2017年8月18日 (金)

「酒蔵めぐり」①…蔵元・藤居本家!

 599回目のブログです

 

 “淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ”
 
                柿本人麻呂(歌聖・万葉集)

 

 琵琶湖(近江の湖)の夕暮れ時に波の上で群れて飛んでいる千鳥よ、お前が鳴くと、心もしんみりとして、昔のことが思い出されるよ…。

 

 万葉集でも秀逸な歌にあげられる人麻呂の近江の湖を詠ったリズミカルな調べ、…思わず声に出して読みたくなります。

 

 古より、琵琶湖は近江の海と呼ばれ、その美しき景色や豊かな風物を、歌聖・人麻呂や俳聖・芭蕉など、多くの歌人、俳人が歌や俳句にしてきました。

 

 豊かさと言えば、何はともあれ、近江米、そして近江牛。近江の真ん中には日本最大の水瓶である琵琶湖が鎮座しており、鈴鹿山系がもたらす清らかで美味しい水にめぐまれた穀倉地帯や勤勉で仕事熱心な民俗が豊かさの背景にあることは間違いないでしょう。

 

 いままで、近江、琵琶湖周辺と言えば、蒲生氏郷の日野市(日野祭り)、近江八幡市、近江神社(天智天皇)、多賀大社の名所旧跡を訪ねたことがあります。

 

 今回は、生まれて初めて、本格的な酒蔵めぐりに参加しました。総人数は6名、田舎の高校OB連中ですので気の置けない人達ばかりです。

 

 大阪茨木駅 ⇒ 京都駅 ⇒ JR稲枝駅(集合) (送迎バス) ⇒ 蔵元・藤居本家 ⇒ (送迎バス) ⇒JR稲枝駅(解散) ⇒大阪茨木駅

 

 【蔵元・藤居本家】は、滋賀県愛知郡愛荘町にあり、JR琵琶湖線稲枝駅からバスで10分です。創業は天保2年(1831)ですから180年を超える老舗。現在、七代目の蔵元が引き継いでいます。

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 8月13日、日曜日、お盆の最中ではありましたが『旭日縁日』という催しが行われ、試飲(無料と有料)利き酒コンテスト、酒蔵見学、バンド演奏、庭園での飲食歓談、など楽しいイベントが盛りだくさんありました。

 滋賀県には何と50の酒蔵があり、これは滋賀県が豊かな近江米の産地でもあることを示しています。それにしても、こんなに多くの酒蔵があるとは想像外です。

 藤居本家のお酒は、大吟醸・吟醸・純米など、お米の銘柄は、滋賀渡船六号・志賀短稈渡船・山田錦・吟吹雪・玉栄、銘柄は「旭日」「渡船」「稲力」「山田錦」など多彩さを誇っています。

 

 「旭日」という力強い銘柄があるので、それなりの蔵元だと思っていましたが、想像通り、宮中で行われる新嘗祭(にいなめさい)の御神酒(白酒)を献上する栄誉ある酒蔵であることを知りました。(新嘗祭は宮中祭祀のひとつ。1123日に、天皇陛下が五穀の新穀を天神地祇に勧められ、また、自らもこれを食されて、その年の収穫に感謝される大祭)

 

 やはり、歴史のあるものは風格があります。藤居本家の建物を概観しても、樹齢700年のけやき丸柱や梁が縦横にめぐらされ、そのスケールの大きさにため息あるのみ。天井も極め付きの高さを誇り、見る目を圧倒させ、NHK朝の連続テレビ小説「甘辛しゃん」のロケに使われたというのも納得します。
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 試飲は500円でグラスを受け取り各種銘柄のお酒を飲み放題。とは言っても、味わいながら飲んでいくと、ついつい欲が出て有料の最高級のお酒を飲んでみたくなります。しかし、それも超安価、たったの300/1杯、申し訳ないお値段です。

 

 利き酒コンテストは、5銘柄のお酒を利き酒して、対面にあるお酒の番号と合すものですが、正解者は数人あるのみ、わたし達はみごとに全員ハズレ。残念。

 

 『酒蔵見学』は当主(7代目・藤居鐡也氏)みずから案内していただきました。

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 前もって幹事から注意事項の申し渡し。酒蔵見学の時は、前日から
  納豆を食べないこと、強い匂いの香水も禁止。とのことですが、
  初めての経験であり、納得しました。おそらく命よりも大切な
  麹菌に悪さをするのでしょう。幹事に感謝。
 

 酒造りの場所は、試飲販売コーナーとは別棟の酒蔵。11月から3月までが仕込み。最初のところで全員お水を飲みましたが、非常に口当たりが柔らかく美味しい水でした。当主にどこからの水ですかと質問しましたら、鈴鹿山系を源とする100年の伏流水とのこと、道理で美味しいはずです。

 

 稲穂が展示してあり、近年復活した酒米「渡船」の穂に触らせていただきました。長さ160cmあり、通常の食用米よりもはるかに高いため栽培も難しく、農家の熱のこもった努力により復活したとのことです。

 

 酒蔵は夏にも、冬にも適温を保てるように建物に色々な工夫が凝らしてあるようで、真夏であるにもかかわらず、わたし達も結構涼しく感じました。

 

 さいごに話された当主の言葉が特に耳に残りました。

 

「優れた文化を持つ地には麗しい酒が育つと言います。近江には、自然の恵みに育まれた文化と歴史と伝統があります。」

 

「世界で、国の名前で呼ばれるお酒は“日本酒”のみです。春夏秋冬、ぜひとも日本酒を味わってほしい。」

 

 素晴らしい酒蔵の案内でした。それにしても、世界で国の名前で呼ばれるお酒は“日本酒”だけだということは全く知らず、お酒大好きながら、無知を晒してきたと恥じています。これからは、じっくりと“日本酒”を味わいたいと思う心境になった今回の酒蔵めぐりでした。

 

 酒蔵見学のあと、2時間ぐらい広大な中庭でお酒を嗜みながら会話を楽しみ、帰路へと向かいました。
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充実した一日であり、天の神、地の神、お酒の神に感謝。

 

 みなさんにも酒蔵めぐりをお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年8月11日 (金)

「太陽光発電」の功と罪!

 598回目のブログです

 

 “槍が岳 そのいただきの 岩にすがり 天の真中に 立ちたり我は”
 
          窪田空穂
(明治10年~昭和42年・国文学者)

 

 詞書きに「槍が岳の絶頂に立つと、我らは世界の荘厳さを身に近く感じられるのに対してただ眼を見張り、息を呑むのみであった」とあり、北アルプスに聳える3,180mの槍ヶ岳に立った時の感動の高さを「天」の真中と表現しているところに、この短歌が秀歌と言われるゆえんかも知れません。

 

 登山家(アルピニスト)と言えば、まず野口健氏が頭に浮かびます。野口さんは、7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成、富士山の清掃登山、戦没者遺骨収集、地球温暖化問題など、幅広いジャンルで活躍されていますが、その清々しい魂の行動に対し、深く敬意を表したいと思います。

 

 その野口健氏が、7/27産経新聞【直球&曲球】において『八ケ岳のいたるところにソーラーパネルが…自然を破壊してまで必要か、再生可能エネルギー』というコラムを書いています。一部を抜粋しましょう。

 

 八ケ岳。苔の森から岩の稜線まで実にさまざまな表情をもっている。山麓の田園風景は雄大で美しい。しかし、最近、気がつくと至る所に敷き詰められているソーラーパネル。いつも通っていた牧草地もソーラーパネルで埋まっていた。

 

 再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT/ Feed-in Tariff)導入後稼働した設備の約9割が太陽光発電

 

 驚かされたのが伊豆高原メガソーラーパーク発電計画だ。大室山近くの山腹の森林を大伐採しソーラーパネルを12万枚並べるという。敷地面積は約105ヘクタール。東京ドーム20個分である。

