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2012年9月21日 (金)

「秋分の日」…祝祭日の意味を考えてみよう!

 343回目のブログです。

“思ふこと つらぬかずしてやまぬこそ 大和をのこの 心なりけれ”
             (明治天皇御製・明治38年)

 自らがこれと決めたことを貫かないではおかない強い姿こそが日本男児の心意気ではないか…。

 現在、わたし自身はもちろんのこと、国民、特にわが国のリーダー、日本の藩屏は、日本男児の心意気を喪失しているように思えてなりません。それは、隣国の蠢動(しゅんどう・気味悪くうごめくこと)に慌てふためき、茫然自失、なすすべを知らぬかに見える体たらくで理解できるのではないでしょうか。

 言動が二転三転したり、言うこととやることが180度異なったり、公約を実行せず公約にないことを平然と行ったり、まさに男児の、あるいは人間の風上におけない精神が蔓延しているのがわが国の現状と言えます。

 そうとすれば、わたし達が明確な「志」を持つと共に「志」を貫こうとしている真の日本人にわが国の舵取りをお願いしなければなりません。

 秋も涼しくなろうとしているこんな時は、じっくり落ち着いて「秋分の日」の意味を考えながら、一日を有意義に過ごすことも大切ではないでしょうか。

秋分の日とはどんな意味を持つのか、いろんな観点から整理してみましょう。

      昼と夜の長さが同じ秋の日(秋分日・天文学)
「秋季皇霊祭(祖先を祀る日)
「お彼岸の日(祖先を供養する秋彼岸の中日)
  祖先を敬い亡くなった人を偲ぶ日(祝日法)

わたしは、小学生のころ、先生から、秋分の日は昼と夜の時間が同じだから祝日としてお休みですと教えられましたが、考えてみればこんなおかしいことはありません。どうして昼夜の時間が同じであれば「“国民の”祝日」なんでしょうか。ばかばかしいと感じても何の不思議もありません。

 戦前は「秋季皇霊祭」として、祖先を祀る“祭日”(年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム太政官布告)であったものを、大東亜戦争(太平洋戦争・第2次世界大戦)後の大混乱期である昭和23年(1948)に「国民の祝日に関する法律」によって“祝日”となったものです。

 もちろん、この日は仏教のお彼岸の中日にもあたっており、国民がこぞって祖先を祀り、先祖供養を行ってきていますから、わが民族の優れた習俗、誇るべき国民精神として大切にして行かねばなりません。

 しかしながら、「秋分の日」という言葉では、祖先を敬い亡くなった人を偲ぶという趣旨が全く伝わりません。それに加え、昨今、民主党政権は、観光政策のためと称し、祝日の日程を自在に移動し、まとまった休日となるように法律を変えようと蠢いていますが、これでは、もはや“国民の”祝日という趣旨が皆無になってしまいます。祭日祝日 祝日 休日 の流れと言ってもいいでしょう。

 バカも休み休み言ってもらいたいものです。わが国はそれでなくても、いわゆる休日が多く、世界経済競争に後れを取ろうとしている時、さらに休日を増やそうとするのは大問題です。

企業は売上が上がり利益が上がってこそ給与をより多く支払えるのであり、同じことは、企業の売上と利益が増えてこそ税収が増えますから、まずやるべきは企業を元気に前向きに自在にさせるような国家政策が先であることは自明ではないでしょうか。

 そして、ここが肝心です。本来、祝日は“国民の祝日”であり「明確な国家意識」「伝統的な歴史感覚」の涵養に役立つものでなければならず、そのためには、まず、国民の祝日を今のような曖昧な表現から、その趣旨を明確に表現するように改めるべきです。現在の休日志向から本来の祝祭日へともどすことが基本とならねばなりません。

 具体的には、現在の祝日を祭日、祝日と休日に分け、祭日、祝日、休日の意義、意味を明確にするようにします。

  国民の祭日
   
1月 1日   元日
   
2月11日   建国記念日(名称変更)
   
3月21日   春の彼岸祭(名称変更)
   
4月29日   昭和の日
   
9月22日   秋の彼岸祭(名称変更)
 
11月 3日    明治の日  (名称変更)
 
11月23日    豊穣祭    (名称変更)
 
12月23日    天皇陛下御誕生日

  国民の祝日
   
1月第2月曜日  成人の日
   
5月 3日    憲法記念日
   
5月 5日    子供の日(←こどもの日)

  国民の休日
   
5月 4日    緑の日(←みどりの日)
   
7月第3月曜日  海の日
   
9月第3月曜日  敬老の日
 
10月第2月曜日  体育の日

名称変更の理由は次の通りです。

・建国記念の日⇒「建国記念日」(スッキリさせる)
・春分の日  ⇒「春の彼岸祭」
        (祖先を祀り供養する日を明確に表現)
・秋分の日  ⇒「秋の彼岸祭」(春分の日と同じ理由)
・文化の日  ⇒「明治の日」
        (偉大なる明治大帝御誕生日を明確に表現)
・勤労感謝の日⇒「豊穣祭」(天地の恵み、万物の生産を祭る)
・こどもの日 ⇒「子供の日」
        (何でもひらがなにすれば良いのではない)
・みどりの日 ⇒「緑の日」(子供の日と同じ理由)

 今のままでは、本来重要な意義をもつ祝日までも、水が低きに流れるように、休日の意味になってしまい、本来の目的である、同胞意識、共同体意識、共通の歴史観の涵養がはかられず、国民教育上の成果を得ることができません。

 戦後67年、憲法からして曖昧模糊(意味がはっきりせずぼんやりしていること)、かつ欺瞞(あざむきごまかすこと)、祝日も曖昧、何もかも曖昧、それゆえに国民の同胞意識、連帯感が薄く弱くなり、諸外国、特に周辺国家から軽視、無視、蔑視され、独立心と国家意識をほとんど有しないわが国リーダーは媚態と土下座を繰り返し、挙句の果ては領土を失う寸前に来ていると見ても決して間違っていないのではないでしょうか。

 祭日・祝日・休日…これを明確にすべきです。何もかも曖昧な日本。それが、甘くお人よしな日本人となってしまうのではないでしょうか。 

 ここで、先日、素晴らしい講演を聞いたジャーナリスト福島香織さの文章を日経ビジネスオンラインより一部引用させていただきます。

ずいぶん昔、北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議が北京で行われていたころ、中国のネットで流布した笑い話がある。六カ国協議中、日本代表がトイレに席を立った時、みんなが我慢強い日本をどうしたら怒らせることができるか、という話で盛り上がった。

韓国代表「独島(竹島)を不法占拠されてもにこにこしているし」
ロシア代表「北方領土とられても平気みたいだ」
北朝鮮代表「国民が拉致されても怒らない国だからな」
中国代表「反日デモで大使館に石投げても日中友好って言っているよ」
北朝鮮代表「さすがに核ミサイルを撃ち込みゃ怒るだろう」
すると
アメリカ代表がいった。「ダメダメ、それは俺がもうやってみたから」

 やんぬるかな。昨日、今日のわが国周辺国(韓・露・北・中・米)とわが国の対処を見れば、笑い話と言われる「揶揄される日本」も、笑い話では済まされず、まさに背筋がゾッとします。

わが国が緊迫した状況であるにもかかわらず、わたし達日本人が、官も民もマスコミも、のほほんと笑みを浮かべているだけでいいのか、秋分の日、静かに考えてみようではありませんか。

 秋季皇霊祭(秋分の日)に因んでの雑感を記しました。

 それにしても、とにかく、一刻も早い総選挙を望みたいものです。

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

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