信教の自由・カルト・献金・宗教2世 を考える!
868回目のブログです
“朝まだき 嵐の山の 寒ければ 紅葉の錦 着ぬ人ぞなき”
藤原公任(平安中期・拾遺和歌集)
朝がまだ早く嵐山のあたりは寒いので、山から吹き降ろす風のために紅葉が散りかかり、錦の衣を着ない人はいない…。
晩秋の景色は何と言っても色鮮やかな “紅葉” につきますが、古くは “黄葉” とも言っていましたので、若緑、青緑から黄色、紅色の美しい色調の葉に変わる様は、何とも言えない風情を感じさせます。
四季に恵まれた日本、その日本に生まれた喜びに心から感謝したいものです。
そうは言っても、世の中は騒然としており、その一端に汚れた宗教の姿があらゆるメディアを通じ、明らかになってきました。それらを踏まえて、「信教の自由」「カルト」「献金」「宗教2世」を考えて見たいと思います。
11月22日、永岡圭子文科相は、宗教法人審議会の了承を得て、問題の「旧統一教会」に対して質問権を行使し調査に着手しました。その調査の結果により「解散命令」「救済新法」が判断されるものと思われます。
「信教の自由」について。
旧統一教会(旧称:世界基督教統一神霊協会)が胡散臭い存在であることは、「霊感商法」「集団結婚式」「献金システム」「事業ビジネス」「2世問題を含む家族破壊」などを見れば、誰が見ても一目瞭然ではないでしょうか。そして、他のカルトも同じような存在であることを指摘したいと思います。
しかしながら、宗教界は宗教法人格の優遇税制の特権が無くなることを恐れ、憲法に保証された「信教の自由」を掲げ反発しますが、宗教法人でないからと言って信仰を抑圧されることはありません。良識ある宗教活動であればなんら懸念する必要はないのです。
たとえ、解散命令が出ても教えや信者はそのまま残り、優遇税制など宗教法人としての特権は失いますが、信仰が禁じられるわけではありません。オウム真理教の場合と一緒です。オウム真理教は事件以後、後継団体として、「アレフ」「ひかりの輪<上祐史浩>」「山田らの集団」の3団体に分派し、それぞれ任意団体として活動を継続しています。
(因みに、地下鉄サリン事件という同時多発テロを起こした「オウム真理教」に対して、当時、破壊活動防止法〔破防法〕の適用をという国民の強い声が上がりましたが、日弁連、リベラルサヨク、メデイアなどの反対で適用に至らず。…あれだけのテロ事件でも国家・社会に対する破壊活動と認定しないのですから、何とも合点がいきません。)
次に、「カルト」「セクト」について。
【世界で認定】カルト・セクト
≪カルト≫ カリスマによる狂信的宗教団体
≪セクト≫ 社会的に警戒を要する団体
(国名)(認定G) (そのうち日本の関連教団)
フランス 173 創価、統一、幸福、霊友、神慈秀明、真光
30 創価、統一
ベルギー 189 創価、統一
ドイツ 25 創価、統一、ヤマギシ、真光
22 統一
カナダ 3 オウム
中国 20 (※法輪功など全てを弾圧)
これを見ると、わが国の新宗教が世界に進出していることがよくわかります。そして、ここに挙げた新宗教が相手国にカルト・セクトとしてのマイナスのイメージを与えていることに注視しなければなりません。
「献金」について。
メディアでは統一教会の実態が詳しく報じられていますが、創価学会の実態について記したいと思います。デイリー新潮で、10年前創価学会を脱退した芸人・長井秀和氏が高額献金の実態を赤裸々に告発しています。両親が熱心な学会員だった長井氏は、東京創価小学校、創価中、創価高、創価大と進学する超エリート学会員。さらに芸人としてブレークした後は「芸術部」に所属して広告塔としての役割も果たしてきました。
『学会に集まる金額は毎年1千億円以上ともいわれる』