 

 山を削り日本各地で森林伐採し、美しい景観を壊してまでメガソーラーは本当に必要なのだろうか

 

 再生エネルギーの9割を占める太陽光発電について、その功罪、特に罪過について考えてみたいと思います。

 

 再エネ固定価格買取制度は一種のカルテル。東京電力福島第1原発事故を受けて、再生エネルギーの普及を促そうと、あの菅首相の時政治決定、平成24(2012)に運用開始したものです。

 

 平成29(2017)3月、電力中央研究所は「固定価格買取制度(FIT)による買取総額・賦課金総額の見通し(2017)を発表。

 

           2030年)     2050年)
   累積買取総額   59兆円   94兆円
   累積賦課金額   44兆円   69兆円

 

               (2016)   (2030)
   単年度買取総額  2.3兆円  4.7兆円
   単年度賦課金額  1.8兆円  3.6兆円

 

 何と、2050年には累積買取総額94兆円。もう少しで100兆円に届かんとする数字であり、累積賦課金額も69兆円という途方もない金額が推定されています。

 

 また、買取金も、賦課金も、2030年には、昨年(2016)実績のほぼ倍の数字となるようで驚きを隠せません。

 

 この制度での買取価格は、火力発電や原子力発電より高く、その分は電気料金に「再生可能エネルギー発電促進賦課金」という名で上乗せされています。買い取り総額が膨張すれば、国民の実質負担分(賦課金)の増大につながることになり、大きな問題と言えるでしょう。

 

 泥縄式に、政治的・政略的・政商的にすすめてきた再生エネルギーの有り方について、長期見通しで示された国民負担の枠内に抑えるのか、上まわっても良いとするのか、早期に結論を出す時が来たのではないでしょうか。

 

 この問題については、ドイツ在住の川口マーン恵美女史の貴重な情報と論稿をもとに、再エネ先進国ドイツの実態を参考にしたいと思います。

 

 『ドイツの高価なエネルギー迷路何十億ユーロもの助成金を得たドイツの“グリーン”電気は、環境保護にとっては実質効果ゼロで、電気代を危険なまでに高騰させる。」デュッセルドルフ大学教授/ドイツ独占委員会元委員長/ユスティス・ハウカップ氏・大手紙「フランクフルター・アルゲマイネ」論稿)

 

 ドイツの電気代は、EU平均の50%増。フランスの2倍である。

 

 ドイツが日本と違うところは、ほぼ2000社の大企業は、国際競争力の保持のためという名目で、賦課金の負担を免除、あるいは軽減されていることだ。だから、これら2000の企業は電気代の恩恵を被っており、調子がいい。

 

 しかし、賦課金免除の利益に与れない中小企業は不公平感を強めている。国外脱出も始まっていると言われる。

 

 今年の1月、連邦会計検査院も、ドイツ政府のエネルギー政策の不備を厳しく指摘した。

 

 要するに、ドイツの「エネルギー転換」が大失敗であり、実は環境のためにもなっていなかったことが明かになったことを示しています。

 

 ドイツがエネルギー転換を早急に見直そうとしている今、わが国は、ドイツのケツを追い回すのではなく、先回りする決断が肝要ではないでしょうか。このまま行けば、国民負担は激増するばかり、国民経済にとって大きなマイナスであり、国力を低下させるのみです。

 

 そもそも、採算を度外視して固定価格で例外なく買い取るというのは計画経済の仕組みであり、歪んだ経済システムであることを認識しなければなりません。

 

 野口健さんが指摘するように、大規模太陽光発電の開発に伴う山林伐採や災害時の太陽光パネルの大規模な破損事故など、景観や防災への影響を考慮した厳しい法規制を早急にすすめるべきではないでしょうか。

 

 また、大規模太陽光発電を手掛ける外国企業(中国・ドイツ)に国民の負担金(賦課金)、すなわち実質的な我々の税金が流れることに違和感を覚えます。これも再検討すべき点です。

 

 さいごに、川口マーン恵美女史の提言を記します。

  『一歩先を行くドイツの改革を参考に、日本も適正な再エネ発電量を見極め、一刻も早く制度改革を実施したほうがよい。それが、国民にとっても、国家経済にとっても、エネルギー安全保障にとっても、何よりも大切だと思う。』

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年8月 4日 (金)

「北朝鮮ICBM発射」… 平和ぼけ日本はどうする!

 597回目のブログです

 

  “馬は足 扇はかな目 船は舵 人は心を 用いこそすれ”
 
           細川幽斎(戦国~江戸/武将)

 

 皆それぞれ大切なものがあり、それが無ければ値打ちがなくなるもの。馬に例えれば足であり、扇に置いては要(かなめ)、舟で言えば舵がなければ何の用もたさない。人も全く同じであり真心がなければ人として生きてはいけないのだ…。

 

 細川幽斎は熊本細川藩の祖。戦国から江戸初期を駆け抜けた武将に相応しい道歌です。政治や社会が混乱する時、最後に頼りとするのは「真心」だと喝破しているところに、当時の最高の教養人の心意気を読むことができます。

 

 現代に戻って、わが国の実態を眺めてみますと、何となく、張り詰めた雰囲気が感じられず、微温的、ぬるま湯的、無感動、無感応、すなわち、緊張感のない空気に覆われているような気がしてなりません。

 

 森友(学園・財務省・大阪府・首相) 問題、加計(学園・文科省・獣医師会・今治市・首相)問題、豊洲(小池知事・科学)問題、いずれも的外れな議論の応酬ばかりであり、本質的な問題点を掘り下げることはできていません。要するに、200%、政争に利用しただけ、利用されただけの話です。

 

 喧しいこの議論の過程において、細川幽斎の言う「真心」が一瞬でも垣間見えたことがあるでしょうか。その心を有しない政治家とメディアが手に手を取り合い、政治劇場において、延々とパフォーマンス劇を演じ、国民を楽しませようとしたのが真実というものだと思います。

 

 しかし、世界は、近隣は、とんでもない『時』を迎えていることに注目しなければなりません。もう「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿では対処できないことは自明ではないでしょうか。

 

  北朝鮮、ICBM発射 飛行時間・高度は最高に

 

  日本政府は29日未明、北朝鮮が28日午後1142分ごろ弾道ミサイルを発射し、日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したとみられると発表した。ミサイルの飛行時間、高度はともに過去最高。日米両政府は大陸間弾道ミサイル(ICBM)だとの見解を示した。北朝鮮の朝鮮中央通信は、ICBM「火星14」の2回目の試験発射に成功したと伝えた。

            (2017/7/29 日経新聞一部抜粋)

 

 ICBM(intercontinental ballistic missile/大陸間弾道弾)は、射程が5,500km以上の弾道ミサイルと定義されますが、米国国防省は、今回の北朝鮮の発射したミサイルについてアメリカ本土を攻撃できる大陸間弾道弾と断定しました。

 

 北朝鮮は、今後ICBMの更なる精度を上げることに注力するとともに、念願の本格的な核実験を繰り返し、名実ともに、有力な核保有国としてその存在感を高めるに違いありません。

 

 ここまで北朝鮮をのさばらせたのは、中・露・韓の支援と米国の優柔不断的宥和政策にあったと言わざるを得ません。アメリカも苦慮していると思われますが、アメリカ在住のジャーナリスト・古森義久氏は著名な米国外交評論家・クラウトハマー氏の意見を紹介しています。(2017/1/11JBプレス)

 

