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2016年9月16日 (金)

「不安社会」の克服…これが現代日本の課題だ!

 551回目のブログです

 

 “たらちねの 母がなりたる 母星の 子を思ふ光 吾を照らせり”
 
               正岡子規
(明治時代・俳人/歌人)

 

 <星の光> わが母は亡くなり星になってしまったが、その母星の、子を愛おしく思う強い光が私を照らしていることだ…。

 

 正岡子規の母が亡くなった時の和歌。誰もがあきらめてしまっても 愛おしく信じ続け、死んでもわが子を思う「母」の気持ちを清澄に表現した名歌といえるのではないでしょうか。

 

 この和歌から窺えるのは、正岡子規と母親とのキリッとした中にも濃密な親子の情愛が感じられることであり、いわゆる家族のひとつのあるべき姿を示しているとも言えるでしょう。すなわち、家族というものが社会のひとつの基盤をつくっており、社会の安定化に大きな役割を演じていたのかも知れません。

 

 翻って戦後70年を経過した今、社会にはますます“不安感”が蔓延し、まさに「不安社会」の到来が現実になってきています。

 

 それが、あらゆる世代で、男女を問わず、すべての職場で「将来への不安」を抱えるようになってきていることに特徴があり、注目しなければなりません。

 

 たとえば、3050代女性の8割が資産・貯蓄に「不安」を感じているという調査があります(9/13ベルメゾン生活スタイル研究所/産経)。お金だけに限らないでしょう、あらゆる局面で、わたし達の身の周りの人たちと会話しても、ぼんやりとした、あるいは、はっきりとした不安感を述べる人が多いことに気づきます。

 

 かつてのわが国は安心社会だったと言えるかも知れません。学校を卒業して会社には正社員として入社し、定年まで勤め、その間結婚し、家族を持ち、家を買う…。今やこのシステムは完全に崩壊しつつあると言われます。

 

 渡部幹准教授によれば、かつての安心社会は「籍」をもつことで安心を得る社会だと述べていますが、まさしくそう思います。終身雇用制・年功序列・手厚い社会保障と福利厚生・結婚式…100%とは言えないにしても、籍さえあればそれを獲得でき、それらが精神的に安心できる基となっていた時代でした。

 

 しかし、今や、そんな時代ではありません。終身雇用制は崩れ、年功序列は原則廃止、社会保障は揺らぎ、福利厚生も企業利益に応じて縮小はあっても拡大はありえないという状況です。そう考えれば、ゆるぎない安心を覚える籍を有している人たちは少ないのではないかと思います。

 

 ここで、独断と偏見で、何故、安心社会が崩れて行ったかを考えてみましょう。

 

 戦後永年にわたり、わが国の歴史を悪逆なる暗黒国家として全否定する自虐史観が、メディア、進歩的文化人などによりはびこらされ、本来ならば国民意識に自信を与えるべき歴史教科書までもが自虐のオンパレードとなった。それにより、日本国民が日本人としての自信を完全に失い、不安社会への道をまっしぐらに歩んだ。

 

 マスコミ(TV・新聞・雑誌)では、政治・外交・経済・技術・教育などあらゆる分野で悲観論一色。根拠なき不安を煽り過ぎとともにイデオロギー的偏向も顕著。これは、悲観論を述べて置けば責任を取らなくて済む知的逃避というべきもので、誠実さを欠く無責任きわまりない立ち回りである。

 

 先賢に学ぶ心が薄くなり、倫理道徳を古臭い価値のものとして忌避したことにより、あらゆる組織の上層部がエリートとしての自覚を持たず、利己意識、短期思考に陥ったことが「社会規範」をゆるゆるにしてしまった。

 

 幼児が持つ「破壊願望」を大人になって実戦しようとする欲望が極端に肥大したために、価値観の変換、不安定、混乱が続き、今も進行中である。たとえば、家族の破壊、国による福祉のばらまき、日本国の弱体化、市民・人民の権利のみ重視、など。

 

 わが国の永い歴史に敬意を払い、組織は常に真の革新、すなわち維新の策を講ずる必要あり、それには明治天皇の『五箇条の御誓文』に今一度触れることが肝要だと思う。

 

   一、広く会議を興し、万機公論に決すべし
 
一、上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし
 
一、官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、
 
         人心をして倦まざらしめんことを要す
 
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし
 
一、智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし

 

 大東亜戦争(2次世界大戦・太平洋戦争)の敗戦により虚脱感を深めているなか、占領軍による思想強制による価値観の転換が生じ、その影響が現在も続く。

 

 わが国には表面上は軍備(戦力)は存在せず、すべてアメリカ合衆国の軍事的庇護のもとに自国防衛を委ねた。そのために、日本国民は、自国は自国で守るという「自立した強靭な精神」を持ち合わせることをしないまま今日に至っている。

 

 日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という甘い甘~い世界観がわが国民を背骨なき夢想論者に育ててしまった。その結果、国の基本法である憲法が旧態依然、未だに憲法の改正がないという体たらく(参考までに:アメリカ6回、カナダ19回、フランス27回、ドイツ59回、イタリア15回、オーストラリア5回、中国9回、韓国9回…)

 

 今、明確に存在する不安、将来への漠然とした不安、いずれの不安もそれを克服することは容易ではありません。不安が蔓延すれば、リスクを取り、ものごとに積極的にチャレンジして行こうとする生き方に否定的になるでしょう。

 

 もはや、安住できる「籍」はありません。新入社員が入社3年で3割が退社するという状況ですが、たまたま配属された上司が教育論者で十分な教育を施してくれれば、そのような事態には至らず、こんなに喜ばしいことはありません。しかし、社員教育を十分行う精神的経営的余裕のある企業も減少しているのが現実です。

 

 それではどうすればいいのでしょうか。もう従来の安住できる籍がないとしたら「自立した精神」「個の力」を高める以外にはありません。それはすなわち、スキル・行動力・創造力・人間力を高めることに他なりません。

 

 そして、他人に、組織に、美しい言葉に頼ることはやめるべきです。また、現代は、情報はいくらでもあり 情報 → 知識 → 知恵 に持っていくことを心掛け、次のことを心に刻みたいものです。
       構想力(=知恵)+ 実践力(=勇気)

 

 さいごに、渡部幹准教授は具体的に提唱しています。「大学における厳格な単位取得制度の導入」「入社基準の緩和」「正社員評価の透明性確保」「それら評価による正社員解雇基準の緩和」など。これらは“頑張った人、頑張り続けている人をより好待遇にする”ためのものだと言います。わたしも同意します。

 

 不安社会から安心社会へ。大きな課題だと考えます。

 

 みなさんはいろいろなご意見をお持ちでしょう。どのようにお考えでしょうか。

 

次回も
時事エッセー
です

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コメント

毎週金曜日朝に頂く貴ブロッグは心して拝読しながら、小生は貴兄の足許にも及ばないレベルながら①拉致被害者奪還など4-5の国家課題(②福島原発事故の真相:人災、被害民救済、③戦前を連想させられる政府の強引な言論統制など、、、)対応に忙殺され、貴台にはすっかり失礼しています。
 今朝のご高説には100%同感です!!!!

投稿: 岡村 昭 | 2016年9月16日 (金) 09時59分

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