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2014年8月15日 (金)

「お札のデザイン」…宇治平等院で感じた事こと!

 442回目のブログです。

“わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり”
喜撰法師(古今集・百人一首)

 私の庵は都の巽(たつみ・東南の方向)にある離れた山の中にあり、このように心静かに暮らしているが、世間の人々は、この山を、世を憂いて逃れ住んでいる「憂し山」(うぢ山・宇治山)だと言っているようである。

 軽快でリズミカルな調べ、ついつい口の端にのぼってしまう百人一首で有名な和歌です。喜撰法師は六歌仙のひとり。「六歌仙」は平安時代初めの和歌の名手で、他には、在原業平、僧正遷昭、大友黒主、文屋康秀、小野小町がいます。

 その宇治にある世界遺産「平等院」を、先日参拝、拝観しました。かなり前に一度行きましたが、その記憶はほとんどなく、今回は天候も、暑すぎるくらいでしたが、空が全面に濃い目の浅葱色(あさぎいろ)で覆われており、そのために印象も強く残りました。

平等院は永承7年(1052)、関白藤原頼通が父藤原道長の別荘を寺院に改め創建したものです。本尊は阿弥陀如来で国宝。鳳凰堂は経典に描かれる極楽浄土をイメージした優美で軽快な建物であり、国宝となっています。

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 「鳳凰堂」は、昭和26(1951)より発行された10円硬貨の表面のデザインに使用されていることは知っていたのですが、屋根上の「鳳凰像」の向かって左側の鳳像が1万円札紙幣の裏面に使用されていることは全く知りませんでした。ボランティアガイドの方の説明を聞いて知ったのです。(鳳凰は空想上の瑞鳥であり、鳳が雄、凰が雌、鳳凰でツガイとなりますが、平等院では鳳と凰の区別はないとのことです)

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紙幣と硬貨のデザインに平等院が使われていることから、あらためてわが国の紙幣のデザインについて考えてみたいと思います。

 今、いわゆるアベノミクスがそれなりに功を奏し、経済も好転の兆しをみせてはいますが、まだまだヨロヨロであり、10%の増税になると果たしてどうでしょうか。悲観的にならざるを得ないというところが率直な感想です。

 そんな時でもあり、経済に活を入れ、人心を前向きに明るくさせるためにも「新札の発行に踏み切ってはいかがでしょうか。

 そして、旧札(現札)を2年間以後は交換不可、使用不可とすれば、莫大だと推測されている退蔵・隠匿紙幣が街中に溢れ、それが消費を刺激し、景気にも良い影響を及ぼすはずです。

 【現在のお札に描かれた肖像画】
一万円札券  福澤諭吉(慶応義塾創設者・江戸~明治)
五千円札券  樋口一葉(女流小説家・明治)
千円札券   野口英世(医学者・明治~昭和)

 この3人は小学校や中学校の教科書に載っている歴史上の偉大な人物ではありますが、お札と言えば、何をおいても「聖徳太子」が浮かびます。

 明治、大正、昭和、平成…今までお札の肖像に描かれた偉人は17人ですが、そのうち最多登場は聖徳太子であり7回とりあげられています。最も発行期間の長かったのが、昭和33年(1958)~昭和61年(1986)であり、この時が日本経済華やかなりし時でもありました。

 それ以後は、経済は低迷につぐ低迷、それに加えて、政治も混迷につぐ混迷、経済と政治は一体のものという観点から考えれば、ここで、今一度“聖徳太子”にご登場願う必要性が生じてきました。

聖徳太子の偉大な事績は大化の改新ですが、最も注目すべきは、中国(支那・シナ)と対等な立場をキッパリと貫いたことです。遣隋使として小野妹子が隋の煬帝に渡した国書の最初の言葉をあらためて確認しましょう。聖徳太子の“凛”とした姿勢を感得することができます。

“日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)無きや” 

 現在、中国がわが国に対して敵対的な振舞いに出てきていることは尖閣諸島への侵略的行為で明らかであり、わが国としても“凛”とした姿勢を示さねばなりません。その意味で、聖徳太子のお力に縋ってもよいのではないでしょうか。

(閑話休題:中国では、建国の父とはいうものの、2000万人~4000万人の人民を死に追いやったと言われる毛沢東が中国人民元札の肖像画として取り上げられていることに大層なる奇異を覚えますが、みなさんはいかがですか……)

 

「新札の発行」は、単なる経済政策ではなく、戦後政治の惰性をも打ち砕く“気分一新”“独立自尊”のためでもあります。それには、現在のお札の肖像を次のように変えるべきだと考えます。

 【新札に描かれるべき肖像画】
  一万円札券 聖徳太子(日本国の礎) ← 福澤諭吉
  五千円札券 緒方洪庵(学問・技術) ← 樋口一葉
  千円札券  清少納言(芸術・女性) ← 野口英世

 わたし達は歴史に学ぶべきであり、総合的に考えれば、聖徳太子にあやかるのが一番だと考えます。聖徳太子は国の姿勢を明確にされたお方であり、その肖像がお札に描かれた時代は経済が活気に満ち溢れていたわけですから、今一度そのような時代の到来を期すべきではないでしょうか。

お札の肖像と経済は何の関係もないという唯物的な主張もありますが、世の中は、得も言えない “気”や“天命”や“運命”もあるはずだと謙虚になることも必要です。特に政治は、歴史と国家と国民と自然に、ある種の人智の及ばない“畏れ”を感じなければなりません。

『新札発行』…特に『1万円札に聖徳太子の肖像を』描くことで、戦後のなまぬるい“政治”と“経済”におさらばしようではありませんか!

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回も
時事エッセー
です

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