 【北朝鮮の核武装を阻止する5つの措置】
   ①ミサイル打ち上げ施設に先制攻撃をかける
 
  ②北朝鮮の実験用ICBMを撃墜する
 
  ③米軍の戦術核兵器を韓国に再配備する
 
  ④中国が北朝鮮に経済的圧力をかける
 
  ⑤日本の核武装を許容して中国を動かす
   
   (2017/1/5 ワシントン・ポスト)

 

 ①は戦争への可能性が高く韓国に打撃を与える。②は迎撃したとしても、反撃として戦争に踏み切る可能性がある。③は北との交渉材料にはなっても核開発を止めることはできない。④トランプ大統領は中国に対して貿易面で強い圧力をかけてはいるが、習近平主席はのらりくらり、北を追い詰めることはできそうにもない。⑤は中国にとって日本の核武装は最も忌避したいことであり、そうしないために、北に対して本格的な圧力をかけるに違いない。…と考えられます。

 

 米国にとって眼前に迫る深刻な危機に対する上記5つの政策はいずれも悩ましいことに違いなく、アメリカは、いよいよ、日本の核武装を許容することの議論に入らざるを得ない局面に至ったと認識しているように思えます。

 

 わたし達は、北朝鮮のICBM・核兵器の開発・実験、というよりも今や、実戦に向けた運用訓練に対して、どのように考えるべきかを記します。

 

 わが国は永く非核政策をとっており、国民の反核感情から判断すれば、現実的には核武装のオプションはなかなか難しいと考えられます。現在、憲法九条の部分的改正でさえ、困難を極めているのですから。それでも、一度は核武装を俎上に載せ「国民的な議論」をすべきではないでしょうか。その先鞭は、政治家とメディアが担うべきです。

 

 北朝鮮の先端的軍事力であるICBM、核兵器、生物兵器などについてのわが国の危機感がほとんど感じられないことに大きな危惧を覚えます。政府としても、国民と共に危機を認識するために、特別声明を発すべきだと考えます。

 

 マスメディアも深刻な懸念と危機感を持つべきです。それにもかかわらず、北朝鮮の主張を取り上げるのみ。たとえば、TBS系列情報ワイド番組(平日10:2513:55)は、年中、連日のように北朝鮮のことを取り上げますが、それも単に垂れ流し。宥和的迎合的な報道に終始しており、北朝鮮シンパが社内で力をもっているような雰囲気。まるで北朝鮮のプロパガンダかと思えるほどです。

 

  戦前、ソ連コミンテルンのスパイだった朝日新聞記者の尾崎秀実が、裏から、反日姿勢、日本攪乱の先頭に立ったのと同じような雰囲気が、TBS東京放送にもあるのではないかと考えてしまいます。

 

  メディアは、もっと「日本の立場」にたって、北朝鮮に怒りの声をあげるべきです。そして、わが国の生存のために取るべき政策を論じる場を設けなければ、どこに、ジャーナリズムとしての存在価値があると言えるでしょうか。

 

 わたし達日本国民は「日米安全保障条約」によって永年の“いわゆる平和”を保ってきました。ほとんど全てを米国に頼りながら。しかし、次の米国要人の発言をお読みください。

 

  北朝鮮「ICBM保有で日米同盟弱まる」米WSJ編集長

 

  米紙ウォールストリート・ジャーナルのジェラルド・ベーカー編集局長は、北朝鮮がICBMを保有した場合「サンフランシスコが核兵器で壊滅させられるかもしれないのに、米国が日本や韓国を防衛する見込みはまずない。同盟の力は弱まり、日韓は非常に脆弱になる」と懸念を示した。さらに「この半年間で、米国が北朝鮮に先制攻撃をする可能性は高まった」とも語った。
         (2017/5/22 朝日新聞デジタル一部抜粋)

 

  「北のICBMの登場により、日米安保の存在価値が大幅に低減する」とのアメリカの政権中枢に近い要人の発言にとてつもない緊張を覚えます。今一度、日米安全保障条約について、真剣に考える時が来たのではないでしょうか。

 

 平和ぼけ日本!

 

 北朝鮮のICBMが、わが国民に突き付けてきたことの意味するものは、わたし達が、過去の歴史に学び、感応力、感受性をとり戻し、真剣に日本の安全保障、日本の防衛を考えなければならないことではないでしょうか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月28日 (金)

「中共・中国=ナチス・ドイツ」…劉暁波氏死去で英BBC論評!

 596回目のブログです

 

   “戦いを交えるに当たっては、
 
   その唯一の目的が、
 
   平和にあることを忘れてはならない”
 
        (シェイクスピア)

 

 梅雨も明け、暑さもますます厳しくなっていますが、それに加えて世の中を暑苦しくしているのは、政争そのものと言ってよい「加計学園獣医学部新設問題」をめぐる与野党の喧騒です。議論を聞いても、まことに枝葉末節のことばかりで、本質的なことについて全く議論していないことが問題ではないでしょうか。

 

 そもそもの根本的な問題は、文科省が永年に亘って、獣医学部新設の申請書を受け取り拒否していたことであり、その理由が「既得利権」の保持にあったということに過ぎません。それに加えて、青少年の教育に真剣に取り組まねばならない文部科学省事務次官が、連日の如く夜な夜な怪しげなところに足を運んでいたという驚愕の事実。人は言動で判断されます。実質的に「教育」行政のトップである次官の「動」に信用がまったく置けないとすれば、その「言」にも全く信を置けないのは、理の当然と言わざるを得ません。

 

 毎日のように、テレビ、新聞、雑誌などで加計学園問題を騒ぎまくっていますが、もういい加減にして、わが国を取りまく厳しい環境への対応策を真摯に議論してもらいたいものです。

 

 地方行政の最高位にある東京都政についても同じことが言えるでしょう。小池都知事は、721日豊洲市場の無害化を撤回し、来年の春~秋には開場したいと述べましたが、それも、シラッと。これまでの豊洲・築地の大騒ぎ、豊洲移転のちゃぶ台をひっくり返したのは小池都知事その人。都議会議員選挙の勝利を目指し「小池劇場」を大仰に演出するために、豊洲をそのツールに利用しただけに過ぎないことがこれで明白になりました。

 

 もう、いいかげんに嘘の2乗・3乗である「劇場政治」「熱狂政治」「情緒政治」「パフォーマンス政治」「パンとサーカス型政治」は止めにしませんか。

 

 そんなことよりも、もっと重大なことに目を向けましょう。

 

 ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏が死去 批判に中国反発

 

  中国政府を批判し有罪となり、服役中にノーベル平和賞を受賞した作家で人権活動家の劉暁波氏が13日、肝臓がんのため中国遼寧省瀋陽の病院で亡くなった。61歳だった。国外での治療を認めなかった中国政府に対して、国際的な批判が高まっているが、中国政府はこれに反発している。
      (2017/07/14 BBC<
英国放送協会>一部抜粋)

 

 劉暁波氏は1955(昭和30)吉林省生まれ。1988年北京師範大学博士号取得。ノルウエーのオスロ大学、アメリカのハワイ大学、コロンビア大学で中国文学・中国哲学・中国現代政治を教える。

 

 1986年末、天安門事件の3年前「民主化運動」が全国に広がる。これを胡耀邦総書記は容認するも、19894月急死。中国の民主化を支持した総書記・胡耀邦さんの追悼集会が天安門広場で催され、その数が何と10万人を超える事態となってきました。

 

 これに恐怖を覚えた鄧小平は「民主化運動」の弾圧と鎮圧に乗り出す。この動きに対し、劉暁波氏は素早く反応し、1989427日帰国し、民主化運動の指導的役割を担いました。

 

 1989517日、民主化のシンボル・ゴルバチョフが中国を訪問した際の天安門広場に100万人、中国全土で1000万人が民主化デモに参加。いよいよ、520日、北京に戒厳令が発令。天安門広場に戦車や装甲車が突入、凄まじい弾圧、殺戮が加えられ、数千人が死亡、数万人が負傷したと言われています。わたし達は、戦車の進路の前に立ちはだかる勇敢な市民の動画や写真で、その緊迫した雰囲気を感ずることができます。

