“移民”と“難民”を考える!
507回目のブログです。
“白露に 風の吹きしく 秋の夜は つらぬきとめぬ
玉ぞ散りける”
文屋朝康(後撰和歌集・百人一首)
草の上に結んだ白露の玉に風がしきりに吹きつける秋の野は、あたかも紐に通して留めていない真珠が散り乱れているようだ…。
秋の夜の静かな情景を、平安文化の華ともいうべき和歌のなかで、美しく詠ったものでしょう。編者・藤原定家も高く評価しているように、美しさは型にはまったものではなく、まさに「美は乱調にあり」を繊細に表現した名歌といえるのではないでしょうか。
空と海、川と池、山と野、田と畑、路と道、月と星と太陽、平穏な四季を静かに愛でることのできる自然環境に恵まれたわが日本ですが、現実社会の大きな問題点はどろどろとしたままでおり、なかなか解決の目途はつかないようです。
■ 移民受け入れ検討を=河野行革相
河野太郎行政改革担当相は7日、安倍政権が目標とする「名目GDP600兆円」達成のための手段の一つとして、移民の受け入れを検討すべきだとの考えを表明した。同時に「この問題は時間もかかるし、感情的になりやすい」と指摘し、十分に議論を尽くすべきだとの考えも示した。
(2015/11/07時事ドットコム一部抜粋)
■ 移民受け入れ「慎重に」=菅長官
菅義偉官房長官は記者会見で、河野太郎行革担当相が移民受け入れの検討に言及したことに関し「慎重であるべきだ」と述べた。一方で菅長官は「日本再興戦略では真に必要な分野に着目しつつ、中長期的な外国人材受け入れの在り方について検討を進めていくとされている」と語り、外国人労働者の受け入れについては柔軟に対応していく考えを示した。
(2015/11/09時事ドットコム一部抜粋)
わが国が直面している問題のひとつに人口問題があげられます。現在のわが国の人口は1億2700万人ですが、このままの出生率が続けば、人口の減少が急速に進み、将来1億人を割ることが予想されています。
人口減少への対策として、自民党や民主党などの一部有力議員は、1000万移民を積極的に提唱してきています。彼らの主張は基本的に企業的側面、すなわち経済的観点からのみに立脚しており、国家的、社会的、文化的側面の検討は疎かになったままです。
安倍首相も、以前「人口減少は、労働力人口の減少や消費者の減少を通じ、日本の成長力に影を落とす」と指摘し、移民については「わが国の将来のかたちや国民生活全体に関する問題として、国民的議論を経たうえで多様な角度から検討していく必要がある」との認識を示しました。
河野太郎行革担当相や安倍首相は、基本的には移民推進派だと思われますが、彼らは、多様な角度から十分に議論する必要があると言いつつも本格的な議論を避けているのです。それは、現段階で1000万人移民を叫べば、国民の大半の反発を買い、国政選挙に大きく響くことを恐れているからにほかなりません。
移民問題は、国家100年、いや国家1000年にわたる難問のはずです。自民党の「移民立国」(キャッチフレーズ)などの利権がらみの軽々な議論ではなく、沈着冷静な、綜合的な、国家的な議論から結論を出すべきではないでしょうか。次の基本点をきっちり論証・検討しなければなりません。
①人口の減少が続けば経済成長も困難になるのか?
(一人当たりGDPも減少するのか)
②移民による長期的かつ国家的リスクの検討!
(文化・宗教・倫理道徳・民族・言語・治安・教育・社会保障)
③先進国における移民問題の実例分析!
