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2017年4月 7日 (金)

“ギスギスした世相”…心に潤いを!

 580回目のブログです

 

 “謙虚な人は誰からも好かれる。
 
   それなのにどうして、謙虚な人になろうとしないのだろうか”
 
               トルストイ(ロシアの文豪)

 

 やっと穏やかな春となってきました。関西では今週末頃には桜も見ごろとなり、桜の名所には多くの人が“花見”と称して訪れ、目の保養を兼ね、飲んだり食べたりして、終日、和やかに、わいわいと語らうものと思われます。

 

 わが国の二大自然風物と言えば、間違いなく「富士山」「桜」ではないでしょうか。この二つを嫌いな人、好きでない人を聞いたことも見たこともありませんから。

 

 しかしながら、最近の世相には、穏やかな春の季節の雰囲気とは大きく違い、何か異質なものが見えて仕方ありません。西条八十の有名な詩「帽子」をもじってみます。

 

  母さん、あの“慎ましさ”は、どうしたんでせうね?
 
  ええ、これまでは電車の中でもよく見られたあのやりとりですよ。
 

  母さん、僕は、あの“謙虚さ”は好きでしたよ。
 
  そう、若者が老いた人に席を譲り、老人はそれに感謝する姿を。
 

  母さん、ほんとにあの“誠実さ”はどうなったでせう?
 
  その傍らに咲いていた百合の花はもう枯れたでせうね。そして、
    今夜あたりは、つやつや光った美しい言葉に、
 
  冷たい雪がつもっているでせう。
 
  その三文字を埋めるように、静かに、悲しく、寂しく。

慎み深さ、謙虚さ、誠実さは、今まではここかしこに、いたる所に見られた麗しい現象ですが、最近は心の潤いがすくなくなってきたのでしょうか、電車の中での乾いた心のやり取りを目にすることもあります。

 

 その最も適切な例として、先日、ネットに投稿されたエピソードを紹介しましょう。あまりにも出来過ぎているので、あるいは創作かなとの疑いもほんの少しありましたが、一応きちっとした欄ですので、真実のこととして引用します…。

 

 老人「席を譲るって習わなかった?」
 
       ⇒ 幼児の切り返しに凍りつく

 

  都営バスの車内で起きた出来事を、Twitterユーザーさんが報告。

 

  お年寄りが幼児に「お年寄りには席を譲ろうって習わなかった?」
と言ったという。
それを聞いた幼児は「習わなかった」と答えたようだ。
見かねたOLがお婆さんに席を譲ったのであった。

 

  これを見ていた幼児は・・・。
お婆さんに「人から親切にされたらありがとって言うって
 
習わなかった?」と言ったのである。
幼児の鋭すぎる指摘だ。

 

  これには、何も言えなくなってしまったお婆さん。
親切にされたら「ありがとう」と言う心を持ちたい。
          (2017.03.31 MAG2NEWSより)

 

 強烈なエピソード。幼児も幼児なら、お婆さんもお婆さんですが、幼児はまだおさなくこれから学んでいくことでしょうが、お婆さんは完全に一本取られてしまいました。

 

 しかし、これは一本取られたという話ではなく、このお婆さんが、日ごろ、感謝の言葉、ありがとうという言葉を、家族や近隣の方や世の中の人に掛けていないことを示しています。

 

 子供は親の背中を見て育つと言います。この幼児がお年寄りに席を譲らなかったのは、そのような大人の姿を見たことがなかったからではないでしょうか。

 

 今日では、政治家を見ても、マスコミを見ても、自らを謙虚な姿勢で発信するよりも、自分がいかに優れているかを、くりかえし繰り返し、つよく強く発信しようとする人ばかりのように思えてなりません。

 

 また、日本の歴史的な宝ともいうべき皇室のことを論ずる時でも、ガサツで無遠慮で慎み深さ、謙虚さ、誠実さを欠いた声高な人がマスコミをにぎわしていることが見受けられますが、これは極めて遺憾と言わざるを得ません。

 

 そして、他人の失敗には極めて厳しく、弱者には惻隠の情さえ示さない、酷薄の心と荒んだ精神の持ち主が増大しているように思います。

 

 これらの世相は、国家社会のリーダーが持つであろう「理想」「志」を喪失している社会を、鏡のように反映しているのではないかと考えています。マスコミや政治家がいまだに森友学園問題をわが国の最大のテーマとして劇場型パフォーマンスを演じているのは、その理想が低く、志が弱まっていることを証明しています。はたして、このままでいいのでしょうか。

 

 今、中国という覇権型共産党独裁国家、北朝鮮という核・ミサイル保有の個人独裁国家、韓国という基軸なき反日混迷国家、この3ヶ国が、わが国周辺で猛威を奮っており、まさしく未曽有の“危機”が立ちはだかっていることを認識しなければなりません。

 

 旧制大阪高等学校の全寮歌に“城南高し三層楼 籠もれる理想を誰か知る 美酒玉杯に耽りたる 偸安(とうあん)の世を低く見て 文を学び武をば練る 五百の健児君見ずや”という一節があります。

 

 このなかで使われている言葉に「偸安」という日ごろ目にしない漢字があり、この言葉の意味は…。

 

  【偸安とうあん)
目先の安楽をむさぼり、将来のことを考えないこと

 

 わが国、日本のリーダーには、ぜひとも、偸安(とうあん)の世に流されず、国家、国民のために力を尽くしていただきたいと願うばかりです。

 

 そうなれば、おのずから、上掲のような幼児やお婆さんはいなくなり、心の潤った穏やかで謙虚な世の中になるのではないでしょうか。

 

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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