 

 劉暁波氏は、198966日の投獄から2017713日の死亡までに、何回も「反革命罪」「国家政権転覆扇動罪」で、投獄、釈放を繰り返しています。

 

 2008年、釈放時に、民主化を求めて零八憲章』を起草、仲間の有識者と一緒にインターネットで発表しました。(例によってサイトは当局によって即座に閉鎖)憲章の主な項目は次の通りです。

 

  ・憲法改正    ・立法と民主化(直接選挙)
・三権分立    ・公民教育

・司法の独立   ・財産保護
・人権保障    ・税制改革
・公職選挙    ・社会保障
・結社の自由   ・環境保護
・集会の自由   ・連邦共和制度(香港・マカオの自由)
・言論の自由   ・正義(名誉回復
)
・宗教の自由   ・公器公用(人民解放軍を党から国軍に
)
         ・都市と地方の平等

 

 201010月、劉暁波氏は、不屈の姿勢での民主化・人権促進への貢献でノーベル平和賞を受賞しました。しかし、彼は死の直前まで獄中にいたのです。中華人民共和国は劉暁波氏に対して徹底して弾圧しました。

 

 それについて、BBCはナチス・ドイツと対比しています。

 

 カール・フォン・オシエツキーを知らない人もいるだろうが、中国政府にとっては特に居心地の悪い比較対象だ。フォン・オシエツキーは1935年、ナチス・ドイツの強制収容所にいながらにしてノーベル平和賞を受賞した平和主義者だった。アドルフ・ヒトラーは、家族が代理人として授賞式に出席するのを許さなかった

 

 劉氏はノーベル平和賞に選ばれた時、国家政権転覆扇動の罪で服役中だった。中国政府は、妻が代理として式典に出席することを認めず、それどころか妻・劉霞氏を自宅軟禁にした。オスロで開かれた2010年の平和賞授賞式で、劉氏の代わりに壇上に上がったのは、空の椅子だった。そしてそれを機に、21世紀の中国と1930年代のドイツが比較されるようになったのだ。

 

 厳しい検閲という点でも、劉氏とフォン・オシエツキー氏の状況は似通っている。ナチス・ドイツは1935年の平和賞受賞について、国内での言及を一切禁止した。劉氏の受賞に対する中国の姿勢も同じだ。中国政府はしばらく「空の椅子」という単語での検索をも禁じたほどだ。中国国内では徹底した検閲体制のために国民はほとんど何も知らされていなかった。自分たちの国で、ノーベル平和賞受賞者が死につつあったというのに。

 

  劉氏の投獄から死亡に至るまで、政府は彼の記憶を消し去ろうと一生懸命だった。家族や友人たちがなかなか面会できないように、自宅から約600キロ離れた刑務所に収容した。妻の劉霞さんが置かれた自宅軟禁はあまりにも抑圧的で、彼女は次第に体と健康を害されていった。

 

  ノルウェーに対する中国の懲罰行動は苛烈で、今やノルウェー政府は中国の人権状況や劉氏のノーベル賞について言及を避けるほどだ。

 

 BBCの報道をみると、ノーベル平和賞受賞者への対処に関しては、ナチス・ドイツと中共・中国とはまったく同一であり、同じメンタリティにあると言わざるを得ません。

 

 中国(中華人民共和国)では、劉暁波さんのことは、報道規制のためにほとんど知られていないと言われています。酷い国ですが、かの国を持ち上げるわが国大半のメディアも酷いメディアであり、異常、異様だとも言えるでしょう。

 

 「習近平」は、癌に侵された劉暁波氏を外国で治療させることを禁じたり、劉暁波氏の遺骨を夫人の意向などは完全無視して散骨を命じたり、まさに、人権無視、人道から乖離、人倫の道を外れたナチスと瓜ふたつと言われても反論できますまい。

 しかし、世界の指導者も情けない。安倍首相(日本)・トランプ大統領(アメリカ)・メイ首相(イギリス)・マクロン大統領(フランス)・メルケル首相(ドイツ)…、だ~れも、誰も、中国の習近平主席を批判していないのですから。彼らは、わが国の安倍首相を含めて「人権」「人道」「人倫」を語る資格はありません。

 

 そして、ついでに。いつも人権、人権という言葉を口の端に上らせる日本弁護士連合会も同罪。こんな時、中国共産党政府に一遍の抗議も声明も出していないのですから、まったく「ご都合主義人権屋」と言わざるを得ません。

 

 出るはため息ばかりなり。もう少し何とかしたいものです。

 

 それにしても、BBC(英国放送協会/British Broadcasting Corporation/イギリスの公共放送)の勇気ある報道と論評には大いなる敬意を表したいと思います。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月21日 (金)

“拉致コンサート”…凛然たる五嶋龍氏・臆病な大学人!

 595回目のブログです

 

   “ふと思ふ
 
   ふるさとにいて 日毎聴きし 雀の鳴くを
 
   三年聴かざり”
 
      石川啄木(歌集「一握の砂」)

 

 ふと思う。自然豊かな故郷にいた頃には、毎日のように雀の鳴き声を耳にしていたが、故郷を遠く離れてからもう三年、雀の鳴き声を耳にしていない…。

 

 石川啄木の望郷の念がしみじみと表れている人口に膾炙した有名な和歌です。啄木が故郷を離れてから3年経っただけでこんな切ない思いを懐いているのは、それが人間として、日本人としての自然な感情だからと言えるでしょう。

 

 「ふるさと」は遠きにあればあるほど、また、年月が経てば経つほど、望郷の思いは強くなるものです。まだ3年間かと見るか、もう3年もと見るか、東北に育った啄木は、3年でも永い時間のように感じたのではないでしょうか。

 

 ひるがえって今日、思いを馳せねばならないのは、北朝鮮に拉致された方々の身の上です。横田めぐみさん(当時13歳)が新潟で拉致されたのが昭和52年(1977)、今年で何と40年…40年間、故郷の街と自然に触れることなく北朝鮮にとどめ置かれたまま、軟禁状態にあるのは、悲惨な悲劇であり、めぐみさんの心は如何ばかりかと思わざるを得ません。

 

 拉致は、主権侵害であり、人権蹂躙でもあります。拉致被害者の一刻も早い帰国こそ、最優先されねばなりませんが、政府は、この13年間、手をこまねいたまま、何らの実績も残していないのです。

 

 それに加えて、国民の関心も、薄れに薄れていっているのは間違いなく、次の新聞ニュースをご覧ください。

 

 拉致問題 薄れる関心…バイオリニストの五嶋龍氏が啓発訴え

  大学生とコンサート「政治色強い」「怖い」と二の足の大学も

 

  世界的に活躍するバイオリニストの五嶋龍氏(29)が大学の交響楽団と8~9月に全国4カ所で、チャリティーコンサート『プロジェクトR 拉致被害者を忘れない』を開く。拉致問題への若い世代の意識を高め、風化させないことを目指した企画だが、多くの大学が「政治色が強い」として共演を見合わせたという。小泉純一郎元首相の訪朝から15年たち、世論の拉致問題への関心は残念ながら薄れつつある。
          (2017.7.14 産経ニュース一部抜粋)

 

 五嶋龍氏は世界的なバイオリニスト、ハーバード大学物理学科卒業の英才。大学の楽団との共演は五嶋氏の発案です。
     プロジェクトの『R』 …「拉致」
 
                 「リメンバー」
 
                 「龍」

 

 米国生まれの五嶋龍氏は、横田めぐみさんの話をするときは拉致被害者の家族を思い涙を流す母(節さん)の姿を見て育ちました。

 

