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2014年5月23日 (金)

あわれなるかな!…自民党旧有力政治家の言動 

 430回目のブログです。

“かぎろひも にほふばかりに 岩間照り 尾照り峰照り つつじ花咲く”
               和田厳足
(江戸後期・熊本藩士/歌人)

 陽炎も美しく映えるほどに、岩の間にも、山の尾根にも、峰の上にも、山一面に色を映しつつ躑躅(つつじ)の花が咲いている…。

 わが家の近辺では、平戸ツツジなどの大柄な花を咲かせる躑躅(つつじ)は終わり、小柄で可憐な皐月(さつき)の花が盛んになり、わたしたちの目を楽しませてくれています。

 わがふるさと・日本の自然は、若葉茂れる初夏の好季節を迎え、可憐で庶民的な花・つつじ・さつきなどに覆われた素晴らしい光景を演出しており、わたし達は、自然界の八百万の神々に感謝するのみです。

 ところが、自然界は美しさで満たされていても、俗界の一部の人間の言動には、目も当てられない程の醜悪な心が宿っていること、それも、わが国を一度はリードしてきた政治家に見られることに何とも言えない暗~い気持ちにならざるを得ません。

  加藤、古賀、野中氏
  …元自民幹部 宿敵
「赤旗」に続々登場で首相批判

加藤紘一氏ら元自民党幹事長の共産党機関紙「しんぶん赤旗」への登場が相次いでいる。加藤氏は18日付1面で、安倍政権が目指す集団的自衛権の行使容認について「徴兵制まで行き着きかねない」と反対を訴えた。加藤氏は昨年も紙面で河野洋平官房長官談話の見直しを進めようとしていた首相を批判した。
自民党岸田派(宏池会)名誉会長を務める古賀誠氏は昨年6月、憲法改正の手続きを定めた96条改正に意欲を示す首相に対し「絶対にやるべきではない」と主張。
昨年11月には野中広務氏が特定秘密保護法案反対を訴えた講演内容が紹介された。

                   (産経新聞5/18一部抜粋)

 2~3年前から大変疑問に思っていたことですが、自民党の元有力者たちが、どうして戦後政治の宿敵である「共産党」の機関紙「赤旗」に嬉々として登場するのかということです。私が推測するに、おそらく彼らの言動は、共産党や社民党と同じであまりにも左翼反日過ぎて、自民党の機関紙「自由民主」に載せられないレベルだとみなされているのではないかと考えられます。

 彼らは今でも自民党内に影響力を有していると思っているのでしょうが、所詮は、過去の人。現役政治家にとっては鬱陶しく邪魔になるだけの存在。過去それなりに“お世話”になったので、一応は敬し真実は遠ざけたいのではないでしょうか。

 この3名の方々は、過去に自民党幹事長を担った有力政治家ですが、今や「反安倍」の急先鋒となっています。今までもそうですが、現在も厳しく敵対しているあの共産党に受け入れてもらい、のびのびと発言しているのですから、自民党の重鎮だったという意識さえも忘却の彼方へ追いやったものと言わざるを得ません。

 彼らは、安倍総理が進めようとしている「憲法改正」「憲法改正手続きの改正」「集団自衛権」や「特定秘密保護法案」に明確に反対ですから、もはや自民党政治家とは言えず、左翼リベラリストと言うべきでしょう。

 それにしても、過去、自民党の責任ある政治家として幹事長を務め、国家のゆるぎなきリーダーとして存在したであろう政治家の“矜持”(きょうじ・自負/プライド)は何処に行ったのでしょうか。

 国民の誰もが、自民党と共産党では思想・信条が180度異なると思っているはずです。ところが、彼らは何の躊躇もなく相手の土俵に身を預けたのですから、彼らには所詮、思想信条はどうでもよいか、あるいは共産党と同じ共産主義独裁政治を理想としていると考えられます。

 もしも、そうではなく、保守政党の本流の思想を持っていると言うのであれば、自由民主党の党是である「自主憲法制定」が力不足で在任中実現出来なかったことに忸怩たる思いを馳せ、旧政治家としての余命をその実現に捧げると言明するのが信念ある政治家と言えるのではないでしょうか。

 加藤氏は外務官僚の典型的なチャイナスクール出身者で、親中、媚中、屈中、親朝(北&韓国)の色濃い自民党最左派的存在で宏池会所属。古賀氏は元日本遺族会会長、靖国神社総代を担いながら、総理の靖国参拝には腰を引き、96条改憲に反対、現宏池会名誉会長。現行憲法を高く評価しており、憲法の平和主義は“世界遺産”と発言。この表現は左翼リベラル派の護憲論者の趣旨と全く同一。どうしてこんな人が自民党幹部でありえたのか、全く理解に苦しみます。また、南京大虐殺記念館に献花するなどの無責任な反日的言動も顕著。

 マスコミは何十年も前から、宏池会は保守本流、中道、ハト派と決めつけていますが、加藤紘一、古賀誠氏に加えて、日本を陥れた悪名高い従軍慰安婦河野談話の張本人である河野洋平氏がいずれも宏池会であることから判断すれば、それは大いなる間違いと断定できます。

