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2011年12月16日 (金)

「絆」…今年の漢字に思う!

 303回目のブログです。

“樵りおきし 軒のつま木も 焚きはてて
拾ふ木の葉の つもる間ぞなき”
  上原しん(幕末志士・梅田雲浜の妻)

 煮炊きのために樵り置いていた薪も使い切ってなくなり、木の葉を集めてみたものの、木の葉はすぐに燃え尽きてしまい、その木の葉さえ積もることがない…。

 幕末の勤王の志士、梅田雲浜の妻だった“しん”は、この和歌で極貧の生活を表現していますが、その根底には、あらば貧しさは決して恥ずべきではなく、要は、自分自身の心をいかに保ち続けるかが大切ではないかと詠っています。

凛とした、清澄な心をそのままに詠ったこの和歌は、現代の薄汚れたわたし達の心に、厳しく問いかけているように思えてなりません。

 さて、先日「今年の漢字」一字が選ばれ、京都清水寺の舞台で森貫主が墨痕鮮やかに揮毫しました。数十万の応募の中から選ばれたのは、震災の「」、地震の「」、津波の「」、援助の「」、復興・復活の「」、協力の「」、支援の「」、人命の「」、自然の力・原子力の「」、を圧倒的に抑えてダントツだった『絆』(きずな)でした。

 今年の出来事と言えば、誰が何と言おうとも、東日本大震災とそれに付随する福島原子力発電所の事故でしょう。上の10の漢字すべてが大震災に関連した言葉であることを見ても明らかです。

 それでは、辞書を引いて【絆】の味を考えてみましょう。

 ・人と人との断つことのできないつながり
離れがたい結びつき
絶つにしのびない恩愛

・馬などの動物をつないでおく綱
(大辞泉&広辞苑)

 今回の大震災において、わたし達国民は、あらゆる所で、あらゆる人々の間で、人と人との断つことのできないつながり「絆」を確認したように思えます。

 君臣の絆(皇室・天皇陛下と被災者国民)
・被災者の絆(被災者同士の助け合い)
自衛隊と国民の絆(自衛隊員滅私の救助活動)
・全国民支援の絆(多額・瞬時の義捐金)
・有力都市支援の絆(地方自治体の支援)
・企業、団体、NPO支援の絆
・ボランティア支援の絆

外国と日本の絆(外国からの心暖まる支援)

 このなかで特に記すべきは、天皇陛下の御言葉とご高齢を押しての被災地御巡幸、自衛隊の献身的救助活動、ただ一国の敵情視察国を除く諸外国(その中でも台湾・米国・ブータンは特段)の心暖まる支援ではないでしょうか。

 しかしながら、これで大震災への対応が順調に進んできていることを意味しているのではありません。わたし達一般国民は、今回確かに「絆」を心に刻んだとは思いますが、内閣が機能しないという、政治の堕落と無責任、知恵の無さと不誠実により、震災の復旧・復興は遅々として進まず、何と、あの「復興庁」は未だ機能さえしていないのが実情です。

 そうは言っても、絆の精神を発揮したわが国民は、それなりに誇りをもたねばならないと思います。「絆」は、言葉を変えれば「連帯」であり、「共同体」意識の発揚でもあり、以前は「紐帯」(ちゅうたい)とも言っていました。

 【連帯】 同じ社会の成員として共通に分かち持つ帰属意識
 【共同体】血縁的・地縁的・感情的なつながりを基盤とする
      共同生活の様式
 【紐帯】 血縁・地縁・利害関係など社会を形づくる結びつき
                (大辞泉&広辞苑)

 ところで、いわゆる絆の精神が、大陸の某国などと大きく異なり、わが国で顕著に表れたのは、日本国民、日本民族の優れた精神性ではないでしょうか。今、わが国はいろんな難問を抱えてはいますが、いざと言う時、危機が生じた時、その本質、実相を発現する良い国民性を有していると考えます。(もちろん、本来ならば、危機への対応、対処は従前からベストを尽くしておかねばならないことは言うまでもありません)

 国民精神と言えば、国文学者・芳賀矢一の“国民性十論”が嚆矢でしょう。これは、明治40年に著されたもので、留学の経験から、わが国の文化的、精神的特徴を指摘したものです。

 10の項目は次の通りです。

・忠君愛国
・祖先を崇び家名を重んず
・現世的実際的
・草木を愛し自然を喜ぶ
・楽天洒落
・淡白瀟洒
・繊麗繊巧
・清浄潔白
・礼節作法
・温和寛恕

 現在では、死語になった観の言葉もありますが、明治時代の精神的な気高さを彷彿とさせるものがあります。芳賀矢一は、世界の中の日本として、この国民性十論を認識したそうです。

 翻って、わが国の現在は、明治の誇りをどれだけ継承してきたのか、まことに心もとないものを覚えます。 

わが日本は、国内は震災とデフレによる低迷、外交は稚拙、領土・領海は中国・韓国・ロシアから狙われ、今や、累卵の危うき状態にありますが、こういう時こそ、国民を鼓舞するのが国家のリーダー、藩屏の役目ではないでしょうか。

 そのためには、国のリーダーは、まずもって「国民精神」を語らねばなりません。国民精神、平成の国民性十論はどういう言葉になるのでしょうか。内閣総理大臣には“どじょう”などのような庶民的な柔い言葉ではなく、情熱を込めた格調高い言葉で、平成の国民精神を語り、日本国民が一層固い『絆』で結ばれるような方向を目指してほしいと望みます。

 また、わたし達国民は、ここで本当の意味での「絆」精神をはっきすべきです。それは、一部のヒステリックな原子力恐怖症の連中は差しおいて、全国各自治体が、私益のためではなく、公益のために、厖大に発生した東日本の「瓦礫」の受け入れを積極的に行ことを支持、支援することではないでしょうか(残念ながら現在6自治体のみ)。…哀しみに同情するのではなく、哀しみを名実ともに分かち合う、これが実現してはじめて、世界に誇る、真の「絆」と言えるでしょう。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です

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