 五嶋氏は「昨年、川崎市でめぐみさんの母、早紀江さんにお会いし、話を伺い、怒りを感じました。親子が互いの生死さえわからぬ地獄に、置かれ続けている。それが時間にもみ消され、忘れられようとしている。こんな不公平で不正義なことがあるのか。ナンセンスだと思った」「僕はあなたの気持ちの5%10%も分からないかもしれない。だけどは感じる。だから、動きます」と早紀江さんに伝えたそうです。(6/1産経ニュース)

 

 早速の具体的行動がチャリティコンサート。素晴らしき精神と行動力に敬意を払います。まさに、五嶋龍氏は真の日本人と言わねばなりません。あらためて頭をガツンと叩かれた気持ちです。

 

  ところで、大学の反応はどうだったでしょうか。
  五嶋氏のフェイスブックで呼びかけに40校が関心を示す
  打合せに18校が集まる
  最終的に4校との共演となる
     ・大阪大学 交響楽団
 
    ・関西学院大学 ∥
 
    ・宮城教育大学 ∥
 
    ・交響楽団はやぶさ(全国医療系大学学生)

 

 コンサートの目的が拉致問題の啓発だと知ると「政治色が強い」「怖い」との理由で、ほとんどの大学が手を引いたそうです。決まった後でもOBが「拉致問題に関わって大丈夫か」と懸念する声があるといいます。

 

 五嶋龍氏の勇気ある行動に較べ、大学人の臆病さは極まっていると言わざるを得ません。そもそも、北朝鮮の拉致は、人権侵害であり、主権侵害でもあります。人権と主権を主張しない人間が大学人とはあきれてモノが言えません。

 

 大学人は、何を学んできたのか。私利私欲ばかりではなく、公のために一肌脱ぐとか、力を貸すとか、支援するとか、エリートならば普通の日本人が考えることに一歩踏み込むべきではないでしょうか。

 

 どうも、わが国の大半を占めるリベラルやサヨクは、拉致は朝日友好(ちょうにち/アサヒではない/朝鮮と日本)に刺さったトゲであり、大きく騒ぐテーマではないと言います。このような考えは、わが国の思考が徐々に大陸化・半島化してきていることを示すものであり、人間性を失った人々が増えていることに繋がっています。

 

 その最たる組織が日本弁護士会ではないでしょうか。日本弁護士会は事あるごとに市民の人権を強調しますが、北の拉致に対しては、永い歴史のなかで、わずか1回(平成14<2002>会長談話)触れただけに過ぎません。

 

 朝鮮学校への補助金支給などでは何度も声明をだし、実質的に北朝鮮を支援しているにもかかわらず、拉致では1度だけとは。やはり、サヨク思想によるとしか考えられません。自由民主国家・日本よりも、共産主義、社会主義、全体主義、独裁主義の方に心が惹かれているのでしょう。

 

 こんな人たちに人権を語ってほしくありません。

 

 わたし達は、今一度、北朝鮮による拉致問題を真剣に考え直し、与野党すべての政治家に、解決への強い要請をすべきではないでしょうか。

 

 バイオリニスト・五嶋龍氏の気高い思想と凛然たる姿勢に対しあついエールをおくります。
 

あわせて、大阪大学・関西学院大学・宮城教育大学の各交響楽団および交響楽団はやぶさにも、非難と雑音と臆病をはねのけた勇気ある姿勢に対してあついエールをおくりたいと思います。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月14日 (金)

“緊急事態条項”…憲法改正白熱討論で考える!

 594回目のブログです

 

“奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと 人に知らせん”
 
      後鳥羽院(
新古今集・平安末期~鎌倉初期・第82代天皇

 奥山の草木の茂り合っている下も踏み分けて、本来、道のある世であると、天下の人に知らせよう…。

 

 正しい道が行われなくなった世の中を正し“道ある国家”(道義国家)が存することを天下の民にあまねく明らかにしたいものだとの強い御意思の歌、すなわち「ますらをぶり」の素晴らしき述志の御製ではないでしょうか。

 

 時代が乱れてくると、正しい道が何であるか、何が本質的な問題なのかということを遠くに置いたまま、些末で刹那的、パフォーマンス的な議論ばかりが横行しがちです。今日もまた、そのような時代になってきたと思わざるを得ません。

 

 そんなことをつらつら考えながら、つい先日、興味を引く討論会に参加してきました。

 

       兵庫県弁護士会憲法市民集会
 
   日本国憲法施行70周年全国アクションプログラム
 

     憲法改正で白熱討論!緊急事態条項」

 

   反対派:永井幸寿氏(弁護士・日弁連災害復興委元委員長)
   賛成派:奥村文男氏(大阪国際大学名誉教授・憲法学者)

 

 いよいよ憲法改正が具体的に検討されようとするタイミングでの反対、賛成の議論を盛り上げることは、それはそれで、大いに価値のあることであり、参加者が300名以上もあったことから、難しいテーマではありながら、関心を呼んだものだと思います。

 

 まず最初に、司会者が会場参加者に対して、注意事項として、会場からの発言・ブーイング・鳴り物・プラカード掲示などを厳禁する旨の発言があり、緊張した雰囲気を醸し出していました。

 

 そのこともあってか、司会者は、反対、賛成の両論者に対して、公平・フェアーな進行を心掛けており、その誠に見事な司会振りに感心しました。

 

 というのも、日本弁護士会は、安全保障関連法案(集団的自衛権など)、テロ等準備罪法案(共謀罪)、憲法改正など、政府与党の重要法案に対しては全て反対の立場を明確に表明しており、公平な司会進行が危ぶまれていたためです。

 

 しかし、その不安は杞憂に終わり、真摯な討論となりました。反対、賛成の両氏は、自らの心情を熱く、また分かりやすく語りかけましたので、わたし達参加者は両論の考え方、思想の違いをそれなりに認識できたように思えます。

 

 「緊急事態条項」とは、有事(戦争・武力衝突・内乱・テロ)や大規模自然災害発生の際、国民の生命・財産を守るために、国家が非常措置を取り得る権限を定めた条項を言います。

 

 それでは、両論の骨子を記しましょう。

 

 「緊急事態条項」反対派(永井弁護士)

 

 緊急事態条項を憲法に設ける必要はない。緊急事態は、現行の法律(災害対策基本法・原子力災害対策特別措置法など)のもとで、準備を怠りさえしなければよい。

 

 自然災害については、被害者に近い市町村が対応するのが効果的であり、国が主導権を持てば現場にそぐわず、国は後方支援に徹するだけでよい。

 

 国や政府は、国家緊急権を必ず濫用するようになるのだ。ナチスはワイマール憲法の国家緊急権を使い独裁権を取得したし、戦前の日本は緊急勅令や戒厳令という国家緊急権を濫用した。現在の日本は議員内閣制であり、国会の多数派が内閣を形成するので、国会ならびに裁判所は政府を抑制することはできない。政府が一旦権力を握れば、それは戻らない。

 

 災害をダシに憲法を変えてはいけない。憲法は人権を守るためにある。

 

 「緊急事態条項」賛成派(奥村名誉教授)

 

 国民の生命・財産等を有事、大規模自然災害等から守るという憲法の基本原則に則り、緊急事態条項を憲法に設けるべきである。

 

 緊急事態に対して個別の法律のみでの対処では不十分、不完全である。憲法に「緊急事態条項」を規定し「緊急事態基本法」で行政への権限付与、立法府による行政のチェック機能を定め「個別法」で具体的に対処するという三層が望ましい。

 

 緊急事態における人権の制約については、国際人権規約B-第4条や現憲法の公共の福祉により認められているが、緊急事態ではこれを明確にした方がよい。

 

