2019年6月14日 (金)

「五個荘」…近江商人の街並みを訪ねる! 

 694回目のブログです

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 “すくすくと 生ひ立つ麦に 腹すりて 燕飛びくる 春の山畑”
                  橘曙覧(幕末・国学者/歌人)

 勢いよく伸びている麦の穂に腹をするくらいに低く燕が飛んでくる、春の山一面の麦畑よ…。

 勢いよく伸びている麦の穂、溌剌と飛ぶ燕、目の前を広がる春の山。自然と鳥とが生き生きと融合した姿を見事に詠んだ素晴らしい和歌です。

 先日、気の置けない友人10名と近江商人のふる里「五個荘」(ごかしょう)を訪ねました。五個荘一帯はめずらしく麦畑が多かったのですが、上記の和歌にあるような燕には出くわせず、替わりに、それこそきわめて珍しく「雲雀」が、垂直に、ぴーちくぱーちく鳴き揚って行くところを見ることができました。麦畑に雲雀、なかなか長閑な素晴しい景色でした。

 JR京都駅集合 ⇒(琵琶湖線)⇒ JR能登川駅 ⇒(近江鉄道バス)⇒ 五個荘「ぷらざ三方よし前」停留所 ⇒ 金堂町/伝統的建造物群保存地区散策 ⇒ 昼食 ⇒ 外村繁邸 ⇒ 外村宇兵衛邸 ⇒ 中江準五郎邸 ⇒ 観光センター ⇒ バス停「ぷらざ三方よし前」⇒(近江鉄道バス)⇒ JR能登川駅付近で打ち上げ ⇒ JR能登川駅 ⇒(琵琶湖線)⇒JR京都駅解散

 当日は曇り空、雨も霧雨が1~2分降っただけで、暑い太陽の光もなく、疲れもほとんど感じない快適な一日でした。

 五個荘は琵琶湖中部の東側にある東近江市に位置、近江商人のふる里として有名。近江(現在の滋賀県)に本宅・本店を置き、他国で商いをした商人を総称して「近江商人」と言います。出身地域によって、高島商人(高島)・湖東商人(五個荘/豊郷)・八幡商人(近江八幡)・日野商人(日野)とよばれています。

 わたしは既に日野と近江八幡を訪れましたので、今回の五個荘で近江商人のふる里のほとんどを訪れたことになります。もっとも、伊藤忠、丸紅の出身地である豊郷には又の機会に訪れたいと思っています。

【五個荘金堂町】(重要伝統的建造物群保存地区)

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 五個荘は湖東平野のほぼ中央に位置し、街並みは条里制地割を基礎に、集落中心に陣屋、神社仏閣、周辺に農家が集まる農村集落として出来上がっていました。これに加えて、近江商人発祥の地としての商人本宅の見事な構え(板塀・入母屋造りの主家・数寄屋風の離れ・土蔵・納屋・池や築山を配した大きく壮麗な日本庭園・「かわと」や「あらいと」で水路の水を引き込み生活用水に)が数多く建ち並んでいる景観は、さすがに重要伝統的建造物群保存地区として肯けます。

 街並みを散策しましたが、静かななかに凛とした雰囲気があり、何となく近江商人の心意気が感じられ、これぞ歴史散策の醍醐味と納得した次第です。

【外村繁邸】(外村繁文学館)

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 外村宇兵衛の分家が小説家・外村繁の生家。江戸末期の建造、総面積726坪、建物面積150坪、門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋があり、の広さは目を瞠らされます。典型的な日本家屋であり、の太さとの際立った大きさは圧巻。窓ガラスもいわゆる「レトロガラス」が使われており、少しく揺らいで見えるところは何とも言えない風情を感じさせてくれます。女中部屋、小説を書いていた小座敷も一見の価値があります。

【外村宇兵衛邸】(てんびんの里伝統家屋博物館)

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 外村宇兵衛家は、五個荘商人として活躍していた外村与左衛門の分家。文化10年(1813)独立して商いを始め、東京・横浜・京都・福井などに支店を有し呉服類の販売を中心に商圏を広げ、明治時代には全国の長者番付にも名を連ねました。

 四代目宇兵衛元亨は、これからは洋服の時代と考え、大正7年(1918)御幸毛織を株式会社化し、高級紳士服メーカーの礎をつくりました。

 外村繁邸の本家筋に当たりますからそれに相応しい建屋です。見上げるばかりの天井、破格の大きさの梁、作庭当時神崎郡一番と評された庭、まさにこれぞ近江商人の簡素な中にも豪華な設えの本宅を実感した次第です。

【中江準五郎邸】

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 この中江準五郎邸は、戦前に朝鮮半島・中国大陸を中心に20数店の百貨店を経営した「百貨店王」三中井一族の五男である中江準五郎の本宅。
 屋敷は、2階建ての切妻瓦葺で庭は池泉回遊式となっており、2階からは、まるで当時にタイムスリップしたかのような眺望を楽しめます。
 蔵の中には、郷土玩具・小幡人形と土人形が多数展示されていました。

 近江商人の三つの邸宅をじっくりと見学しましたが、簡素にして豪華な造りのなかにある種の美的センスを窺わせてくれます。これだけの財をなすには近江商人としての不断の努力があったればこそ、…それは「天秤棒一本で財を成す」「近江の千両天秤」という言い回しを見ればあきらかです。

 『近江の千両天秤』には“天秤棒一本あれば行商をして千両を稼ぎ財を成す”という、近江商人の商魂の逞しさと同時に、千両を稼いでも行商をやめず、初心を忘れることなく商売に励むという教訓が籠められており、今も昔も近江商人にとってそれが歴史的・精神的な原点となっているのではないでしょうか。

 近江商人はどんな人だったのでしょうか。それは、江戸~明治時代に活躍、「質素倹約」「しまつしてきばる」、「三方よし」の精神、この三つです。

 忘れてならないのは近江商人の理念『三方よし』の精神でしょう。

   売り手によし
   買い手によし
   世 間によし

 これは、近江国五個荘の中村治兵衛家の2代目宗岸の書置きにその趣旨が述べられているものを分かりやすく表現したものです。もしも、現代の企業経営者が歴史に学び、この「三方よし」の精神を実践すれば、続発する企業不祥事はなくなるのではないでしょうか。

 例によって、駅近くで打ち上げ、帰路に向かいました。歴史の散策、尽きることはありません。

 みなさまにも近間の歴史散策をお薦めします。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年6月 7日 (金)

「貿易戦争」か「冷戦」か … 米中覇権争いをどう見るか!

