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2012年4月20日 (金)

原子力発電…これは安全と企業の視点から考えよう!

 321回目のブログです。

石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも
(志貴皇子・飛鳥末期~奈良初期・万葉集)

 激しく水が岩にぶつかり落ちる滝のほとりの蕨が生き生きと芽吹く春になったことだなあ…。

 万葉集でも指折りの名歌として有名ですが、声に出して詠えばそのリズミカルな雰囲気から、古の歌人・志貴皇子の春の盛りを心から喜んでいる姿が瞼に浮かんできそうです。

 ここ近畿ではソメイヨシノも散り、真に和やかな春となっていますが、わが国のリーダー層は、なかなか穏やかな雰囲気とはほど遠く、軽佻浮薄、真実回避、科学精神軽視の風潮に染まっているように見えます。

 今月14日、枝野経産相は福井県の西川知事と会談し、関西電力大飯原発3・4号機の安全性は確保されているとし、早期の再稼働を要請しました。

 これに対して近隣の知事やマスコミが反発、混乱に輪をかけている状況ですが、原発をどうすべきかについて、政治も行政もメディアも一般も右往左往していますから、ここで頭を一度整理し、冷静に考えてみたいと思います。

エネルギーは国の根幹を左右する基本的インフラそのものであり、原発を今後どうするかについては「綜合的エネルギー政策」のもとで位置づける必要があります。したがって、原発は、短期(3年)、中期(10年)、長期(30年)と明確に区分して考えなければなりません。今の議論はこれがごちゃまぜになっているのではないでしょうか。

わたしは、原発については「安全」の確保と「企業」の発展の2つの視点から慎重、かつ積極的に対処していくべきだと考えています。

【安全の確保について】

  大飯原発の再稼働について、枝野大臣を筆頭とする政府の言動はフラフラしていますが、福島原発の大事故の貴重な教訓をふまえるならば、前提条件を明確にしなければなりません。

その前提条件は、当然ながら厳しいものになりますが、次の三つの条件を挙げたいと思います。(田中秀征元経済企画庁長官「政権ウォッチ」DIAMOND ON LINEより)

1)まず、政府、国会、民間の事故調の最終報告を踏まえて、専門家による「新しい安全基準」を策定する。

2)早急に「原子力規制庁」を発足させ、新しい安全基準を法制化する。

3)並行して今回の原発事故に対する原子力ムラの各組織の責任と政治家、官僚、学者の「責任を追及」すること。原発事故が“人災”であるからには当然である。

  上記の3点は極めて妥当であり、十分納得できるはずのものと考えられますが、今回、野田首相や枝野経産大臣は上記の3点の手順をふまえず、また、原子力委員会に安全判断も示させず、いわゆる「政治判断」をしました。とんでもない。知識のない政治家が「安全」を判断するなんてことは、決してあってはならないこと…国民のだれが信用しますか。

  あれだけの福島事故を起こしたのですから、野田首相は原発、ならびに原発再稼働に関しての哲学、方針を、国民に対して明確に述べるべきではないでしょうか。それが総理大臣としての当然の責務だと考えます。消費税増税よりもこちらの方が重要案件です。

  人災の責任者と言えば、たとえば枝野大臣です。枝野氏は前の菅政権で官房長官の重責を担う地位に居たにもかかわらず、原子力災害に悪びれもせず、痛痒も感じず、辞任・辞職もせず、あろうことか原子力行政を司る経産省の大臣に鎮座ましましているのですから。また、いまだに誰も責任を取っていないこと…これ、まさしく不誠実、モラルハザードそのもの。

  新安全基準についても、政府は不作為の罪を犯しています。原子力発電における危機管理の専門家である青山繁晴氏などは、昨年の5月からその作成の必要性を強調していました。それにもかかわらず、未だにできていないとは、あまりにもtoo late、無責任の極みと言うべきです。これもあきらかなモラルハザード。