(スイス・スウェーデン・仏・英・独・カナダなど)
“そんなに急いでどこへ行く”… これらの冷静な議論の結果、移民を推進すべしとなればそうすれば良いだろうし、移民を受け入れるべきではないとなれば、人口減少の対策を積極的に他に求めれば良いだけのこと。
わたしが非常に懸念することは、わが国の政治家には親中・親韓・親朝派の政治家が多数存在し、もしも積極的な移民政策をとるとすれば、中国や韓国からの移民が圧倒的に多くなることなのです。
今でさえ、日韓・日中間に民族的難問を抱えており、特に在日朝鮮人(北&南)問題が、日韓関係、日朝関係に深刻な影を落としているのは事実であり、さらに問題が複雑化することを憂えざるを得ません。そして先年、長野オリンピックで、在留中国人が中国共産党(1党独裁)の指令で4000人も集結し暴行に及んだ暗黒の歴史も現実にあります。腰を落ち着けてじっくり考え、議論し、結論を出すべきではないでしょうか。
そんなこんなを考えると、軽々な結論には至りませんが、つい先日、ヨーロッパで難民問題が大きく報じられました。シリア内戦の泥沼化や過激派組織ISIL(イスラム国)の台頭によって中東や北アフリカからヨーロッパに移住しようとする人々が今年8月までで30万人を超え、9月からは激増していると言われます。特にドイツは難民受け入れに積極的(今年80万人)ですが、ヨーロッパ各国は困惑の様子ありありです。
と言うのも、余りにも人数が多すぎ国家的な対応ができないことと、いわゆる難民のなかに明らかに不法移民がかなりの数を占め、一部にはテロリストが潜入している可能性もあるからに他なりません。
ここで、難民と移民の違いを知っておきましょう。
【難民】「人種、宗教、国籍、政治的意見などの理由で、自国にいると
迫害を受けるか、あるいは迫害を受ける恐れがあるために
他国に逃れた人」(難民条約)
【移民】「仕事や教育、よりよい生活環境などを求め、
国境を越えて定住する人」
2014年度の難民認定数は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば1438万人という膨大な数ですから、世界では、民族・宗教・国家・イデオロギーによる迫害が如何に多いかということを物語っているのではないでしょうか。
わが国も他人事(ひとごと)ではありません。わが国では、平成6年(1994)、北朝鮮核危機が発生した際、20万人の朝鮮人難民をどうするかという検討がなされたこともあるようです。近い将来、何が生じるかわかりません。あらためて平時の今「半島・大陸からの難民」が押し寄せた際の対応策を国民的な議論のなかで本格的に検討しておく必要があるのではないかと考えます。緊急事態が生じてからでは遅いのですから。
「移民」と「難民」…難しい問題ですが、虚心坦懐(きょしんたんかい・何のわだかまりもない素直な心で事にのぞむこと)に、国家、国民を立脚点として考えれば、おのずと結論は出るのではないかと思います。本格的で真面目な議論を期待したいものです。
みなさんはどのようにお考えでしょうか。
次回も
時事エッセー
です
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コメント
移民受け入れには慎重であるべきです。日本が移民開放政策をとれば入ってくるのは中国人と朝鮮人が主になることは間違いありません。現在すでに在日も含め彼らを日本社会は多数受け入れており、摩擦を起こしています。中朝韓は世界でも突出した反日国家です。その勢力をこれ以上受け入れれば社会的にも政治的にも日本社会が分断され民族問題が起こります。これまでの事例から言えば、人口の3%を超えると民族問題が起こりますが、日本はすでにその比率に近づいています。また日本は難民条約に加盟していますが、政治的迫害を受けた難民の受け入れ義務はありますが、経済的な移民や経済難民の受け入れ義務はありません。欧州は特別で、統合の理念ばかりが先行して社会的なコストを考えなかったため、いまになって移民に紛れて入ってくるテロリストに脅かされているのです。移民など入れなくても、ロボット化や高齢者の就業により労働力不足は補えます。単純労働を受け入れると、低賃金労働者ばかり増加し、当人の再教育、家族の医療、教育、住居などの各種補助、何世代もの社会保障費などのコストがかかり、治安も悪化します。結果的に経済的にもメリットはありません。日本が移民を受け入れるべき理由はありません。移民はむしろ本国で祖国の再建に尽くすべき人たちです。祖国への貢献という気持ちを持たない人間に日本への貢献を期待しても無理です。高等人材も本来それを育てた祖国でこそ活躍してもらうべきでしょう。いいとこどりを狙うのも虫の良すぎる話です。各国はそれぞれの国民が支えるという原点に戻るべきです。グローバル化などという虚言に踊らされれば、長い目で見て必ず後悔することになります。
投稿: 矢野義昭 | 2015年11月20日 (金) 09時20分
数年前から続く北アフリカからの、そして今日のシリアからの難民、また古くはインドシナ難民等、いずれも地域の争乱に端を発している。国内メディアの中にはシリア難民等に対する日本の受け容れ云々を論じる者もあるが、対岸の火事への親切心を見せている場合だろうか。隣の朝鮮半島にはいつ崩壊するか分からない北朝鮮がある。崩壊後の半島難民の多くが日本をめざすのは間違いなく、それを歓迎する在日や親韓系も多い。半島争乱時の難民対策を講じるのに早すぎることはない。だが難民以上に深刻なのが半島に北朝鮮の核をもったままの反日「大韓国」(とりあえずの仮称)が登場することである。 さらに、わが国は近未来予想として、中国の一党独裁が崩れた場合の備えもしておかねばらならない。中央、地方で一党独裁による権益を親子三代にわたって独占してきた党官僚や人民軍が平和的に民主政権に権益を移譲するとは思えない。再び20世紀前期の大混乱が起きるが、当時の人口に4,5倍する今日、予想を超えた流民難民の発生も覚悟する必要がある。わが国難民を見物をしている場合ではないと思うが。
投稿: 齋藤 仁 | 2015年11月13日 (金) 08時55分