 693回目のブログです

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“吹きいづる はげしの風に 群雲の はれゆくあとの 月まどかなり”
              内藤政俊(幕末の挙田<ころもた>藩主)

 激しい風が吹きつけて暗雲を取り払った。その後の晴れた空の月の光の何とさわやかなことだろう…。

 幕末の挙田藩(愛知県豊田市)は財政難に苦心。それは賄賂をもらい浪費する家老たちがおり、そのあげく農民に増税しなければならなかった。藩の塾長で正義感の強い竹村梅斎がこの問題に取り組み再建に成功しますが、梅斎は自殺に追い込まれてしまいました。これを惜しみ、また梅斎の功績をたたえて藩主の内藤政俊が詠んだのが上掲の和歌です。

 いよいよ日本列島も梅雨に入りました。5月下旬には気温が30℃~35℃にもなり、今年も異常気象になるのかと心配になってきます。それに応じて、あるいはそれ以上に世界の政治・経済・外交はますます混迷を極めようとしていますが、この局面においては冷静沈着に、ことの本質を見ていく必要がありそうです。

 そこで、今、わが国で「米中貿易戦争」と称されているものが、果たしてそうなのか、あるいは「米中冷戦」ではないのか、ということを考えて見たいと思います。

 まず、簡単に米中の貿易問題が顕著になった平成28年(2016)からを振りかえりましょう。スタートは、2016年のアメリカ合衆国大統領選において。トランプ氏は中国(中華人民共和国)の「膨大な貿易不均衡」を大きな問題として指摘しました。

 平成29年(2017)には、ライトハイザー合衆国通商代表が、中国は、外国企業が中国に進出する際に「技術移転」を強要し、また「不公正な補助金」で輸出を促進するなど、国際貿易体制の脅威になっていると厳しく非難しました。

 これ以後連日の如く、中国との貿易摩擦、戦争、冷戦がクローズアップされてきました。その最たるものが、平成30年(2018))10月のペンス副大統領のハドソン研究所における次のような講演です。

中国の政治及び経済における自由が拡大することを期待して、米国は、中国がアメリカ経済にアクセスすることを許可し、WTOに加盟させた。

しかし、中国は、不適切な貿易慣行・関税・輸入枠があり、通貨操作し、技術を強制移転させ、知的財産を窃盗し、不適切に補助金を配布し、自由で公正な貿易とは相容れない行動を行っている。

中国製造2025を通じて、人工知能などの先端技術の90%を支配するために、アメリカの知的財産をあらゆる手段を講じて取得するよう中国政府が指 示。さらには軍事技術まで取得しようとしている。

南シナ海や尖閣諸島などで軍事力を行使している。

監視社会を構築し、国民の自由と人権を奪っている

キリスト教・チベット仏教・イスラム教などを宗教弾圧している。

借金漬け外交を行い、借金を返せなくなった国から港などを
  取り上げようとしている。

Supermicroスパイチップ埋め込み疑惑、Googleへの検閲システム、
  アメリカでのスパイ活動や宣伝工作。

中間選挙に干渉。

 平成30年(2018)11月には、アメリカは日本などの同盟国に対して「ファーウェイ」の通信機器を使用しないよう要請。日本政府はそれに応諾しました。

 これまでのアメリカによる対中制裁関税は下記の通り。

        (発動日) (対象金額) (関税率)
  第1弾 2018年7月   340億ドル 25%
  第2弾 2018年8月   160億ドル 25%
  第3弾 2018年9月 2,000億ドル 10%(2019/5/9まで)
                              25%(2019/5/10より)
  第4弾 2019年6月末以降
                   3,000億ドル 25%(最大)

 熾烈な駆け引き、争闘が行われていると見なければなりません。それもすべてアメリカが蒔いた種です。アメリカは、たとえ中華人民共和国という共産主義国家であったとしても、種々の暖かい援助を重ねて行けば、アメリカ流の民主主義を受け入れてもらえるとの“幻想”を懐き、中国共産党の建国以来、最先端技術の供与、人材育成への協力、などに注力してきました。

 しかしどうでしょう、アメリカは完全に中国という独裁国家、中華民族国家の真相を読み誤ったのです。中華人民共和国は、今や、世界を二分する勢力、いや世界に冠たる帝国として易々と君臨するまでになっています。アメリカ合衆国が国の総力を挙げて従来中国を蹴落とすことができるかどうか、予断を許さない状況にあると思われます。

 中国には「一山容不下二虎」(1つの山に2頭の虎を収容する空間はない)とか「不共戴天」(同じ天を共に戴くのは敵にほかならない)ということわざがあります。天を戴くのは中国の『皇帝』であり、米国のTOPは単なる一地区の『王』にすぎないと見ている限りは、米中間の争闘は短期間で終わるものではないと思います。アメリカも中国も同じような思考回路を持っていますから、両雄並び立たず、長期戦は必至の予感がします。

 米中の対立は、単なる貿易ではなく、経済、軍事、技術、情報、歴史認識、人権、宗教、など政治全般に関わるものだと考えれば、次のようになるのではないでしょうか。

    ×「米中貿易戦争」
    △「米中冷戦」
    ◎「米中覇権戦争」

 わが国のメディアを見れば、今日現在でも、この米中覇権戦争を単なる「貿易戦争」と表現していますが、これは間違いであり、為にするフェイクニュースではないでしょうか。ペンス副大統領の講演をみても、軍事、技術、政治の領域まで言及しているではありませんか。「覇権戦争」であることは明白。

 そう考えれば、わが国は中国につくのか、米国につくのかの旗幟を鮮明にしなければなりません。わが国は、当然ながら軍事同盟相手の米国を第1とし、ロシアを第2、反日ではあっても韓国を第3の関係先とし、中国に対峙することが求められます。

 しかしながら、先般、自民党の“大”政治家・二階幹事長は大デレゲーションを引きつれる訪中の前に、中国が世界覇権を目指して進める「一帯一路」について「米国の機嫌をうかがいながら日中関係をやっていくのではない。日本は日本として、独自の考えで中国と対応していく。米国から特別な意見があれば承るがそれに従うつもりはない」と言明しました。

 親中・媚中・屈中派二階氏の面目躍如。二階氏はかつて、チャイナの江沢民主席を讃える石碑を全国各地に建立しようとする運動を起こしたとんでもない政治家です。江沢民主席はガチガチの反日派であり、ことあるごとに日本に楯突いた人物。このような人物を尊敬する二階センセイが現在の自民党の幹事長ですから、どう考えれば良いのか、憲法改正も進まないのは、自国よりも他国にシンパシーを感じる政治家が多すぎるからと思えてなりません。

 激動の世界、一層厳しい環境になった令和の幕開け。冷静にものごとを判断したいものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月24日 (金)

上高地・立山黒部アルペンルートを訪ねる!

 691回目のブログです

  “梓弓 磯辺の小松 たが世にか 万代かねて 種をまきけむ”
               柿本人麻呂(新古今和歌集)

 あの岩の上にある松は誰がいつ、その木の万年の寿命を願って種を蒔いたのだろうか…。

 磯辺に立つ、一本か二本の、緑豊かな松の木を感嘆した歌でしょうが、この柿本人麻呂の伸びやかな和歌の調べに、わたし達の心も清澄になってくるような気さえしてきます。

 先日、観光バスで、かねての念願であった上高地/立山黒部アルペンルートを1泊2日で訪ねました。天も味方したのでしょうか、両日とも素敵な晴れの天候、快適な旅となったのは幸いでした。

 (1日目)新大阪⇒平湯⇒上高地⇒安曇野⇒長野県栂池高原ホテル宿泊 (2日目)ホテル⇒扇沢駅⇒(関電トンネル電気バス)⇒黒部ダム⇒(徒歩)⇒黒部湖⇒(黒部ケーブルカー)⇒黒部平⇒(立山ロープウェイ)⇒大観峰⇒(立山トンネルトロリーバス)⇒室堂<雪の大谷>⇒(立山高原バス)⇒美女平⇒(立山ケーブルカー)⇒立山駅⇒新大阪

 JR新大阪駅で近鉄観光バスツアーに乗り込み、一路北陸へ。観光バスでの長旅ははじめてですが、座席もゆったりとしており、添乗員も大阪流のユーモアを散りばめ気づかいもよく、快適な2日間でした。

【上高地】

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 上高地は、長野県飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地。中部山岳国立公園の一部でもあり、国の文化財に指定されています。標高約1,500m。少し肌寒いくらいで、90分ほど自由散策しましたが、遠くに見える冠雪の山脈、生き生きした若緑の山々、透き通った清流のせせらぎ、散策コースの脇にある林を遊び場とするお猿さん親子、など「自然」を満喫するに相応しい絶好の散策道です。

