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2013年2月22日 (金)

春到来…季節と人生を考えてみよう! 

 365回目のブログです。

 “冬来たりなば春遠からじ…”
If Winter comes, can Spring be far behind ?
   (シェリー・19世紀初・英ロマン派詩人)

 寒くて辛い冬のあとには、暖かい春がやってくる。人生の厳しい冬もいつまでも続くわけではなく、やがて希望に満ちた幸せなときがやってくるのだ…。

これは、シェリーの「西風に寄せる歌」の最後の行であり、人口に膾炙(かいしゃ・よく知れ渡っていること)されており、今や、詩の一節というよりことわざ、箴言のように受け止められています。同じような意味合いで「朝の来ない夜はない」「夜明け前が一番暗い」「夜まさに明けなんとして益々暗し」という言葉が使われますが、シェリーの詩の一節の方が情緒の豊かさで優れており素晴らしいと思います。

さて、いよいよ立春の日も過ぎ、梅の花があちこちに見えようとする今日この頃です。まだまだ寒さは続いていますが、冬来たりなば春遠からじ…、“春”のすがたはひとつ自然界の景色だけではなく、人のこころにも芽生えてこようとしており、これは毎年々々、めぐりめぐって必ず到来するものでもあります。

 ところで、人生の内には次の二つの時間の流れがあります。
① 円環的時間
② 直線的時間

 「円環的時間」は、冬来たりなば春遠からじ…のように、春・夏・秋・冬、あるいは、1月・2月・3月・・・10月・11月・12月、の如く毎年くりかえしてゆく時間感覚ですが、この四季および月の感覚を、わが日本人は古よりことのほか大切にしてきており、現在もそれなりに持ち続けてはいますが、それが徐々に弱まってきているように思えてなりません。

 一方「直線的時間」は、この世に生を受けてから、1歳・2歳・3歳・・・60歳・・・80歳、というように直線的に進んでゆく時間を言います。昨年発表された平均年齢は、男子79.4歳、女子85.9歳、人生80年といわれるのもゆえなるかなですが、世界最高クラスだということはある意味で、日本国、日本民族として誇りに思ってもいいのではないでしょうか。

 それにもかかわらず、今のわたしたち日本人は、日本政府は、近隣諸国にビクビク、平身低頭、三跪九叩頭、マゾ・自虐から反日、完全に自信喪失に陥っています。これは、自分自身の成長への強い希求と、わが国歴史への心からの共感がかなり弱まってきているのが原因だと考えられます。

 昔の人は良いことを言っています。誰の説かは詳らかにしませんが、人生を7年単位とする直線として考えたものです。

【7年成人説】(数字は年齢)

     1 ~  7  生
      8 ~ 14  整
     15 ~ 21  青
     22 ~ 28  性
     29 ~ 35  盛
     36 ~ 42  精
     43 ~ 49  政
     50 ~ 56  成
     57 ~ 63  征
     64 ~ 70  清
     71 ~ 77  正or

 人生が直線的な時間だとすれば、7年成人説のような成長段階を経なければなりませんが、それが実現するためには、真の教育(正邪の判断としつけの家庭・正しい学問と生きる力の学校・同胞意識の社会)と自己研鑽が必須となるに違いありません。

みなさんは上に記したように7年ごと、着実に成長しておられるでしょうか。私の場合、自分自身をあてはめてみれば、真の教育と自己研鑽がともに不足したからでしょう、なかなかこの通りに直線的には進まず、恥ずかしながら赤面反省、内心忸怩たるものがあり、あまり大きなことは言えません。

 「円環的時間」と「直線的時間」。一般的には円環は仏教的観念、直線はキリスト教観念と言われますが、難しいことは抜きにして、わたし達日本人はこの両方をうまくバランスして生きていると思われます。そして、日本人は、直線的時間をそんなに厳格に捉えているのではなく、人生は、右往左往、曲がりくねっているものであるとし、少しでも成長しようとする「螺旋(らせん)的時間」と捉えているのではないでしょうか。

 それでは、わが国の文芸・文学をひもといてみましょう。

“冬すぎて 春し来れば 年月は 新たなれど 人は古りゆく”
  詠み人知らず(万葉集)

 冬が過ぎて春がやってきた。これで年と月(旧暦1月)はまた新しくなるけれども、その分は歳を重ね老いてゆくものだ…。非常にわかりやすい和歌であり「新」と「古」の対、バランスが最高、万葉集・詠み人知らずの優れた感性に感嘆以外のなにものもありません。

 お隣、チャイナ(中国)の文明を誇った古き漢詩から。

 “年年歳歳花相似(年年歳歳花相似たり)
歳歳年年人不同(歳歳年年 人同じからず)”

(唐時代の詩人・劉廷芝の漢詩「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わる)」のなかの有名な一節)毎年々々、花は同じように咲くが、花を見る人間の方は同じではないのだ…。

 これらを見れば、英国も、日本も、中国も、たとえ、それが著名な英国や中国の人であっても、名前のない万葉の人であっても、優れた文学者においては、人間としての年齢を重ねることと四季などの廻りに関しての感性はそれほど違わないということがよくわかります。

 しかしながら、万葉集の詠み人知らずの方が詠嘆した“人は古りゆく”という繊細、柔軟な感受性は、日本人独特のある種の人生観を示していると言えるでしょう。穏やかで、清らかな、自然に身をまかす諦念にも似た感性に、西欧や中国には見られない日本文明のよりすぐれた一端をうかがうことができ、このことに対し、わたし達は今一度静かに目を向ける必要があるのではないでしょうか。

 円環的時間と螺旋的時間…これぞ日本人の特徴!

 春本番、梅の花のかすかな香りに、季節と人生を考えてみました。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です

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コメント

清に入ろうとしています。
冬来たりなば春遠からじ・・・なんですが、春来たりなば冬遠からじ、という気分からなかなか抜けきれません。
穏やかな日々がまた不安になる、そんな小心者です。時々お邪魔します

投稿: tuya | 2013年3月 4日 (月) 19時02分

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