移民1000万人…この政策は是か非か!
544回目のブログです。
“自然でない行いは、自然でない混乱を生む”
シェイクスピア(16~17世紀・英劇作家)
The conduct which isn’t natural bears the confusion which isn’t
natural.
早朝から蝉の声がやかましく鳴り響いており、まさに“蝉しぐれ”という言葉がぴったりとくる今日このごろです。気温も暑いうえに、蝉が時雨のように鳴きつづけると一層暑さを増すような気持ちになりますが、それでも、これは自然の現象であり、真夏の風物詩として味わいたいと思うところです。
そんな折、わが日本国の首都・東京では、新しい知事を選ぶ都知事選が、人間の感情と欲望と理性とが複雑に絡み合い、騒々しい争いを展開しています。候補者の中には都政を語られない有力者もおり、わが国民のレベルも劣化したとの印象を拭い去ることはできません。
わが国の喧騒はさて置いて、世界では大変な状況が生じていることに注目しないわけには行きません。そのひとつが「移民」の問題です。
先般、イギリスの国民投票で、EU離脱派が過半数を占め、イギリスのEU離脱の方向が決まりました。国民投票のテーマとして最大のものが移民の是非を問うものでした。移民と言っても、正常な移民から難民受け入れまでいろいろありますが、EUに参画している以上はイギリスへの移民を拒絶することができず、移民激増によるイギリス国民の職が奪われるとともに治安の不安定化を増すばかりだとして、EU離脱派が過半数を占めたものだと思います。
ヨーロッパでの移民によるテロは拡がりと共に回数も一段と増してきています。最近大きく報道されただけでも、次のとおりです。
・3/22 ベルギー・ブリュッセル 空港/地下鉄 31人死亡 270人負傷
・7/15 フランス・ニース トラック突入 80人死亡
・7/23 ドイツ・ミュンヘン 大規模商業施設 9人死亡 16人負傷
・7/25 ドイツ・バイエルン州 野外コンサート 12人重軽傷
本人死亡
ヨーロッパでのテロは、イギリス、フランス、スペイン、ノルウエー、スエーデン、ベルギーなどで起きており、昨年末まではドイツでは起きていませんでした。その理由としてドイツは移民に優しい政策をとっているからからと高をくくっていたのですが、ついにドイツでもテロが頻繁に起き始めました。
こうなってくれば、ヨーロッパ各国においては、あるいはEU全体としても、いわゆる「移民」の見直しについて、真剣に検討を加えるものと思われます。
さて、翻ってわが国はこの問題をどのように考えているのでしょうか。小池百合子都知事候補は自民党国際人材議員連盟の会長として50年間で1000万人の移民受け入れや移民庁の設置をあきらかにしてきました。しかし、今回の都知事選では、積極的移民派と見られては選挙にマイナスと見て、自分は1000万人移民派ではなく専門的・技術的外国人を受け入れるのだと変節した発言をしています。
これをどう見るかの前に、まず人口減少と不足労働者数を把握しておく必要があります。(トーマツベンチャーサポート)
【人口推移】
(2015年) (2040年)
人口 1億2660万人 1億 728万人
生産年齢人口 7682万人 5787万人
【不足労働者数】(単位:万人)
(2040年)(2040年必要就業数) (不足数)
第1次産業 157 176 20
第2次産業 1157 1301 144
第3次産業 3374 3797 422
(合計) 4688 5274 586
自治体の数が半減するだろうと日本創成会議が予測する2040年には、586万人の就業者が不足する見通しです。それへの対策としては、次のことが考えられます。
(1)出生数の増加により、生産年齢人口(15~64歳)を増やす。
(2)移民の増加。
①専門的・技術的分野の労働者のみの受け入れ
②専門的・技術的分野の労働者+単純労働者すべての受け入れ
(3)ロボットの積極的な開発と普及により対処。
世界の先進各国では、今や、大量移民のマイナス面(テロ・歴史文化・経済格差・共同体意識・言語など)が大きくなってきているとの認識から根本的な見直しをすすめようとしています。
ところが、わが国では、あの安倍首相を筆頭に、移民政策、それも(2)―②専門的・技術的分野の労働者+単純労働者すべての受け入れ策を強力に推し進めようとしているのです。
自民党は、今年5/24 政務調査会「労働力確保に関する特命委員会」において「『共生の時代』に向けた外国人労働者受け入れの基本的考え方」を公表しました。これによると、従来の、専門的・技術的分野の労働者のみの受け入れに加えて、適正な管理をおこなう新たな仕組みを前提に移民政策と誤解されないように雇用労働者としての就労在留資格を与えるとしています。
