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2016年4月 8日 (金)

“営業”は重要な職種だ!

 528回目のブログです。

 

“世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし”
 
              在原業平
(平安初期・古今和歌集)

 

 もしもこの世の中に全く桜がなかったならば、春を過ごす気分は長閑であろうものを…。

 

 この歌は、桜を愛すればこそ、桜の咲くのを待ち焦がれ、桜の散るのを惜しみ、雨、風、曇り、青空、などが気にかかって心が落ち着かないものだ…ということを反実仮想的に表現したものと言えるでしょう。

 

 この和歌に対して、作者不詳の返歌があります。

 

“散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき”

 

 桜は惜しまれて散るからこそ素晴らしいのであり、世の中に永遠なるものは何もないのだ…。

 

 春は桜が一番。人口に膾炙した素晴らしい和歌二首。桜についての絶妙な和歌のやりとりを鑑賞すれば、わが国では、古より桜はすべての人に愛されてきたように思えます。現在でも、テレビではすべてのチャンネルが桜前線を毎朝報道しており、何か和やかな雰囲気を醸しだしています。

 

 そして、近年、外国人が花見に積極的に参加している姿が各地にみられ、彼ら、彼女らが、この桜の花の真紅でもなくどぎついピンクでもない淡い色、そして桜花爛漫は一瞬にしてハラハラと散り落ちる短い命、それらにある種の共感を覚えていることに、何となく微笑ましい感じがします。

 

 このようにわが国が順次桜で包まれようとする時、企業では新入社員を迎えました。彼らを社会人として、企業人として、ビジネスマンとして、一人前に育てていくことは企業として最も重要なことであるとともに、ある意味で、将来の盛衰にかかっているとも言えます。

 

 その新入社員にとって最も関心があるのは、どの部署に配属されるかということでしょう。自分の希望するところであれば喜びもひとしお、そうでなければ不安で一杯だと思いますが、ものは考え様、会社が自分の適性を見つけてくれたんだと楽観的に捉えることが大切です。

 

 まずは、3年間は社会人として企業人としての訓練期間として、とりあえずがむしゃらに仕事に打ち込むという心構えを持ちたいものです。

 

 さて、近年、ユーザーや企業に商品やモノを売る「営業職」をやりたくないという学生が激増しているようですが、その現象について考えてみたいと思います。

 

 営業ってやりたいですか? それともやりたくないですか?

 

 ・やりたい……………11.6%
 
 ・やりたくない………88.3%
     (マイナビ学生の窓口調べ・3/93/15
     (大学生男女399人<男性200人・女性199人>)

 

 吃驚しました。9割近くの学生が営業職を敬遠しているとは思いもよらず、まさに想像を大きく超える実態です。

 

 たしかに、営業職は、売上ノルマ・外回り・商談・説得・個別企画などの幅広いスキルが求められるものとしてイメージされていると思いますが、就職情報企業であるマイナビの調査によれば、やりたくない理由は次のとおりです。

 

 ノルマが嫌
  営業実績とかノルマが嫌
  ノルマを意識しなければいけないのが精神的に負担だと思うから
  人と接したり、売り上げに追いまくられそうだから

 

 コミュニケーションが苦手
  他人とのコミュニケーションが苦手だから
  コミュニケーションが苦手なので自信がないから
  人と話すことがあまり得意ではないから

 

 会社は利益があって成り立ちます。その利益は天から降ってくるものではなく、自らが、得意先への売上のなかから獲得していくものです。その得意先との接点に立つのが営業というものであり「営業」とは「業を営む」重要な存在であることを忘れてはなりません。

 

 製造、技術、企画、営業など、すべての部署で目標というものがあります。営業の場合は会社によって「目標」「予算」「ノルマ」という用語を使いますが、一般的に営業の特徴は数字が全てだということです。

 

 そして、営業は自らの情熱を込めた創意工夫によって目標達成へ全力を傾けようとします。そう考えれば、営業がクリエイティブな仕事であるとともに、評価が明確な部署であると言えるのではないでしょうか。

 