 都会の猥雑な生活環境から見れば別世界の自然美に彩られた雰囲気に、心が洗われること必定。何度でも訪れたい所です。

 さて、2日目は立山黒部アルペンルート。ホテルからルートの入口である「扇沢駅」までは現地のバス。ここから、いよいよ期待の黒部ダム・室堂となりますが、このルートには6種の輸送手段があり、これも大いに楽しめます。

  関電トンネル電気バス
  ・黒部ケーブルカー
  ・立山ロープウェイ
  ・立山トンネルトロリーバス
  ・立山高原バス
  ・立山ケーブルカー

【黒部ダム】(黒四ダム)

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 黒部ダムは、関西電力が建設、昭和38年(1963)竣工したアーチ式コンクリートダム。標高1,470m。高さ186m、幅492m、貯水量2億トン(東京ドーム160杯分)の威風堂々としたものであり、堤の上を歩いても、その堂々たる姿とそこから眺める景観の素晴らしさに圧倒されました。(噴出する放水は6/26~10/15までであり、今回は見ることはできず、次回に持ち越しとなりました)

 黒部ダム建設の困難さを乗り越えた物語として、三船敏郎・石原裕次郎主演の「黒部の太陽」を観たことがありますが、実際に現地、現物を見るとそのスケールの大きさに驚かされます。

 “時代”だったのでしょうか。産業発展には致命傷となる「電力不足」に対応するために全身全霊を打ち込んだのが産業界の傑物(関電社長・太田垣士郎)であったこと、それを国が全面的に支援したことであり、歴史の風雪に耐えている建造物を目の前に見るにつけ、それを建造した人々の“偉大な精神”に、心の底から感嘆しました。 

 それにしても、今、令和の時代の幕開け、時代を大胆に拓くためにも、各界に偉大な精神を求めたい心境です。

【大観峰】

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 標高2,316m、パノラマ的に眺めれば最高に美しく、しばしうっとりとします。

【室堂】“雪の大谷”

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 標高2,450m、アルペンルートの最高地にして中心地。今回の旅の目的は“雪の大谷”にあります。すでに5月中旬になっていましたので、道路の両側に聳える「雪壁」は20mもあるものから徐々に溶け出し14~15mになっていました。それでも、見上げる雪の壁は圧巻!であり「雪の大谷ウォーク」を満喫しました。

 雪の大谷は平成5年(1993)から始まり今年で26回目。約500mにわたる「ウォーキングゾーン」は、除雪車2台で高原バス道路に積もった約20mもの雪を除雪してできています。今ではGPS(人工衛星による位置情報計測システム)で道路の位置を正確に計算できるようになっているそうです。

 高度100mで0.7℃下がるため、この季節はまだまだ寒いとのことで冬の服装を準備していましたが、当日は極めて暖かくそれを着用せずに済みました。

【弥陀ヶ原】(みだがはら)

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 標高1,930m、東西4㎞・南北2㎞の溶岩台地ですが、5月の弥陀ヶ原はまだまだ雪が覆い被さっていました。見事な雪原でした。

【美女平】

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 標高977m、立山ケーブルカーと立山高原バスの乗継地点。駅周辺は樹齢1,000年を超える立山杉やブナの巨木がそびえたつ原生林が広がっています。このあたりでは立山を開いた佐伯有頼と許婚者の美しい姫にまつわる話が言い伝えられ「美女平」の地名の由来にもなっています。

 いよいよ立山ケーブルカーの終着点【立山駅】に到着。ここから一路大阪へ。2日間にわたる強行軍にもかかわらず、天候に恵まれ、快適なバス旅となったことに感謝するばかりです。

 それにしても、国内にはまだまだ訪れるべき土地がいくらでもあることをあらためて強く認識した次第です。

 旅行、散策の醍醐味は、上掲の柿本人麻呂の和歌にあるように、種を蒔いた人間の偉大な精神に触れることにもあるのではないかと思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月17日 (金)

「憲法改正」案を比較してみよう!…②            

 690回目のブログです

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 “うるはしく かきもかかずも 文字はただ
              読みやすくこそ あらまほしけれ”
                  明治天皇御製(明治38年<1905>)

 麗しく書いてもあまり麗しく書けていなくても、文字はただ読み易く書くようにしたいものだ…。

 令和の御代となり、世間では慶祝ムードが広がりを見せてはいますが、政治経済においては、難問続出の気配が窺われます。

 消費税増税による景気の冷え込み必至、中国産品に25%の関税を課す米中覇権戦争の緊迫化、北朝鮮のミサイル発射、欧州・英国の混迷、中国一帯一路の野望露見、韓国の反日徴用工判決成り行き、日米交渉の行方、など内外の混沌はかつてない激動を予感させ、わが国の対応も戦略的な腹をくくった対処が求められる状況に至っています。

 こうなってくると、先週のブログに記したように、今一度、冷静沈着に、国の背骨である「憲法」の改正案を真面目に考えて見ることが大切になってきました。憲法の趣意は前文に書かれていると思いますので、それをとりあえず読んでみましょう。

【現行】憲法“前文”

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

【自由民主党】日本国憲法改正草案“前文”

(前文)
 日本国は、長い歴史固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

【読売新聞】読売憲法改正試案“前文”

 日本国民は、日本国の主権者であり、国家の意思を最終的に決定する。国政は、正当に選挙された国民の代表者が、国民の信託によってこれに当たる。
 日本国民は、個人の自律と相互の協力の精神の下に、基本的人権が尊重され、国民の福祉が増進される、自由で活力があり、かつ公正な社会をめざす。
 日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ、美しい国土や文化的遺産を守り、これらを未来に活かして、文化及び学術の向上を図り、創造力豊かな国づくりに取り組む。
 日本国民は、世界の恒久平和を希求し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、不断の努力を続ける。
 地球環境は、人類の存続の基盤であり、日本国民は、国際社会と協力しながら、その保全に努め、人間と自然との共生を図る。
 日本国民は、これらの理想と目的を達成し、国際社会において、名誉ある地位を占めることを念願する。
 この憲法は、日本国の最高法規であり、国民はこれを遵守しなければならない。

 現行憲法と改正2案(自民案と読売案)を比較してみてからの感想を記します。

現行憲法には、日本語として間違っているものや意味不明なものがあります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して~」は「~の公正と信義『を』 信頼して~」が日本語として正しいとされています。また、米占領軍が指示した英文が元になっているからでしょう、全体的に翻訳調文章の「空疎さ」が目立ちます。

現行憲法の「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは一体何を指すのか、また「政治道徳の法則は、普遍的なものであり」の政治道徳とは何を意味するのか、筆者のような低い頭脳では理解できません

さらに、最も“奇怪”なのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章です。わが国周辺を見回して、どこに“平和を愛する諸国民の公正と信義”を見出すことができるのでしょうか。それは、軍拡・覇権・1党独裁の中国(中華人民共和国)ですか、核・ミサイル・独裁の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ですか、反日・反米・容共の韓国(大韓民国)ですか、もう、寝ぼけるのもいい加減にしようではありませんか。

読売憲法改正試案の前文は逐条的な表現であり、心に響くものがありません。全面的に直すべきでしょう。

自由民主党の日本国憲法改正草案の前文には格調の高さがいま一つ不足しています。修正すべきだと考えます。

要するに、格調の高い日本語であり、かつ国民にも分かりやすいことが求められるのではないでしょうか。

 冒頭に掲げた明治天皇の御製から学ぶべきだと考えます。

 世界情勢を鑑みても、今や、憲法改正は待ったなし。全政党が議論を尽くし、早急に国民投票にまで持っていく必要があるのではないでしょうか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月10日 (金)

