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2022年2月18日 (金)

偉大な政治家・石原慎太郎氏を悼む!

 828回目ブログです

20222181

  “降りつみし 高嶺のみ雪 解けにけり 清滝川の 水の白波”
              西行(平安末期~鎌倉初期)

 降り積もった高嶺の雪が解けたのだなあ、清滝川の水が烈しく立てている白波は。

 清滝川は京都の愛宕山の東を南に流れ大井川に合流する川であり、その清澄な風情を詠んだ見事な和歌と言えるのではないでしょうか。

 去る2月1日、石原慎太郎氏が亡くなりました。石原慎太郎氏は、我が国で知らぬ人がいない著名人ですが、三つの顔を私たちに見せてくれています。一つには作家として、二つには国会議員として立法に携わり、三つには東京都知事として行政を司りました。どれを取り上げても、輝くばかりの実績を上げており、言動一致、なかんずく石原氏の発する言葉にはさすがに大作家としての重みを感じさせるものがあります。

 ここでは、石原慎太郎氏の偉大な政治家としての言葉を振り返ってみたいと思います。議員在職25年表彰での演説議員辞職を表明(1995年)、断固「NO」と言える日本(江藤淳氏との共著・光文社・1991年)、新聞インタビュー(2014年)から引き出します。

     △  △  △  △  △  △ 

 「(昭和41年、新聞社の特派員として、既にデルタ地域にまで共産勢力が進出していたベトナム戦争の取材に赴き…)あのベトナムで私が強く感じたことは、首都サイゴンの知識階級のみずからの国で行われている戦争への驚くほどの無関心、冷笑的な態度でありました。それゆえに、私は、あの国がやがて間違いなく共産化されることを確信していました。同時に、私には、あの教養高いベトナムのインテリと日本の知識人たちがその政治姿勢において互いに非常に似ているという気がしてなりませんでした。ということは、祖国日本もまた、いつかの将来、あるいは自由主義体制が侵食され崩壊する日が来るのではないかと。ならば、それを防ぐためにはみずから行動すべきではないかと。私が政界に身を投じる決心をしたのは、あの他国の戦争で感じたもののゆえにでありました。」

 「(翌年、昭和43年の参議院全国区に立候補、当選し、後に衆議院に転じ)その間、私も私なりに、志を同じくした仲間とともに政治の金権性と戦い、あるいはアメリカや中国の対日関係における一方的な主張に反発し、微力ながらの戦いもしてまいりました。」

 「イデオロギーの生んだ冷戦構造が崩壊した今、政治の対立軸が喪失されて、私たちは新しい軽薄な混乱の中にあります。新しい文明秩序の造形のために、多くの可能性に満ちているはずのこの日本の将来を毀損しかねないような問題が幾つも露呈してきているのに、現今の政治はそれにほとんど手をつけられぬままに、すべての政党、ほとんどの政治家は、今はただいかにみずからの身を保つかという最も利己的で卑しい保身の目的のためにしか働いていません。」

 「ヨーロッパ近代主義の繁栄が終焉し、到来しつつある新しい歴史のうねりの中で、新しい世界の文明秩序が期待されている今、歴史的必然としてアジアに回帰し、他のだれにも増して新しい歴史創造の作業への参加資格のあるはずのこの日本は、いまだに国家としての明確な意思表示さえできぬ、男の姿をしながら実は男子としての能力を欠いた、さながら去勢された宦官のような国家になり果てています。それを官僚による政治支配のせいというなら、その責任は、それを放置している我々すべての政治家にこそあるのではありませんか。」

 「現在の日本国民の政治に対する軽侮と不信は、まさにこの私自身の罪科であるということを改めて恥じ入り慙愧するのみであります。(中略)私は、今日この限りにおいて国会議員を辞職させていただきます。」

 「私も憲法を改正しなくてはならないと言ってきましたが、九条もさることながら、もっと身近な部分から改正することが肝要だと考えている。まず私権に関する条項を修正することが必要だと考えます」

