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2011年6月 3日 (金)

“国歌斉唱起立条例”…これは教育正常化の第一歩だ!

 275回目のブログです。

         “ 若葉さす 頃はいづこの 山見ても 何の木見ても 麗しきかな ”
(橘曙覧・たちばなのあけみ・江戸末期の歌人)

 若葉が萌える今頃は、どこの山を見ても、また、そこに生えているどんな木を見ても、うつくしく立派であり、心が清々しくなってくるものだなあ…。

 この和歌は、初夏のはじけるような躍動感を詠んだものですが、今年の初夏は、東日本大震災や菅内閣への政治不信などにより、なかなか心が清々しくなりませんが、何と、信じられないことですが、あの大阪で、スカッとするようなことが起きています。

  教職員に起立・斉唱義務付け=君が代条例案を提出―大阪維新の会

大阪府の橋下徹知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の府議団は25日、府内の公立学校の教職員に入学式や卒業式といった学校行事で君が代を起立して斉唱することや、府立施設で日の丸を掲揚することを義務付ける条例案をまとめ、開会中の5月議会に提出した。

罰則は設けていないが、不起立を繰り返す教職員の氏名や所属学校名を公表したり、最終的には懲戒免職処分にできたりする枠組みづくりを目指す考えだ。 
            ( 525日 時事通信一部抜粋)

 公教育の世界では、未だに式典さえも、普通の意味で、まともに行われていなかったことがはっきりしており、選挙で圧倒的な支持を得た橋下知事がそれらに鉄槌をくだす第1弾を上程したのですが、これに対して、さっそく、有力マスコミ(リベラル左翼・親中・親朝)は反論しました。

  大阪起立条例―あの一票は何だった

  先の選挙で維新の会は、府議会で過半数を得た。多くの有権者は、経済的に地盤沈下の著しい大阪の閉塞状況を打開してほしいと期待して一票を投じたはずだ。 それなのに最初の議会で出してきた重要条例案の一つが、日の丸・君が代をめぐる公務員の服務規律に関するものだった。驚いた府民も少なくないだろう。

  知事は「公務員なら君が代に敬意を払え」「子どもたちの晴れ舞台は厳粛なムードで」「身分保障に甘えるな」とツイッターに書き、違反を繰り返す教員を免職すべきだと主張する。

  日の丸や君が代について、私たちは「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」という憲法第19条に照らし、強制すべき性質のものではないと繰り返し主張してきた。条例を盾に起立、斉唱させるなら、強制以外のなにものでもないし、立法の精神を無視しているともいえる。 殺伐とした空気のしわ寄せを受けるのは子どもたちである。
              (526日 朝日新聞社説一部抜粋)

 さあ、でてきました。朝日に続けとばかりに、いわゆる護憲派と称する一連の人々が活発な発言をするようになり、その最たるものとして、日本弁護士連合会大阪弁護士会は会長名で、条例に反対する「声明」を出しました。その主張の要点は次の通りです。

  思想・良心の自由は憲法に保障されており、君が代斉唱時に起立するかしないかは自由である。

  教育の内容・方法に対して公権力の介入は抑制的であるべきだ。

  したがって、国や地方自治体が、教職員に対し君が代を斉唱する際に起立・斉唱を強制することは、憲法の思想・良心の自由を侵害するものである。

 それでは、この問題について、私なりの考えを述べます。いつものように、日本国民としての常識的、良識的な感想になるでしょう。

  たまたま、タイミング良く、5月30日、最高裁は「卒業式で国歌斉唱や国旗への起立を求める職務命令は合憲」であるとしましたから、起立命令は法律的にも問題はありません。

  そもそも、儀式(セレモニー)は厳粛に行われなければなりませんし、ある意味では形式にしたがったもの()と言えるでしょう。これは古今、世界の常識であることを認識しなければなりません。また、セレモニー、国歌斉唱時の姿勢がどうでもよいというのは「自由」ではなく「放縦」(何の規律もなく勝手にしたいことをすること)というべきであり、子どもの教育に相応しくないことは言うまでもありません。

