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2013年9月13日 (金)

「仁徳陵に電飾を」…血迷った維新・松井知事の発言!

 394回目のブログです。

“あたらしく つくりし伊勢の 宮柱 うごかぬ国を なほ守るらし”
(明治天皇御製・明治23年)

 新しく造られた伊勢神宮の中心に建っている宮柱は、動揺することの決してないわが国の大本を、今もなお守られているのだ…。

 明治天皇は93,000首の御製を遺されています。上記の御製は、第56回の式年遷宮が行われた翌年の明治23年のものですが、新しくつくられた伊勢の宮柱に安定した国の姿を映されているようにも思えます。

 式年遷宮は、持統天皇の4年(690)に第1回目の御遷宮が行われ、以来原則20年に一度繰り返され、今年平成25年は第62回目となります。伊勢神宮は、日本国と日本国民の中心をお祀りする存在として、永い歴史を刻む日本人の精神のよりどころでもあります。

したがって、この20年に一度の式年遷宮を機会に、わたし達は、わが国の歴史、わが国の精神、難しい言葉で言えば世界7大文明のひとつである「日本文明」について、イデオロギーと利権にとらわれない正統なる感性でもって、静かに、謙虚に考えてみることも必要ではないでしょうか。

 と言いますのも、先日、指導的地位にある政治家のとんでもない発言を目にしたからに他なりません。

  「仁徳陵に電飾を」…維新・松井氏が内部公開案

大阪維新の会の松井幹事長(大阪府知事)は5日、堺市長選を前に同市で開いた集会で、世界文化遺産登録へのアピール策として、仁徳天皇陵古墳にふれ「宮内庁がどう言うかはあるけどイルミネーションで飾ってみよう、中を見学できるようにしようと色んなアイデアを出して初めて指定される」と述べた。
宮内庁が陵墓に指定・管理する古墳は尊厳を保つ目的で、原則、立ち入りが禁止されている。
        (201396  読売新聞一部抜粋)

 えっ! 吃驚。強い違和感を覚えます。わが国の歴史に燦然と輝く仁徳天皇陵に電飾(イルミネーション)でキンキラキンにしよう、内部も見学しよう、観光客をよぶためには、天皇の御陵も勝手に使いたいだけ使おうではないかという発想ですから。

 今、9月29日行われる大阪府堺市の市長選に向けて、反維新の現市長と大阪維新の会新人との熾烈な争いが注目されています。この決戦に維新サイドが負ければ、大阪都構想は潰えると言われており、都構想反対の現市長と都構想推進の維新ががっぷり四つに組んで闘っているのが現状です。

 この争いのなかで、真正保守を自ら標榜していた維新・松井幹事長が、残念ながら、馬脚を現してしまいました。日本維新の会においては、最若手の中にはしっかりした思想と志操の持ち主がいますが、このような発言をする松井氏は、いかにも知性が欠如していると言わざるを得ないでしょう。

 松井氏は、天皇御陵を単なる物としてしか見ず、歴史精神の象徴として見ない、極めて浅薄な考えをする人であることは明白であり、ほんとうの保守政治家と言うことはできません。おそらく、わが国の歴史について真剣に学ばなかったのではないかと思わざるを得ないのです。僭越ながら、あまりにもレベルが低い!

 御陵(ごりょう・みささぎ)は、天皇・皇后・皇太后・太皇太后の墓であり、単なる公園墓地ではありません。それを、畏れ多くも、パチンコ屋のような、イルミネーションでチカチカ飾ろうという発想は、とうてい日本人の感性とも思えない。わが国の天皇の権威を貶めたい隣国と同じような発想での言動でないことを祈るのみです。こんな考えが有力な政治家の口から出ることは、まさしく「大阪の恥」と言わざるを得ないのではないでしょうか。

 維新幹事長兼大阪府知事の松井氏には、皇室への敬意、陵墓への畏敬の念はほんとうにないのでしょうか。もしもその発言が誤解だというのであれば、即刻撤回すべきです。ネットの「YouTube」には、その発言の様子が明瞭に映されており、それを見れば、いかにも気軽に、仁徳陵へのイルミネーション設置を語っているではありませんか。

わが国の御陵は、エジプトのピラミッドやギリシャのパルテノン神殿などとは異なり、古代から現代に至るまで連綿と守られ、現在も「生きた御陵」であり、皇室に繋がっているものです。単なる死んだ遺跡、遺物、墳墓ではなく、現代に連なる類縁のあるものです。これは、わが国の誇るべき歴史だということを、今一度認識しなければなりません

