2017年11月17日 (金)

素晴らしきかな古都…京都の最南端を散策する!

 612回目のブログです

 

 “緑なる 一つ若葉と 春は見し 秋はいろいろに 紅葉けるかも”
 
               良寛
(江戸後期・僧侶/歌人)

 

 春には、緑一色の若葉に見えた山が、秋には、葉がさまざまな色に色づいている。若葉の時も良いものだが、秋の紅葉もすばらしく美しいものだ…。

 

 秋のもみじは、大昔は「黄葉」と書き、今は「紅葉」と書くように、緑の葉を黄色から紅色の間にある無限の色合いを醸し出す自然の情趣として、わたしたち日本人の心に、静かに見せてくれます。(…と同時に、良寛和尚は、自然の現象を人生にたとえ、人は少年から大人になっていくが、人それぞれ得手があるはずだと、言外に説法しているようでもあります)

 

 さて、気の置けない10名前後の友人と、四季のなかで最も情趣豊かな春と秋に、古都である京都や奈良、およびその周辺の歴史と文化と自然に触れるべく、散策をはじめてから今回の散策で20回目、早、10年を経過しました。

 

 それにしても、どこを訪ねても、書物から得た多少の知識はあるものの、未知の所ばかりであり、新鮮な驚きの連続です。わが国の歴史の奥行きの深さにあらためて感動するとともに、日本の四季のきめ細やかな変化と色彩の豊かさにも、心からのときめきを覚えてしまいます。加山雄三の歌ではありませんが“ ♪ 僕は幸せだなあ~”と同時に“日本人は幸せだなあ~!”と思わずにはいられません。

 

 1112日、日曜日、わたし達は京都の最南端の由緒ある場所を訪れることにしました。当日は快晴、気温も散策に適した温度で降水確率もゼロ、空は適度に澄み渡り、これ以上ない絶好の天気であり、丸一日を満喫しました。

 

 京都駅集合 ⇒(近鉄50)⇒ 近鉄奈良駅 ⇒(奈良交通バス25)⇒【浄瑠璃寺】/ 昼食⇒(コミュニティバス20)⇒【岩船寺】⇒【石仏の道】⇒ 浄瑠璃寺 ⇒(奈良交通バス25)⇒ 近鉄奈良駅 ⇒ 打ち上げ・解散

 

 さて、近鉄京都駅から1時間弱で近鉄奈良駅に到着。満員のバスで浄瑠璃寺へ、北へ北へ、山また山、結構田舎の風景ばかりですが、どんな狭い田圃でもお米を栽培している姿に、やはり日本はお米が一番だとの印象を持った処です。

 

 【浄瑠璃寺】

201711176_2

  浄瑠璃寺は京都府の最南端にある真言律宗の由緒あるお寺。創建は1047年。極楽浄土を想わせたであろう庭園の池を中央にして、
  東に 三重塔(国宝) 薬師如来像(重要文化財)
  西に 本 堂(国宝) 阿弥陀如来9体(国宝
)
が鎮座しています。

201711177
 

 太陽の昇る東方にある浄土(浄瑠璃浄土)の教主が「薬師如来」であり、その太陽がすすみ沈んでいく西方にある浄土(極楽浄土)の教主が「阿弥陀如来」だそうで、いままで知らなかったことを恥じた次第。

 

 それにしても、浄瑠璃寺という名の響きには仏教としてのほのかな艶を感じさせます。国宝や重要文化財が数多くあり、上掲以外に、四天王像(国宝・仏教を守護する四つの神・東方/持国天、南方/増長天、西方/広目天、北方/多聞天)や吉祥天女像(重文)は特に注目されています。

 

 わたし達は本堂の阿弥陀如来9体を拝ませていただきましたが、黄金色ひと色、いずれの佛さまも穏やか、堂内も厳かな雰囲気で、さすがに歴史ある品格を感じた次第です。

 

 このあと、浄瑠璃寺の門近くの食堂で、熱いうどんを食べ、腹一杯になったところで、近くの小さなお土産屋さんをのぞきながら時間を過ごし、1時間で1本のバスで岩船寺へ移動しました。

 

 【岩船寺】

201711173_2

201711174_2

 岩船寺はこれも京都府最南端にある真言律宗の寺院であり、天平元年(729)行基の創建と伝わっています。地理的には奈良に近いけれども、山深いところでもあり、南都(奈良)の寺院の世俗化を厭う僧侶たちの修行の場となっていました。

 

 そういえば、何となくそのような雰囲気を醸し出しており、俗化とは程遠い歴史的文化遺産である重要文化財の宝庫ともなっていることに気づきます。また、お寺の境内には紫陽花が多く植えられており、梅雨時には紫陽花寺の異名をいかんなく発揮しているようです。

 

 わたしたちは、紅葉には1週間ばかり早かったと悔やみましたが、それでも部分的にはかなり紅葉しており、すっかり目の保養になりました。

 

 【石仏の道】
 

 岩船寺から浄瑠璃寺バス停まで徒歩で約2キロ弱。途中、多くの石仏にも目をやりながら、なだらかな坂道を下ります。四方山のことをしゃべりながら、のんびりと歩くことも、いわゆる散策の醍醐味でもあります。このくだり道が鄙びたところにもかかわらず、どことなく品のある小道であることを感じさせるのは、近くに岩船寺や浄瑠璃寺を控えているからでしょうか。

201711171_2 山道のわらい仏

201711172_2 石仏(正面と左側面)

 途中には、この地の農産物、沢庵の古漬け・日野菜の漬物・草餅・奈良漬・柿・つるし柿・菜っ葉などが山道で無人販売されていました。無人販売は日本ならでは、素朴な山奥ならではとの感想を持ち、何はともあれ、とにかく100円位の安さですから、いろいろと買い込みました。(家に帰り食しましたが、美味しさ抜群でした!)

 さいごに、例によって、打ち上げとして近鉄奈良駅の近くで冷たいビールをごくり、疲れを癒したところです。

 自然と歴史の宝庫はわが国の特徴でもあり、まだまだ、この散策を続けたいと思うこの頃です。皆さんも是非、歴史と自然の散策をお薦めします。

次回は
時事エッセー
です。

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2017年11月10日 (金)

マスメディア vs ネット…衆議院選で勝負あり!

 611回目のブログです

 

 “我も人も 嘘も誠も 隔てなく 照らし貫きける 月のさやけさ”
 
              貞心尼
(江戸後期の尼・良寛の弟子)

 

 自分も人も、偽りも誠も、区別なく照らし貫いている月の光は、なんとさわやかなことでしょう…。

 

 月の光は清く美しいので、どのような人に対しても、へだてなく慈悲の心で照らしている、と詠んだ貞心尼は何と清澄な心の持ち主かと感心させられます。ひるがえって、わたしなどの凡庸な俗人は清らかな心境に達したいと思いつつもなかなか辿りつくことはできません。

 

 さはさりながら、このような和歌を鑑賞することによって、日ごろの塵埃に汚れた心を幾分かでも清めることができるのかも知れません。これが文藝の力の偉大さというものでしょうか。

 

 さて、今の世の中は急速な情報革命、IT革命、通信革命の真っただ中にあると言っても決して過言ではなく、その中において、今回の総選挙をめぐって新旧メディアの勝ち負けがくっきりしたのではないでしょうか。結論的に言えば、マスメディアがネットに負け、今年、平成29(2017)は情報革命の歴史に深く刻まれるエポック的な年になるに違いありません。

 

 総選挙の報道を振りかえって見ましょう。

 

 今回の衆議院選挙では、産経新聞以外の新聞、テレビのマスメディアによる反安倍のキャンペーンは熾烈を極めていました。森友学園・加計学園問題、すなわち俗にいうモリ・カケ問題の報道で、マスメディアは総力をあげて安倍首相を叩き続けたのです。

 

 7月の報道を思いだしてください。前川喜平(前文科省事務次官)、加戸守行(前愛媛県知事)、原英史(国家戦略特区ワーキンググループ委員)、八田達夫(内閣府国家戦略特区諮問会議民間議員/公益財団法人アジア成長研究所所長)の各氏が詳しく「証言」しましたが、岩盤規制を掘り崩して獣医学部を新設しようとする加戸氏、原氏、八田氏などの証言、発言を、テレビ・新聞などのマスメディアはほとんど「黙殺」し、安倍首相ケシカラン、既得権守るべしとする前川氏の発言を連日垂れ流し「印象操作」をしようとしたことを。