  リベラル左翼の主張だと、儀式が執り行われている時、自分が気に食わないと思えば「寝転んでもいてもよい」ことになります。これでは、一体感に浸らなければならない儀式が台無しとなり、これはもう、無茶苦茶ではないでしょうか。

  日弁連や朝日は、要するに、本心は「君が代」という国歌に嫌悪感を持っており、それを歌いたくないために、「良心の自由」などという観念的な言語をもてあそんでいるのです。

  彼らは日本国民としての情緒を歌うのではなく、イデオロギー過多の暗くて歪んだ性格の持ち主というべきでしょう。

  不起立の教員(これは教師・先生でない!)は、平成22年度の大阪府で84人ですが、まさに、異常と言うほかはありません。日本全国では何人いるのでしょうか。

  思想の自由(政治活動)は公教育の外で勝手に発揮すればよいのであって、公教育において、社会人としての礼節を教えることは、教師の重要な役目のはずです。生徒は礼節というものを儀式の中で自然に学び、普通の大人、常識をわきまえた社会人に育っていくのではないでしょうか。社会人に求められる最低限のことは「礼節」(社会生活の秩序を保つために必要とされる行動・作法、礼儀)であることを認識すべきです。

  子どもを育てることを妨げるのが不起立の教員であり、これはまさに教師不適格というべきであり、じゅうぶん解雇(クビ)に値すると考えます。

 国歌斉唱起立条例は、いろんな勢力から嫌がらせ的反発があるでしょうが、ぜひ成立してほしいものです。(もちろん、本来ならばこんな条例など必要ないんですが…)

 最後に、君が代に嫌悪感を持ったり、国歌斉唱時の起立に反対する人たちに、国際感覚の具体例を示します。じっくりお読みください。

「君が代」をウィーンで 

ウィーンのフォルクスオーパー(国民歌劇場)「日本復興支援チャリティーコンサート」が4月10日行われました。

このコンサートは、震災直後にフォルクスオーパーに所属する日本人メンバーが、震災支援に何かできないか…ということで自主的にダイレクターのロベルト・マイヤーさんに進言して、実現の運びとなったそうです。

出演者は、企画から実現まで一ヶ月を切っている中で、なかなか魅力的なメンバーが集まりました(一部日本人もあり)。

舞台のバックには巨大な「日の丸」が映像で表現されていました

最初はAlfred Eschwéさんの指揮で、モーツァルトの「魔笛」序曲から始まりました。大変失礼ながら、今まで聴いたフォルクスオーパーのモーツァルトものの中で、最高の仕上がりでした。とくに弦楽器の響きがすばらしい。オーケストラメンバーに何かが乗り移ったかのようなすばらしい演奏でした。

その後、ダイレクターのマイヤーさんが登場し、本コンサートの趣旨説明に加えて、お亡くなりになった皆様に全員で黙祷を捧げました当然、全員起立です)。

さらに、歌手や合唱団(少年少女合唱団)が登場。続いてオペレッタ、ミュージカルなど。

次がサプライズ。何と、少年少女合唱団による「赤とんぼ」が完全日本語バージョンで披露されました。ウィーン少年合唱団は日本公演が定期化しているので、日本語の唱歌はお手のものです。

途中、Christoph Wagnerさんから日本赤十字社へ寄付する総額が発表されると、会場から大きな拍手が巻き起こりました。本当に有り難いことです。

しかし、最大のサプライズは、この後にやってきました。今日の出演者全員が舞台に登場し、いわゆる「アンコール」になったのですが、何と日本の国歌「君が代」だったのです。

最初はオーケストラによる演奏版、続いて、オーケストラの伴奏による出演者全員による歌唱版(もちろん日本語)となりました。異国で聴く「君が代」はジーンと来ると言いますが、海外で生演奏の「君が代」を聴いたのは初めてです。