マスメディアの見識も落ちたもの。もはや、宏池会は池田勇人首相の頃とはコロッと変わり、左翼、リベラル(左派・革新)の位置にあると言うべきであるにもかかわらず、マスメディアがいまだに保守本流だと表現するとは、社会の本質と時代の流れを全く感知していないと言わざるを得ません。

 加藤、古賀、野中、河野氏の思想・信条・姿勢・言動を観察すれば、心から哀れを催します。自分自身が発言したことが、日本国家、日本国民の精神にどのようにマイナスに働いているかということに全く気付いていないのですから…。そして過去、自由民主党の最高幹部として政治、政策に辣腕を振るった、矜持、自負、プライドさえも失った今の無残な言動には全く目をそむけたくなる程です。人間の精神がここまで貧するとは、まことに醜悪というに相応しいと言わざるを得ません。

 この4人のご立派な先生方は、自民党よりも共産党か社民党に入党すべきであり、その方が精神衛生上よいのではないかと感じています。自民党には、このようなタイプの政治家が最低でも2割、多ければ8割も存在するということをわたし達は肝に銘ずべきだと思います。

 なぜ、このような政治家が多いのでしょうか。

 ① わが国は、安全保障をアメリカに全面的に依存することにより、愚者の楽園と化し、政治指導層に緊張感が失われていること。すなわち、わが国のことは、まず、わが国がわが国として防衛するという基本的精神、基本的姿勢を確立していないことである。

 ② 国益や国家を無視する戦後イデオロギーの後遺症。左翼リベラリズムの桎梏(しっこく・人の行動を厳しく制限して自由を束縛すること)から脱却できていないこと。

 ③ 選良意識の欠落。代議制は本来エリートと非エリートとの差異を前提にエリートに国政を委ねるものであり、政治家は国民の負託に応えるべきもの。エリートはエリートに徹すべきであり、マニフェストや個々の支持率調査などによって政治責任を国民に押し付ける現象が政治指導層の劣化を招いている。

 もしも、赤旗から取材を受けるのであれば、橋下市長がかつて赤旗の記者を完膚なきまでに論破しグーの音もでないほど追いつめたくらいの勇気論理、そして、あわせて真の政治家としての情熱および至誠をもって臨んで欲しいと思います。(平成24831日・340回目ブログ“「従軍慰安婦問題」…これが日韓イザコザの根っ子だ!”を参照ください)

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です

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コメント

彼らが赤旗に登壇したこと自体を私は批判しません。好機を与えられたと見て、読者を折伏すべきです。赤旗を義理で購読している読者にも様々な人がいるし、従来の党員も自衛権については「非武装・丸裸主義者」ではなく、様々な意見を持っています。編集者が掲載拒否したら、それも勲章になります。しかし、そのような気概を持った自民党の年輩政治家は居ないし、特に外務省出身政治家には皆無です。1961年入省組の場合、樺美智子等とスクラムを組んで国会突入した者が排除されたのは防衛・警察・公安調査庁だけでしたから無理もありませんが、折伏どころか迎合するなど、もっての他です。このような人物を外相や防衛相に任命したのも自民党です。他界された先輩の「偲ぶ会」のお世話が毎週続きますが、安倍政権は案外短命と見て、ゴソゴソする政治家の姿を垣間見ます。年齢には無関係です。

投稿: 元陸上自衛官 | 2014年5月23日 (金) 14時32分

 江戸幕府確立後も半世紀を過ぎると「覚悟」をもたない武士が続出したが、彼らは自分たちが農工商民の上にたつ理由を自省する謙虚さを欠いていた。戦乱期に父祖が生命・覚悟をかけて手に入れた地位と身代を、凡愚の子孫は当然の権利と驕っていた。  戦後半世紀を経て改憲保守政党であるはずの自民党から続出する「老害議員」の言動を見ると、まさに幕府に殉ずる覚悟も信念もない、それどころか最初から信念も覚悟もなく、自身の名利を手に入れんがために「寄らば大樹」として時代の最大権力組織である幕府を利用していた卑怯卑劣な武士の姿が重なって見える。政治家は言葉によって国民から選ばれ言葉によって政策を決して行く。なら改憲保守政党に属して自身が発してきた言葉に命をかけるのが当然である。     命をかけて欧米の侵略を防ぎ日本の独立を守り抜いた幕末・維新の志士や、将軍家への信義を貫いて維新後を沈黙で通した多くの旗本らの存在を思うと、元自民党議員の節操の無さは唖然とするばかりである。だが、こんな下劣な人々を大物政治家として仰いできた責めの一端は私たち国民が負わなければならない。ただ彼らの言動は、占領軍による洗脳や信条の相違からでなく、彼ら魂の品性が下劣であるが故である事を指摘しておきたい。

投稿: 齋藤仁 | 2014年5月23日 (金) 09時39分

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