ああ…「平和ボケ」続く日本!
335回目のブログです。
“つきてみよ 一二三四五六七八 九十 十とおさめて また始まるを”
(つきてみよ ひふみよいむなや ここのとお
とおとおさめて また始まるを…良寛・江戸後期歌人)
手毬をついてみなさい。一二三四五六七八九十、と十までついたら、また一から始まるので、これでゴール、これで完成ということは、仏の道にも歌の道にもないのですよ…。
これは、江戸後期、貞心尼が良寛に弟子入りする際に詠んだ歌に対する良寛の返歌です。繰り返し繰り返し試してみる、実直に一筋に夢中になる、そのことが仏の道や歌の道につながるということを手毬をつく数に託したものであり、まさに心が穏やかになる良寛さんならではの和歌だと思います。
翻って今日、わたし達は、戦後60数年、原点、基本からはずれ、誠実に実直に一筋にコツコツと役割を果たしていく生き方を失ってきているように思えてなりません。その原因は、いろいろあるでしょうが、イの一番に「平和ボケ」を挙げることが出来ます。
■ パンダちゃん安らかに 赤ちゃん献花台 別れ惜しむ行列
東京・上野動物園は12日午前、生後7日で死んだジャイアントパンダの赤ちゃんのための献花台を、パンダ舎前に設けた。献花台には母親「シンシン」の胸に抱かれ乳を飲む赤ちゃんの遺影が掲げられ、開園直後から多くの来園者が花を供えて別れを惜しんだ。
(2012/7/12 東京新聞)
パンダの赤ちゃんの死を悼んで、驚くなかれ“献花台”とは。およそ2万人が弔問したそうですから、日本って平和なんだなあ、何の問題もない人々で溢れかえっているなあと思うと共に、パンダに献花(弔問)台を設けることに疑問も違和感も持たない社会は、どう考えてもおかしく、異常、異様を通り越して気が変になっているのではないかと思えるほどです。
この状況を見るにつけ、あらためて「平和ボケ…日本」の感を強く抱かざるを得ません。パンダの弔問より尖閣問題や電力・エネルギー問題など、今、深刻な課題が山積みであるにもかかわらず、メディアは連日、パンダ、パンダとTOPニュース。
これよりも少し前に、上野動物園のパンダ「シンシン」「リーリー」の赤ちゃんが生れた時、連日、テレビではTOP報道、新聞でも号外や1面での写真入りでしたので、この時も大いなる違和感を覚えました。
なぜならば、パンダの赤ちゃんは、和歌山の白浜にあるアドベンチャーワールドではすでに12頭生まれており、上野動物園で初めてということに過ぎないのですから。
東京の人は、真実の日本初には関心がなく「東京初=日本初」という思い上がりがあり、それが今回の狂想曲となったのではないでしょうか。まさに「東京目線」という典型的な現象です。現在の東京マスコミや霞が関のように、東京からしか物を見ようとしない、見ることが出来ない体質は、真実を直視しようとしない一種の“ボケ現象”であり、わが国の全体的な発展を大きく阻害していると考えます。(→これが橋下人気に直結する一要因でもあります)
ところで、パンダ(ネコ目クマ科ジャイアントパンダ属)は、ふっくらとした可憐な可愛さと、生育に特別な困難さがある希少価値により人気は高く、パンダ外交、パンダビジネスという言葉があるくらい特異な存在であることは良く知られています。
レンタル料は約8300万円、食事代800万円/2頭・年間ですが、経済効果が昨年で200億円と言われていますので、ビジネスとしても成立しているのでしょうか。それにしても高いレンタル料ですね。
■ 鳩山元首相、原発再稼働反対デモに参加
鳩山由紀夫元首相は20日夕、首相官邸前で原子力発電所の再稼働に反対する市民団体らのデモに参加した。首相経験者が市民デモに加わるのは異例。ハンドマイクを手に「首相経験者として皆さんの声を官邸に伝え、政治の流れを変えたい」と訴えた。
(2012/7/20 日経新聞)
いやあ、驚きました。元首相であり、現政権与党の最高幹部である鳩山氏が原発反対デモに参加するとは、いかに鳩山氏がルーピー(loopy・頭がおかしいさま、酒に酔って正体がないさま、ふらふらしているさま)と称されているにしても、異常、異様であることに疑いをはさむことは出来ません。
まさに、笑いを通り越して、不安を覚えるほどであり“平和ボケも極まれり”と言わざるを得ません。そもそも、デモとは、自らの主張を政府中枢になかなか伝えることがむずかしい集団が、公の場において示す行為です。鳩山センセーなどはその埒外であり、元首相として、党最高幹部として、自らの主張を堂々と政府中枢に開陳することができる立場にあるのです。何をかいわんや。
たった今は反原発を唱える鳩山元首相は、元来は積極的な原発論者であり、CO2削減25%を国際公約したこととも併せて、自分自身でどのように整合性をとるのでしょうか。さらに、沖縄普天間問題なども加えて、その時々のファッション的支離滅滅の言動がいかに国益を毀損しているかが理解できないのでしょう。
鳩山氏のような国家のリーダーに緊張感と危機感がない背景には、依然として続く“平和ボケ”があると言っても間違いないと思います。
たとえば、オスプレイ(米軍の垂直離着陸輸送機)が岩国に配備されましたが、配備反対のデモが連日報道されています。民主党前原政策調査会長は政府(民主党の政府ですよ)の進め方に異を唱えており、まさしく政府と党が不一致であり、これまた支離滅裂。組織の在り方としては常識以前です。
オスプレイについては冷静な検討を加え、その実情、数値をわかりやすく「広報」すれば済むことではないでしょうか。同じことは原子力発電にも言えます。
軍備は安全保障の根幹、原発を含む電力は産業・生活の基盤、これらを確立していくには、何が何でも「平和ボケ」から脱却し、厳しい現実を直視しなければなりません。
それにしても、パンダの献花台や鳩山元首相のデモ参加を見るにつけ、世の中、あまりにも鈍感に過ぎはしないでしょうか。
メディアもしかり。先日、ある朝日新聞記者(大阪)が告白していました。『大阪では、橋下市長の「君が代」斉唱を法定するなどの率直な発言とスピーディな行動が大きく支持され、橋下市長と真逆にある「リベラル」「反戦」「護憲」を売り物にした朝日新聞がもはやアナクロ的な存在となり、ジリジリと部数減となっている』と。
朝日も自らの平和ボケの中で、60年以上にわたり正義だと信じてやまない「リベラル」「反戦」「護憲」(すなわち、社会主義・反日&主権放棄・米国思想護持) の姿勢を続けてきているのは事実であり、まだまだこのままの姿勢を積極的に続けていく意向を強く持っているそうです。
戦後60年以上も経過しました。人間であれば還暦過ぎ。もう“平和ボケ”を卒業しませんか。
常識に還りましょう。
みなさんはどのようにお考えでしょうか。
次回は
時事エッセー
です。
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