 

 因みに、加計学園問題を扱った東京キー局(NHK・日本テレビ・テレビ朝日・TBS・テレビ東京・フジテレビ)番組のなかで、国会証言に立った3氏の意見を直接引用した時間を合計したものを見てみると、

 

 【テレビでの3氏の報道時間】『直接引用時間』
 
   前川喜平 2時間33分46秒 (94.8%)
 
   加戸守行     6分 1秒 ( 3.7%)
 
   原 英史     2分35秒 ( 1.5%)
 
             (平和学研究所調査)

 

 異常、異様を通りこして不気味と言わねばなりません。テレビというものは限られた国民の財産であり、電波法によって公平な報道が求められているのです。これを見れば、明らかに電波法違反であり、免許剥奪の対象となります。

 

 このように、既存マスメディアは安倍首相をモリ・カケ問題で窮地に落そうと執拗に画策していましたが、一方、ネットではどうだったかを見ていきましょう。

 

 一般的に、ネットはガセネタばかりだという風評が流れていますが、それは昔のこと、今では真実と嘘とがほぼバランスよく並んでいます。ネットでは、左派をパヨクと言い、右派をネトウヨと言い、お互いに罵倒を繰り返していますが、重要なことは、どのような考え方であれ、全てがオープンになっていることです。

 

 たとえば、国会証言の3氏についても、前川・加戸・原の3人を平等に扱い、地上波テレビのような極端な差別的扱いは間違ってもありません。従って、ネットを見ている人は、加戸前愛媛県知事などの発言内容に触れることができ、加戸氏の方が正当だと判断してしまいます。

 

 「不都合な真実」を隠すマスメディアと、正誤はあってもすべて「オープンに双方向的に議論できる」ネットとどちらが“誠実”で“真実”に近いのか、その答えは今回の選挙で明白になったのではないでしょうか。マスメディアは国民を一定の方向に引っ張ろうとしましたが、バランスの取れた情報に触れることができるネット人を巻き込むことはできませんでした。

 

 

 次に、今回の総選挙で顕著になったのは、若者の自民党、安倍首相を支持する割合が圧倒的だということです。つぎのデータを見てみましょう。

 

 【18・19歳の支持政党とその率】
    自民党    39.9%
 
   希望     10.7%
 
   立憲民主    7.0%
 
   公明       .5%
 
   維新      .9%
 
   共産      .3%
 
   社民      .0%
 
   その他     3.7%
 
   支持政党なし 24.1%
     (日経新聞・出口調査)

 

 なぜ若者が自民党に傾いているのでしょうか。それは、経済情勢が民主党政権の時の悪さに比べて、アベノミクスにより格段に良くなってきていることをで感じているからに他なりません。マスメディアは、アベノミクスは失敗した、とんでもない政策だとのレッテルを張り罵詈雑言を浴びせているのですが、若者は「ネット」で諸データを素直に比較し、支持政党を自ら選択しているにすぎません。

 

 【完全失業率】
    平成24年(2012)平均  4.3%
 
   平成28年(2016)平均  3.1%
 
   平成29年(2017)8月  2.8%
 
      (総務省統計局・労働力調査結果)

 

 【有効求人倍率】
    平成24年(2012)平均  0.80倍
 
   平成28年(2016)平均  1.36倍
 
   平成29年(2017)8月  1.52倍
 
      (厚生労働省・一般職業紹介状況)

 

 政党や首相を支持するのは単に経済だけではありませんが、若者、学生は、目先の「雇用」について特別に関心を寄せています。学校は出たけれども就職できずでは何とも不安。マスメディアは、雇用が劇的に改善しているという事実を軽視し、イデオロギーに重きを置きすぎているために、若者から支持を得られない存在に成り下がろうとしているのではないでしょうか

 

 シルバー民主主義を謳歌している中年と老人は、若い世代が安倍首相を支持する理由を理解しなければなりません。

 

 また、ネット人は、この総選挙で小池都知事が意外に振るわず敗北した理由をはなからよくわかっていました。マスメディアは、小池都知事の敗北は「排除の論理」を振りかざしたからだと言いますが、それは間違いであり、敗北の理由は、小池都知事の1年間の「行政実績の不条理」がネットで詳しく報じられ、そのことが東京都民にじわりじわり浸透していたことです。少なくともネット人は大きな不信感を重ねてきていました。

 

 何はともあれ、マスメディアがネットに敗北したことを象徴した総選挙でした。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年11月 3日 (金)

総選挙結果…メディアの反応を見る!

 610回目のブログです

 

 “世の中を 何にたとへむ 朝ぼらけ 漕ぎ行く舟の 跡の白波”
 
           沙弥満誓(
さみのまんぜい・拾遺和歌集)

 

 この世の中を何にたとえようか。夜明け方に漕ぎ出して行く舟の跡に立つ白波のように、立ってはすぐに消え行くはかないものだ…。

 

 嫌なこと、辛いことをいつまでも引きずっていてはどうしようもない。人の噂も75日。時が解決してくれよう。良きにしろ、悪しきにしろ、嬉しいこと苦しいことも思い出になり、そしていつかは消えてなくなる。

 

 先月22日、総選挙(衆議院議員選挙)の投開票が行われ、結果はご存じの通り、自民党の圧勝となり、野党は完敗となりました。「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちればただの人」という言葉が身にしむところであり、落選した政治家、敗北した政党、支援したメディアの悔しさ、無念さは如何ばかりかと、まことに気の毒に思う次第です。

 

 敗者は、戦いに「敗北したんだ」という現実を厳しく見つめ、嫌なこと辛いことをいつまでも引きずらず、近い将来の戦いへの周到な準備を行うべきだと思うのですが、サヨクリベラルのマスメディアは、今回の総選挙には実際には「負けてはいないんだ」という理屈を述べ、往生際の悪さを露呈しています。

 

 勝ち負けは実力の差。もちろん運もあるでしょうが、どんな業界であっても、実際に結果が出れば、愚痴や繰り言は言わず、次に向かってすすむのではないでしょうか。

 

 メディアの悔しさ一杯の論理を見ましょう。(10/23朝日の社説から)

 

 『森友・加計問題への追及をかわす大義なき解散。みずから仕掛けた“権力ゲーム”に、首相は勝った。』

 

 今回の総選挙は、政権選択の選挙であり、緊迫した国際情勢に対処する安倍総理の信任選挙でもあり、これこそが大義と言えるものです。また、安倍首相が権力を行使し国民に信を問うことにしたのは、権力ゲームという生易しいものではなく渾身の勝負に出たということに他なりません。もちろん、功名心とか個人的な視点もあるでしょうが、歴史的転換点に立つ日本の政治を、単なるゲームではなく真剣なマツリゴトだという認識の上での決断だったと思います。

 

 『選挙結果と、選挙戦さなかの世論調査に表れた民意には大きな
 
ズレがある。』

 

 朝日は「世論調査では、安倍さんに首相を続けて欲しいが34%、そうは思わないが51%。国会で自民党だけが強い勢力を持つ状況はよくないが73%、よいは15%。」であり、民意は与野党の均衡を求めているとしています。

 

 要するに、投票された公的な結果よりも、恣意的にもできる自社の世論調査を重視せよとのご託宣。選挙結果には謙虚に厳かに向き合うのではなく、傲岸な姿勢がありありと表われており、このような体質がかなりの国民から指弾され、ここ数年の新聞発行部数の超激減に繋がっているのではないかと心配しています。

 

 世論調査はあくまでも世論調査であり、国民が下した投票結果を謙虚に認めることが民主主義の基本だと言うことを忘れてはなりません。

 

 『民主主義における選挙は、勝者への白紙委任を意味しない。過去5年の政権運営がみな信認され、さらなるフリーハンドが与えられたと考えるなら過信にすぎない。』

 

 冗談でしょう。この総選挙で、安倍首相は信認されこれからの政権運営を任されたことに間違いはありません。好きとか嫌いとかではなく、また、自分の思いとは異なっていても、選挙の意味は、政治を任す人たちを代議士として選ぶことにあるのです。その人たちの過半数で選ばれるのが内閣総理大臣に他なりません。これが民主主義のイロハのイであるにもかかわらず、どうも朝日の人々は理解できていないようです。