「憲法改正」案を比較してみよう!…①            

 689回目のブログです

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 “我が園に 梅の花散る 久かたの 天より雪の 流れ来るかも”
                         大伴旅人(万葉集)

 この我らの集う園に梅の花が舞い散る――天から雪が流れ落ちてくるのだろうか…。

 元号「令和」の元になった万葉集「梅花の歌三十二首」のなかの一首。天平二年(730)一月十三日、旅人邸で梅の花を賞美する宴を催した時、大宰府の官人ら総勢三十二名が梅の歌を詠んだものが万葉集に載りました。

 今、令和の時代を迎え、国民の関心は何となく明るい国家の到来を予感し、改元の祝賀のムードに満ち溢れていますが、現実の厳しさは増すことはあっても減少することはないのではないでしょうか。

 世界の政治、特に東アジア、中国(中共)、北朝鮮、韓国、そしてアメリカの動向に目を離すことはできません。

 このような時、国内問題も難問が山積みです。「令和」の船出はまことに厳しいものと言わざるを得ず、わが国が世界に伍していくためには、国の背骨をしっかりと立てることが大切であり、その第1歩が憲法改正だと思います。

 しかしながら、身の周りのミクロのお金のことには関心を示しても、依って立つ基盤である「憲法」の改正については理解がなかなか浸透していないように見受けられます。

 先日、安倍首相が憲法改正の呼びかけをしましたので、改正の最も重要な条文について整理をしてみたいと思います。それは、現行憲法第9条の安全保障・防衛・自衛隊についての条文であり、現在公表されている憲法改正案と比較してみましょう。(安全保障・自衛隊・軍備のところに焦点を当てます)

【日本国憲法】(現行憲法・昭和22年<1947>・72年間改正なし

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

【自民党憲法改正草案】(平成24年<2012>)

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

【読売憲法改正試案】(平成16年<2004>)

第11条(戦争の否認、大量破壊兵器の禁止)
(1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを認めない。
(2) 日本国民は、非人道的な無差別大量破壊兵器が世界から廃絶されることを希求し、自らはこのような兵器を製造及び保有せず、また、使用しない。

第12条(自衛のための軍隊、文民統制、参加強制の否定)
(1) 日本国は、自らの平和と独立を守り、その安全を保つため、自衛のための軍隊を持つことができる
(2) 前項の軍隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属する。
(3) 国民は、第一項の軍隊に、参加を強制されない。

【安倍首相改憲論】(自衛隊加憲論)

 ①9条1項 現行憲法(いわゆる平和主義)をそのまま
 ②9条2項 現行憲法(戦力持たず・交戦権認めず)をそのまま
 ③9条3項 自衛隊保有を明記する(…加憲)

 これらを比較して、私の感想をのべます。

 ・自民党案と読売案とは似通っているように思えますが、自民党案の方が整然としており分かりやすいと思います。

 ・自衛隊については、平成30年の内閣府調査によれば、国民の89.8%が良い印象を持っていますが、憲法学者は違憲の存在として否定しています。国民と学者の乖離は明白。そこで、自衛隊及び安保法制(集団的自衛権行使)が憲法違反かどうかについての「憲法学者」に対するアンケート(平成27年<2015>朝日新聞)を見てみましょう。

 【安保法制】(集団的自衛権行使)
   ① 憲法違反にあたる…………………………104人
   ② 憲法違反の可能性がある…………………15人
   ③ 憲法違反にはあたらない可能性がある…0人
   ④ 憲法違反にはあたらない……………………2人
   ⑤ 無回答 ……………………………………………1人
   ※122名中119名が違憲判断(97.5%)

 【自衛隊】
   ① 憲法違反にあたる ……………………………50人
   ② 憲法違反の可能性がある …………………27人
   ③ 憲法違反にはあたらない可能性がある…13人
   ④ 憲法違反にはあたらない……………………28人
   ⑤ 無回答………………………………………………4人
   ※122名中77名が違憲判断(63.1%)

 ・現行憲法9条2項(戦力持たず・交戦権認めず)を日本語として素直に読めば自衛隊は違憲の存在となるでしょう。そこで安倍首相が憲法に自衛隊保有を明記したいと言う気持ちも考えは分らないことはないのですが、違憲と合憲が隣り合わせの条文…まさに政治論的な奇手、一考を要すのではないでしょうか。

 ・自民党は党是が『憲法改正』です。したがって、安倍自民党総裁が進めようとする「自衛隊保有の明記という加憲論」と「自民党憲法改正草案」を党の正式機関である“憲法改正推進本部”で合議し、早急に結論を出し、改憲のムードづくりに邁進すべきではないでしょうか。

 ・安倍首相の自衛隊保有という加憲論が、自らのレガシーづくり、私心に基づくものでないことを祈っていますが、果たして…。

 ・72年間も憲法改正に手を付けなかったために、わが国の安全保障には大きなガタが来ており、近隣諸国の侵略攻勢には耐えられないはずです。いつまでもアメリカにおんぶに抱っこ出来ない時が遠からず来ることをも覚悟しなければならず、今から態勢を整備することが必要ではないでしょうか。

 ・憲法は、日本人が読んで、見事な内容であるとともに、素晴らしい日本語で書かれていなければなりません。現行憲法の前文などは、内容はもとより翻訳調文章の空疎さが目立ち、違和感を懐かせます。改正に当たっては、真の“碩学”に文章を練ってもらう必要があります。占領憲法、押し付け憲法、翻訳憲法を脱する時が来ました。待ったなし、それが令和の時代だと思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年4月26日 (金)

「日韓関係」…崩壊の兆し現れる!

 687回目のブログです

20194261

 “忘らむて 野行き山行き 我来れど 我が父母は 忘れせぬかも”
        商長首麻呂(あきのおさのおびとまろ・万葉集)

 忘れようとして、野行き山行き長い道のりを私はやって来たけれども、わが父母のことは忘れられないものだ…。

 これは防人の歌。防人というのは異国から日本を護るために天智天皇二年(664年)頃に、長崎県の壱岐・対馬、福岡県の筑紫などに置かれた律令制度下での兵士を言います。新元号「令和」の典拠となった万葉集には防人の歌が98首採用されており、上の歌はそのうちの一首です。駿河の国(静岡県)から難波(大阪)に向かう途中の野と山を詠んだものであり、素朴な情感がわたし達の胸に迫ってきます。

 防人と言えば半島への備え。古来、わが国は半島、大陸との関係に注力してきました。それは現代にも繋がっており、昨今の韓国及び北朝鮮の情勢は緊迫の度をいやが上にも増し、半島の情勢に対処しようとするわが国の苦心もなかなか容易ならぬものがあります。

 韓国との関係、いわゆる日韓関係に大きな変化が出てきました。

韓国子会社の事業撤退
   =「司法判断に懸念」-半導体関連のフェローテック

  半導体関連メーカーのフェローテック(本社東京)は16日、韓国子会社での半導体製造装置部材の開発・製造・販売事業から撤退すると発表。韓国の司 法判断に対する懸念が背景にあり、進出企業の事業継続に影響を与えた形だ。フェローテックは「昨今の韓国における日系企業に対する司法判断などに鑑みると、司法の独立性が完全に担保されない懸念があり、潜在的なリスクを現段階で最小化することが最も適切と判断した」と説明した。
             (4/16 jiji.com 一部抜粋)

