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2011年8月12日 (金)

「大文字送り火」「原爆忌」「靖国」…“慰霊”に徹せよ!

 285回目のブログです。

“ 梢より あだに落ちけり 蝉の殻 ”
(俳聖・芭蕉)

 木の梢からむなしく蝉の抜け殻が落ちてきた。まさに「空蝉」(うつせみ・虚しく侘しい意)の世の中だなあ…。

 熱暑、猛暑のなか、朝早くから蝉(セミ)の鳴き声がかまびしく聞こえ、それでなくても暑いのに一層暑さが増してくる八月(葉月)です。それにしても、芭蕉の俳句がいみじくも指摘しているように、菅首相が代表する世の中は何か「空蝉」のように空しく響いて仕方ありません。

    陸前高田の松、「五山送り火」使用断念
   ・・・放射能汚染を懸念する意見相次ぎ

東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪を「陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪」(16日)で燃やす計画について、大文字保存会は断念することを決めた。
保存会と京都市が行った薪の検査では放射性セシウムは検出されなかったが、放射能汚染を懸念する意見が相次いだためだという。
               (8/8 読売新聞 一部抜粋)

 お盆はわが国で行われる“祖先の霊を祀る”行事であり、そもそもの成り立ちは神道と仏教の習合からきていると言っていいでしょう。その内容は多々あり、釜蓋朔日(かまぶたついたち)、七夕(たなばた・棚幡)、迎え火、送り火、盆踊り、新盆、精霊馬、施餓鬼などが良く知られています。

 それにしても、伝統行事を守り続けてきている京都市や大文字保存会の努力は大変なことだと思いますが、今回の姿勢は問題があるのではないでしょうか。東日本大震災で亡くなられた方々を慰霊しようと、陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪を護摩木として、大文字の送り火(大文字・松ヶ崎妙法・舟形万灯篭・左大文字・鳥居形松明)に供して貰うことになっていたものを、直前になって「セシウム」を理由に断ったのですから。

 しかも、セシウムは測定しても検出されなかったというのですから、科学的見地から言ってもおかしい判断だと思います。雑音を抜きにして慰霊を基準に考えれば何も大層なことではないと思います。

 と、ここまで書いたとき、五山送り火保存会がコロッと一転したというニュースが入ってきました。

    被災松 一転、送り火に

京都市内で16日に行われる「京都五山送り火」の一つ「大文字」で東日本大震災の津波で流された岩手県陸前高田市の松で作った護摩木を燃やす計画が中止された問題で、京都五山送り火連合会が、現地から持ち込む別の護摩木を送り火で燃やすことを決めたことが10日、わかった。
今回の中止に批判が殺到したため…
              (8/10産経新聞一部抜粋)

 フラフラ、フラフラ、科学心や良識を欠く一部の京都人は被災地に対して失礼にあたるのではないでしょうか。地獄の苦しみを味わっている被災地の方々に対しての同情、絆、紐帯感をもち、寛大な心で対処するのが日本人としての最低限のつとめだと考えます。

 「大文字の送り火」は“慰霊”に徹せよ!

    菅総理演説「広島市原爆死没者慰霊式ならびに平和祈念式」

 我が国のエネルギー政策についても、白紙からの見直しを進めています。私は、原子力については、これまでの「安全神話」を深く反省し、事故原因の徹底的な検証と安全性確保のための抜本対策を講じるとともに、原発への依存度を引き下げ、「原発に依存しない社会」を目指していきます。
今回の事故を、人類にとっての新たな教訓と受け止め、そこから学んだことを世界の人々や将来の世代に伝えていくこと、それが我々の責務であると考えています。
                (8/6内閣府発表一部抜粋)

 8月は原爆忌の月です。広島は8月6日に「広島市原爆死没者慰霊式ならびに平和祈念式」長崎は8月9日に「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が催され、菅首相が大演説をぶちました。

 菅首相はもちろん普通の慰霊のことばを述べ、核廃絶への努力をうたいましたが、いままでの総理と全く異なり、加えて「脱原発」を主張しました。おそらく、濃縮ウラン型(ウラン235・広島)、プルトニューム型(プルトニューム239・長崎)の核物質を搭載し、広島、長崎の無辜の民(罪のない市民)を殺傷した核兵器と原子力発電所を同質、同等とみなしたのでしょう。