 反対、賛成、どちらも分かりやすく説明していただきましたので、私の理解の範囲で、問題点を指摘したいと思います。

 

 まず、最初に、反対派の永い弁護士は国家、政府に対してものすごい不信感を持っているように感じられました。どんな非常事態であったとしても、政府が大きな権力を持てば、濫用につぐ濫用を重ね、やがてはナチスのような存在になるので、決して付与すべきではないと主張。

 

 政府が日本国民の代表者だという認識を持たず、逆に、政府(権力)は国民・人権の敵であるとの認識を持っているということは、何か、アナーキーなにおいも感じました。

 

  【アナーキズム】
無政府主義。一切の権威、特に国家の権威を否定して個人の
自由を重視し、その自由な個人の合意のみを基礎にする社会を
目指そうとする政治思想

 

 しかし、良く考えれば、わが国は、選挙を基本とした民主主義国家であり、政府権力は「敵」ではなく「代表者」ではないのでしょうか。何と言っても、政府は、わたし達国民が合法的な選挙によって選んだ議員がつくったものですから。

 

 また、反対派の永井弁護士は、日本国民・特に政府権力者に対して基本的に信頼を置いていませんが、日弁連が最も敬意を捧げる「日本国憲法」の「前文」には、

 

 「~日本国民は~平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
 
         われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 

と書かれており、諸外国に対しては絶大な信頼を寄せています。日本は全く信頼できず、諸外国は全面的に信頼する。これは、まさしく、自虐・反日の思想ではないでしょうか。

 

 賛成派の奥村名誉教授はさすがに憲法学者、綜合的に精緻な理論をすすめ、憲法を正常に戻したいとの熱い心に触れたように思います。

 

 それにしても、討論、対論はお互いを理解することに役立ちます。兵庫県弁護士会の見事な対応と両講師の論述姿勢に真摯な心を感じたところです。

 

 なかなか実り多い討論会でした。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月 7日 (金)

山の邊の道…その歌碑を鑑賞する②!              

 593回目のブログです

 

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   “大和は 國のまほろば
 
   たたなずく 青かき
 
   山ごもれる 大和し
 
   美し”
 
   (倭建命<
やまとたけるのみこと>・黛敏郎<音楽家>自筆譜面)

 先週は、川端康成筆の倭建命の歌を写真に掲げましたが、今週は、著名な音楽家・黛敏郎氏の同じ歌を写真に載せました。お二人とも独自の風格ある書であり、特に黛氏は音符入りのものであり、同じ飛鳥時代の歌に対しても、音楽家と小説家では感応の仕方に大いに差異があることが理解できます。

 それにしても、わが国の碩学と言われる方々は、例外なく、飛鳥、万葉の歴史と風土に心を奪われると言われていますから、山の辺の道には、歴史という経糸と風土という緯糸の絶妙な組み合わせによる美しき綾織の空気がそこはかとなく漂っているのではないかと思います。

 

 “わが衣 色にそめなむ うま酒 三室の山は もみぢしにけり”
 
       (柿本人麻呂・林房雄<
小説家/文藝批評家>筆)

 

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  “うまさけを 三輪のはふりが やまてらす
 
            あきのもみじば ちらまくをしも”
 
            (長屋王・堂本印象<
画家>筆)

 

  “葦原の しけしき小屋に 菅畳 いやさや敷きて  わが二人寝”
 
            (神武天皇・北岡寿逸<
経済学者>)

  “古の 人の植ゑけむ 杉か枝に 霞たなひく 春は来ぬらし”
 
       (柿本人麻呂・徳川宗敬<
林学者/政治家>) 

 “あしびき野 山川の瀬乃 響るなべに 弓月が嶽に 雲立ち渡る”
 
          (柿本人麻呂・鹿児島寿蔵<
人形作家>筆)

 

 “ぬはたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも 嵐かも疾き”
 
         (柿本人麻呂・武者小路実篤<
小説家>筆)

 

 “天雲に 近く光りて 鳴る神の 見れば恐し 見ねば悲しも”
 
          (詠み人知らず・会津八一<
歌人>筆)

 

 “(長歌) 

   うま酒 三輪の山
 
  あをによし 奈良の山の
 
  山の間に いかくるまで
 
  道のくま いさかるまでに
 
  つばらにも 見つつ行かむを
 
  しばしばも みさけむ山を
 
  心なく 雲の
 
  かくさふべしや
 
  (反歌)
 
  三輪山を
 
  しかもかくすか
 
  雲だにも
 
  心あらなむ
 
  かくさふべし也”
 
  (額田王・中河与一<
小説家>筆)

 

 “衾道を 引手の山に 妹を置きて 山路を行けば 生けりともなし”
 
             (柿本人麻呂・犬養孝<
万葉学者>筆)

 

 まだまだいろんな歌がありますが「柿本人麻呂」の歌を選んだ碩学の方が多いことに気づきます。人麻呂は、長歌19首、短歌75首が集録されているのですから、万葉集第一の歌人といわれるのも肯けます。

 

 調べも格調が高く、賛歌、挽歌、恋歌などに加えて、先週のブログで紹介した「敷島の 大和の国は 言霊の 幸はふ国ぞ まさきくありこそ」という言霊の歌も詠んでいます。

 

 それにしても、万葉の時代の空気を、万葉集によって胸の奥まで吸い込むことの幸せと、山の辺の道を散策することによってさらに濃密な時間を持てることの喜びは、わが国の永くて豊かな歴史と、連綿とした民族の絆感覚があったればこそとの思いをしないわけにはいきません。

 

 そう考えれば、平成の御代を生きるわたし達は、わが国の先人が、その時代、時代において歴史を営み、その豊かな文化・文明の果実を、まさに、生きた歴史遺産として現在に引き継ごうと懸命な努力を重ねてきたことに、あらためて深い感謝の念を持たねばなりません。

 

 その意味で、もう、反日思想や暗黒史観を卒業し、豊かな歴史に素直に感応してもよいのではないでしょうか。

 

 山の辺の道の歌碑に触れて感想を述べました。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月30日 (金)

山の邊の道…その歌碑を鑑賞する ①!            

 592回目のブログです

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「山邊道」小林秀雄 筆

 湿っぽい梅雨が続いており、何となく鬱陶しくなるものですが、この梅雨の雨こそが農業にも林業にも、そして、都会の生活用水のためのダム貯水に決して欠かすことのできない大切な神からの授りものだということを理解しないわけにはいきません。 

 近年、梅雨による降雨量の局部的なゲリラ的豪雨や、全く雨を降らさない空梅雨など、何とも極端に振幅しますが、これは、わたし達日本人の心がかなり荒んできたことへの天の怒りと嘆きだと考えることもできるのではないでしょうか。

 

今や、下界においては、国の政治が不実なパフォーマンスに満ち溢れ、喧騒につぐ喧噪のなかにあることを思えば、天の荒れはまつりごと(政治のこと)の乱れにありという古くからの言葉に、肯かざるを得ないものがあります。

 

 こういう時こそ、わが国、日本の古の地を訪ね、古代の人の息吹きを感じられる豊かな歴史と文芸に触れ、乾いたこころを潤すのは極めて有意義なことと思います。

 

山の辺の道は、今日においても、当時の雰囲気を漂わせていますが、その道の傍にこじんまりとした歌碑が佇んでいることに目を向けたいものです。この歌碑は、各分野の豊かな精神を持つ著名人が自ら素晴らしいと思う「万葉の和歌」一首を筆にとって書いたものであり、なかなか見事なものです。

 

 著名人の揮毫した歌碑は32。その他にもいろいろありますが、そのなかから、私の好きな歌をえらびます。

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“大和は
 
國のまほろば
 
たたなずく
 
青かき
 
山ごめれる
 
大和し
 
美し”
 
