲章」の起草で主導的役割を果たし、その後、国家
  政権転覆罪の容疑で逮捕された。昨年のクリスマスに懲役11年の刑を言い
  渡され、現在服役中。

  今回の授与は中国に人権問題の改善を求める格好になり、中国政府の反発
  を招くのは必至と言える。
                          (2010/10/8時事通信一部抜粋)

 ついにノーベル平和賞が獄中の中国民主運動家に授与されることになりましたが、
これに対して、中国当局はノルウェーに猛反発しています。(平和賞を選考する
ノルウェーのノーベル賞委員会は政府から独立した存在ですが、中国にとっては
自国を基準に国家・ノルウェーに反発)

 中国はノルウェーへの制裁措置として、閣僚級会合の中止、北京で開催予定の
ノルウェー人歌手によるミュージカル中止など続々と打ち出しています。

 これに対して、ノルウェー政府は断固と矜持を保っており、その凛とした姿勢は、
わが国の政府(菅首相・仙谷官房長官・前原外務大臣・柳田法務大臣・北沢防衛
大臣)が、尖閣諸島領土侵犯問題で、ガス田共同開発の協議延期、日中間閣僚
級以上の交流停止、日中間航空路線の増便交渉中止、SMAP上海コンサートの
延期、10,000人訪日団体旅行の突然中止、上海万博日本人学生1000人招待
中止、APEC観光相奈良会合レセプション欠席、JATA世界旅行博2010東京出展
中止、在中フジタ4名拘束などの中国の軽いジャブに土下座のように反応した腰
砕けとは、雲泥の差、月と鼈(スッポン)。まさしく日本政府はノルウェー政府の爪の
垢を煎じて飲んで欲しいものです

 ところで、中国は一党独裁の国家であり、人権抑圧などは当然として存在しており、
これは世界共通の認識事項でもあります。中国でどのようなことが問題であるのか、
受賞者の劉暁波氏が起草した「08憲章」を覗いてみます。(一般のマスコミからは
翻訳を入手できなかったので、泉幸男・国際派時事コラム「商社マンに技あり!」の
分りやすい翻訳を引用します)

  中国民主改革の道標「08憲章」全文和訳(前文のみ)

  今年は中国立憲100年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30
  周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に
  署名して10周年である。

  長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後、目覚めた中国
  国民は日増しにはっきりと、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、
  民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを認識しつつある。

  こうした普遍的価値と基本的政治制度の枠組みから遊離した「近代化」は、
  人の権利を剥奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災禍のプロセス
  である。

  21世紀の中国は、どこに向かうのか。
  このような権威主義的統治下の「近代化」か?
  それとも普遍的価値を認め、世界の主流をなす文明に溶け込み、民主政体を
  樹立するのか?
  それはもはや逃げることのできない選択なのである。

  19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を露(あら)わにし、
  中華の大地に「数千年いまだかつてなかった大変動」の序幕を開いた。

  洋務運動は、器(うつわ)の表層部分の改善を追求したが、甲午戦争(訳注:
  日清戦争のこと)の敗戦で改めて体制の時代遅れぶりがはっきりした。

  戊戌変法(訳注:1898年)は制度面に立ち入った革新に踏み込んだために、
  守旧派の残酷な鎮圧にあって失敗した。

  辛亥革命(訳注:1911年)は表面的には 2000年余り続いた皇帝制度を葬り
  去り、アジアで最初の共和国を建国するに至った。

  しかし、当時の内憂外患の際立った歴史的条件に阻害され、共和政体は短命
  な徒花(あだばな)に終わり、専制主義が捲土重来(けんどちょうらい)した。

  器(うつわ)の模倣と制度刷新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を
  促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、
  内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断を余儀なくされ
  た。

  抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は
  中国を今日的全体主義の深淵に陥れた。

  1949年に建国した「新中国」は、呼び名は「人民共和国」だが、実際は「党の
  天下」であった。

  政権党がすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、
  六四(訳注:天安門事件)、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権
  災禍を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を払わ
  されることとなった。

  20世紀後期の「改革開放」で、中国は毛沢東時代の遍(あまね)き貧困と有無
  を言わさぬ全体主義から抜け出し、民間の富と民衆の生活水準は大幅に向上
  し、個人の経済的自由と社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、
  国民の間での人権と政治的自由への要求の声は日増しに高まっている。

  統治者の側も、市場化と私有化の経済改革を進めると共に、人権を拒絶する
  姿勢から徐々に人権を認める方向に変わりはじめた。

  中国政府は、1997年と1998年に二つの重要な国際人権規約にそれぞれ署名
  し、全国人民代表大会は2004年の憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に
  書き込んだ。