 ノルマとか目標とかが嫌だという学生は社会をあまりにも甘く見過ぎていると言わざるを得ません。この世の中に、目標のない会社、目標のない部署はないのですから。もしもそんな会社があれば、倒産してしまうのではないかと心配されます。

 

 (※注、営業業績が優秀だからといって人事考課が良くなるとは限りません。会社によっては、営業業績よりもゴマスリ度の高い都合のいい部下を高く評価するところもありますから…社風によりけりでしょうか)

 

 次に、コミュニケーションが苦手だからとありますが、営業職でも、事務・技術・製造・企画の各職でもコミュニケーションが苦手では何ともなりません。すべての部門でコミュニケーションの力は必要ではないでしょうか。

 

 コミュニケーションは“人間関係”を意味します。大学にまで進学してコミュニケーションが苦手とは、大学にまで行った価値がないではありませんか。大学に行く目的は ①勉強・学問 ②友人の輪を広げる ③クラブ活動 ④社会をひろく見るですが、これらに力を注いでいれば、自然とコミュニケーションの力がついてきているはずです。

 

 したがって、コミュニケーションが苦手、嫌い、無いということは、あまり勉強もせず、友人と語ることも少なく、クラブ活動もやらず、社会を見つめる努力もしていないことを示していると思います。

 

 もう、ぎりぎりでしょうが、今からでも遅くはありません。友人との語らい・議論をメールやSNSではなく、直接、面と向かって気楽に行い、社会・政治・経済・技術・教育・国際関係への関心を少しでも強めるように努力することが大切ではないでしょうか。

 

 一方で、営業をやりたいという学生が1割強います。その理由として、いろいろな人に会えるとか、成果が目に見えてわかる、チャレンジへの達成感が好き、などがあげられていますが、この学生たちの、社会人への前向きな姿勢には感心させられます。

 

 さいごに、営業職が学生に嫌われている今日、営業部門に配属された新入社員に対して、暖かいエールを贈りましょう。

 

 「多くの産業がコモデティ化(類似の商品の機能・品質に差がなくなり、どれを買っても同じだから安い方がよいという常態になること)されており、価格、品質、納期について、いかに知識を振り絞って説明しても、そんなに差別化はできません」
 

 「ビジネスマンは、他社と差別するために、自分自身を際立たせるという方策をとります。営業マンという仕事が存在する理由は、商品を説明するためではない。自分自身の存在という付加価値をつけるために存在するのです…それはハートであり熱意です」
 
 
(「君の働き方は サラリーマンか、ビジネスマンか」より)

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回も
時事エッセー
です

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コメント

全く同感です。 日本では企業でも非営利団体でも「営業」といえば「セールスマンとか売り子」などといいた感覚でや格下目線の職業です。小生は長年欧米社会に触れる人生を送りその過程で彼らの世界では「営業」は最も力量が問われる職業として尊重されている事を痛感し続けました。

投稿: 岡村昭 | 2016年4月 8日 (金) 16時25分

今回は営業職種の必要性・重要性を強調されています。
まことにそのとおりなのですが、今一つ別の意味づけも必要と思います。
 意味あること正しいことを(良く知らない)社会に伝え広めていくのが営業の役割でもあります。
 社会・顧客に対して「自社」の製品・サービスを利用すれば、貴社・あなたはもっとメリット(経済的・心理的な厚生価値のレベル)が増大しますよという「伝道・布教・広報」的な意味合いがあるのではないでしょうか。
 そうすれば単に虚偽を述べノルマを恐れ、値段のたたき合い、無理な納期による社内軋轢などのみを想像して敬遠する新規学卒の気分も少しかわることでしょう。
 例えばかってのソニーやホンダ、そしてリクルートなどは、市場にない新しいものを生み出すことから、サントリーは斬新なセンスの商品を提供することから人気があり、「創出・生産」と「営業」は水と油ではなかったように思います。純粋営業以外の社員も社外へのPRを通じて側面的営業をほこりをもって「自発的に」行っていた面があったように思います。
 どんな企業、商品にもそれなりの優れた点があるのではないでしょうか。何もなかったとしたら(公的規制に守られてなければ)早めに市場から消えているでしょうから。

投稿: A | 2016年4月 8日 (金) 10時18分

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