(倭建命<やまとたけるのみこと>・川端康成筆)

 

“しきしまの 大和の国は 言霊の さきはふ国ぞ まさきくありこそ”
 
         (柿本人麻呂・平泉潔<歴史家>筆)

 

“鳴る神の 音のみ聞きし 巻向の 桧原の山を 今日見つるかも”
 
(作者不詳・千宗室<茶道宗匠>筆)

 

“紫は ほのさすものぞ 海石榴市の 八十のちまたに 逢へる子や誰”
 
(作者不詳・ 今東光<小説家>筆)
 
(海石榴市:つばいち、古代の市、歌垣でもあった)

 

“香具山は    (かぐやまは) 

畝火雄男志と  (うねびおおしと) 

耳梨と     (みみなしと) 

相あらそひき  (あいあらそひき) 

神代より    (かみよより) 

斯くにあるらし (かくにあるらし) 

古昔も     (いにしえも) 

然にあれこそ  (しかにあれこそ) 

うつせみも   (うつせみも) 

嬬を      (つまを) 

あらそふらしき”(あらそふらしき) 

     (天智天皇・東山魁夷<画家>筆)
(香具山は畝火山を雄々しいと云って、耳成山と争った。
 神代からこのようであるらしい。昔もそのようであらばこそ、
 今のこの世の人も、つまを争うらしい。)

 

“足引きの 山かも高き 巻向の 岸の小松に み雪降りけり”
 
(柿本人麻呂・岡潔<数学者>筆)

 

“狭井河よ 雲立ち渡り 畝火山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす”
(
伊須気余理比売・ 月山貞一<刀工>)

 

夕さらば かはず鳴くなる 三輪川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも”
(
作者不詳・樋口清之<民俗学者>)

 

“痛足川 川波立ちぬ 巻目の 由槻が嶽に 雲居立てるらし”
 
(柿本人麻呂・棟方志功<版画家>筆)

 

 万葉集のなかで秀歌といえるものばかり。それが静かなものであったり、熱いものであったりしますが、これらの歌碑は、まさに、古代日本人の率直な心の叫びが、現代の傑出した芸術家、歴史家の琴線にふれた結晶と言えるかも知れません。

 

 わが日本人としては、迷ったり、悩んだときは、万葉の世界へ、古代の世界へ訪れるのが最も良き薬です。その世界が、まだまだ生きており、精神の遺産としても、わたし達の近くにあるという幸せを感ずることが大切でもあります。

 

 近ごろのマスメディアを見れば、日本を、日本人を悪しざまに貶すことばかりに血道を上げていますが、それは完全に間違いであり誤った道です。わが国の優れた歴史的事物に触れることにより、日本人の素晴らしさ、日本民族の見事さに、もっと自信をもってもよいのではないでしょうか。

 

 山の辺の道の和歌を鑑賞して感想を述べました。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月23日 (金)

“監視・密告”… これが中国社会の恐怖だ!

 591回目のブログです

 

   “国を鉄床にたとえよう。
 
ハンマーは支配者、打ちまげられる鉄板は民衆。
 
勝手気ままなめくら打ちに、
 
いつまでたっても金が出来上がらねば鉄板こそ迷惑だ。”
 
          (ゲーテ「ヴェニス警句」)

 

 政治が正しく、法に則り、一般の規範に従い、その国の歴史に沿い、文化・文明の実を上げようとするならば、それこそ、国民や民衆や庶民はこぞって同意と讃嘆の声を上げるに違いありません。

 

 これは洋の東西を問わず、どの国に於いても言えることではないかと思います。

 

 しかしながら、世の中、そうならない所が問題であり、そこに大きな悩みと強い怒りが現れることは、近隣の国を見ればよく分かります。その代表例が中国、すなわち、中華人民共和国であり、その権力体制を象徴するのが「中国共産党1党独裁」に他なりません。

 

 メディアのニュースを見てみましょう。

 

 スパイ容疑日本人6人、中国で今も拘束 3月に温泉調査

 

  中国の山東省と海南省で3月末、日本人男性計6人が中国の国家安全当局に拘束されたことが22日、明らかになった。具体的な容疑は不明だが、スパイ行為など国家の安全を害したとの疑いを持たれているとみられる。
          (2017/5/22 朝日新聞一部抜粋)

 

 中国は、2014年、反スパイ法を制定し、国外の企業や社員を簡単に逮捕できるようにしました。そして、北京市国家安全局は、2017410日からスパイ行為に関する新たな規制を制定。一般市民によるスパイ行為の通報を奨励し、事件の摘発につながる重要な情報を提供した通報者に、何と、最高で50万人民元(日本円で約800万円16.3/1)報奨金として支払うことにしたのです。

 

 まさしく、密告の奨励そのもの。現在、日本人で逮捕、拘束されているのは12人と伝えられていますが、いずれもスパイ容疑によるものです。

 

 上掲の朝日の記事にある、拘束された人達の会社は「()日本地下探査」の社員で、中国の企業と組んで温泉開発の調査をしており、通常的に写真を撮っていました。しかし、山東省と海南省には軍事施設があり、それへの接触を疑われたのではないかと推測されています。

 

 ゼネコンのフジタの社員が逮捕されたことも記憶に新しく、これからも、スパイなどしなくても、ちょっとした仕草、例えば風景、人物、街角の写真を撮ったりすれば、拘束される可能性はますます高くなってきたと言わざるを得ません。

 

 その理由として、中国事情に詳しい石平氏は、われわれ日本人には考えられないことをあげ、北京がスパイ狩りの天国になる危険性を指摘しています。(4/24 MAG2NEWSより)

 

  スパイの定義のひとつに「(5)その他のスパイ活動を行うこと」とあり、まったく無制限だという条文になっている。

 

  最高800万円という、普通の労働者年収の10倍以上という法外な報酬金は、あまりにも魅力的だ。

 

  首都・北京の社会の底層には「金の亡者」のゴロツキらずたち、賭博麻薬の常習犯、闇金融に手を出して借金の取り立てに追われている人たちは大勢いる。彼らにとって、当局の新規則はまさに「干天の慈雨」となる。

 

  彼らは、ビジネスに従事している外国人やその周辺の人達を監視し、ありとあらゆる捏造や妄想の情報を当局に通報するであろう。

 

  北京という街は、まさに「スパイ狩り」の天国となり、普通の外国人や中国人にとって恐怖の地獄と化していくであろう。誰でもいつでもどこでも「スパイ通報乱発」の餌食にされてしまう危険性があるからである。

 

 いやあ、聞きしに勝るスパイ摘発状態であり、あまりのひどさに身震いしてしまいそうです。それでは、わたし達はどうすればいいのかを考えてみたいと思います。

 

 中国へは、一般観光旅行に行くことも控えなければなりません。あまりにも危険すぎます。日本人は観光のつもりで写真を撮っても、そこに軍事施設があれば、あるいは軍事施設の周辺であれば、スパイ行為で摘発、拘禁、逮捕される可能性が大きいからです。

 

 写真だけではなく、録音、携帯・スマホでの通信相手及び内容もスパイ行為になる可能性があります。 こうなると、冤罪の多発は明白

 

 そして、一旦逮捕されたら、数ヵ月、数ヵ年、中国政府の気の向くままに拘引されるのは必定。ゼネコン・フジタのように外交取引、政治取引のツールに利用されますから、わが国益の足を引っ張ることに繋がります。

 

 石平氏は、これについて、次のように述べています。

 

  「おそらく唯一にして最善の対処法はできるだけ中国に、最低限、北京には近づかないことであろう。少なくとも私自身、前述の反スパイ法が制定されて以降、かの国の地に一切足を踏み入れないことを決めている。「危邦に入らず」というのは、他ならぬ中国最大の聖人である孔子様からの大事な教えだったのである。」