なお、国歌の演奏時は、お客さま全員が起立していました。これもすばらしいですね。わたしも思わず口ずさんでしまいました。

それにしても、フォルクスオーパーで生の「君が代」を聴くことができるとは、予想もしていませんでした。今、日本は元気がなくなっていますが、今回のコンサートを聴いて、ウィーンの皆さんからは「日本はもっと元気になって」というメッセージをもらった気がします。
       (ブログ「オーストリアこぼれ話」より一部抜粋)

 世界から、わが国の大震災への支援が続いていますが、芸術の都ウィーンから、このような催しがなされたとは、寡聞にして知りませんでした。わが国が震災と原発に喘いでいる今、日本の大手マスコミも、このような心温まる話題を提供すべきではありませんか。

 それにしても今回、世界は、「君が代」(国歌)の前では起立し、歌う人は心を込めて歌い、聴く人は厳かに聴くという具体的な例を見るにつけても、わが国の不起立教員が如何に、非人間的、愚劣、非常識、イデオロギストであり、世界に生きる日本人ではなく、教員資格を剥奪することが望ましいと考えます。

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です

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コメント

時々ブログを拝見しております。

今回は誠に同意見のため書かせていただきました。
私はかって、息子の中学卒業式と高等学校入学式に家内と共に参加しました。
中学卒業式では国家斉唱時に、先生と生徒が全く歌わないのにびっくりしました。父兄の最前列にいた私は「君が代」を歌うと生徒はびっくりして後ろを振り向き、先生(中年女性)は「何だこの人は」という難しい顔していました。
後ろの方では幾人かの父兄が歌っている声を聞くことが出来ました。

高等学校の入学式では、国歌斉唱の時にたっていた生徒に「色々考え方があるので、起立はそれぞれの考えでよい」と校長がわざわざマイクの前に立って言ったとたん、多くの生徒が座りはじめました。
私は父兄の最前列におりましたので、息子が座りそうになったので、後ろから息子の名前を呼び「たて!」と大声で思わず云ってしまいまいました。
起立していた生徒は、1/3ぐらいで、あちらこちらに、たっているという状況で、立っている生徒がかわいそうでした。
国歌斉唱になると今まで、きれいに歌っていたバックコーラスは歌わない。ブラスバンドは音程が狂うなど中で誰も歌わない。
そのような状況で、私が「君が代」を歌い出すとある教師が、前に出てきて、君が代×(バツ)、民が世○(丸)と書いたプラカードを一生懸命こちらに向けてかざしていました。(そのようなプラカードを作っているのであれば、生徒に「君が代を」教えてからかざせ、と思いつつ・・・)
私以外誰も歌わないので、家内も「君が代」に対してはあまり快く思っていないのですが、横で小さな声で歌ってくれました。

まさに日本国民のアイデンティティーは何処へ行ったのかと驚きと、無念さを覚えた次第です。
ブログでお書きになっているように、日本の教育の仕組みの悪さ、更に教師のレベルの低さのもとで育っていく子供達の将来と我が国の将来を憂う次第です。


投稿: 井上資久 | 2011年6月 9日 (木) 12時05分

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ブログ「ビジネスマン育成塾」 “国歌斉唱起立条例”…これは教育正常化の第一歩だ! (http://businessman-ikusei.air-nifty.com/200602/2011/06/post-9d39.html) を読みました。 最近話題の国歌斉唱起立条例にからめて、 ウィーンのフォルクスオーパー(国民歌劇場)... [続きを読む]

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» 君が代の起立斉唱を義務づける条例に賛成。(大阪府) [☆1番星☆]
   教師は教育の場に自分の思想を持ち込んではならない。教師は生徒に対して多大な影響力を持つため、時に生徒を洗脳し得る。教育の場は判断力、考える力を生徒に身につけさせる場であり、特定の思想を身に...... [続きを読む]

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