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2012年6月 1日 (金)

素晴しきかな古都…奈良・長谷寺を散策!

 327回目のブログです。

 今年もあっという間に6月朔日(ついたち)、時日の経つのははやいもの。今は、つつじ(躑躅)はとっくに終わり、さつき(皐月)がほぼ満開へと目を楽しませてくれている好季節ですが、先日の日曜日、気の置けない友人十数人と、歴史のロマンと心のふるさとを求め、併せてウォーキングを兼ねて、古都奈良の悠久の歴史と自然、加えてわが民族の豊かな精神を感じさせる“長谷寺”を参拝、散策しました。

 コースは、京都駅集合、近鉄線で、大和八木駅乗換、大和桜井駅にて下車、ここからはウォーキングで、大和川(初瀬川)・海榴市(つばいち)・仏教伝来の地→初瀬街道(はせかいどう)・古い家並み→長谷寺参道→長谷寺とめぐり、最後は近鉄長谷寺駅となります。およそ9kmの道程。

  大和川(初瀬川)・海柘榴市(つばいち)・仏教伝来の地

  古代、大阪の難波から川船で大和川を遡ると海榴市の湊に着きます。ここは飛鳥の都の玄関口であり、仏教伝来の地でもありました。

  海柘榴市はわが国最古の市として繁栄。ここは街道の交差点であり、大和川水運の港として大阪難波からの舟の便もあったため、さまざまな物産が集積し大いに賑わったそうです。

  また、春や秋には、若い男女が集まって互いに歌を詠み交わし遊ぶ歌垣(うたがき・求婚の場)が行われていました。『歌垣』…何と心地よい響きの言葉でしょうか。古の大和人が歌(和歌)で求婚するという、素朴で繊細な情緒を持っていたのは、まことに驚きです。そうした当時の人々の、ほとばしる感受性、豊かな人間性、おおらかな国民性が、天皇から読み人知らずまでを含む国民歌集として、世界に誇る「万葉集」を編ませることになったものと思われます。

 “紫は ほのさすものぞ海柘榴市の 八十のちまたに 逢へる子や誰”
(読み人知らず)

  河畔には墨痕鮮やかに「佛教傳來の地」と書かれた、ひときわ大きな石碑が目に入ります。これは、西暦552年、百済から仏像や経論がこの港に上陸したのを記念したものです。

  さらに、推古天皇の時、遣隋使・小野妹子が、隋使を伴って帰国した際、75頭の飾り馬をもって迎えさせた場所もこの海柘榴市であり、現在、往時を思い起こさせる飾り馬の石造が数頭建っています。

  初瀬街道・古い家並み

  大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を歩き一路長谷寺へ。初瀬街道沿いには日本最古の神社である大神神社(おおみわじんじゃ)を祀る三輪山、纏向遺跡で有名な纏向山、そして初瀬山など、歴史に由緒ある神聖な山々が連なり、緑豊かな大和青垣国定公園が形成されており、何となく心の落ち着きを覚えます。

  途中はずっと古い家が並んでおり、いずれも静かで豊かな情趣を感じさせてくれますので、歩いていても伸びやかな気持ちになります。

  十二柱神社

ここは素通りしましたが、太古、わが国初の天覧相撲で勝者となった神「野見宿禰」(のみのすくね)の五輪塔があり、相撲発祥の地として有名です。したがって、相撲に因んでいるのでしょうか、狛犬(こまいぬ)を持ち上げているのも4人の力士となっています。
さらにこの地は、武烈天皇泊瀬(はつせ)列城宮跡でもあります。

  『春夏冬二升五合』食堂

  長谷寺の参道は非常に長いものですが、その入り口で昼食のために食堂に入りました。当地は三輪素麺で有名であり、冷たい素麺または温かいにゅうめんを食したのですが、壁に立派な木彫りがあり、そこには“春夏冬二升五合”と彫られていました。

  何と読めばいいのか、侃々諤々(かんかんがくがく)でしたが、居酒屋の好きな呑兵衛ならばほとんど知っていることでしょう。これは、「春夏冬」=秋ない=商い、「二升」=升升=ますます、「五合」=半升=繁盛、すなわち“商いますます繁盛”という意味です。

  たとえば、昔「質屋」をよく一六銀行(7=1+6)と言ったりしましたが、「春夏冬二升五合」も、其れと同じく、いわゆる『判じ物』のひとつです。

  長谷寺

長い長い参道を通り、やっと長谷寺に到着しました。長谷寺は、奈良県桜井市にある真言宗豊山派の総本山。西国三十三箇所観音霊場の第八番札所。創建は奈良時代686年、花の寺として有名です。

  初瀬山の中腹に位置する長谷寺。入口の仁王門から本堂まで、何と399段の登廊(のぼりろう・屋根付きの階段)を上がらねばなりません。なかなかしんどいところもありますが、登廊の左右には牡丹と芍薬が植えてあり目を楽しませてくれます。

  長谷寺は、寒桜・山茶花・臘梅・梅・椿・桜・牡丹・躑躅・皐月・芍薬・紫陽花・のうぜんかずら・萩・百日紅・紅葉など年中花が咲いている花の御寺ですが、特に、櫻、牡丹、芍薬、紫陽花、紅葉は著名。

  今回は、牡丹と紫陽花の谷間に当たりわずかに牡丹と芍薬が残り花として美しく咲いていました。両花は、牡丹は木で葉が少し丸く、芍薬は草で葉は細いことで区別するそうです(…今ごろになってやっと理解できました)。そう理解して見れば、昔から美しい女性のことを花にたとえて、

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花

  という意味がよくわかります。

  (さはさりながら、わたしがごときは、立てば一杯、座れば二杯、歩く姿は千鳥足という都都逸にもならない体たらくでしょうか…苦笑)

  本堂はさすがに国宝、10メートル以上もある本尊の十一面観音像や清水の舞台に相当する長谷の舞台など、歴史の風雪に耐えた素晴らしい悠然たる風格でもって、訪れた参拝者に迫ります。

  ここで、長谷寺ゆかりの百人一首をごらんください。

 “人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける”
(紀貫之・古今集・百人一首・初瀬に宿りて)

“うかりける 人を初瀬の 山おろし はげしかれとは 祈らぬものを”
(源俊頼朝臣・千載集・百人一首)

ご当地お土産

 「くさもち」(よもぎもち)が有名。本物のヨモギ()を使い、両面を焼いたものと焼かないものがあり、いずれも素朴な味がします。

 「そうめんばち」(そうめんぶし・かんざし)は手延べ素麺を引き延ばした時の下の折曲った節のことです。三味線のバチに似ているところからこのように呼ばれていますが、味噌汁やお吸い物に入れればなかなかの珍味です。

 例によって、最終長谷寺駅の近く、すなわち参道入り口あたりで、冷たいビールをゴクリ、程よい充実した長谷寺散策の疲れを癒しました。

     大和は
國のまほろば
たたなづく
青かき
山ごもれる
大和し
美し
(日本武尊・やまとたけるのみこと)

 歴史の散策をお薦めします。

次回も
時事エッセー

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