『財務(注: 寄付・お布施のこと)の額は収入の1割が目安。10日で1割の高利貸し“十一(トイチ)”にちなんで、私は学会の財務を“宗教十一”と呼んでいますが、収入が低ければ、当然負担は大きくなる。うちの両親でもすでに総額で “数千万円” の寄付をしていると思いますよ。それだけでなく、例えば高額な学会専用の仏壇を3基も購入していて、仏壇関連だけで “約2千万円” 。統一教会の “100万円の壺” なんて安すぎて、多くの学会員はピンとこないんじゃないでしょうか』
収入の1割とは、大変な金額です。毎年12月に集められる「財務」(創価学会独特の言葉・お布施・寄付・献金のこと)は、最盛期は6000億円、最近はコロナ禍もあって1000億円~2000億円と言われています。高額献金は、統一教会だけではなく、創価学会の財務にも窺われるのではないでしょうか。
「宗教2世」について。
統一教会の例に鑑みて、宗教2世の被害と救済について政治の場で議論が行われています。ここで、時機を得た、社会調査支援機構チキラボの「宗教2世」当事者の実態調査(1131 人の回答分析・2022/11/1)から引用します。
教団別の回答者は、創価学会428人、エホバの証人168人、統一教会47人、その他335人。いろいろな分析がありますが、宗教2世に対する教団ごとの要求についてご覧ください。
● 「政治活動」への関与要求頻度は、創価学会がかなり高かった。
教団・家族ともに高いが、特に教団からの要求頻度が、家族の要求
頻度よりも上回っている点が特徴だ。
● 「献金」と「身体を酷使する修行の要求」については、統一教会
の要求頻度が教団においても、家族においても、他教団と比べ
ずば抜けて高い。
● 「宗教行事」などへの関与要求頻度は、エホバの証人が高かった。
● 「勧誘活動の要求頻度」については、エホバの証人が圧倒的に高い。
一方で、友人への勧誘については、エホバも高いが創価も高かった。
そして両者ともに、家族よりも教団からの方の要求頻度の方が高め
に出ている。
各教団の特徴が垣間見えて、なかなか意味深なものがあります。
さいごに。税制優遇を受けている公益法人、学校法人、社会福祉法人、認定NPO法人は情報開示が義務化されています。年間1000億円以上もの献金(財務)を集めている教団もあるという「宗教法人」だけが例外でいいはずはありません。宗教法人も情報開示すべきではないでしょうか。
さらに、25年前にも議論された「宗教法人基本法案」(仮案)を再度テーブルに載せ、議論を深め、現実に照らした内容に規定することも考えては如何でしょうか。
“本来、宗教は人々に安らぎをもたらすもの”
みなさんはどのようにお考えでしょうか。
次回は
時事エッセー
です。
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コメント
宗教と教団は似て非なるものである。人間は生きている限り物欲が満たされた環境にあっても魂が何かを求めて渇仰する存在である。それは己にしか感じ得ない渇仰であって親や兄弟であってもそれに応えることはできない。だからこそ真の宗教者は教団などの組織を作ろうとしなかった。魂の救済を求めて特定の宗教者を慕う人が出るのは自然の流れである。だが弟子が集団を成すようになると、そこから宗教は一般社会の組織と変わらなくなる。組織が支障なく活動するには管理・活動規則および運営費が必須となる。つまり教団であっても一般企業と同様に組織を統制する人と運営費を管理する人が必須となる。そして統制者に選ばれた人、財政の担当者になった人はいつのまにか俗世の勝ち組の人と同様に組織内の名利を手にしたことで満足ということになる。結局、信仰の自由とは精神の自由の一つであり、教団組織の運営とは無関係であり、まして教団の経済活動や政治活動は俗世の企業同様に一般の法令で対応してしかるべきものだといことだ。信仰の自由を拡大解釈しすぎた結果、宗教団体の悪行に社会が混乱させられてきたのであり、日本政府が「自由」をタテマエにし過ぎたことがメディアや宗教団体などによる社会の攪乱を招いてきたのである。
投稿: 齋藤 仁 | 2022年11月25日 (金) 09時00分