 来るべきものが来たと言わざるを得ません。いわゆる徴用工問題で、韓国司法は日本企業に賠償義務ありとの判決を下し、該当企業の財産没収へと舵を切りました。日韓の関係は日韓基本条約ですべてを解決しているにもかかわらず、韓国政府はそれを無視しています。

 このままでは、韓国での事業展開においては余りにもリスクが多過ぎると考え、韓国から撤退することを決断した日本企業の第1号が、上場企業・フェローテックホールディングです。いよいよ日韓関係は「新段階」に突入したと判断せざるを得ません。

 今、日韓関係は一触即発の緊張関係にあり、いつ断交があっても不思議ではないくらい、双方に不信感が横溢しています。特にわが国サイドでは、韓国政府・国民の徹底した反日姿勢、反日感情に嫌気が指している状況ではないでしょうか。

 現在、日韓関係には下記のような懸案事項が横たわっています。

  竹島をめぐる問題(日本領土を韓国が占領)
  ・いわゆる慰安婦問題(約定破棄・世界にプロパガンダ)
  ・歴史教科書問題(日本の歴史教科書へ内政干渉)
  ・いわゆる徴用工問題(判決・賠償請求)
  ・日本海呼称問題(日本海を東海に・世界にプロパガンダ)
  ・仏像盗難事件(盗難仏像を返却せず)
  知的財産権侵害問題(日本製イチゴ新品種の盗用栽培など)
  旭日旗批判問題(旭日旗=軍国主義との主張)
  ・韓国海軍レーダー照射事件(危うく戦闘一歩前)
  ・韓国国会議長・天皇陛下に謝罪要求(慰安婦に対して)

 あるは、あるは、まだまだいくらでもありますが、安倍内閣は穏忍自重し「残念」「遺憾」の意をただ述べるだけの状況が続いています。反論しない、反撃しない、何も対策を講じない、まったく軟弱外交の見本のようになっていることは衆目の一致するところです。ただ唯一、日韓の通貨スワップ協定(実態として:韓国が金融不安に陥った時日本は円およびドルを融通し支援すること)だけは打ち切っています。

 このような中、日韓の信頼関係は世論ベースではどうなっているでしょうか。平成30年(2018)6月、特定非営利活動法人・言論NPOが行った日韓共同世論調査を見てみましょう。

   【韓国に対する日本世論の印象】
      良くない印象           46.3(%)
      良い印象              22.9
      どちらともいえない        30.8

   【日本に対する韓国世論の印象】
      良くない印象            50.6(%)
      良い印象              28.3
      どちらともいえない        21.1

 この数字を見れば、両国民とも半数近くが不信感を抱いていることが分かりますが、ここ数か月の韓国政府の法理をわきまえない反日攻勢、例えば、いわゆる徴用工賠償判決などによる、わが国の嫌韓意識の高まりを加味すれば、日本世論の韓国に対する「良くない印象」は70%を越すのではないかと思われます。

 ここで、文在寅大統領率いる韓国の状況について考えて見ましょう。

 韓国最大の財閥企業であるサムスンが営業利益60%減を発表。また、中堅財閥企業の錦湖アシアナグループが中核企業である韓国第2位のエアライン「アシアナ航空」の売却を発表、韓国経済の行きづまりが顕著になってきました。

 左翼である文在寅政権は、人気取りのために2018年に前年比16.4%、2019年に10.9という急激かつ大幅な最低賃金引き上げ行いました。実体経済が上向いていないのですから、その結果、中小企業がガタガタになりました。

 韓国は、一応民主主義の形は取ってはいますが、文政権は司法も含み全権力を掌握し、「積弊清算」「親日派排除」の掛け声のもと、保守派や守旧派を弾劾、逮捕・失脚に追い込んでいます。

 4月5日韓国ギャラップ社の調査結果によると、文在寅大統領の支持率は41%で過去最低、不支持率は49%で過去最大となっています。不支持の理由は、経済問題と偏向した親北政策。

 ・文在寅大統領は、自ら蒔いた国内問題の解決が難しいことから、その矛先を外に向けようとしました。しかし、中国、ロシア、アメリカには頭があがらず、反論も反撃もしない弱腰の日本に向け、連日、国民受けもよく心地もよい「反日」姿勢を強く打ち出しているのです。

 韓国は、政治・経済・外交とあらゆる領域で袋小路に入ったと思われます。島田久仁彦氏によれば、韓国は世界の信頼を失い、世界的な韓国離れを来たしていると指摘。そして【朝鮮半島におけるEnd Games(終局・大詰め)】の局面を次のようにあげています。

  4/18北朝鮮による“新型誘導兵器”の発射実験
  落ちる一方の韓国の国際社会での威光
    ノーベル平和賞に言及
    北朝鮮に接近(国際社会にはかることなく)
    トランプ大統領との対話わずか2分
    戦略的な戦力を沖縄およびグアムに移動
  国際ビジネスの韓国離れ
      アメリカ・欧州・中国、日本企業も引き上げ、投資回収
  ④ローマ法王の政治利用
      ローマ法王に訪朝を依頼(金正恩氏の名代で)

  朝鮮半島におけるEnd Gamesから見えてくることは、これらは南、北、両朝鮮を孤立化させる方向に進んでいることであり、その矛先が日本に向かうこともありうると島田氏は警鐘を鳴らしています。

 End Gamesとは気付きませんでした。指摘されてみれば肯くことがあります。年初に、現役大統領である文在寅氏の娘と孫が東南アジアに移住したことが報道されましたが、これは極めて異例であり、一部では「亡命の準備」とも言われています。

 歴代の大統領はすべて、逮捕、収監、暗殺、亡命、自殺、など不幸な結末を招いていますから、いつ「亡命」があってもおかしくはありません。

 それにしても、1000年もの長い間「恨」(ハン)の感情を抱く民族に、未来志向を期待することは空しいことかも知れません。しかし歴史に学べば、隣国でもあり一定の距離を置いて最低限の付き合いをすることしかないような感じがします。近隣つき合いはそんなものではないでしょうか。

 難しい課題ですが、歴史に学びたいと思います。

 みなさんは半島との関係をどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年4月 5日 (金)

“平成”から“令和”へ … 新元号に思う!

 684回目のブログです

2019451 (万葉集)

“春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ”
             山上憶良(奈良時代初期・万葉歌人)

 春になると真っ先に咲く庭前の梅の花、この花を、わたし一人見ながら長い春の日を過ごすなどどうして出来ようか…

 大宰帥(大宰府長官・九州総督/外務大臣兼務)の重職にあるとともに万葉歌人でもあった大伴旅人は、天平2年正月、文化人30余名を招き観梅の宴を催しました。その折詠まれた32首が万葉集に載せられました。そのうちの一首が上掲の山上憶良の歌です。

 4月1日、新しい元号が発表。新元号は“令和”(れいわ)。「令和」の文字の出典は、万葉集巻五に収録された梅花の歌(32首)の「序」からです。

 “初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ、
   梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす”

  (初春のよき月にして、空気はよく風は爽やかに、
   梅は鏡の前の美女が装う白粉のように白く開き、
   蘭は身を飾った香のように薫っている)

 万葉集は、奈良時代およびそれ以前に詠われた4536首を収めた日本最大の古典のひとつであり、天皇、貴族、官僚から、農民、防人に至るまでの歌を集めた「国民歌集」と言われます。