  今年はまた「国家人権行動計画」の制定・実行を約束した。
  しかし、こうした政治的進展は今までのところほとんど紙の上にとどまっている。

  法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知
  っているあの政治的現実がある。

  統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。

  そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は
  二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、
  国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会
  矛盾が積み重なり、不満は高まり続けている。

  とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能へと向
  かっており、現行体制の立ち遅れは直ちに改めざるをえないところに来ている
  のである。
                                      (前文おわり)

 一読、素晴らしいの一言あるのみ。言論の自由が皆無である独裁国家・中国と
いう国に対し、まさに、命を賭けてこの08憲章を起草した“勇気”にあらためて
敬意を表します。

 これを読むと、民主国家に属しているわたし達からみれば、至極もっともであり、
穏当な表現だと思いますが、これが中国では国家政権転覆罪として厳しく処断され
るのですから、独裁政治はまさしく恐怖政治と言わねばなりません。

 中国の言論統制、人権抑圧について、わたし達日本人は正面から見据えなけれ
ばなりません。今回のノーベル賞受賞のニュースなどは中国では完全に言論統制
され、報道されていないと伝えられています。

 唯一期待が持てるのは“小道消息”(クチコミ)ですから、北朝鮮も、中国も、言論
の自由に関しては同じと見なすべきでしょう。

 今、中国は経済発展の真っ最中ですが、劉暁波氏が憲章に書いているように、
「官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化
し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由
・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が積み重なり、
不満は高まり続けている」のではないでしょうか。

 そういう状況であればこそ、尖閣諸島に関し、反日運動が一部権力の指導のもと
で表面化してきており、これは、人権なき国家、言論の自由なき国家としての中国
の本質を示しているものと思われます。

 その本質を見ていないのが、大多数の日本人であり、本質を理解していないのが
政府であり、本質を見ることを避けているのがNHK・朝日を筆頭とするマスメディア
ではないでしょうか。わが国のマスメディアは、永年、中国の本質に目と耳を塞いだ
まま、現在に至っています

 ごらんなさい。先日10/2、10/16東京で二千人以上の尖閣諸島デモが行わ
れましたが、10/2のデモは全マスコミが報道せず、10/6も産経を除くすべての
マスコミが無視。逆に、中国内での反日デモは表面上詳細にわたり報道とは、まさ
に開いた口が塞がりません。

 ほんと、わが国のマスメディアはどうなっているのでしょうか。あまりにも中国の
顔色を伺いすぎていると考えざるを得ません。その意味では、マスコミは、あの骨
のない、場当たり外交の、堕落した国家指導者、菅首相・仙谷長官を批判する
資格はありません。

 何はともあれ、中華人民共和国には、ノーベル平和賞受賞者・劉暁波氏の獄中
開放と「08憲章」に基づいた施策を望みます。また、われわれもそれに沿った支援
活動を行うべきでしょう。

 隣国、中国に08憲章が施行され、穏やかな国になってはじめて日中が友好的な
関係を結べるのではないでしょうか。今はかなりの距離を置くべき時だと考えます。

 
 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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コメント

岡村です。今回頂いた貴見には直接な関係ない私の最近の体験をお伝えします。
 メンバーになっています神戸商工会議所の先月の会合にて35歳くらいな中国女性からじっくり意見交換したい声を掛けられました。当日は僕は先約があった為に1ケ月後に僕の友人が経営しているバーで多様な歓談をしました。先日貴兄のご指摘もありました様に、大連生まれなので、日本理解(評価)な環境で育った、上海で大学教育を受けたらしく、その時に反日感情の異様さに強い違和感を感じ、日本の実態学習意欲に駆り立てられ、名古屋大学修士課程(開発途上国マネジメン学)に留学し修了していました。その期間で学んだ日本は大連時代に抱いていた日本感(好感)と同じだった由。中国では日本で喧伝されるようなえげつない反日教育を行っているわけでなく欧州など列強国に侵害され続けていた時代も相応に教育を受けるが、中国人は主張力のある欧米には一種の威厳を感じ、反論しない日本攻撃で溜飲を下げる由。”日本人はもっと主張すべき、中国人はもっとアジアの同胞としての日本理解すべき、、、”ことを叫び、日中の架け橋になる事ヲイフワークにする決意をし、年末には日本に永住権を申請する由でした。

投稿: 岡村昭(神戸市) | 2010年10月24日 (日) 07時34分

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