 

 『本紙の世論調査では、自民党が公約に記した9条への自衛隊明記に賛成は37%、反対は40%だった。憲法論議の前にまず、選ばれた議員たちがなすべきことがある。森友・加計問題をめぐる国会での真相究明である』

 

 本当に「馬鹿も休み休み言え」と言いたくなります。

    [選挙結果]>>>>>>[世論調査]

 ではないでしょうか。何度も言いますが、世の中に、選挙よりも世論調査を高く評価し選挙結果を軽視する人がいることに驚きを通り越してあきれてしまいます。本当に、朝日の論調はあまりにも痛々しすぎて…気の毒になるほど。そしてまた、まだモリ・カケ問題ですか。まずモリ・カケ問題ではなく、モリ・カケと憲法と北朝鮮と安全保障と経済問題などで、緊急、重要、国益の観点から優先順位をつけことをすすめるべきではないでしょうか。

 

 『野党一本化なら63選挙区で勝敗逆転 得票合算の試算』

 

 複数の野党候補が競合した野党分裂型226選挙区のうち183選挙区で与党候補が勝利。しかし、各野党候補の得票を単純に合算すれば、3割超の63選挙区で勝敗が逆転する可能性があり。

 

  【小選挙区の野党分裂型選挙区】
 
       (選挙結果)(野党1本化ならば)
 
    与党  183    120
 
    野党   43    106
 
    (計)  226    226

 

 朝日は野党が1本化すればそのまま合算されるとしていますが、政治家は生きるか死ぬかですから、はたしてそう単純にはいくでしょうか。中国や北朝鮮のような独裁国家とは異なり、民主主義国家での「選挙」はルールの元での闘いであり、ルールや条件が異なれば選挙戦術も変わり「単純な足し算」とは決してならないように思えます。

 

 “野党統一候補が実現していれば”と朝日は嘆息していますが、…れば、…たら、…ならば、もしも、if などの言葉は、夢見る世界のお花畑であり、政治という現実たっぷりの世界での思考にはなじまないものです。

 

 仮想の試算よりも、厳しい人間観、現実的な政治観に基づいた権力構造のありかたと日本国の防衛と繁栄と文化の実りをもとめた真のジャーナリズムに目覚めて欲しいと思います。…が、イデオロギストの方々には望んでも無駄のような気がしてしまいます。

 

 『「大勝」も実際の支持は一部 』

 

 これは毎日新聞の投書ですが、選挙で勝っても支持は一部だから大きい顔をするなとの趣旨でしょう。要するに、これも、勝った意識をもつなということであり、とんでもない間違った主張です。総選挙に勝ったと言うことは、国民から最大の支持を得たことを示しているのですから、当然、堂々と、紳士的に、王道を歩いた政治をなすべきなのです。おどおどすべきことはないはずです。

 

 それにしても、朝日や毎日などはどうして選挙結果を素直に認めないのでしょうか。そこには、どうにもイデオロギー過多の人間観、歴史観があるように思えてなりません…。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年10月27日 (金)

言葉の重さと軽さ…総選挙に思う!

609回目のブログです

 

“いにしへの 難波のことを 思ひ出でて 高津の宮に 月のすむらん”
 
源の師頼(平安後期の公卿・歌人)

 

 古のどのようなことを思いだして、難波の高津の宮では月が澄んで明かりを照らしているのだろうか…。

 

 高津宮は大阪市中央区にある由緒ある神社。第16代・仁徳天皇の皇居があったところであり国見の話は有名です。即位後、仁徳天皇は高殿から国を見渡され“民家のかまど”に煙が立っていないのをご覧になり「これは民が貧しいからである。今、宮に3年分の備蓄があるから、今後3年は徴税を禁じる」と命じられ、そのため天皇御自ら衣服や履物は破れるまで使用され、屋根の茅が崩れても葺かれなかった。仁徳天皇の治世は“仁政”として知られ聖帝と言われています。

 

 さて、現代にもどって、1022日、空前の大型台風のもとにおいて総選挙(衆議院議員選挙)が行われ、狂騒の中での結果は、政権与党の大勝に終わり、安倍政権、安倍政治は国民の圧倒的な支持を得たものになりました。(極端な悪天候にもかかわらず、投票率は53.7%で前回よりも1.0%アップ)

 

  【平成29年衆議院議員選挙(人)
        当選者数  公示前    増減
 
  自由民主党  284  290   ▲ 6
 
  立憲民主党   55   16   △39
 
  希望の党    50   57   ▲ 7
 
  公明党     29   35   ▲ 6
 
  日本共産党   12   21   ▲ 9
 
  日本維新の会  11   14   ▲ 3
 
  社会民主党    2    2     0
 
  無所属     22   37   ▲15
 
  (合計)  (465)(472)

 

 自民党は過半数の233議席を大幅に超え、与党(自民党+公明党)としては3分の2の310議席をも超え、憲法改正を発議できることになりました。

 

 「憲法改正」については、それぞれの政党の主張において、従来の分かりにくさがなくなり、次のように分かりやすく色分けできます。(一応無所属はのぞく)

 

  改憲勢力(右派)
   自由民主党   284(人)
 
   希望の党     50
 
   公明党      29
 
   日本維新の会   11 

    (計)   (374)……84.4%

 

  非改憲勢力(左派・護憲/安保法制反対)
   立憲民主党    55(人)
 
   日本共産党    12
 
   社会民主党     2
 
    (計)    (69)……15.6%

 

 この選挙をめぐっては、いろんな言葉が乱舞しましたので、マスメディアのようにイデオロギー的ではなく、素直に考えてみたいと思います。

 

【排除の論理】【さらさらない】

 

 台風の目となった希望の党の小池代表が、民進党からの入党希望者に対して、理念の異なる人物は「排除する」民進党全員の受け入れは「さらさらない」とした発言に対して、マスメディアはこれをとんでもない言葉であり、希望の党敗北の主因だとしていますが、果たしてそうでしょうか。

 

 確かに、このような強い言葉は上から目線的であり、もう少し穏やかに「希望の党は新党であり“志”を同じくする人を集めたいと考えている」と言えばあまり角が立たなかったかも知れません。

 

 ところで、政党って本来どういうものなのでしょうか。『政党とは、共通の政治的主義・主張をもつ者によって組織され、一定の政治的利益や政策の実現のために活動し、政権獲得をめざす集団』(大辞泉)と定義されています。…とすれば、思想・信条(安全保障・憲法改正など)が大きく異なる人には遠慮していただくという方針は「排除」という言葉の厳しさを除けば、決して間違っているとは思えません。

 

 もうひとつ。マスメディアは、希望の党は大敗北したと言いますが、新党で曲がりなりにも50名もの当選者を確保できたことは、それなりに大いに評価してもいいとのではないでしょうか。

 

【自民党1党独裁】【安倍1強政治】

 

 メディアや野党政治家が、たびたび口にする言葉に「自民党1党独裁」がありますが、現在のわが国の政治制度は民主主義そのものであって、独裁政治ではありません。独裁政治とは、中国北朝鮮のように、すべての自由が厳しく制限され、特に言論の自由や思想の自由などが全く無い国家のことを指します。こんな政治のイロハのイを知らない無知蒙昧の人には政治を語る資格はありません。

 

 また「安倍1強政治」を批判する声を耳にしますが、1強政治のどこに問題があるのでしょうか。政権は1強をもって自らの政治的理想を実現しようとするもの。安倍1強政治に厳しく非難を加えたいのであれば、自らが全力をあげて「○○1強政治」を目指し、安倍1強政治を凌駕すればいいのであり、単に1強の足を引っ張るのではなく自ら1強になる努力を重ねるべきなのです。

 

【大義なき総選挙】【解散権の乱用】

 

 急迫する東アジア情勢は、戦後70年、カエルの楽園を満喫してきたわが国の「歴史的な転換点」を迎えています。そう考えれば、時の首相が正当な権力を行使し、政権選択として解散権を最高度に活用するのは当然のことであり、これは解散権の乱用にはあたりません。

 

 「必要に迫られた際に、大胆で果敢であることは思慮に富むことと同じと言ってよい。国家の指導者たるものは、必要に迫られてやむを得ず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である」(マキャベリ)

 

 “有権者は愚にして賢、賢にして愚”と言いますが、今回、国民が投票に際して最も重視したことに注目しましょう。NHKの出口調査によれば、消費税25%、憲法改正25%、北朝鮮が17%、など生活と国の安全に関心が高く、リベラルサヨク・メディアが最も重要視する森友・加計問題は、わずか7%に過ぎません。これでは、モリ・カケ問題を主テーマにしたリベラルサヨクはとても勝てないでしょう。

 

 このようなわたし達国民の意識を見れば「安全保障を政争の具にしない」という欧米の自由民主主義国では当たり前の政治に近づきつつあるのかも知れません。

 

 (最後に。小池都知事の1年間の成果が、わずかに「屋内原則禁煙」条例を制定することであることに驚きを隠せません。さらに、豊洲、築地、オリンピック関連の問題は、軽薄なパフォーマンスにより傷口を広げたままであり、自己の野望は一旦捨て置き、行政の長として実直にことを進めていくべきだと思いますが。…しかし大いなる危惧も覚えるところです)

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年10月20日 (金)

総選挙と杜甫の詩!