 新元号は万葉集からの出典ですが、中国の古典である文選にも「仲春令月、時和気清」という言葉があるようですから、和漢折衷と言えるかも知れません。

 新元号は4月1日午前11時40分、菅義偉・内閣官房長官が、墨痕鮮やかな文字『令和』の額を掲げ、発表しました。この映像は北海道から沖縄まで、全国いたるところに流れ、一瞬にして全国民の瞼に焼き付いたものと思います。

 新元号への感想について、ロバート・キャンベルさん(東京大学名誉教授/国文学研究資料館館長/TVコメンテーター)は次のようにツイートしています。

 “「令和」ぱっと見で「和せしむ」と読み世の中が平和になるよう
   仕向けること、平和に「させる」心で感心もしたが、万葉集
  「梅花歌」序の季節感あふれる取り合わせだと分かり再度合点。
  文選「仲春令月、時和気清」(張衡「帰田賦」)へのオマージュを
  含めてナイスチョイス。と言って、和せしむもいいなと”

 さて、この新元号について、あるいは元号について、わたしの感想を述べたいと思います。

 「令和」の発表映像をみての直感は次のとおりです。

    ・文字面がしっかりしている。
    ・新鮮な響き。発音が明るく軽快である。
    ・穏やかな中に凛としたイメージがある。

 新元号が日本の国書、それも、文化の香り高い万葉集に典拠していることに大変な喜びを覚えます。万葉集は国民歌集であり、素朴、伸びやか、雄々しさ、豊穣な美、豊かな人間性を率直に表現しており、古典のなかの古典と言っても言い過ぎではありません。

  わたしも万葉集は好きですが、全てを読んでいませんので、この新元号、新時代に絡めて、あらためて読破しようと思っています。

 新元号「令和」の決定まで、選定の経緯を秘密にしたままに進めるには大変な苦労があったかと思いますが、政府が、菅官房長官を中心に立派にやりとげたことに敬意を表します。

 しかし、発表の翌日、4月2日には、本来、マル秘にすべき新元号の原案が漏れてしまいました。関係者に“精神の弛緩”があるからでしょう。わたしは、これには政府基幹統計の不適切な処置に通底するものを感じますが、いかがでしょうか。

     <新元号案>
       「 英 弘 」(えいこう)
       「 久 化 」(きゅうか)
       「 広 至 」(こうし)
       「 万 和 」(ばんな)
       「 万 保 」(ばんぽう)
       「 令 和 」(れいわ)

 「平成」のイメージは、国際的には、ベルリンの壁破壊、ソ連社会主義体制崩壊、イラク戦争、NYテロ、イスラムテロ、リーマンショック、トランプ大統領登場、などプラスマイナスいろいろ。国内的には、バブル経済の崩壊、非自民党政権誕生、オウム地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、東日本大震災・福島原発事故、などマイナス面ばかりが目立ちます。

  国内経済を振りかえれば、安倍首相、一強体制はできたものの、アベノミクス政策3本の矢の金融緩和1本が辛うじて成果を得るも、2本目の財政投資、3本目の成長戦略には全く注力せず、財務省の財政規律最優先に従うことにより成果はなし。アベノミクスは実らず33点。日本経済は縮小均衡へ、国際社会における地位の低下はいよいよ明白になってきました。

  今のままですと、安倍首相にはいわゆる「レガシー」(遺産・業績)はありません。憲法改正、北方領土返還、北朝鮮拉致被害者帰国、国民所得の大幅増加、中韓の反日的歴史攻勢、靖国参拝、などどれもスローガン倒れの様相を呈しています。

 そうだとすれば、新元号による新時代において、積極的な平和主義、積極的な経済成長、積極的な国益確保、積極的な安全保障体制の確立を目指す以外に、わが国の道は拓かれないのではないでしょうか。

 新元号については、本来は、政府が新元号を内定の形で発表し、改元の政令には、これからの時代を担われる新しい天皇が御名御璽の署名・押印されるべきでしょう。そして、天皇が詔書で公布されることが望ましいと思います。

 新元号の選定が、内閣、総理大臣で決められるのにはかなり違和感があります。今回の総理談話を聞いても、自己の政治への利用ととられる表現が見受けられますから。そうだとすれば、新元号の選定は天皇大権事項とすべきではないでしょうか。それが、歴史に則った自然な流れだと思います…。

 以上、思いつくままに書きました。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年3月15日 (金)

大阪“都構想”再燃…知事・市長W選挙!

 681回目のブログです                    

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“空に向きて 羽ひろげたる 鳥のごと 辛夷は咲けり 卒業の季”
 
                 佐藤靖子(平成2年時/学習院女子短大生)

 空に向かって白い翼を広げた鳥のように、辛夷(こぶし)の花が咲いている。卒業の喜びのこの季節に…。

 辛夷(こぶし)は、3月から4月にかけて咲く木蓮科の美しい花であり、蕾が開く前の形が子供のこぶしに似ていることからこのように呼ばれています。

 

 学窓を巣立ち、実社会に入っていく若き人々が幾多の挫折や苦しみを乗り越え、豊かな実りある人生になっていくことを望まずにはいられません。

 

 世の中は、表面を見れば奇々怪々の様相を呈しているように思えることも多々ありますが、裏面に立ち入り、事態を虚心に静かに見れば、その本質、実相が見えてくるものです。その観点から、東京のマスコミがほとんど理解していない大阪“都構想”(都抗争?)について考えてみましょう。

 

 大阪 松井知事と吉村市長が辞職願 ダブル選挙へ

 

大阪府の松井知事と大阪市の吉村市長は、いわゆる「大阪都構想」の実現に向けて改めて民意の後押しを得たいとして、辞職願を提出し、松井氏が市長選挙に、吉村氏が知事選挙に立候補することを正式に表明しました。
2人の辞職に伴う大阪府知事選挙と大阪市長選挙は、統一地方選挙前半の4月7日に行われることになりました。
        (3/8 NHKニュース一部抜粋)

 

 【大阪都構想】は、大阪市を廃止し、現行の24行政区を東京23区と同様の特別区に再編しようとする構想。他府県の方はなかなか理解されないことですが、大阪府と大阪市の関係は、市民の間では永年に亘って“府市合わせ”(不幸せ)と揶揄されるほど、対立状態にありました。構想は広域行政を一本化して二重行政を解消する狙いです。

 

 平成27年(2015)5月「大阪市を廃止し5特別区を設置する」大阪都構想の是非を問う「住民投票」が、大阪市民を対象として実施されました。

 

       支持  694,844票  49.6%
 
      反対  705,585票  50.4%
 
           (投票率:66.8%)

 

 何と10,791票の僅差で都構想は否決。.77%の差ですから、大阪維新の会は諦められません。同年の平成27年(2015)11月には松井氏が知事選に、12月には吉村氏が市長選に「大阪都構想を1丁目1番地」の公約として掲げ、激戦の結果二人とも圧勝しました。

 

 爾来、大阪府と大阪市は、トップ同士が大阪維新の会ということもあるのでしょう、協調してことに当たっていると伝えられています。

 

 大阪維新の会としては、都構想を一歩進めるべく、公明党(母体/創価学会)と住民投票の実施について同意する密約を交わしていましたが、いざとなった段階で約束が反古となったのです。政治家の、あるいは政党の約束なんて羽毛のように軽いものなのでしょう。まあ、お隣の韓国(朝鮮)では、国家間の条約でさえ無きものにしようとしていますから、何か、風土、民俗が似ているようにも思えますが…。

 

 そこで、今回の府知事、市長のW選挙となり、あらためて大阪都構想が争点になってきました。これに関しての私の感想を述べたいと思います。

 

