「学部名」…ネーミングから学部を考える!
408回目のブログです。
“しあわせをたしかめるのも、ふしあわせをたしかめるのも、
いまの世の中では、言葉に頼るしかない”
寺山修司(昭和・詩人/劇作家)
言葉というものは極めて大切なものです。最近のマスコミに現れた特定秘密保護法案に関する軽薄無責任な言葉の羅列には、ある種の嫌悪感を持たざるを得ませんが、でき得るならば、真実の美しい清らかな言葉を見るなり聞くなりして、心のやすらぎを感じたいものです。
さて、12月1日、大学生の就活(就職活動)が解禁になりましたが、景気も何とか多少上向き気味であり、活発な戦線を展開してもらいたいと思います。本来、就活は年中できるわけで、12月1日は企業サイドから見た新卒採用の解禁日という位置付けです。
いわゆる就活があまりにも早くから始まるために、学業がおろそかになり、学生のレベルが年々ダウンするという弊害が生じてきました。そこで、経営者側は平成28年卒(2016)の採用分から大幅に遅らせることにしました。当然と言わねばなりません。(一部は協定に参加しない企業もあります)
平成27年(2015)卒: 12/1広報開始 4/1選考開始 10/1内定開始
平成28年(2016)卒: 3/1広報開始 8/1選考開始 10/1内定開始
大学と言えば、最近、テレビ、駅構内の看板・ポスター、社内吊りポスターなどで新設の大学や学部の広報、宣伝、CMをよく目にします。たしかに大学の数が増えているなという感じを持ちますが、実態はどうなっているでしょうか。少子化がますます進んでいくなかで、たとえ進学率が上がったとしても、大学の経営は大変厳しいものがあるのではないかと思わざるを得ませんが、大学側も必死だろうと推測します。
【大学数の推移】
昭和35年(1960) 245(校)
昭和45年(1970) 382
昭和55年(1980) 446
平成 2年(1990) 507
平成12年(2000) 649
平成22年(2010) 778
平成25年(2013) 782
(総務省統計局)
吃驚! 過去50年間で、245校→782校、3.2倍という増え方、また、この3年間でもまだ増えている実態。これは正常なのか異常なのか、一概に結論づけはできませんが、大学というものがわが国で一般化してきている事実だけは認識しなければなりません。
それだけに、大学が、外形だけでなく、その名に相応しく中身も充実してほしいと願うや切なるものがありますが、それは、学部についても言えると思います。学部の特徴は、有名なことわざにあるように、その名称を見れば自ずと理解できるはずです。
“名は体を表す”
(Names and natures do often agree.)
現在の学部名一覧を眺めますと、さすがに、今どきのキラキラネーム(常識から逸脱した奇抜な名前)やDQN(ドキュン・一般の感覚から著しくズレている者)ネームはありませんが、ユニークな名前はかなりあります。
全体としては、冠に、環境(環境ツーリズム学部など)、現代(現代ライフ学部など)、国際(国際こども教育学部など)、情報(情報コミュニケーション学部ほか)、総合(総合キャリア学部ほか)、人間(人間文化学部ほか)をつけた学部が多いのですが、これは、おそらく現代社会の潮流に乗ったものでしょう。
新しい学部の名前は2極化しているように見えます。関係者はいろいろ考えたのでしょうが、一つは、時代の要請に適合したものであり、ひとつは、単なるネーミングとなっているものがあります。名は体を表します。わたしの個人的な印象ですが、簡潔な学部名の方がいわゆるカッコ良さを狙った名前の学部よりもランクが上にあると読み取れます。…言葉、名前は極めて重要ではないでしょうか。
ところで、わたしは経済学部出身ですので、ついついそちらに目がいきますが、一覧してみましょう。
経済学部 経営学部 国際経営学部 商学部
経済科学部 経営経済学部 現代経営学部 商経学部
経済経営学部 経営情報学部 総合経営学部 政経学部
経済情報学部 経営政策学部 経営法学部 法経学部
金融経済学部 経営教育学部 人文経営学部 国際政治経済学部
都市経済学部 都市経営学部 医療経営管理学部
国際経済学部 医療経営学部 福祉経営学部 サービス経営学部
ものすごい数ですが、これを眺めながら容易に気づくことがあります。経済、経営、商、金融などはあっても“営業”という文字が見わたりません。そこで、わたしが信頼する経済評論家・山崎元氏の卓論“「経営学部」よりも「営業学部」が必要だ”(10/9 DIAMOND online)に着目したいと思います。
山崎氏は、商社などでは7割の社員が営業職であり、銀行でもメーカーでも「経営学」が必要な人材よりも「営業学」が必要な社員の数の方がはるかに多いのではないかと主張しています。
社員のなかで、本来の経営にタッチする人の割合は極めて少なく、文系出身者の大半は営業職に従事するはずです。それにもかかわらず、大学側は、企業が求めている実学を教育カリキュラムに反映していないのではないでしょうか。
企業は連日厳しい経済環境のなかで、製品・サービスをいかに相手(消費者や企業)に販売するかに懸命の努力を重ねています。「現代は、多くの産業がコモデティ化(類似の商品の機能・品質に差がなくなり、どれを買っても同じだから安い方がよいという状態になること)されており、価格、品質、納期について、いかに知識を振り絞って説明してもそんなに差別化はできません」(野宗邦臣著「君の働き方はサラリーマンかビジネスマンか」)。ここで登場するのが営業マン。営業の腕、才能、説得力、人間性によって販売・売上の成果は大きく左右されることは間違いのない事実です。
そこで、山崎氏は『商品による営業の差やコツを研究・伝授する「金融商品営業論」「自動車営業論」「保険商品営業論」といった一歩踏み込んだ具体性を持たせた授業もあっていいし、国をまたぐ営業を研究する「国際営業論」もあるべきだろう』と言っています。また「接待学」「ビジネスマナー論」「営業心理学」「営業組織マネジメント」も必要だろうと示唆しています。
わたしも営業の端くれでしたが、山崎氏の主張に全面的に賛意を表します。大学はいままでどうしてこのことを看過してきたのでしょうか。自校の卒業生を見れば、営業職に従事している者の多さに気づくはずですから非常に不可解です。「営業学部」「経済学部営業学科」こそ、今求められているのではないでしょうか。
大学生に真の教養と生きた知識が求められている時、大学が、いわゆる“リベラルアーツ”(基礎的教養科目)をベースにして、専門的学問への道と実学対応の道をそれぞれ構築されることを望みたいものです。
みなさんはどのようにお考えでしょうか。
次回も
時事エッセー
です
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