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2016年5月27日 (金)

素晴らしきかな郡山城址…大和郡山を散策!

 535回目のブログです。 

 “五月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする”
              詠み人知らず
(古今和歌集)

 五月(さつき)になるのを待って咲いた橘の花の香りをかぐと、昔なじみの人の袖と同じ香りして懐かしい気持ちになるものよ…。

 風も爽やかな五月は良い季節です。晴天のもと、いろいろな花が咲き誇り、木々の若い緑の葉もますます勢いを増していこうとする風情は何ともいえません。

 こんな好季節でもあり、古都・奈良の隣にある大和郡山市をゆったり散策しようと、気の置けない友人ら9人で「金魚養殖池と資料館」「郡山城址」「藍染商の町家」を訪ねました。今年は5月とはいっても、暑い暑い炎天下でしたが、それなりに得るものが多く、歴史の豊かさを感じることが出来たと思っています。

 京都駅集合 → 近鉄/近鉄郡山駅下車 →【金魚養殖池のある田園】→【郡山金魚資料館】→ 昼食 →【郡山城址】→【紺屋川】→【箱本館・紺屋】→ 打ち上げ → 近鉄/近鉄郡山駅解散。総距離約6km

 これまでは、古都・奈良のどちらかと言えば中心地を、年1~2回散策し、その歴史の豊かさと現代に繋がる雰囲気に触れてきましたが、今回は奈良周辺の地に足を伸ばし、ゆっくりと歴史を散策しました。

 大和郡山市は、奈良盆地の北部に位置し、人口86,000人、市制に移行する時福島県の郡山市と区別するために「大和郡山市」という名称にしたとのことです。

 さて、京都から近鉄郡山駅までは1時間弱で到着。そこで下車、いよいよウォーキングを兼ねた歴史散策の開始。街中を抜け、ものの20分もすると牧歌的な田園風景に入っていきますが、あちこちに、ため池をみることができ、歴史的に水を大切にしてきた土地柄を覗わせます。

【金魚養殖池のある田園】

 そして、その田園風景の中に、多くの長方形に区切った金魚の養殖池を目にしました。わたしは、もっと大きな区画の池を想像していたのですが、意外や意外、普通のこじんまりした田圃の大きさでした。まあ、養殖する魚が小さな金魚ですから、さもありなんと納得。郡山市では1000以上の養殖池があり、年間8,000万匹の生産とのこと。

【郡山金魚資料館】

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 金魚養殖池のある田園の先に、郡山金魚資料館がありました。この資料館は民間の方が運営している無料施設であり、各種の金魚(和金・琉金・土佐金・ランチュウ・水泡眼・パールスケール・茶金・黒出目金・キャリコ・和蘭獅子頭など)や金魚にまつわる資料(錦絵・飼育書・金魚番付など)が展示されています。なかなか見応えがあります。

 金魚の里を後にして次は昼食。軽い昼食とは思いながらも、あまりにも暑い炎天下を歩きましたので、のどを潤すべく、ビールをジョッキで軽く1杯。そして次はいよいよお城へと向かいます。

【郡山城址】

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 郡山城は近鉄沿線から櫓の屋根の部分がわずかに見えるだけであり、小さな城だとばかり思っていましたが、あにはからんや、壮大なスケールを持つ平山城です。築城主は郡山衆および筒井順慶。主な城主が筒井順慶・豊臣秀長・水野勝成・柳沢吉里

 郡山城という名前のお城は全国に8ヶ所もありました。宮城県・岩手県・福島県・大阪府・島根県・広島県・鹿児島県、そして奈良県(大和国)。地名としては福島県の郡山市が最も有名かも知れません。

 現在は、再建造物として、追手向櫓、東櫓、追手門があるのみで、天守閣もなく些か寂しい感じがしますが、壮大な石垣跡を見るだけでも、往時には大阪城防禦の要としての位置にあったことを窺わせてくれます。

 さらには、数多くの桜の木が内堀の外側に植えられていましたが、これは日本さくら名所100に選ばれています。残念ながら季節をはずしたために花見と洒落ることはできなかったのですが、若緑の艶のある桜の葉の風情は存分に楽しめました。

 そして、有名な歴史のひとこまにも思いをはせることも歴史散策の醍醐味でしょうか。筒井順慶といえば“洞ヶ峠”(京都府八幡市と大阪府枚方市との境にある峠)。天正10(1582)山崎の合戦で、明智光秀が軍を進め、筒井順慶に加勢を求めたが、順慶は兵を動かさず、ここで戦いを観望し、有利な方に味方しようとしました(※これは誤伝)。この故事から、有利な方につこうと形勢を窺ったり、日和見(ひよりみ)の姿勢を取ることを洞ヶ峠というようになりました。

 郡山城址を見て、藍染商の町家へ向かいます。

【紺屋川】

 藍染商の町家の前の道路は、きれいに整備されています。何よりも驚かされるのが、道路の中央に「小川」が流れていることでした。初めて見る光景ですが面白い風情です。昔は、この小川で藍染の洗いをしたのではないかと想像していますが…。

【箱本館・紺屋】

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 紺屋町は藍染めを職業とする人たちが集まった職人町で、16世紀末、豊臣秀長の時代に成立したといわれています。

 箱本とは郡山町中の自治組織(本町・今井町・奈良町・藺町・柳町・堺町・茶町・豆腐町・魚塩町・材木町・雑穀町・綿町・紺屋町)のこと。税金免除のかわりに、治安維持・消火・伝馬(公用のための馬を提供)が課せられました。町が交代で自治にあたり諸問題に対処するもので、自由な住民自治の先駆と言えます。

 「箱本館・紺屋」は江戸時代から藍染の商いをしていた由緒ある奥野家の町家を、藍染の体験までさせてくれるミュージアムとして市が展開しているものです。建物は、梁、窓、壁、土間など、いずれも往時の盛況を偲ばせる重厚感を示しています。この建物を見るだけでも一見の価値があるのではないでしょうか。

 奥には藍染の体験コーナーもあり、わかりやすく説明、指導してもらえます。染料である藍玉は徳島から仕入れ、紺屋としては、布地に対して、ローケツや絞りやその他の技法で藍染するとのことでした。なかなか興味深い体験コーナーです。

 今回は、大和郡山市をめぐる歴史の散策でしたが、あらためて、わが国の歴史の豊かさと奥深さを認識するとともに、その歴史が現在に連綿と続いている不思議な空間に、今、自分自身が立っていることを教えられた次第です。

 いつものように、駅の近くで打ち上げ、冷たいビールで乾杯といきました。

 みなさんにも、歴史の散策をお薦めします。

次回も
時事エッセー
です

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