 在阪マスコミは、ほとんどが反維新です。かつて、橋下徹氏(府知事&市長)が定例の記者会見で、新聞・テレビ記者の、行政というものの無知、非論理性、イデオロギー、いい加減さなどを、毎回、徹底的に、時間制限なくやり込めました。記者会見のすべてが放映されましたから、報道記者のレベルの低さが如実に示されたと思います。あわせて、コメンテーター、学者、知識人の多くが橋下徹氏に完膚なきまでに論破されていたことも鮮明な記憶として残っています。(そのためもあり、批判の的になったマスコミやコメンテーター、学者、知識人は恨み骨髄ではないでしょうか)

 

  毎日新聞3/9には、大阪ダブル選のネーミングとして「どの面下げて選挙(ジャーナリスト・大谷昭宏氏)「恨みつらみ選挙(大阪国際大准教授・谷口真由美女史)「いびつな自治軽視選挙」(作家・若一光司)など、反維新、反都構想の人の言葉を取り上げています。

 

果してこれでよいのか。4年前の住民投票でほぼ五分五分であったことを考えれば、W選についての意見、都構想についての意見は、双方半々に割り振った意見を取り上げるべきだと考えます。0対100で印象操作をするのは精神の弱さをしめすものであり、マスコミが真のメディアとなるためにも、陰湿な印象操作は止めるべきではないでしょうか。

 

 基礎的な自治体の最適規模は、人口30~50万人というのが定説と言われており、大阪市のような260万人規模が適切かどうかは、当然、議論を尽くさなければなりません。

 

  そのためには、大阪市のホームページに掲載されている大都市制度(総合区設置及び特別区設置)の経済効果に関する調査検討業務委託 報告書をベースに真摯に議論、対話を重ねるのが、市会議員、府会議員の当然果たさなければならない重要な役割だと考えます。

 

  そこには、具体的な数値(政策効果分析・マクロ計量経済モデルなど)が分かりやすく掲載されており、党利党略の足の引っ張り合いは検討の後にすべきだと思います。

 

 反維新、反都構想の自民党は、元大阪府副知事・小西禎一氏を擁立しましたが、報道によれば、維新以外の政党もこちらに結集する見込みです。

 

  大阪の自民党は、前回の大阪府知事・大阪市長のダブル選の時、自民党の柳本卓治参院議員(大阪府連元会長)「共産党系の集会」に参加したり、大阪都構想の住民投票の際には「共産党の街宣車」に上って、共産党をベタほめした過去を有しています。

 

  これが4年前。大阪自民党は、他の都道府県とは異なり、もともと有していたはずの志、理念をかなぐり捨て、その時その時の利害で動いていると考えられますから、人間としての矜持を失い、政治的資質も大きく劣化しているのではないでしょうか。今回がそうでないことを願っていますが…。

 

 マスコミは今回の“たすきがけW選”に批判的ですが、わたしはそうは考えません。政策実現のために、最善の策で権力を奪取しようとする姿勢は当然のことではないでしょうか。リスクを賭してこそ、新しき政策をすすめていけると思います。

 

どういう結果になるかわかりませんが、実りある選挙を望みます。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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2019年3月 8日 (金)

待たれる新元号…元号について考える! 

 680回目のブログです                     

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       橿原神宮

“天てらす 神の御光 ありてこそ わが日の本は くもらざりけれ”
 
                明治天皇御製(明治43年)

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御神光が六合(くに)のうちに照り徹(とほ)りてあればこそ、わが日本の国は曇ることなく晴れ渡るのである…。

 

 日の神の子孫の治める国、だから日の本「日本」なのです。国生みの神話と建国の神話と皇統は一続きのものであり、この神話を無視しては日本の国柄は解らないのではないでしょうか。

 

 いよいよ改元の時が迫ってまいりました。5月1日、践祚・改元の儀式が厳粛にとりおこなわれ、新しい御代を迎えることになります。今上陛下で125代ですから、次は126代、永い、永い、誇るべき歴史の新たな積み重ねを目前にしているのが今だと言えるでしょう。

 

 改元に先立ち、4月1日には新元号が発表される予定になっていますので、ここで「元号」について考えて見たいと思います。

 

 わが国では日常使用するにあたって、元号と西暦の二つがあり、近年では、徐々に西暦の使用が増えているようです。全国紙の日付欄の表記は以下の通りです。

 

 朝日新聞  西暦(元号) 昭和51(1976)元号(西暦)より変更
 
 毎日新聞    ∥   昭和53(1978)    ∥
 
 読売新聞    ∥   昭和63(1988)    ∥
 
 日本経済新聞  ∥   昭和63(1988)    ∥
 
 産経新聞  元号(西暦) 変更せず

 

 これを見れば、わが国の歴史の中心に対する姿勢、考え方がよく分かります。わたしは、例えば今であれば、平成31年(2019) と表記し、いままでずっとこのスタイルで来ましたが、特に問題はなかったと思います。

 

 現在、元号を使用している国は「日本」以外にはありません。古き時代に、中国、ベトナム、朝鮮で元号が取り入れられたことはありますが、現在は使用されていません。

 

 日本の元号(年号)の始まりは大化の改新の「大化」(西暦645)です。爾来、現在の「平成」まで247の元号を数えます。元号の漢字は、天平の時に四文字が数回使われただけで、他はすべて二文字となっています。そして、明治以後は「一世一元」であり、改元は御代替わりの時しか行われません。

 

 さて、この元号に対して、その存在価値に疑問を投げかけた論稿が、東洋経済オンラインに載っています。(H30/7/26

 

  『世界で日本だけが「元号」に固執し続ける理由』
 
   このガラパコスな慣習はいつまで続くのか?
 
   元号は今もなお天皇の権威を示す記号なのでしょうか?
     鈴木洋仁(事業構想大学院大学准教授)

 

 中身を読まなくても、この見出しを眺めるだけで、理解できそうです。わたし流に反論、批判をしてみましょう。

 

 “「元号」に固執”とありますが、固執とは、自分の意見を主張してまげぬこと(新潮国語辞典)とあるように、むりやり自分の主張を通すことであり、良い意味には使われません。裏から陰険に非難する用語を使うべきではないと考えます。

 

  学者として客観的に分析しようとするのであれば、陰険な用語は使わず『世界で日本だけが「元号」を継続しようとする理由』とのタイトルにすべきです。

 

 “ガラパコスな慣習”と言いますが、元号は、単なる慣習ではなく「大化」以来1300年以上続く日本国の伝統なのですよ。あだや疎かにすべきものではありません。慣習は意識するしないにかかわらず続いていくものを言います。元号は一般的な慣習とは異なり、時代を拓こうとする強い意識でもって決められてきたものです。たとえガラパコスであっても、聖なるもの、美なるもの、徳なるもの、真なるものであるならば、それを保持することは正しい認識に基づくものと言えるのではないでしょうか。

 

 “元号は今もなお天皇の権威を示す記号なのでしょうか?”とあります。このフレーズから解釈すると、准教授は、今までの元号は単なる記号であり、新元号は内閣総理大臣が選定するものであるかぎり、天皇の権威を示す記号でさえないとの主張に聞こえます。

 

  わたしは、元号は日本の歴史を体現したもの考えます。単なる記号ではないはずです。わが国の歴史を翻って見ても、大きな事象は元号で表すのが最もしっくりと行くように思えます。

 

  また、たしかに、天皇陛下が元号を選定され、御示しされる方が永い歴史の精髄に沿っていると思います。

 

 全般的に見て、鈴木准教授の見立ては、余りにもシニカルすぎます。もう少し、柔軟に、歴史を大切にするという普通の感覚で論をすすめて貰いたいと思います。歴史というものは、単純に捨てるものではなく、暖かく育み、後世に引き継ぐものではないでしょうか。