 

 中国の古典「論語」を引用していますが、そこをもう少し詳しく書きましょう。

 

   【 危邦不入 亂邦不居 】
         (「論語」泰伯第八の十三より)

 

    危邦(きほう)には入らず 乱邦(らんぽう)には居()らず

 

    危うい国には入らず 乱れた国には留まらず

 

 中国という国は、あまりにも問題を抱え過ぎています。世論戦、法律戦、心理戦を駆使し、世界覇権100年戦略を着々と進行中。環境も資源も無視した経済成長のすさまじさ、軍事費の激増による軍拡路線、中国共産党1党独裁体制の維持、中央集権の徹底、そのなかで、極端な格差の発生、党幹部の汚職腐敗、自由・民主主義・人権の無視、少数民族へのホロコースト的弾圧、それに加えて、上に述べたような息苦しい密告・監視社会、周辺国家との激しい諍いと紛争、…いやはや、これが理想的な国家でしょうか。

 

 もう、中国に尻尾をふることは止めにしたいものです。それにしても、いまだに、政・官・財・学・報などのあらゆる分野に、親中、媚中、屈中の人がかなり存在していることに驚きを隠せません。そんなに、現在の独裁国家・中国に魅力を感じているのでしょうか。理解できません。

 

 その意味で、わたし達は、日本人として、凛とした独立心と心豊かな精神を持ち、歴史を誇る国造りを目指したいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月16日 (金)

“サイバーテロ”… これは第5の戦場だ!

 590回目のブログです

 

 “下見れば 我に勝りし 者もなし 笠取りて見よ 天の高さを”
 
                    道歌(作者未詳)

 

 下を見れば自分よりも勝る人はいない。だからといって満足すべきではない。笠を脱いで天の高さを見てみよ。自分より勝っている者のいかに多いかが分かろう。常に向上心を忘れぬことだ…。

 

 「油断は大敵世界は広く、世の中の進展も日進月歩。いい気になって浮かれていれば、あっという間に足元を掬われます。高度成長、バブルの時から、なすすべもなく、つるべ落としに落ちて行ったわが国の経緯を見れば一目瞭然ではないでしょうか。

 

 思いだしてみてください。昭和54年(1979)、日本がちょうどバブル前夜、全国民怖いものなしのイケイケムードの時、ハーバード大教授のエズラ・ヴォーゲルさんが出版した本のタイトルであるJapan as Number Oneに心地よく酔いしれてしまったことを。

 

 Japan as Number Oneは、アメリカ人よ日本から良いところを学ぼうという趣旨であったにもかかわらず、マスメディアに引きずられた日本人はJapan is Number One!」(日本が世界でイチバン!)と誤解し、有頂天になり、その意識を永らく持ち続けてしまったのです。

 

 世界は混沌としてきました。戦争前夜とも常在戦時ともいうべき雰囲気を象徴するのが、世界に衝撃を与えたサイバーテロの実態です。スパイ」「サイバー」いずれもわが日本の最弱点ともいうべき大問題であり、国際的にも問題視されているにもかかわらず、わたし達はその重要性を認識してきませんでした。

 

 それは、遅ればせながら成立必至と言われる略称「テロ等準備罪法案」(反対の立場の人は「共謀罪法案」と呼ぶ)の国会審議の猥雑な混乱を見れば明らかです。

 

大規模サイバー攻撃、150カ国20万件以上で被害 拡大の恐れも

 

  世界的に広がっている大規模なサイバー攻撃で、欧州警察機関(ユーロポール)のトップは14日、被害が少なくとも150カ国で20万件に達し、週明けの15日には件数がさらに拡大する可能性があると明らかにした。
攻撃には、パソコンを感染させ、復旧と引き換えに300ドルから600ドルの支払いを要求する「身代金(ランサム)ウエア」が使われ、企業や病院、学校などが被害を受けた。
           (ロイター 17/5/15 一部抜粋)

 

 サイバーテロは、本来規制されてしかるべきですが、国際間で厳格に取り締まろうとの声も出ていないようです。天才ならば小学生でもプログラミング開発ができ、敵国を瞬時に機能不全にさせることができるのですから、軍事的にも魅力的であり、開発を中止させることなど無理な注文というものでしょう。

 

 現在、ITのトップクラスにある国(例えば、アメリカ、中国、北朝鮮、ロシア、インドなど)がサイバーテロに関与する必然性は否定できません。北朝鮮は中国からIT支援を受けており、過去にもバングラデシュ中央銀行をハッカー攻撃し90億円を窃盗したりしており、今回も北の仕業ではないかとの噂もあるほどです。

 

 そうとすれば、企業、銀行、自衛隊、警察、大学などあらゆる組織が高度なサイバーテロ対策を講じなければならないことは言うまでもありません。

 

 ところが、わが国の対応は絶望的です。こんな大問題が生じているのもかかわらず、政治においては、国会はテロ等準備罪法案(共謀罪)で大騒ぎのていたらくですから。

 

 一方、民間企業もお粗末限りなし。わが国を代表する日立製作所の社内システムの一部がウイルスに感染し、業務用パソコンのメールに障害が発生、国内のほか海外拠点でも不具合が出るなどしました。(日経新聞17/5/15

 

 今回のサイバー攻撃は、マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウインドウズ」の脆弱性を、米国安全保障局(NSA)のハッキングツールから盗んだものを使用したと言われています。

 

 日立製作所の場合、社内にあるパソコン「Windows」にセキュリティ対策がなされていなかったことから障害が発生したものと推測。マイクロソフト社が20169月に「Windows」ユーザーに示した勧告に対応していれば、被害は少なかったと見られています。

 

 日本の最有力企業でさえ、セキュリティに万全を期さなかったのは、おそらく、経費・お金がかかるから、一応重要なことだとは分かっていても出来なかったのではないでしょうか。それとも、もとから安全意識が低かったのかも知れません

 

 これは日立だけに限りません。わが国の中小企業では、独自でそこまでお金をかけることに躊躇してしまうことも理解できます。

 

 そう考えれば、わが国のサイバイーテロ対策は脆弱な基盤にあると認識し、あらためて、考え直す必要があるのではないでしょうか。これは、喫緊の課題というべきものです。

 

 しかしながら、わが国の学者の最高頭脳の集まりと言われる日本学術会議が、今年324「軍事目的のための科学研究は行わない」趣旨の声明を出しました。驚くべき姿勢に愕然とします。インターネットもパソコンも携帯電話も、軍事技術からの転用であることは自明のこと。何を寝ぼけたことを! 現実の世界を真正面から眺めて欲しいと思わざるを得ません。(3/24 小ブログ578回「“軍事アレルギー”…日本学術会議声明案に見る!」を参照ください)

 

 日本は科学立国のはず。これからますます高度化するロボット・AI(人工知能)・通信・自動運転・高機能複合材などなど、もう、軍事、民生の区別はありません。産・官・学・軍・報、総力を結集して世界の1番を目指すべきではないでしょうか。(間違っても、2~3重国籍疑惑・蓮舫女史の2番でもいいじゃないかという敗北者的発言は慎むべき)

 

 世界は大きく動いています。戦いの場、戦場も拡がってきていることを認識することが大切です。戦場は…

 

   ① 陸 

   ② 海 

   ③ 空 

   ④ 宇宙 

   ⑤ ネット

 

 サイバーテロ、サイバー攻撃は⑤のネット空間での戦争を意味します。平和のためにも、サイバー空間を制することが重要であることは論を待ちません。

 

 わたし達は、日本は、すでに、戦争の渦巻き状態の中にあることを知り、それを克服することに力を結集すべきではないでしょうか。油断は大敵、寝ぼけた発言はもう止めにしませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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