 608回目のブログです

    『春望』     杜甫

   国 破 山 河 在 (国破れて山河在り)
   城 春 草 木 深 (城春にして草木深し)
   感 時 花 濺 涙 (時に感じては花にも涙をそそぎ)
   恨 別 鳥 驚 心 (別れを恨んでは鳥にも心を驚かす)
   烽 火 連 三 月 (烽火三月
<サンゲツ>に連なり)
   家 書 抵 万 金 (家書万金にあたる)
   白 頭 掻 更 短 (白頭掻けば更に短く)
   渾 欲 不 勝 簪 (すべて簪
<シン>に勝へざらんと欲す)

 

 戦争によって首都が破壊されても、自然の山や川は昔のままかわらずにあり、荒廃した城内にも春がきて草や木が深々と生い茂っている。この戦乱の時代を思うと美しい花をみても涙が落ち、家族との別れを悲しんでは、鳥の鳴き声を聞いても心が痛む。戦火は何ヶ月も続いており、家族からの手紙は万金と同じぐらい貴重だ。白髪の頭を掻くと髪はますます短くなって、冠をとめるためのかんざしも挿せそうにないほどである…。

 

 「春望」は杜甫のもっとも有名な詩のひとつです。杜甫712-770年、中国盛唐の詩人であり、中国では最高位の詩人として、李白の「詩仙」に対して「詩聖」と呼ばれており、杜甫の漢詩はわが国でも愛唱されています。

 

 「国破山河在」(国破れて山河在り)は、杜甫としても苦渋に満ちた内面を文学的に見事に表現し、永い歴史の風雪に耐えた古典として、わたしたち現代人にも深い感動を覚えさせているのではないでしょうか。

 

 わが国は、国際的な戦いとしては、白村江の戦い、元寇、文禄・慶長の役、大東亜戦争などがありますが、国が破れるということは極めて悲惨でもあり、どのような事態においても、国を守ることは最も大切なことと言わねばなりません。

 

 さて、昨今、わが国を取りまく国際情勢で最も注目しなければならないのが「北朝鮮問題」であることに異議をはさむ人はいないでしょう。数年前から、緊迫の度合いが急速に増してきており、今や、米国に届くICBM、核兵器(原水爆)、細菌兵器、サイバーテロ、などあらゆる軍備が最高レベルに達しようとしていることは間違いありません。

 

 これを成り行きに任せて野放しにするのか、それとも、軍事的手段を講じてでも一定の歯止めを効かせようとするのかが問われているのです。

 

 わが国にとっては、北朝鮮は隣国、同民族の韓国も隣国。第2次朝鮮動乱(朝鮮戦争)がいつ生じてもおかしくない段階に来ているとすれば、それを「危機のクライマックス」(有事)として捉え、いざという時国民がまとまることが必至とならざるを得ないのではないでしょうか。

 

 そのためにあるのが今回の総選挙です。マスコミは、この総選挙を大義なき選挙として罵詈雑言を浴びせていますが、その一例を大前研一氏の論稿から引いてみましょう。(PRESIDENT10/16)

 

 「総選挙に表われた安倍首相の“卑怯な本性”」「これぐらい卑怯な解散は憲政史上初めて」「経済重視の仕事人内閣と嘯いた」「安倍一強体制で蔓延ってきたのが“忖度政治”である」
 

 「“僕難突破”の冒頭解散」「“政治主導”“官邸主導”と言えば聞こえはいいがイエスマンで幹部官僚を固めた。その歪んだ忖度政治が森友・加計の問題だ」「アベクロバズーカで国債を乱発、100兆円規模の予算を組んで赤字を垂れ流し」
 

 「“何とかチルドレン”のお粗末な行状にはうんざり」「憲法9条に第3項を書き足すようなその場しのぎの“加憲”や“改憲”ではなく“創憲”だ」

 

 いやはや、えげつない言葉の連発。卑怯な本性・卑怯・嘯く・蔓延る・国難突破⇒僕難突破・忖度政治・乱発・垂れ流し・行状・その場しのぎ。…まさに、オヤジギャグを含む感情的発言の連発ですから、大前研一氏の品性を問いたいと思います。僕難突破」を初めて目にしたときは全くその意味が解らずプレジデント誌の誤植かと思ったのですが、何とオヤジギャグ。これで時事評論とは、何とも痛々しい現象です。

 

 大前研一氏は上から目線で安倍首相を誹謗中傷していますが、安倍首相の内心の権力的な目論見はどうであれ、国際情勢の緊迫度から言えば、これほど大義ある選挙は戦後初めて言っても言い過ぎではないと考えます。

 

 来月にはトランプ米大統領が来日し、急迫する東アジア情勢で極めて重要な極秘の話し合いがなされるはずです。そして、国民の生命と財産と名誉を守らなければならない安倍首相は、北朝鮮の姿勢如何によっては、年末から来年にかけて生じるかも知れない超厳しい局面を想定して事態に対処しなければなりません。これは戦後70年、カエルの楽園を満喫してきた時代から「歴史的な転換点」を迎えたことを示しています。

 

 そう考えれば、権力ある政治家が解散権を最高度に有効活用しようとするのは当然であり、やって当たり前ではないのでしょうか。イタリアの政治思想家マキャベリは「必要に迫られた際に、大胆で果敢であることは思慮に富むことと同じと言ってよい。国家の指導者たるものは、必要に迫られてやむを得ず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である」と述べています。

 

 はっきり言って、今回の総選挙(衆議院議員選挙)政権選択選挙であり、安倍首相の信任選挙でもあります。安倍首相にこの緊迫した国際政治を任すのが是か、あるいはそれ以外の政治家に任すべきかの選択です。

 

 昨今のマスコミ、マスメディアの乱れ方は、恬として恥じない捏造と印象操作が頻繁に行われていることを鑑みれば、やはり異状、異様としか思えません。

 

 わたしは、ニュースにおいては、地上波テレビは9割、新聞は7割、雑誌は6割、ネットも6割、ウソだと思い、真実かどうかの判断にはひと呼吸を置くことにしています。しばらく前のブログでも書きましたが「世はフェイクニュースばかりなり」であり、フェイクニュースには、捏造、情報操作(印象操作)誤報、があることを知っておきたいものです。

 

 今回から18歳以上に選挙権があります。特別な理由がない限り、棄権すべきではなく、自分で考え、自分で行動し、価値ある『1票』を投じようではありませんか。

 

 それにしても、杜甫の漢詩「春望」は身に沁みます。国を破ることのない真に勇気ある選良(真のエリート・代議士)が選ばれなければなりません。

 

 10月22日(日曜日)は投開票日であり、深夜には当落、政党分布が決まります。戦後最も重要な選挙の結果がどう出るか、冷静に見守りたいと思います。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年10月13日 (金)

総選挙と芭蕉の句!

