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2015年3月27日 (金)

いわゆる“大阪都構想”を考える!

 474回目のブログです。

 

 “国守る 大臣は知るや 知らざらむ 民のかまどの ほそき煙を”
 
           勝海舟
(文政6年~明治32年 幕臣・政治家)

 

 国家を守らねばならない立場にある大臣(おとど)たちよ、貴公等は承知しているのか、いや承知してはいまい、民のかまどから立ち昇る煙が細々としているさまを…。

 

 明治維新の折、西郷隆盛との会談によって江戸無血開城に導いた勝海舟は、常に民の安寧を心におき、大臣に限らず、国のエリートたる人たちは、国の安全を守ることに力をつくすべきは当然として、真に国民の生活や福利の向上にも意を注がねばならないと述べているのです。

 

 「民の竈(かまど)」と言えば“高き屋に のぼりて見れば 煙立つ 民のかまどは 賑わいにけり”という第16代・仁徳天皇の御製にちなむ有名な故事を思い浮かべます。(471回目ブログをご参照ください)

 

 海舟の詠った大臣は、ひとり大臣だけを指しているのではなく、政治家のすべてを含んでいるものだと思います。国政を担う政治家も、地方政治にかかわる政治家も、単に権力や地位や名誉を求めるのではなく、国民、市民のことに、誠心誠意をもって心を砕いて欲しいと願ったのではないでしょうか。

 

 さて、先日、大阪市・大阪府の両議会が「いわゆる“都構想”」の協定書(設計図)議案を可決しましたので、その都構想の是非を問う大阪市民の住民投票が5月17日行われることになりました。

 

 大阪市と大阪府の仲が悪いことは従来から有名であり、市民・府民は、ゴロ合わせで「不幸せ」(府市合わせ)と揶揄してきました。仲が悪いということは、市にインテックス大阪(大阪見本市会場)があれば、府にはグランキューブ大阪(大阪国際会議場)があるという具合に、対抗意識は際限なく、ながきにわたり醜い争いが行われてきたことは周知の事実です。

 

 (組織は人間の集まりですから、行政も、民間も同じ類と言えますが、ひとつ違うのは、責任の取り方であり、行政は、失敗・ムダ・非効率の責任を取ることは極めてマレということです。)

 

 その意味で、いわゆる大阪都構想は、政令都市の大阪市を解体し、東京都と同じように特別区(北区・中央区・東区・湾岸区・南区)として再編するもので、骨子は次の通りです。
 大阪府と大阪市の二重行政を解消し、行政のムダを省く。
 大阪都市圏という広範囲な地域を対象とした行政ニーズへの
  適切な対応をはかる。
 小規模な自治体である特別区による、地域の実情に応じた
  地域住民サービスの実現をはかる。

 

 いわゆる大阪都構想の実現は、橋下大阪市長、松井大阪府知事および大阪維新の会の夢であり、大阪市民による住民投票の段階にまでこぎつけたことは、賛成か反対かは別にして、大したものと言わねばなりません。

 

 現段階での大阪市民の世論調査による賛成・反対は下記の通りですが、もっとゆっくり説明せよ、説明が不十分だという指摘が70%以上もあることを注視しなければならないと思います。

           賛成    反対
 
   朝日新聞   35%   44%
 
   共同通信   43%   41%

 

 世論調査の賛否が拮抗していることに注目。各政党のこれから2ヶ月弱の投票勧誘活動によっては、どうなるかは予測できません。

 

 わたしは大阪市以外の大阪府民であり、今回の住民投票には直接関係ありませんが、いわゆる大阪都には属するわけで、間接的には大いに関係しますので、その立場を踏まえて感想を述べます。

 

 現時点でのわたしの立ち位置は微妙。本来は、スパッと決めるのですが、大方は賛成でも次に記すようなことで多少迷っているのが実情であり、内心忸怩たるものがあります。

 

 この大阪都構想に最初から反対していたのは、自民・公明・民主・社民・共産であり、賛成は維新のみでしたが、公明(支持母体・創価学会)が維新と裏取引し、協定書(設計図)議案賛成・住民投票反対という鵺(ヌエ)的行動をとるに至っています。政治の世界とは言え不可解極まりない行動、…やはり、もとより不公明な政党なのでしょうか。

 

 二重行政の解消、既得権構造の打破には、府市一体化が一番。この意味では大賛成です。

 