 「ここらで、われわれは国家として男性的な役割を果たす方向に転ずべき時代に差し掛かったのではないだろうか。自らの意思を持ち、それをはっきりと相手に伝え、双方の言説を論じ、その上で妥協も拒否もする。それでこそ国家として一人前の筈です。」

 【中国の記者】から「本当に中国が嫌いか」と聞かれ、【石原慎太郎】さんは「共産中国、嫌いです。あなた方がチベットをなくした」とぶぜんとして言い放った。

 【香港の記者】が尖閣諸島の対応をめぐり「貴方が首相ならどうするか」などと尋ねると、【石原慎太郎】さんは「追っ払います」「中国じゃないか、衝突仕掛けているのは」とまくしたてた。

 記者から、心残りを問われると、【石原慎太郎】さんは憲法の一字も変わらなかったことと即答。

     △  △  △  △  △  △

 石原慎太郎氏には、毀誉褒貶はありますが、特に政治の世界では、思想的対立や権力的対決があるのは普通であり、“誉”と“褒”が含まれているのであれば、大いなる誉め言葉と言えるのではないでしょうか。

 少なくとも、大きな政策を提起し、それを実施に移した実行力と勇気には敬意を表したいと思います。石原都知事の、原発事故に対処する命がけの東京消防庁職員への感謝の言葉には、今、振り返っても熱い涙を禁じ得えません。

 石原元都知事の心残りなものは、国民有志による「尖閣諸島寄付金」でしょうか。現在14億8000万円が残されていますが、政府と都の話し合いによる尖閣諸島への有意義な使い道を早急に決定してほしいものです。

 最後に、石原慎太郎氏は、平成25年、国政復帰後初の国会質疑に於いて「国民への遺言」を述べていますのでお読みください。

 「実は、昨年の10月ごろですか、靖国神社でお聞きした、九十を超されたある戦争未亡人のつくった歌なんです。この方は二十前後で結婚されて、子供さんももうけられた。しかし、御主人がすぐ戦死をされ、そのお子さんも恐らくお父さんの顔を見ていないんでしょうがね。その後、連れ合いの両親の面倒を見て、子供も結婚し、恐らく孫もでき、ひ孫もできたかもしれませんが、その方が九十を超して、今の日本を眺めて、こういう歌をつくられた。

 “かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる”

 これは、私、本当に強い共感を持ってこの歌を聞いたんですが、国民の多くは、残念ながら我欲に走っている……。」

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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コメント

共感、以外の言葉はありません。衆議院議員になられた時に、弁舌が優れ、ポピュリストとしての人気が高いだけとみていた戦後の「万年与党」にいた親の代からの政治屋代議士と、エリート意識の高い官僚からの転職代議士たちも、身近に見る石原氏の資質の高さを実感していただろう。側近の差し出す資料も不要の雄弁は、石原氏が常に戦後日本の疎ましい、守銭奴根性の厭らしさを嫌悪し、「あるべき日本の姿」を胸中に抱いていたからである。三嶋由紀夫氏は、アメリカから小屋とエサを与えられた飼い犬のような日本に嫌気をさして逝かれてしまったが、石原氏は「何とか飼い犬から独立した一匹狼」をと願って活躍されてきた。当時の自民党の政治家に本物の憂国の士がもっといたら、彼らが自身の能力に謙虚であったら石原氏を総理にして、吉田茂のできなかった本当の敗戦国からの独立を成し遂げることができただろう。民主主義はメディアを動員した大衆迎合策で「トンデモナイ指導者」を生みやすい。現に多くの自治体に無能だが大衆受けはいい知事や市長が誕生している。しかし国家が安泰であれば知事や市長がボンクラでもなんとかなるだろうが、一国の長が確固たる持論もない・憂国の情もない、単なるポピュリストだと全国民に災厄を招く。

投稿: 齋藤仁 | 2022年2月18日 (金) 08時16分

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