 607回目のブログです

 

    “おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな”
 
          芭蕉(江戸前期・俳聖)

 

 有名な長良川の鵜飼。鵜飼は月のない闇夜に、舳先(へさき)に赤々とした篝火(かがりび)を焚き、鵜匠が12羽の鵜を手綱でさばき鮎を獲りながら、何艘も川上から川下へ流れ下ります。その姿を目の前に見た見物客の興奮は冷めやらず、最高潮に達しますが、やがて、鵜飼舟は川下に去り、闇の彼方に消えていきます。まさに水上の幻想世界ともいうべきでしょうか。

 

 芭蕉の句は、歓楽の後のたまらなく悲しい気分をあらわしたものと思いましたが、もっと深い意味があるようです。芭蕉の有名なこの句には前段がありますので、それを読んでみましょう。

 

 【原文】
 
「岐阜の庄、長良川の鵜飼とて、世にことごとしう言ひののしる。まことや、その興の人の語り伝ふるにたがはず、淺智短才の筆にも言葉にも尽すべきにあらず。『こころ知れらん人に見せばや』など言ひて、闇路に帰る、この身の名残惜しさをいかにせむ。」

 

 【現代文】
「岐阜の長良川で行われる鵜飼は、世間で大変な評判になっている。実際に見ると、おもしろさは、まことに世間で言われているとおりであり、智慧が浅く学問のない私などはとても書き表せないほどだ。『風情を理解できる人に見せたいものだ』などと口にしながら闇路を帰った。この名残惜しい気持をどうしたらよいかわからない。」

 

 キーワードは“闇路に帰る”。この句は、単に歓楽の後の哀情の深さを表わしたのではなく、篝火のもとでの興奮冷めやらぬ遊興により命が高揚したとしても、その一時の幻想が消え去れば、鬼の待ついつもの地獄へ向かって帰らねばならない悲しみを詠んだものとも言われています。

 

 さて、10月10日、総選挙(衆議院議員の全員を選ぶために行われる選挙のこと)の公示がなされ、いよいよ国政選挙の火ぶたが切られました。10月22日投票、議席数は465議席、過半数は233議席。立候補者はそれぞれ、政党に属していようが、無所属であろうが、これから2週間死に物狂いで選挙戦を戦っていくものと思います。

 

 例によって、今回も、希望の党を筆頭に「改革」「改革」の言葉の連呼となっていますが、改革という言葉に世間は飽きと白い目と不信を持っているのではないでしょうか。

 

 翻って見ますと「改革」のスタートは平成5(1993)小沢一郎氏の新生党からであり、自民党と官僚政治の打倒のために、二大政党、小選挙区制、政治主導の構想を掲げました。次に平成13(2001)小泉首相は、劇場型政治を演出し、新自由主義にもとづく徹底した構造改革を。その後民主党政権はマニフェスト選挙で政策選択選挙を。そして、おおさか維新の会は大阪市議会・大阪府議会の既得権改革を。…というように連綿と続いてきました。

 

 この25年間「改革」を叫ばない政治はなかったと言えますが、果たして真の改革がどれほど実現したのでしょうか。多数の国民は、全体的に考えて改革というものの実態が実の少ない存在になっていること知ってきたのではないかと思います。

 

 今回の総選挙でも、改革を標榜しない政党はありません。そして、台風の目である小池代表が率いる希望の党などは、従来手法である「劇場型政治」「ポピュリズム」(人気主義)を前面に押し出していますが、果たしてどの程度成果を得ることができるか注目したいと思います。

 

 大半のマスコミは「大義なき選挙」と位置づけていましたが、総選挙は基本的には政権選択選挙であり、常に政権選択という大義を有しています。今回の選挙を分かりやすく言えば、安倍政権の内外諸政策について○×をつけるものです。

 

 【北朝鮮危機】
朝鮮民主主義人民共和国
(北朝鮮)とアメリカ合衆国(アメリカ)との緊張関係が、今年末から来年にかけて、いよいよ極限に達しようとする時、わが国の外交の難しさは過去に較べることのできない程の危機のクライマックスを迎えます。この舵取りをできる日本国の首相には、トランプ米大統領やプーチン露大統領やメルケル独首相といつでも話ができる安倍晋三首相が相応しいのか、あるいは他の政治家の誰が良いのかを、具体的に選ぶことが最も重要なポイントとなります。

 

 【日本経済】
10
2日の日銀短観を見れば、製造業大企業の好調、特に利益と雇用の好調が目立ちます。数字で見てみましょう。

 

     ≪経常利益≫
 
平成29年(2017)上期  前年同期比23.1%UP
 
平成28年(2016)下期  前年同期比33.1%UP
 
 ≪経常利益率≫
 
平成29年度(2017)計画 7.47%
 
平成18年度(2006)   6.76%
(リーマンショック直前)
 
平成 元年度(1989)   5.75%(バブル景気ピーク)

 

  これを見ると、現状の日本経済は間違いなく好調に推移しているように見えます。いわゆるアベノミクスと称される安倍政権の経済政策は雇用の大幅改善、大企業の収益増加として成果が出てきていますが、中小企業問題、大胆な成長戦略、労働者所得の向上、労働分配率、消費水準、などは未だしの感はぬぐえません。

 

  国内問題は、政治家の姿勢のこともありますが、何と言っても経済の活性化による生活水準の向上にあります。アベノミクスを推進する安倍政権の経済政策について○×の判定を下し、×であるならばどの政党の経済政策が良いのかを判断することが第二の重要なポイントです。

 

 憲法改正】

  現行の憲法では、わが国は、この厳しい国際環境の中で生きのびて行けないのではないかと思います。のんびり構える時間も余裕もないのが実態でしょう。憲法9条でわが国を守るのか、綜合的な安全保障政策で守るのかが、今、問われており、憲法問題が第三のポイントです。

 

 今度の総選挙でのポイントは、上記の3点に絞られます。政治家には、わたし達国民が納得して選ぶことができるよう、劇場やポピュリズムから離れ正々堂々とおのれの主張を戦わせていただきたいとのぞみます。

 

 今回の選挙が、花火や鵜飼のような一時の高揚感に惑わされ、夢や幻を見るだけで、芭蕉の言う“おもしろうて やがてかなしき ………”とならぬよう、自分で考え、自分で行動する人になりたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年10月 6日 (金)

ふわふわ言葉と具体的ビジョン…狂騒の政局に思う!

 606回目のブログです

 

 “をちこちに わかれすみても 國を思ふ
 
人のこころぞ ひとつなりける
 
   (明治天皇御製・明治43年)

 

 あちこちに別々に住んでいても、国を思う人の心はひとつである…。

 

 今、狂騒状態を演じている政局の真っただ中にいる政治家に心で読んでほしい明治天皇の御製です。毎日報道される政治ニュースは、国内政局が圧倒的に多く、それも、政党の離合集散、利害得失ばかりが強調されていますが、どの政党であっても、どの立場であっても、少なくとも「国を思う」心だけはひとつであってほしいとねがうものです。

 

 今回の衆議院議員選挙は1010日に公示、1022日に投票、議席の数は10減り465議席、過半数は233議席となっています。

 

 現在は野党であっても、かつては政権を担ったほどの大政党である「民進党」が異様な分裂劇を演じ、以下の4つに分解することになりました。①保守政党である希望の党へ合流、②立憲民主党を結成しリベラルサヨク政党として、③無所属として立候補、④民進党(参議院議員のみ)のまま。

 

 マスコミで報じられる政党の離合集散は、日替わりどころか朝・昼・晩でころころ変わっており、多少白け気味ですが、ことは政治家の身分を決めることであり、当事者にとっては生死に準ずるものとして、まずは生きること、すなわち「当選」することが「大義」なんだなと思う次第です。

 

 今回の台風の目は、小池都知事が率いる「希望の党」であり、小池都知事(党代表)の一挙手一投足にすべてのメディア、国民の関心が寄せられています。

 

 小池代表の発言を見てみましょう。「希望の党」結党時に示した政策理念は、希望の政治・希望の社会・希望の経済・希望を守る環境・憲法改正という「希望」をキーワードにしたものであり、しがらみのない政治、ダイバーシティ(多様性)社会の確立、憲法改正・希望あふれる日本の礎などをあげています。

 

 小池代表は、ふわっとした言葉、ソフトな言葉、意味不明な言葉、カタカナ語などを多用したキャッチフレーズで新鮮なイメージを演出することに長けています。経歴もテレビキャスターあがりですから、容易にマスコミを手玉に取っており、さすがに、上手いものだと唸らされます。どのような言葉かあげてみましょう。

 

・「改革保守」
・「日本をリセットする」
・「しがらみのない政治」

 