 大阪都になれば東京都と同じように活性化するとの主張は誤った認識です。東京が輝いているのは日本での一極集中現象のためであり、大阪都になっても、そんなに甘いものではないと見ています。

 

 京大藤井聡教授は、大阪市は、政令指定都市としての財源と権限で「都市計画=まちづくり」を推進できるのであり、財源と権限を分散すべきではない。また、東京都の区人口が70%に対して、大阪都の区人口は30%であり、東京と大阪は全く異なることを認識すべきだ。大阪都になれば「大阪の街」は衰退するなどと強く主張し、大阪都構想に反対していますが、たしかに、この点は考えてみる必要がありそうです。

 

 今、道州制の議論がすすんでいますが、大阪都(+区+市)になった場合、その後、関西州がつくられると大阪都は不要となり、輝かしき歴史を誇る「大阪」の地名が消滅してしまいます。その点をどう考えれば良いのでしょうか。

 

 わたしが「いわゆる大阪都」と書くのは「大阪都」という名称は使えないからに他なりません。決まりきったことですが「都(みやこ)」は今上陛下がおられる東京です。橋下徹氏がこの極めて重要な論点を避け、名称を蔑ろにしているのは問題ではないでしょうか。

 

  名は体を表すとも言います。真剣に考えなければなりません。いわゆる大阪都にどんな名称が相応しいかについて、推進者は知恵を出すべきでしょう。候補名は…
   ・大阪副都(おおさかふくと)
 
   ・大阪特府(おおさかとくふ)
 
   ・大大阪府(だいおおさかふ)
 
   ・新大阪府(しんおおさかふ)
などいろいろ挙げ得るでしょう。わたしは、大正後期から昭和初期にかけて、大阪市が大大阪と呼ばれ、世界で6番目の都市として最も輝いていた時代に想いを馳せ「大大阪府」がぴったりすると思いますが…。

 

 今、橋下市長は京大の藤井聡教授とえげつないバトルを繰り広げています。彼は京大総長に対して藤井教授の発言に対する見解を求めるなど、権力を笠に着る政治家として、もう、めちゃくちゃ、怖いものなしの発言を繰り返し、異様な雰囲気にあります。橋下市長は大阪都構想にちょっとケチをつけられたり、不都合な真実を描かれるだけで、居丈高に怒鳴り散らすのは、あまりにも品性を欠く言動ではないでしょうか。品性を欠く権力者は哀れ。何と言っても、世界の大阪市長だということをお忘れなく…。

 

 ・大阪維新の会は、大阪都構想において「地域主権」という言葉を掲げていますが、これは全くの誤り。主権は「国家の統治権」を意味する語であり「地域主権」という用語はあり得ません。政治家であれば、政治学のイロハを素直に学ぶべきではないでしょうか。

 

 というわけで、いろいろと悩ましい問題点をアトランダムに記しましたが、突破力ある橋下市長には、至誠の心のもと、ぜひ次の言葉を噛みしめてほしいと思います。

 

    事、未だ成らず、小心翼々
 
事、まさに成らんとす、大胆不敵
 
事、既に成る、油断大敵
 
       (勝海舟 遺訓)

 

 みなさまはどのようにお考えでしょうか。

 

次回も
時事エッセー
です

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コメント

 橋下氏の構想や手法に問題が在る事を承知の上で書くと、第一に、首都圏の場合、昭和50年代までは社会・共産党系や市民団体系の知事や市長が目立ったが、平成に入ってから保守系知事が続々登場し、組合活動も抑制的になった。だが近畿圏では橋下氏の登場で初めて大阪の庁舎内で暗躍してきた組合の実態が公に晒され、漸く左派イデオロギー市民でなくサイレントマジョリティである良識派市民の声が行政に活かされるようになった。この功績は大きい。  第二に、政治・経済が東京に集中し過ぎており、大阪を「副都」として瀬戸内海周辺を第二の政治経済圏として成長させることが我国の国力の重層化につながる。その点で橋下氏の基本的な発想を評価する。   なお野宗さんが提案されているように「都」の呼称は「府」で良いのではないか。 また皇室は幾つかの御用邸を擁するが、京都御所を第二皇居と位置付けて毎年春か秋の一週間を京都で過ごされることを提案したい。京都・大阪が「畿内」であり「特別な府」であることを我国内外の人々が知らしめる効がある。  

投稿: 齋藤 仁 | 2015年3月27日 (金) 09時04分

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