  どうして原子力安全委員会が安全についてきちっと発言しないのか、無責任ではないでしょうか。

  政府は、遅まきながら、この3条件を速やかに実行し、こそこそではなく“堂々”と、胸を張って原発を推進すればいいじゃないですか。

【企業の発展について】

  今、原発賛成か反対かについて、冷静な論争や確かな議論ではなく、喧しい言い合いが続いていますが、ここで忘れられているのは企業サイドからの意思です。間違った経済政策によるデフレ経済が十数年続き、今や企業は青息吐息、特に製造業は苦しい局面に立たされています。
昨今の経済政策は分配に重きを置き、成長への道はほとんど顧みられておらず、企業活力は減退の一途です。

  このような時、企業家心理に配慮しない電力インフラ政策は、大いなる犯罪と言わねばなりません。企業の発展に欠かせないものは、設備投資であり、あるいは新規投資です。
その設備投資なり新規投資を決断するのは企業経営者ですが、企業経営者に決断を促すためにも、少なくともインフラにおいて躊躇や迷いや懸念を与えるべきではありません。
もしも懸念を与えれば、新工場、新事業などの立地を韓国や台湾やその他の国に移すことになり、雇用そのものも急速に減少していくのは必至です。もうすでにそのような動きが加速しているじゃないですか。

  次に、経済を維持ならびに成長させることが大事だと考えるならば、電力は現在の最大需要量よりも2割~3割の余力がなければなりません。
最近の議論の間違っているのは、今夏さえクリアすればよいとの安易な考えが蔓延していますが、これは危い考えであり、日本企業の弱体化を促進することにつながります。企業は、設備投資、特に工場立地などについては3年~10年先を見ていますから、どうしてもそれに即応できる電力供給体制が必要です。

【その他思うこと】

  わたし達国民は福島原発の事故を見聞して、政府があまりにも機能しなかったこと、科学的知識を活用しなかったこと(「SPEEDI」放射性物質拡散予測システムを使わなかったために適切な科学的な避難ができなかった)、不誠実だったこと(たとえば枝野官房長官の「ただちに影響はありません」というエンドレスの魔法の言葉)、などにより、不安感・不信感を持ったままになっています。政府リーダーには、この不安感と不信感の払拭に真面目に取り組んでもらいたいものです。

  福島原発の事故以来、反原発の運動が激しくなっていますが、彼らの論拠は、放射線への恐怖、その類推が高じて原爆被爆と同等の放射能への恐怖となっていますが、ここは、そのような情念(センチメント)にもとづく判断ではなく「理性的判断」が必要でしょう。わが日本は、科学立国、技術立国ですから、それに恥じない対応ができるはずですし、しなければなりません。それが文明を克服することにつながるのではないでしょうか。

  東日本大震災、福島原発事故という国難のなかで、正義の仮面をつけて、日本国の足を引っ張ろうとする人々がいることに注意しなければなりません。たとえば、ソフトバンク社長の孫正義氏です。彼は日本国に向かっては脱原発を説き、大喝采を浴び、一方、韓国の大統領に対しては原発推進を積極的に進言。まさに筋が通らない二枚舌。わが国の弱体化推進への過程で利益を図らんとする人物に日本の国策が影響されては断じてならないと考えます。

 原発についていろいろ記しましたが、誤った安全神話・危険神話の最たるものは、現行の憲法です。その憲法にしたがえば、「世界」と「自然」は常に平和で穏やかであり、無防備でよいのですが、北朝鮮の核兵器・ミサイルや東日本大震災を経験すれば、それが絵空事であることが明々白々になりました。現行憲法はもう完全に限界にきたのではないでしょうか。(282回目ブログ「“安全神話”の深層をえぐる!」をご参考ください)

 原発については、きちっと誠実に対処することが肝要であり、その際の視点を「安全」と「企業」に置くべきだと考えます。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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コメント

