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2017年5月26日 (金)

「堺」…刀鍛冶・利休・晶子を巡る!

 587回目のブログです

 

    【利休七則】

   茶は服のよきように点て(お茶は飲む人が飲みやすいように)
 
炭は湯の沸くように置き(炭火はお湯の沸く程度に心を配り)
 
花は野にあるように生け(花は野の花のごとく自然に生け)
 
夏は涼しく冬暖かに  (夏は涼しげに、冬は暖かい雰囲気に)
 
刻限は早めに     (時間に余裕をもって)
 
降らずとも傘の用意  (雨降らずとも雨具の用意をし)
 
相客に心せよ     (お客の心を心とせよ)

 利休七則は茶道の基本を示したもので、茶道のおもてなしの心を分かりやすく説いています。

 

 今回も、先週に続いての歴史・文化の散策となりました。先日、縁ある方のお誘いで、小宅からそんなに遠くない大阪市の南に位置する堺市を訪れました。久しぶりの近間への散策、時間もたっぷりあり、日ごろ目にすることのできない所へ足を運ぶという望外の幸運に恵まれた有意義な散策でした。拠点移動はバス。

 

 JR大阪駅・西梅田 ⇒ 水野鍛錬所 ⇒ さかい利晶の杜 ⇒ 昼食(梅の花) ⇒ インテックス大阪 ⇒ JR大阪駅・西梅田

 

 堺市は、大阪市の南に位置した人口84万人の政令指定都市であり、山梨・佐賀・福井・徳島・高知・島根・鳥取の各県を上回りますが、大阪市の衛星都市としての特徴を有してもいます。

 

 堺市には、旧石器・縄文・弥生時代の土器・石器・銅鐸・集落遺跡などが発掘。特に百舌鳥古墳群と呼ばれる古代文化遺産は圧巻です。

 仁徳天皇陵古墳
反正天皇陵古墳
履中天皇陵古墳
いたすけ古墳
御廟山古墳
ニホンザイ古墳
その他(永山・長塚・丸保山・竜佐山・収塚など多数)

 

 そして、堺は南北に貫く難波大道と東西に結ぶ竹内街道などの交通の要所となり、南北朝時代には勘合貿易で栄え、室町時代には、宣教師・フロイスが「東洋のベニス」と称する国際都市になり、安土桃山時代は自治都市としてその存在感が注目されます。

 

 このような歴史と文化を誇るだけに、堺市民は「堺」に対する愛着が極めて深く、先年の大阪都構想(大阪府+大阪市+堺市)には、市長自ら先頭に立って反対の姿勢を貫きました。

 

 何はともあれ、魅力ある都市であることに疑いをはさむ余地はないと思います。

 

 【水野鍛錬所】

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  明治5年(1872)創業。刀鍛冶として出発しましたが、現在5代目が鍛冶職人の道を引き継ぎ、料理包丁や銘刀の制作に携わっています。わたし達は5代目から刀や包丁の工程などの説明を受けましたが、ユーモアとウイットに富む、なかなかの話し上手で、従来職人のイメージを一変させました。

 

 5代目は、大阪府ではただ一人の刀鍛冶職人であり、その畏敬すべき職人が一本の料理包丁に技と叡知を注ぐのですから、性能、品質は折り紙付きではないでしょうか。

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 鍛冶場では、実際に鉄や鋼を鍛え上げる刀鍛冶の周囲は、注連縄(しめなわ)に紙垂(しで)が垂らされ、聖域とされているのを目にしました。凛とした空気。まさに神聖な鍛錬所であることを実感した次第です。

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(法隆寺・国宝五重塔九輪にある四方魔除け鎌・300年毎に架け替え)

 これらの光景は、つい先日、NHKテレビの人気教養番組「美の壺」で大きくとりあげられました。

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  わたしは、日本の職人中の職人である水野家5代目の、刀・包丁鍛冶の優れた職人魂に敬意を表し、料理包丁を1丁買い求めました。帰宅して早速使ってみましたが、切れ味は素人のわたしでさえ“抜群”の印象を持ったほどです。 

 【さかい利晶の杜】

 

 堺が生んだ二人の偉人、千利休と与謝野晶子。わびの美学を貫いた気高き天下一の茶人・千利休と、日本文学史に名を残す愛に生き真に生きた表現者・与謝野晶子の二人を顕彰した記念館です。

 

 千利休(大永2<1522>~天正19<1591>)は茶聖といわれ、千家茶道の始祖として知られています。堺の商家に生まれ、茶の湯の第一人者である武野紹鷗に学び、信長・秀吉の茶頭(さどう・茶の湯の師匠)となったが、晩年は秀吉に疎まれ切腹に追い込まれました。

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 しかし、現在日本の3大茶道流派は三千家の「表千家」「裏千家」「武者小路千家」と言われていますから、茶聖・千利休の偉大さが分かろうと言うものです。 

 1階が千利休茶の湯館として、千利休の歴史や復元した利休作茶室の展示、茶の湯体験施設など、楽しめる要素がいろいろあります。

 

 2階が与謝野晶子記念館。与謝野晶子(明治11<1878>~昭和17<1942>)の生家「駿河屋」は羊羹で有名な和菓子商であり、和洋折衷の建物を復元展示。それを見れば、彼女の豊かな感受性と好奇心旺盛な行動力は、生家における知的で優雅で裕福な環境に深く影響されたものだろうとの推測もあながち間違ってはいないように思われます。

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 記念館の中央には、出版された書物が円形に並べられていますが、どれも見事な装丁で、当時の一流画家たちの晶子への関心の高さを語っているようです。

 

 わたしの気に入った和歌を拾いましょう。

 

“海こひし 潮の遠鳴り かぞへつゝ 少女となりし 父母の家”
 
                (故郷・生家を偲んで)
 
 “和泉なる わがうぶすなの 大鳥の 宮居の杉の 青きひとむら”
 
                     (大鳥大社)
 
 “住之江や 和泉の街の 七まちの 鍛冶の音聞く 菜の花の路”
 
                    (水野鍛錬所)

 

 【食べどころ“梅の花”】

 

 ここで昼食、隣の食べどころに移動。梅の花は豆腐料理で有名。さかい利晶の杜との雰囲気のコラボはなかなか見事であり、味もよく、カロリーも低く、素晴らしい昼食でした。

 

 【インテックス大阪】

 

 ここでは、住宅関連製品の展示会があり、ズラッと見て回りました。それぞれのデザインが極めて洗練されてきていることと、気配りした技術の進歩があらゆるところに見受けられることに、新鮮な驚きを覚えました。世の中が、前向きに、確かな足で、急速に動いているとの実感を得ることが出来たのは予想外の喜びでした。

 

 今回は、主に堺市に触れたのですが、さすがに、歴史と文化の奥深い薫りにしびれました。特に鍛冶職人の真摯な熱情には圧倒され、日ごろの怠惰な姿に焼きを入れてもらったように感じたのは、ひとり私だけではないのではないでしょうか。

 

 みなさんには、近間であれ遠くであれ、歴史の散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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