 

 日本の近代化である明治維新は、ヨーロッパや中国の革命の血なまぐささとは異なり、最小限の紛争で決着し、穏健な政治姿勢が終始貫かれ、いろいろな難関を見事切り開き成功へと進むことができました。これも偏に、幕府が政治権力を大政奉還により天皇にお返しし恭順の意を示したこと、そして、明治以後、立憲君主制としての天皇を戴き、国の安全と国富の強化、四民平等、国民の安寧と教育の深化につとめたことによるものです。

 

 わたし達の父祖は、常に天皇と共に歴史を歩んできたのです。

 

 歴代の天皇は神武天皇から今上陛下まで125代、皇紀2679年の輝かしい歴史を有しています。そして、元号、年号は「大化」から「平成」まで、これまた1374年の輝かしい歴史でもあります。

 

 永い歴史を持つことは誇りです。わたし達現代日本人は、今、熱い目が注がれている「縄文」から数えると1万5000年の悠々とした歴史の上を歩んでいることを認識しようではありませんか。

 

 もう、自虐・反日の思想は放り投げてしまいましょう。そして、永い歴史に包まれた豊かな文明を誇りに思う普通の感性をとり戻そうではありませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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2019年3月 1日 (金)

中国・伊藤忠社員拘束事件の不可解!

 679回目のブログです             

2019311

 “春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ”
 
                 大伴家持(万葉集)

 春の庭が紅色に美しく照り輝く桃の花が木の下まで照り映えている道に出てたたずむ少女よ…。

 小ブログを始めたのが、平成18年(2006)3月3日、桃の節句、雛祭りの日でしたから、早いもので、この3月3日で丸13年になります。13年、679回、われながらよく続いたものだと思っています。

 

 続けるにはなかなか骨が折れ、そういう時には、古都散策エッセーを筆休めにしながら、今日まで何とか繋いできました。ブログ発信の内容は大したものでないことは重々承知していますが、自分なりのプロットをつくるべく多少の工夫は凝らしたつもりでいます。もうすぐ700回になりますので、そこまでは1週も欠かさずに続けたいと考えています。まあ、内容はともかくとして、無欠勤だけが自慢の種とは、何とも地味だなと思ってしまう今日この頃です。

 

 …という風に、多少回顧にふけようとはするのですが、現実の国際社会が断然と厳しさを増してきていることの方に心が向いてしまいます。

 

 去る2月14日、伊藤忠商事につとめる40代の男性社員が、昨年2月より1年に亘って中国広東省広州市の国家公安局に逮捕、拘束されていることが判明しました。

 

 男性社員は、国家の安全を害したとして、スパイ行為を取り締まる国家安全局に拘束され、昨年6月に「国家機密情報窃盗罪」で起訴されたようです。

 

 この事件については不可解なことが多過ぎますので、いろいろと考えて見たいと思います。

 

 中国ビジネスでは「最強の商社」を誇る伊藤忠商事の社員がなぜ逮捕拘禁に至ったのでしょうか。中国共産党との太いパイプを有している伊藤忠が、本来ならば逮捕されるというヘマなことをするはずはなく、その理由について巷間では、①権力闘争(電力利権 伊藤忠=李鵬 ⇔ 習近平)、②反スパイ法絡み、など種々の憶測を呼んでいます。

 

 それにしても、伊藤忠はなぜ、逮捕されたことを即時に公表しなかったのでしょうか。これが不可解の①。1年間も公表しないということは、中国ビジネスに従事している数多くの社員の恐怖感にあまりにも鈍感であることを意味します。いつ拘禁されるかもしれない恐怖を事前に出来るだけ除去するよう努めることこそ企業が配慮すべき重要なポイントのはずです。これでは、高級なブラック企業と言われても返す言葉はないのではないでしょうか。企業は、社員の命と安全を守るべきです。

 

 また、政府、外務省も1年間何をしていたのでしょうか。中国へ赴く日本人に“危険”の警鐘を鳴らすことこそ国家の役割のはずです。いつまでも、親中・媚中・屈中の姿勢のままで、伊藤忠社員の逮捕拘束の理由さえ問いただそうとしないとは全く言語道断。これが不可解の②。

 

  外務省の海外安全情報によれば、中華人民共和国は、新疆ウィグル自治区とチベット自治区がレベル1(暴動など・十分注意してください)で他は危険度ゼロとなっています。中国が危険度ゼロとは…本当ですかね。甘すぎる判定ではないでしょうか。

 

 125日の小ブログにおいて、中華人民共和国では習近平主席になってから安全保障法案が立て続けに法制化されてきたことに留意すべきと書いています。

 

     2013年「国家安全保障理事会」設立
 
2014年「反スパイ法」     (新設)
 
2015年「国家安全法」     ( ∥ )
 
2016年「インターネット安全法」( ∥ )
 
  ∥  「反テロ法」      ( ∥ )
 
2017年「NGO管理法」    ( ∥ )
 
  ∥ 年「国家情報法」     ( ∥ )

 

  ものすごい安保補強態勢であり、中国共産党独裁、あるいは習近平個人独裁ならではという感じがします。

 

 この事件について、マスメディアはどのように報道しているのでしょうか。一例を挙げましょう。218日の日経ビジネスon lineでは
 『伊藤忠社員の拘束は中国が進める“近代化”の余波か?』
というタイトルで、副編集長が寄稿しているのです。

 

  えっ!と吃驚しました。中国は、上に記した苛斂誅求極まりない法律によって、全国民を、全中国訪問者を「スパイ嫌疑」で合法的に逮捕できるようになりましたが、果たして、それを近代化というべきなのかどうか、これが不可解の③です。

 

  「『習政権になってから次々新たな立法をして取り締まりを強化している』というイメージがあるが、過去に中国人相手には法律に基づかない苛烈な取り締まりがあった。皮肉を言えば、人治を、全人代が関与した法治に変えようとしているとも言える」という識者の発言を紹介していますから、マスコミの人は、中国を、明るい未来、近代法治国家、民主主義国家へ着々と進んでいるとの幻想に捉われているのではないでしょうか。

 

  習近平氏は、2012「中国国家の偉大な復活を実現することは現代中国の夢である」とぶち上げており、世界覇権、世界制覇への道をまっしぐらに歩んでいますが、これはいわゆる「民主主義への道」とは全く異なるものであることを知らなければなりません。詳しくは、『China 2049』秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」マイケル・ピルズベリー著 日経BP社 をお読みください。中国の長期戦略にまんまと騙されたアメリカの驚愕と恐怖がまるで知的サスペンスのように描かれており、背筋の寒くなること請負いです。

 

 当局は、過去法律に基づかず苛烈な取り締まりを行っていましたが、2013年~2017年の安保関連法7本により、スパイ容疑での逮捕に御墨付けを貰ったことになります。今後、スパイ容疑での逮捕が激増するであろうことは大いに予想でき、これは、まさしく、近代化ではなく、弾圧の強化と見るべきではないでしょうか。

 

 いよいよ恐ろしい国になりました。外交評論家の宮家邦彦氏「中国にとって、外国人は基本的にみんなスパイだと思われています。なぜかというと、中国のシステムでは外国に行っている中国人は誰でもスパイになり得ると思っているからです」「港で不用意にスマホを出してカシャッと撮るなんてやめて下さい、お願いだから」と警告を発しています。

 

 くわばら、くわばら。中華人民共和国には警戒を怠ることのないようにしたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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