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2011年6月10日 (金)

素晴らしきかな古都…斑鳩の里を歩く!

 276回目のブログです。

        “ をしなべて こずえ青葉に なりぬれば 松の緑も わかれざりけり ”
(白河院・しらかわいん)

 木々の梢がすべて青葉になってしまったので、松の緑も見分けがつかないほどだなあ…。

 この時期以外であれば、常緑樹である松の緑は、ひときわ目立ちますが、この季節になれば目立たなくなってしまっています。それは、たった今の季節、すべての木々が清々しい青葉を誇ろうとしているからに他なりません。

 こんな好季節に、梅雨の合間を縫って、先日、気の置けない友人数人と歴史のロマンと心のふるさとを求め、併せてウォーキングを兼ねて、古都奈良で、悠久の歴史と自然を感じさせる“斑鳩の里”(いかるがのさと)を散策しました。

 コースは、京都駅集合、近鉄線で、大和西大寺駅乗換、筒井駅にて下車、ここからはウォーキングで、目的とする斑鳩の里にある「藤ノ木古墳」「法隆寺」「中宮寺」へ向かいます。

 およそ7~8kmの道程。斑鳩の里に入るまでは国道を歩きますので、これは、折角由緒ある歴史を味わおうとする人にとっては無粋なものですが、いよいよ斑鳩の里に一歩入りますと、緑色と言っても、よく見れば、若葉色、浅緑色、萌黄色、松葉色、青丹色など豊かな色彩を呈し、全体的に静かで素朴な佇まいを示しており、さすがに歴史を感じさせます。こんもりとした杜を遠くに眺めながら、いやが上にも期待に胸が膨らんでくることを避けることはできません。

  藤ノ木古墳

  法隆寺のすぐ近くにある6世紀後半の古墳。現状は造られた時より若干小さくなっているそうで、直径40m、高さ7.6m。古墳には、前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳の4種類がありますが、これは、まぎれもなく円い小山の形をした円墳であり、周辺を含めて綺麗に整備されています。

  石室内に入ることはできませんが、鉄扉のガラス窓越しに、石室内の様子や実物の石棺をみることが出来ました。

  発掘調査は昭和60年(1985)~63年(1988)に行われましたが、驚くなかれ、完全に未盗掘であったことが判明しました。そのために、多くの出土品(金銅製冠・靴・馬具・飾り大刀・剣など)が、経時によって変色や腐食はしていますが、そのままに残されています。

  さて、関心の的である被葬者は誰かということですが、諸説紛々、確定されてはいません。しかしながら、出土品などから判断して高貴な方二人であることは間違いのないことであり、現在、穴穂部皇子(あなほべのみこ・聖徳太子の叔父で蘇我馬子に暗殺)と宅部皇子(やかべのみこ・宣化天皇の皇子)の合葬説が有力になっているようです。

 藤ノ木古墳のあとに、すぐ傍にある「斑鳩文化財センター」を訪れました。なかなか瀟洒な建物で、藤ノ木古墳から出土した品々などが陳列されており、それを目近かに見るとともに、親切な説明もしてもらいました。

 やはり、歴史のロマンですね。わが国の有史二千数百年を誇りに思いながら、昼食は、法隆寺門前で、奈良名物の「柿の葉寿司」と「梅うどん」をとりました。なかなか美味でした。

法隆寺

法隆寺は、わたし達すべての国民が学校で習った教科書にでている最も著名なお寺であり、世界最古の木造建築として知られています。わが国世界遺産第1号であることも納得できます。(ちなみに、法隆寺地域の仏教建造物以外の世界遺産は、知床、白神山地、日光、白川郷、京都、奈良、紀伊山地、姫路城、石見銀山、原爆ドーム、厳島神社、屋久島、琉球)

  法隆寺は推古15年(607)に創建された聖徳太子ゆかりのお寺であり、飛鳥時代の姿をこの平成の御代に伝え、現在も生々としている仏教施設です。

金堂、五重塔を中心とした西院伽藍と夢殿を中心とした東院伽藍に分かれる世界最古の木造建築群であり、この境内に佇めば、その歴史の重みに圧倒されそうになります。その素朴な安定感、落ち着いた重量感、荘厳な雰囲気、荘重さ漂う空間…これは、京都の寺院の華麗さや豊潤な佇まいと比較して、大いに差異があるように感じました。

  伽藍や仏像などは国宝のオンパレード。「中門」「金堂」(釈迦三尊像・薬師如来座像・阿弥陀三尊像・四天王立像・毘沙門天/吉祥天立像)「五重塔」「回廊」(エンタシスの柱)「経蔵」「鐘楼」「大講堂」「夢殿」(観音菩薩立像他)「聖霊院」「大宝蔵院」「東大門」などなど数え上げれば切りがありません。素晴らしい文化遺産に目がくらみそうになります。

それにしても、1400年以上にもなる法隆寺(聖徳宗総本山・別称斑鳩寺)が現在していることに、不思議な“力”を感じないわけには行きません。それは、1400年の間、何とか法隆寺の歴史を伝えていきたいと懸命の努力を重ねてきた人達によるところも大いにありますが、彼らをそのように意識させた聖徳太子の御威徳に瞠目せざるを得ません。

 聖徳太子は、日本の真の独立を内外に闡明(せんめい・明瞭でなかった道義や意義を明らかにすること)したお方であり、わが国の歴史に燦然と輝く存在であることは、どんなに強調しても、し過ぎることはありません。

 昨今、わが国は、中国(中華人民共和国)をはじめとする近隣諸国から度重なる圧迫を受けていますが、想い起すのは、聖徳太子の、中国隋の皇帝・煬帝に宛てた有名な国書です。

『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)なきや』

堂々とした日本の精神ここにありということでしょうか。法隆寺を創建された聖徳太子こそ、日本人のなかの日本人であり、わたし達も、折角この法隆寺を訪ねたのですから、太子の精神(「輝ける堂々とした独立心」と十七条憲法の「和を持って貴しとなす」)について、あらためて考えてみたいと思いました。

    中宮寺

次に訪れたのは法隆寺の隣にある「中宮寺」です。中宮寺は聖徳太子の御母穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の御願により創建されたお寺ですから、これも聖徳太子ゆかりのお寺でもあります。

  本尊は「菩薩半跏像」(如意輪観世音菩薩)(木造・国宝)。この像は足を半跏の姿勢で左足を垂れ、右足を左ひざの上に置き、右手の先をほのかに頬に触れる<考える像>として有名であり、エジプトのスフィンクス、ダ・ヴィンチのモナリザと並んで<世界の三つの微笑像>としても知られています。

  さもありなん!何とも言えない清純な気品には言葉もありません。

 これで斑鳩の里を散策する一日を終えました。世の中は、悲しく鬱陶しい出来事(大震災・政治の愚図・私欲横溢)ばかりですが、このような初夏の一日を過ごすと、塞いでいた気分も和らぎ幾分でも爽快になりました。これぞ、歴史の持つ価値でしょうか。

永い歴史に耐えたものは、単なる遺産ではなく、精神を正道にもどす貴重な縁(よすが)にもなる貴重な存在ではないでしょうか。…それが世界に誇る「法隆寺」であり、斑鳩の里だと思います。

 ところで、法隆寺境内で、修学旅行生がたむろしているところに出くわしましたが、その場所は、彼らがよく知っている俳句が刻まれた碑の前だったので納得しました。

  柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 ”(明治28年・正岡子規)

 私たちは出発点の近鉄筒井駅にもどり、冷たいビールで乾杯し、一日の疲れを癒しました。

 歴史の散策をお薦めします。

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です

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