 時折、考古学者や文化人のなかで、天皇御稜をすべて発掘し、歴史の真実を明確にすべきだなどと主張する人がいますが、これは、慎重の上にも慎重を期すべきです。考古学者のために日本文明があるのではなく、日本文明のために考古学者は力を発揮すべきなのです。わが民族の中心である、最も高貴な人のお墓をあばこうとしたり、利権のためにイルミネーションでキンキラキンに飾り立てようとするのは、言語道断のおぞましい振る舞いというべきでしょう。

 お隣の大陸や半島の民族ならばいざしらず、わが国には、他人のお墓を暴いて恨みを晴らすような野蛮な風習はありません。“穏やかで、慎み深く、祖先を大切にする…”これが、日本文明の原点でしょう。わたし達日本人は、もっと歴史のもつ精神を大切にし、それを良き伝統として、次代に引き継ぐ使命があるのではないでしょうか。

 大阪の有力政治家の血迷った発言に猛省を促します。こんな発言をするから大阪人が下司に見えてくるのですから、上に立つ人は、決して大阪人を貶める言動をすべきではありません。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です。

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コメント

 住吉大社の石燈籠に灯りを灯した西暦200年頃の搾油濫觴の記述から、西洋ハシバミ(ヘーゼルナッツ)を植林した古代トルコ(紀元前1000年)の地で発祥。天照信仰のオズミとアリエル家系のイザナミ・イザナギ(タバオト・エリオト)家系からペルシャ家系神武天皇の里帰りと古代ローマ皇帝海洋ローマ海軍ジュリアス・シーザー(ガリウス・ユリウス・カエサル)孝昭天皇(孝安・孝霊・開化(アウグストゥス)・孝元・崇神(大ドルスス)・景行天皇(ゲルマニクス・カエサル)・ドルスス・カエサル(二代目景行)・オウス・カエサル(大和タケル)・仲哀・神功皇后(ユリア・ドムナ)倭国・邪馬台国(ローマ皇帝)の神国日本縄文民族紀元前12000年初代から480代目崇神(大ドルスス)・景行481代目(ゲルマニクス・カエサル)482代目ドルスス・カエサル(景行2代目)・483代目オウス・カエサル(大和タケル)・神国483代目神功皇后(住吉大社創建)の家系と里帰り海洋シルクロード(ユーラシア大陸海岸線)。この歴史調査中、菜の花プロジェクトの菜種油燈明の住吉大社の隣接地による菜の花栽培と虫除け殺虫剤にLED電照のテスト中に情報が重なりLEDの仁徳御陵に飛び火した。住吉大社の石燈籠の燈明油が、菜の花栽培の殺虫効果LEDの光が仁徳御陵の照明に企画から土の盛った公園と考古学が古墳を調査出来ない(宮内庁拒否)環境で考古学の調査出来ない環境で考古学による矛盾した職務に席を置く。

投稿: 風と太陽 | 2017年5月 6日 (土) 16時15分

 政治家に必須の第一の資質は人間社会の本質を見抜いた上で、時の民衆が望む政策を「より良き形」(民衆を善導する形)で実現させる力だろう。だが誰もが個性を主張する大衆民主主義社会において、特定の政治家が、その知恵や感性の高さを大衆に理解してもらうのは至難の業である。漠然とした知恵や感性の質より、明確なイデオロギーや政策を掲げて訴えたほうが民衆の支持は受けやすい。換言すれば、常識的な知恵や感性さえ持ち合わせていない人であっても、特定のイデオロギーや政策を主張することで政治家になれるということである。
 第一の資質を備えた政治家に望まれる第二の資質は文化人教養人であることである。機能だけを追求した社会でなく、自然を含めた文化の香りのする社会の追求である。パンなくしては生きられないが、パンのみでも生きられないのが私たち人間である。
 本物の政治家は「今、自分は過去の人々に対しても、未来に生きる人々に対しても歴史の責めを負っている」という意識を強くもっているものである。国家民族の歴史に対する過剰なまでの自意識が確固とした政治家を創るのであり、その自意識を支えるのが彼自身が培った文化・教養である。それこそ、残念ながら橋下市長や松井知事が、安倍首相や石原慎太郎氏に及ばないものではないか。

投稿: 齋藤仁 | 2013年9月13日 (金) 08時38分

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