分かりやすく言えば、単純労働者をすべて受け入れようとするものに他なりません。
そして、世界基準の移民の定義(国連)は「生まれた国、あるいは市民権のある国の外に移動し“1年以上”滞在している人」ですが、自民党政務調査会や安倍首相は「“移民”とは、入国の時点でいわゆる永住権を有する者であり、就労目的の在留資格による受け入れは“移民”には当たらない」としています。
国民の反発を恐れて、実質的に移民と変わらない、繰り返し永久に継続できる就労目的の在留者を移民ではないと誤魔化すのは、国民を舐めきった姿勢であり、姑息きわまりなく、政界の多数派を形成している自民党や安倍首相の傲慢と卑怯を示すものと言わねばなりません。
もしも、1000万人の移民を進めたならば、約60%が中国人(中華人民共和国)だと予測されているそうで、日本社会に未曽有の恐ろしい事態が生じてくることは確実ではないでしょうか。移民については…欧米の先例にも学びたいものです。
考えて見れば『日本は技術立国!』
そうであるならば“移民よりまずはロボット”で対応すべきであり、ロボットの専門家は対応可能と断言しています。安倍政権も、未だ放っていないアベノミクス第3の矢を放つのであれば、3兆円~5兆円くらいの巨額を“産・学・情・官”に一挙に投じ、ロボットのハード、ソフト、インフラを含めた開発と普及に全力を挙げるべきだと考えます。
それが、真の国策というものではないでしょうか。
みなさんは、それでも1000万人の移民を選びますか。
どのようにお考えでしょうか。
次回も
時事エッセー
です
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コメント
米国などが受け入れてきた移民とは、移民する人々が移民先の国民となり、その国の文化に同化することが前提に成り立っていると思います。たとえば、イタリア出身の々がイタリア人街を形成してイタリア文化を残したとしても、キリスト教という広範な文化の内の誤差の範囲内だったのではないでしょうか。 ここ30年くらい、独自文化を手放さない中国人やイスラム教徒などが増加するに従って、移民国家の米国も混乱をきたしています。
米国と違い、狭い国土の我が国に何十万何百万という異国文化人・異教徒が跋扈することは耐えられません。
移民は、一般的に出生率が高く、10万20万という人数であっても数世代後にはねずみ算的に増えて行きます。
その状態を想像したうえでの移民推進とは思えません。 目先の低賃金に欲がくらんでいるだけです。
人手が不足すれば、みな自動化により効率を上げる努力をするでしょう。 その結果、競争力の強い日本ができるのです。 移民による低賃金労働者を受け入れてしまえば、効率化の努力をしなくなります。
当面の人手不足による不自由は我慢をして、効率化により日本人だけの国家を維持することを優先すべきです。
一旦入った移民、そして日本国籍を取得した元外国人は二度と出て行きません。
投稿: 広瀬健二 | 2016年8月 1日 (月) 19時04分
USAではアメリカ原住民の思想や文化はUSAの国家理念にも国の形にも加えられていない、完全なる移民国家である。生きるために、即ち経済生活を支えるために大陸を逃れてきた欧州人がほとんどであり、宗教的・政治的自由を求めて移民した人々は少数派である。そして生きる糧をより多く得た人々、富める少数のアメリカ人は、精神的な欠乏感を富の力で解決するのを常としている。つまりUSAが掲げる自由とは英仏の唱える精神的自由よりも、経済活動の自由=自由競争=資本主義といった物理的自由と緊密な関係にある。経済的富の追求がすべてである。グローバリゼーションはまさにアメリカ的自由のゴールと言えるであろう。 だが日本などの伝統国家に生きる国民の多くは経済生活以上の何かに生活の価値を置いている。社会の精神文化や伝統を破壊してまで使い切れない程の富を手にするより、ほどほどの生活の中で自国の文化や伝統を味わいながら生を送りたいと思っている。 人は生まれる国を選ぶ自由はないが、生まれた瞬間からその国の様々な文化や伝統の恩恵を受けて成長する。(生まれたくなかった国に生まれる人もいるだろうが・・。)我々の生まれた国の伝統的制度や文化等が破壊されたり大きく変質したら、その後のこの国を「日本」或はJapanと呼べるのだろうか。 経済目的のために大量の移民を受け入れようと云う政策は間違っており、そうした政策を思いつく政治家がいたらその知性や省察力の低さに唖然とするばかりである。
投稿: 齋藤 仁 | 2016年7月31日 (日) 09時48分