 改革保守とはあまりにも意味不明で抽象的すぎます。また「リセット」と「保守」は言葉そのものが矛盾しています。辞書をひもとくと、「リセット」は、すべてを元に戻すこと、最初からやり直すこと、状況を切り替えるためにいったんすべてを断ち切ることとあり、「保守」は、古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し急激な改革に反対することとあります。ふたつの言葉は相いれないもの。しがらみのない政治は人格高潔な人にのみ為しうることであり、そんな政治家は八百屋で魚を求める類い言えるのではないでしょうか。

 

 昨今は、政党や政治家は、すべて「改革」「改革」の言葉を大声でわめきますが、しっかりした政党を目指すのであれば「抽象的なキャッチコピー」ではなく「具体的なビジョン」を示し、具体的な政策を議論してほしいと思います。

 

 小池代表は、過去、軍事上、外交上、核武装の選択肢は十分ある(平成15)尖閣諸島の実効支配を明確にするため「構築物」を作ることが先決(平成22)永住外国人の地方参政権付与には絶対に反対(ある意思を持った人間たちが移り住み、基地反対など妙な条例でも決議されたらひとたまりもない)(平成22)原発賛成(平成26)。と明快に発言していますが、今日現在、核武装はブログの記録からは消去し、原発は180度方針を変え反対としています。

 

 それにしても、小池代表の突破力は見事なものがありますね。どのような選挙結果になるかは分かりませんが、憲法観と安保政策に関しては、現在の発言は過去の発言と同一、一切ぶれておらず、保守政治家としては出色であろうと考えています。

 

 次に、自民党の衆議院選公約のポイントを見ていきます。北朝鮮への対応、憲法改正など六つの重点項目を上げていますが、その内の二つに掲げてある言葉をごらんください。

 

  ・「生産性革命」を実現し、国民の所得を増やす。
・「人づくり革命」を断行。保育・教育無償化実現。

 

 生産性革命、人づくり革命の両方に“革命”という用語がありますね。自民党は保守政党を任じてきたにもかかわらず、本来忌避すべき「革命」という言葉を安易に使っています。名は体を表す、言は体を表すとも言いますから、もはや、自民党には真の保守的精神が希薄化してきたのでしょう。政治思想における用語の意味することさえ学んでいないとすれば、真に危惧すべきことと言わねばなりません。

 

 「革命」とは、辞書によれば、被支配階級が時の支配階級を倒して政治権力を握り、政治・経済・社会体制を根本的に変革すること、フランス革命・ロシア革命など とあります。そんな言葉を選ぶこと自体、自民党が志において堕落してきているのではないでしょうか。

 

 今の時代、世界は混沌としてきており、何が生じてもおかしくないと言われます。そうであるならば、わたし達国民のリーダーはひとしく真の教養人として世界の変動に対処してほしいとねがうものです。

 

 論語に「子曰、君子和而不同、小人同而不和」(君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず)という有名な箴言があります。意味は「先生はいわれた、君子は人と調和するが雷同はしない。小人は雷同するが調和はしない」…ある碩学のお話しによれば、論語に言う君子とは真の教養人のことであり、小人は単なる知識人のことだそうです。

 

 とすれば、今回の政党、グループ再編にあたって、君子は和して同ぜずの教養人は誰なのか、小人は同じて和せずの小人は何人いるのかに関心を向けてもいいのではないかと思います。 君子>小人、or 小人>君子、or 君子≒小人、はたして、実態はこのいずれでしょうか。できれば、君子>>>>>小人、であってほしいとは思いますが……。

 

 ところで、最近マスコミで流行っている政治用語に「リベラル」があります。リベラルの語源はLiberal、自由のこと。英和辞典を引くと、①気前のよい、大まかな、もの惜しみしない、けちけちしない、②寛大な、度量の大きい、おうような、開放的な、③たくさんな、豊富な、④字義にとらわれない、自由な、偏見のない ⑤紳士にふさわしい、⑥自由主義の などが記されています。

 

 わが国では、冷戦終焉後に「保守vs革新」における革新の化けの皮が剥がされ、いつの間にか「保守vsリベラル」となり、リベラルの意味を不問のまま、特にサヨクメディアを中心に曖昧に使い続けられてきました。

 

 しかし、実際の自称リベラル政党の行動体質として、上掲の英和辞典の①~⑥までのひとつでもあるでしょうか。「絶対に9条を変えるな!」「安保法制は許さない!」「安倍はゆるさない!」の看板を掲げての政治行動を見れば、それはリベラルの真逆であることが分かります。彼らは、リベラルではなく、左翼なのです。

 

 狂騒の中での議論からは有益な結論は出ないでしょう。色々な立場はあるにしても、空疎な言葉ではなく、実のある言葉を用い、明治天皇の御製にある「国を思ふ」心で真剣な議論をしてほしいと心から願うものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年9月29日 (金)

トランプ大統領の“国連演説”を読む!

 605回目のブログです

 

 “祖国の存亡が かかっているような場合は、
 
いかなる手段も その目的にとって有効ならば、正当化される。”
 
      (マキャベリ/伊ルネッサンス期の政治思想家)

 

 いよいよ、衆議院議員総選挙が行われることになりました。大半のマスメディアは、大義のない選挙だと非難していましたが、そんなことはありません。衆議院議員選挙は政権選択の選挙でもありますから、それだけでも大義があります。

 

加えて、大東亜戦争・太平洋戦争以後はじめてというべき祖国の存亡がかかっている国際情勢でもありますから、政権の信任を問うことも時機を得たものと考えられます。来年になれば、もっと緊迫化し、何が起きるか想像さえできない事態となり、早めに選挙を経ておくことは、極めて妥当なことであり、危機の回避のためにも望ましいと思います。

 

 ただし、選挙結果が政治の不安定化をもたらすとすれば、それは国民の選択ということで甘受しなければならないでしょう。

 

 こんな国際情勢の真っただ中において、9月19日、トランプ米大統領が国連総会で初めて演説をしました。トランプ大統領は、現下の国際情勢と国連に関して、例によって、率直に述べ、またまた世界の関心を呼び起こしましたので、その一部を具体的に見ていきたいと思います。

 

『それぞれの国家の首脳である皆さんは、常にあなた方の国の国益を最優先するだろうし、またそうすべきである。アメリカ合衆国大統領として、私は全く同様に、アメリカを最優先するであろう。』

 

 大統領は、国際社会とはアメリカの国益を最優先に置きながら関わっていくことを明言したものであり、いわゆる“America First”です。

 

『われわれは、日本のわずか13歳の少女が、北朝鮮のスパイに日本語を教えさせるため、母国の海岸から拉致されたことを知っている。』
 
We know it kidnapped a sweet 13-year-old Japanese girl from a beach in her own country to enslave her as a language tutor for North Korea's spies.

 

 大統領は、米大学生が余命わずか数日という状態で帰国し死亡したこと、兄・金正男氏を毒物により暗殺したことに加えて、拉致被害者の「横田めぐみさん」に言及し、北朝鮮を厳しく非難しました。

 

今日、思いを馳せねばならないのは、北朝鮮に拉致された方々の身の上です。横田めぐみさんが新潟で拉致されたのが昭和52(1977)40年間、故郷の街と自然に触れることなく北朝鮮にとどめ置かれたまま、軟禁状態にあるのは、悲惨極まりない悲劇そのもの。

 

 拉致は、主権侵害であり人権蹂躙でもあります。拉致被害者の一刻も早い帰国こそ、最優先されねばなりませんが、政府はこの13年間手をこまねいたまま何らの実績も残していないのです。それに加えて、国民の関心も薄れに薄れていっている今日、トランプ大統領のこの明確な発言に対し、わたし達日本国民は深甚の謝意を示すべきではないでしょうか。

 

『アメリカは大きな力とともに忍耐力も持ち合わせているが、もし自国、または同盟国を防御せざるを得なくなれば、北朝鮮を完全に壊滅させる以外の選択肢はなくなるだろう。』

 

 “…to totally destroy North Korea.”北朝鮮を壊滅するという厳しい言葉を使ったため、会場ではざわめきの声が聞かれたとのこと。アメリカ大統領の本気度がどこまであるのかは分かりませんが、深刻に捉えておくことが大切だと思います。この後、大統領は金正恩をロケットマンと揶揄していますが、同じ罵倒言葉でも、トランプ大統領は「陽、金委員長は「陰」だと思います。それにしても、激しい言葉の応酬に目を離せません。