 待ってほしい。「原子爆弾」は戦争の兵器として使用され、アメリカが非戦闘員を攻撃してはならないという国際法に違反して、無辜の民を虐殺した残忍極まりないものであるのに反し「原子力発電」はあくまでも一応平和的利用となっているのであり、福島原発災害は自然災害と人災の合わさったものではないでしょうか。その人災の大きな片棒を担いだのが菅首相なんです。

 どう考えても原爆と原発を同一視するのは愚かなことだと思います。原子力発電廃止を主張するならば、それはそれとして原爆とは一線を画し、政治的、経済的、科学的観点から議論を詰めていくべきではないでしょうか。

 それにしても、原爆忌(原爆死没者慰霊式)は原爆で亡くなった方々を慰霊する行事です。そこに無粋な政治テーマを揚げたり、それを政治利用の場にするなどは、死者を冒涜することではないでしょうか。広島市長、長崎市長も菅氏と同様の発言があり問題ですが、広島県知事の湯崎英彦氏は慰霊と核兵器廃止への願いを厳かに述べており、心を動かされます、素晴らしい人物です!

 「原爆犠牲者慰霊式」は“慰霊”に徹せよ!

    靖国神社参拝の義務

  8月15日の終戦の日が近づいてきた。ことしも閣僚の靖国神社参拝は期待できそうもない。だが、中国や韓国が何と言おうと、首相をはじめ、閣僚や国会議員は靖国神社に参拝する義務がある。

  なぜか。戦死をしたら靖国神社に祀るというのは、法律などに規定があるわけではない。だが、それは戦死するかもしれない人々と、残された人々との黙契(もっけい)であるからだ。

  国家、国民のために、自己のあらゆる可能性を放棄せざるを得なかった戦死者に対して、国家が何もしないのならば、今後、国家、国民のために命を捧げようという人は出てこないであろう。これからの日本の平和を守るためにも、閣僚、国民みながこぞって公式に感謝し慰霊する義務があるのである。

戦死者は交通事故や災害の死者とは異なる。単なる慰霊だけではない。感謝の気持ちを併せ持たなければ、本当の慰霊にはならない。ことしこそ、国家は戦死者に対する黙契を果たそうではないか。
            (8/5  産経ニュース 一部抜粋)

 靖国問題は素直に考えれば、上の記事の通りです。薄っぺらいマスコミなどが言うぐちゃぐちゃとしたイデオロギーや小難しい理屈を除けてみれば、靖国の霊(これを英霊という)に対し感謝をもって慰めることに尽きるのではないでしょうか。

 「靖国神社」は、感謝をもった“慰霊”に徹せよ!

 以上3点、大文字送り火、原爆忌、靖国についての感想を記しました。わたし達は日本人としての情緒、精神を素直に発露すべきだと考えます。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です

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コメント

被災者k様

ご指摘、恐縮に存じます。今回の送り火問題どうしてこのようになったのかと非常に疑問に思い、それは観光ということを外すわけにいかないからだろうと判断しました。そうでなければこんなことにはならないと思ったからです。ご指摘のように観光化ではないということですから文を訂正します。
私も京都には永く住んでいたこともあり、大文字送り火の伝統維持の努力には敬意を払っていることもご理解ください(8/16)

投稿: のんちゃん | 2011年8月16日 (火) 10時52分

ブログ発信者へのお願い
 文章発信の際には、検閲ではなく、校閲という作業を
きちんと経てからアップしてもらいたいものです。
大文字の伝統行事の実際の運営に携わっておられる方の
考えをだれも、取材せず、一方的な憶測独断で非難するのは、いかがかと思います。
観光行事のなかから、鎮魂へのきっかけが生れることも
あります。ものごとを、片一方からのみ判断して内輪の感想をやり取りするブログは、・・・・・?

投稿: 被災者K | 2011年8月12日 (金) 10時18分

私は75歳です。終戦(敗戦)報道に心が崩れ落ちた夏(昭和20年8月15日)には小学校4年生でした。 後2年で幼年兵学校に入学し、わが祖国日本の為に戦場に赴く決意が崩れた夏でありました。しかし今当時を回想しますと精神が漲っていた思いが鮮明です。 昨今、報道などに触れる度に空虚な思いに追い込まれたいた私の心、今朝、忘却しつつあった強烈な魂を与えて頂けた感謝を申し述べます。 何時もながら今回のご高説に全く同感です。 岡村昭

投稿: 岡村昭 | 2011年8月12日 (金) 10時07分

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