原子力とは言わず、自動車や電車の今後は、運転中のそれらが故障した時や破壊された時に完全制御出来る技術がキーです。居眠り運転や地震から守る技術だけでなく、それらによって破壊された時に東名のバス事故や中国の新幹線のように破壊によって人間や社会への危害がないように、安全停止を保証できない技術は採用すべきではありません。コンピューターは、フェイルセイフができているので、銀行のシステムが止まることで会社がつぶれたり不都合が起きることはなく、システムが破壊されることでミサイルが誤発射されることはあり得ないと言う人がおられます。本当でしょうか。
20年前のコンピューター技術でフェイルセイフが出来ているでしょうか。福島第一原発1~4号機は、40年以上前の技術で作られており、それのデザイン変更を、非常用電源を原子炉2基に一台(これで5,6号機は冷温停止した)追加を除き、していません。反対・安全の職業運動家から「絶対安全だろうな」と言われて、(米国製だし)そうだと言わざるを得なかった、それに縛られ、また嘘をついて運用して技術進歩と知識増加に応じた対策をしなかったのです。震源に近い女川原発は同じ地震津波でも冷温停止しており、福島第一と比べてその技術改善はコンピューター同様明らかです。原子力は普通の改善、改革を施せないような環境にあり、関係者それぞれに責任があると思います。

投稿: JM | 2012年5月18日 (金) 23時15分

原子力発電の今後は、原子炉が故障したときや破壊されたときに完全制御できる技術がキーになると考えています.津波や地震から守る技術だけではなく、それらによって破壊されたときに安全に停止する技術の確立が本質的な技術開発だと思います.コンピュータの世界ではこのフェールセーフの考え方が常識で、破壊されても人間や社会への危害がないように、安全停止を保証できない技術は採用すべきではありません.

投稿: 原田勇治 | 2012年4月27日 (金) 07時39分

原発政策
国の安全保証とか経済成長とか技術開発とかは無関係に何が何でも反核にこだわる一国市民主義の立場は解りやすい。また人口は増え続け、世界レベルでは今後原発も増え続けることが予想される中それでもその動きには目を瞑ろうとする反核論者の立場は数十年前の一国平和主義論者を彷彿とさせる。
絶対の安全、絶対の無事故を主張するが故に政府、電力会社、関係機関の説明には納得しない。そして使用済核廃棄物の処理の問題にまで話を発展させ核反対のイデオロギーになってきている。これは一国市民主義である。
地球の人口は増え続けており、中国はこれから50基、韓国は20基以上設置していく計画である。アメリカは1979年スリーマイル島の原発事故以来新設原発はなかったが、今年2月34年ぶりにジョウジア州で原発新設が決まった。原子炉は東芝の子会社ウェスチングハウス・エレクトリック社開発のものが採用される。
ウクライナは1986年のチェルノブイリ原発事故の後、脱原発に舵を切ったが、結局停電が次々と実施され、国内経済はガタガタになり、失業が増えるなど社会環境は悪くなり、1993年に原発の建設凍結を撤回し原発再稼働に政策方針を転換した。ウクライナでは現在15基の原発を保有しており、2030年までに新たに2基建設の計画である(奈良林直北大大学院教授)。
福島第1原発事故では初期対応のまずさがあって炉心溶融まで至っていったとしても現在一応制御出来ているといっていい。これは日本の技術が経験した最大のノウハウなのである。原発そのもの及び制御技術は進歩し続ける。ベトナム、トルコなど日本の原子力技術に期待する国は多い。して中国、韓国も最終的には日本の技術を期待するようになるであろう。
原子力は現に実用化している技術であり今後改良されるであろう。そしてそれに代わって期待される自然エネルギーは100万キロワットレベルでは実用化されてなく、不安定な天候に左右されないためには蓄電池技術の革新が必要であるが、これもまた現在十分なものでなく未来の話である。
数十年先は別として当面原子力を制御せざるを得ないのではないか。

投稿: 福井成範 | 2012年4月21日 (土) 20時57分

原発問題に係わる明快な貴説には100%同感です。敢えて自説を加えさせて頂きますと、喫緊の国家課題は明らかに①東北復旧への万策、②原発再稼働対応(貴説どうり)、③北朝鮮(拉致)、中国(尖閣)、、、であるのに、「消費税は待ったなし、、、」と叫び続ける総理に向けて、頭が狂っているのか、、、と各種機会で叫びを上げ続けています。

投稿: 岡村昭 | 2012年4月20日 (金) 20時29分

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