 

『国連は、結果ではなく過程や官僚主義に気をとられている。』

 

『この組織の高邁な目的を破壊しようとする国が、まさにその目的のための機関をハイジャックした。 例えば論外な人権状況にある複数の国が国連人権委員会に席を持っていて、これが国連の大きな問題の原因になっている。』

 

 トランプ大統領の指摘するように、人権蹂躙国が人権委員会のメンバーになっているのは、とんだお笑い草。国連が結果を出さず、人権委員会という形だけを守るのは、まさしく官僚主義そのものであり、無責任極まりないと言えるでしょう。

 

 人権委員会は、現在は「国連人権理事会」に改組され、世界の各地域に理事国が配分されています。しかし、この理事国に、共産党独裁政権として、民主活動家を逮捕し、客観報道記事を書く新聞記者を摘発し、チベットやウイグルの少数民族を徹底的に弾圧する人権蹂躙国として悪名高い中華人民共和国(中国)が鎮座、睨みを効かしているのですから、戯画そのもの。

 

国連が官僚主義に陥っており結果を出していないと指摘するトランプ大統領の発言はまさに当を得たものと言わねばなりません。

 

中国には「国連人権理事会」理事国の資格は全くありません!

 

『アメリカは、国連の193の加盟国のうちの1つである。だが予算全体の22%を負担している。』

 

アメリカのトランプ大統領の嘆きもわかりますね。22%も負担しているのですから、もっと自国の主張を理解してほしいと願っているのでしょう。国連分担金の上位を見てみます。

 

 2017年度の国連分担金】
①アメリカ  22.0(%)
②日本     9.
③中国     7.
④ドイツ    6.
⑤フランス   4.
⑥イギリス   4.
⑦ブラジル   3.
⑧イタリア   3.
⑨ロシア    3.
⑩カナダ    2.
   (外務省データ)

 

 同じことは、わが日本でも言えます。第2位、9.7%の負担ですから、トランプ大統領に倣って、もっと厳しい発言をしてもいいのではないでしょうか。それだけの気迫勇気を出し、北朝鮮や韓国や中国に屈しない外交を望みたいものです。

 

 それにしても、トランプ米大統領の国連演説は迫力があったと思います。演説はこうでなければ様になりません。ひるがえって、わが国は国連に翻弄され過ぎているように思えてなりません。平和・人権大国である日本は、近隣諸国からの歴史捏造や人権抑圧のいいがかりを排除し、国連を正しく主導していく気迫を持ち、大暴れしてもらいたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年9月22日 (金)

「罵倒語のオンパレード」…北朝鮮メディアを読む!

 604回目のブログです

 

 “曇りなく 千歳に澄める 水の面に 宿れる月の 影ものどけし”
 
                 紫式部(新古今和歌集)

 

 千年の長きにわたって澄みわたっている池の水面に、曇りもなく明るく輝いている月の光、この美しい風情には穏やかな永遠の安らぎが感じられるものだ…。

 

 台風一過、秋の趣がいっそう色濃く感じられるようになってきました。紫式部のような世界超一流の女流文藝作家にかかれば、この穏やかな四季の風情を、五・七・五・七・七の和歌の調べのなかで、美しい言葉を自在に綾なし、自然体で見事に表現しています。

 

 わが国には、美しい言葉、品のある言葉、風格のある言葉、重厚な言葉、あるいは軽みある言葉を中心として、自らの思いを表現することを専らにしてきた歴史があります。ところが、近年、マスメディアから流れてくる語句には汚く荒っぽい、品位を欠く言葉(たとえば『保育園落ちた。日本死ね!』)が流行語として溢れる風潮になっているように思えます。

 

 わたし達は、今、もう少し言葉に注意を払い、エキセントリックで、ヒステリー的な、荒っぽい言葉を避け、穏やかな言葉を発するようにすべきだと思います。もしも、そうしなければ、あの北朝鮮の言葉づかいと同じようなものになっていくおそれがあるのではないでしょうか。その観点から、北朝鮮の発する言葉を子細に見ていきましょう。

 

 まず、最も印象の深いのは、テレビで重大放送を行う朝鮮中央放送委員会のアナウンサーである「リ・チュンヒ女史」です。彼女は、民族主義を発揮する意図を込め、暖色系のチマチョゴリ姿で登場。そして、その特異な話しぶりの大仰さにはほとんどの日本人は驚かされているのではないでしょうか。

 

 リ・チュンヒ女史は、報道内容によって言葉づかいや抑揚を変えているそうです。(Wikipediaより)

 

  ・金正日や金正恩に関する報道では、荘厳、丁重な語調で
金正日や金正恩への慈悲の念を表現する際は声を震わせる
国民への喚起・統制に関する報道では絶叫調
アメリカ、韓国、日本についての報道では強い語調で
敵国を非難する声明には威圧的な語調で

 

 北朝鮮のテレビ画面を見ても、朝鮮語は皆目分かりませんが、彼女の独特の抑揚には、またか、とは思いつつも目を見張らされます。さすがに、平壌演劇映画大学俳優科を卒業後、国立劇団で女優を経験してきただけのことはあります。

 

 それにしても、独裁国家・朝鮮民主主義人民共和国における報道の有り様は、お隣の中華人民共和国と同じように、大いなる違和感を懐かないわけにはいきません。北朝鮮のえぐい言葉の乱発は、逆に、北への信頼感を失わせているのではないでしょうか。

 

 次に、新聞を見てみましょう。北朝鮮のミサイル発射と水爆実験をふまえて国連は912日「対朝鮮制裁決議」を議決しましたが、それに対しての「朝鮮アジア太平洋平和委員会代弁人声明」を引用します。

 

 『我が軍隊と人民の敵撃滅の気概を
 
      米国と追随勢力ははっきり見るべきだ』

 

  …米国の制裁策動に便乗して軽率に振舞った日本の島国夷に対する指弾の声も激しく出ている。

 

  千年来のであるウェノムのざまを見るほど目に火がつくようだ、わが人民に千秋にすすげない罪を犯しておきながらも謝罪をまともにせず、米国の「制裁」の笛に踊りながら憎らしく振る舞う奸悪チョッパリらをそのまま放っておけない、日本列島の上空を飛び越えるわれわれの大陸間弾道ロケットを見ながらもいまだ気を確かに持てず、意地悪く振る舞う日本のやつらにはっきり気概を示すべきだ、取るに足りない日本列島の4島をチュチェの核爆弾で海の中に押し込むべきだ、日本はこれ以上われわれの近くに置く存在ではない、これがわが軍隊と人民の激昂した声である。
      (9/13 朝鮮中央通信 日本語版から一部抜粋)

 

 「島国夷」「ウェノム」「チョッパリ」は日本人に対する侮蔑語です。いやあ、とにかく最大限の脅迫、恐喝、侮蔑語のオンパレード

 

 …千年来の敵・奸悪・気を確かに持てず・日本のやつら・取るに足りない日本列島4島・核爆弾で海の中へ・日本は朝鮮の近くに置く存在ではない …。

 よくもまあ、これだけの言葉を並べたもので、ある意味で感心しますが、何と幼稚な言語ばかりでしょう。もっと高邁で格調高い言語でわが日本国と日本人を侮蔑できなかったのでしょうか。

 

 北朝鮮は、正式には「朝鮮民主主義人民共和国」ですが、自国を“共和国”とか“朝鮮”とも言っています。朝鮮半島を代表するのは北だと思い込んでいるのでしょう。北朝鮮が、自らを大きくみせるために、朝鮮と言ったり、幼稚な言語を使ったりすることに何となく憐れみを感じてしまいますが、これは私だけの感想でしょうか。

 

 彼らは、今、何を考えているのか全く不明。アメリカに対しても、脅迫、侮蔑語のオンパレードです。

 

 …横暴・卑劣・テロ犯罪・米国を狂犬のようにこん棒で叩き殺す・米国はわが人民を殺戮し、いびっている不倶戴天の敵・そのまま生かしておくことのできないオオカミの群れ・白昼強盗の群れ・米帝侵略者・米国の地を焦土化しよう、暗黒世界に作ろう・恨みを晴らそう…。

 

 こんな汚い言葉を使う人や民族や国家は、それだけ汚い存在だとみられても仕方がありません。本来、人間も国家も、美しいもの、大きなもの、清らかなもの、豊かなもの、歴史のあるものに憧れ、自らもそうありたいと願っているのではないでしょうか。

 

 そうであるとするならば、汚い言葉、罵倒する言葉を発することは慎重に避けなければなりません。北朝鮮がほんの少しでも尊敬される国になろうとするのであれば、汚い言葉や罵倒する言葉を使わないように自制すべきだと考えます。

 

 それとも、民族全般がそういう言葉を使う体質に染まってしまっているのでしょうか。たとえそうであったとしても、自戒と教育によって、より高い人格、いや、いや、普通の人間になる努力を重ねるべきではないでしょうか。

 

 同じことはわが国にも言えます。北朝鮮国営メディア(テレビ・新聞)の歪で異様な言葉づかいを反面教師として、そのような汚い言葉を断固として排除し、日本人らしい穏やかで美しく率直な言葉づかいが溢れる良き社会をつくりたいものです。現時点において、半島に学ぶべきものはないと考えるべきでしょう。

 

 小ブログは、3回連続で北朝鮮問題に触れましたが、悪しからずご了解ください。しばらくは触れないようにします。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年9月15日 (金)

北朝鮮の核・ミサイル開発…日本の援助に大疑問!

 603回目のブログです

 

 “世の中は 七たび変へん ぬば玉の 墨絵に描ける 小野の白雪”
 
                 良寛
(江戸後期の僧侶・歌人)

 

 世の中に対する態度を七度変えてみようではないか。墨で雪の野原の白鷺を描くことができるように、不可能に見えたものも可能になるものだよ…。

 

 連日のように、北朝鮮のミサイルや核の問題が、テレビ、新聞、雑誌、ネットで取り上げられ、大きく騒がれていますが、国民の間には、今一つ緊張感が乏しいように見受けられます。

 

 それは、とりもなおさず、戦後70年間、直接的な戦争を避けることができた平和が続いてきており、今後も永遠に続いて欲しいとの淡い願望が頭の中に満ちていることによるものと思います。

 

 しかし、国際情勢、北の情勢の厳しさは、もう従来の物差しで判断できる段階を通り越しているのではないでしょうか。わたし達は、この段に及んでも、北の核開発は、オバマ米大統領が悪い、中国やロシア・旧ソ連が甘やかしてきたからだと、専ら他国の所為にして、わが国の姿勢を反省しようとはしていません。

 

 国を守ること、国防、防衛、安全保障は、自らが自らを守る姿勢を明確にすることが基本であり、同盟や支援はそれに加勢、助成することに過ぎません。しかしながら、何と、わが国は、自らを守るどころか、永年にわたり、敵対する北朝鮮にものすごく手厚い援助を施してきているのです。それらが直接的、間接的に「北の核開発の資金」になったことは間違いなく、そのことを深刻な問題として認識していないのが大きな問題ではないでいでしょうか。

 

 北朝鮮への手厚い援助は、全政党、主として自民党が継続してきていることは紛れもない事実ですが、どういうわけかマスコミは真相をほとんど報道していません。わが国の暗い闇のひとつと言うべきかも知れません。北朝鮮問題への素朴な疑問点を挙げてみますから、今一度、皆さんもお考えください。

 

 現在、北朝鮮のスパイ活動は下火になっていると思われがちですが、決してそうではないことに留意が必要でしょう。情報収集、謀略工作はもとより、核・ミサイルなどの大量破壊兵器や先端兵器のための技術や部品を盗みだすこと工作員の重要な任務であることは疑えません。輸入ルートは、民生として合法的に、香港マカオなど第3国経由で、秋葉原などで購入し密輸、不審船に積み込み密輸、などが考えられます。
今の今まで、ほとんど野放し状態ではないでしょうか。…これらを厳重に取り締まらないことは、即ち北の核開発を間接的に支援していることを意味しています。

 

 かつて、朝銀(朝銀信用組合)に対して、何と13,600億円もの公的資金(日本国の税金)が救済資金として投入されたことを思いだしてください。平成9(1997)「朝銀大阪」が破綻、平成11(1999)全国的に朝銀関係が破綻、そして平成12(2000)新生の「朝銀近畿」も破綻するという異常な事態で、朝銀関係の救済に13,600億円もの莫大な税金が当てられたのです。

 

  しかし、朝銀は独立した金融機関ではなく、工作機関でもある「朝鮮総連」が人事権を握る下部機関です。従って、よくよく考えてみれば、このうちの何割かの膨大な資金が金正日委員長のミサイル・核の開発資金になったことは間違いありません。

 

  今も、なぜこのような不明朗な資金救済をしたのか、また、どこにどう流れていったのかは暗~い闇のままです(何故なのかマスメディアも一切詳細を報じません)…救済の先鞭をつけたのは古いタイプの元自民党大物政治家N氏と言われていますが、わが日本を爆撃する核・ミサイルの開発に日本の税金を差し上げる行為は、戯画そのもの、これこそ売国行為といわれても言い返せないのではないでしょうか。

 

  かつての朝銀の本国への送金が、今、ミサイルと核兵器になって、日本国民の生命と財産を脅かしていることを、自民党政治家、野党政治家、および国民も深刻な問題として認識しなければなりません。

 

  一時の心地よい宥和と施し、誤った謝罪と利権、公よりも私、こんな政治家はまっぴらごめんであり、政治家は愛国心あっての政治家であり、真の愛国心を発揮してほしいものです。

 

 10年前を思いだしてみてください。東京都千代田区にある朝鮮総連本部(北朝鮮の拠点)が競売に付され、総連本部は新住所に移転しなければならず、そうなっているとばかり思っていたはずです。

 

  ところが、元公安調査庁長官・緒方重威氏や元日弁連会長・土屋公献氏の暗躍などにより、紆余曲折を経て、今も元のビルに泰然と居残っているという、実に摩訶不思議な現象が生じています。

 

  日弁連会長公安調査庁長官が北朝鮮の協力者とは、わが国はどうなっているのでしょうか。国家を支える枢要な人物が、破壊活動防止法の適用さえ考えられている北朝鮮に与するとは、何かあったと思わざるを得ません。

 

  このように北朝鮮を優遇、支援することが、ひいては北の核・ミサイルの開発に力を貸していることに留意すべきではないでしょうか。
 

 ④都道府県が各種学校として認可している朝鮮学校に対して、以前はかなりの自治体が「朝鮮学校補助金」を支出していました。ミサイルや核、そして教育内容(独裁擁護・反日)に鑑みて、日本国民の世論の支出批判もあり、今日ではかなり少なくなってきていますが、それでも、北海道・群馬県・長野県・静岡県・愛知県・兵庫県・神戸市・福岡県などが、平成29年度(2017)も支給中です。

 

  過去に支給していた自治体も、中止・見合わせ・見送りをしたところが多く、核・ミサイルで度重なる脅迫を受けても、補助金を支給する感覚と思想はわたし達の理解をはるかに超えます。

 

 あの北朝鮮が1兆円もの軍事予算をかけて核・ミサイルの開発を継続できる背景には、わが国の巨大産業であるパチンコ業界からの資金援助があると言われていますが、パチンコ業界の深い闇をあばこうとする政治家、官僚、警察、マスメディアはいません。不思議ですね。どうしてなのでしょう。

 

 最後に。北朝鮮の拉致犯を放免せよと署名活動し、北の拉致容疑者親族の団体に6,250万円も献金する政治家が、史上最悪の首相とよばれながら日本国の総理を務めた異様さに、あらためて愕然とする思いです。

 

  政治家ならば、北に拉致された日本人を今すぐ返せと熱く叫び、その実行を具体化していくのが使命ではないでしょうか。(この点では安倍首相も無策にして成果上げ得ず)

 

 それにしても、北朝鮮、あるいは朝鮮半島にまつわる不透明極まりない現象がいろいろあり過ぎます。ここにおいて、北のミサイルや核の開発を促進させたのは、まさしく「日本」なんだということをあらためて認識し、国家意識の乏しい政治家・マスメディア・文化人・学者・経営者などを厳しく批判し、日本の防衛に真剣な思いをめぐらすべきだと考えます。

 

 今、日本を守る“強い意志”“勇気”が求められています。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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