2017年7月21日 (金)

“拉致コンサート”…凛然たる五嶋龍氏・臆病な大学人!

 595回目のブログです

 

   “ふと思ふ
 
   ふるさとにいて 日毎聴きし 雀の鳴くを
 
   三年聴かざり”
 
      石川啄木(歌集「一握の砂」)

 

 ふと思う。自然豊かな故郷にいた頃には、毎日のように雀の鳴き声を耳にしていたが、故郷を遠く離れてからもう三年、雀の鳴き声を耳にしていない…。

 

 石川啄木の望郷の念がしみじみと表れている人口に膾炙した有名な和歌です。啄木が故郷を離れてから3年経っただけでこんな切ない思いを懐いているのは、それが人間として、日本人としての自然な感情だからと言えるでしょう。

 

 「ふるさと」は遠きにあればあるほど、また、年月が経てば経つほど、望郷の思いは強くなるものです。まだ3年間かと見るか、もう3年もと見るか、東北に育った啄木は、3年でも永い時間のように感じたのではないでしょうか。

 

 ひるがえって今日、思いを馳せねばならないのは、北朝鮮に拉致された方々の身の上です。横田めぐみさん(当時13歳)が新潟で拉致されたのが昭和52年(1977)、今年で何と40年…40年間、故郷の街と自然に触れることなく北朝鮮にとどめ置かれたまま、軟禁状態にあるのは、悲惨な悲劇であり、めぐみさんの心は如何ばかりかと思わざるを得ません。

 

 拉致は、主権侵害であり、人権蹂躙でもあります。拉致被害者の一刻も早い帰国こそ、最優先されねばなりませんが、政府は、この13年間、手をこまねいたまま、何らの実績も残していないのです。

 

 それに加えて、国民の関心も、薄れに薄れていっているのは間違いなく、次の新聞ニュースをご覧ください。

 

 拉致問題 薄れる関心…バイオリニストの五嶋龍氏が啓発訴え

  大学生とコンサート「政治色強い」「怖い」と二の足の大学も

 

  世界的に活躍するバイオリニストの五嶋龍氏(29)が大学の交響楽団と8~9月に全国4カ所で、チャリティーコンサート『プロジェクトR 拉致被害者を忘れない』を開く。拉致問題への若い世代の意識を高め、風化させないことを目指した企画だが、多くの大学が「政治色が強い」として共演を見合わせたという。小泉純一郎元首相の訪朝から15年たち、世論の拉致問題への関心は残念ながら薄れつつある。
          (2017.7.14 産経ニュース一部抜粋)

 

 五嶋龍氏は世界的なバイオリニスト、ハーバード大学物理学科卒業の英才。大学の楽団との共演は五嶋氏の発案です。
     プロジェクトの『R』 …「拉致」
 
                 「リメンバー」
 
                 「龍」

 

 米国生まれの五嶋龍氏は、横田めぐみさんの話をするときは拉致被害者の家族を思い涙を流す母(節さん)の姿を見て育ちました。

 

 五嶋氏は「昨年、川崎市でめぐみさんの母、早紀江さんにお会いし、話を伺い、怒りを感じました。親子が互いの生死さえわからぬ地獄に、置かれ続けている。それが時間にもみ消され、忘れられようとしている。こんな不公平で不正義なことがあるのか。ナンセンスだと思った」「僕はあなたの気持ちの5%10%も分からないかもしれない。だけどは感じる。だから、動きます」と早紀江さんに伝えたそうです。(6/1産経ニュース)

 

 早速の具体的行動がチャリティコンサート。素晴らしき精神と行動力に敬意を払います。まさに、五嶋龍氏は真の日本人と言わねばなりません。あらためて頭をガツンと叩かれた気持ちです。

 

  ところで、大学の反応はどうだったでしょうか。
  五嶋氏のフェイスブックで呼びかけに40校が関心を示す
  打合せに18校が集まる
  最終的に4校との共演となる
     ・大阪大学 交響楽団
 
    ・関西学院大学 ∥
 
    ・宮城教育大学 ∥
 
    ・交響楽団はやぶさ(全国医療系大学学生)

 

 コンサートの目的が拉致問題の啓発だと知ると「政治色が強い」「怖い」との理由で、ほとんどの大学が手を引いたそうです。決まった後でもOBが「拉致問題に関わって大丈夫か」と懸念する声があるといいます。

 

 五嶋龍氏の勇気ある行動に較べ、大学人の臆病さは極まっていると言わざるを得ません。そもそも、北朝鮮の拉致は、人権侵害であり、主権侵害でもあります。人権と主権を主張しない人間が大学人とはあきれてモノが言えません。

 

 大学人は、何を学んできたのか。私利私欲ばかりではなく、公のために一肌脱ぐとか、力を貸すとか、支援するとか、エリートならば普通の日本人が考えることに一歩踏み込むべきではないでしょうか。

 

 どうも、わが国の大半を占めるリベラルやサヨクは、拉致は朝日友好(ちょうにち/アサヒではない/朝鮮と日本)に刺さったトゲであり、大きく騒ぐテーマではないと言います。このような考えは、わが国の思考が徐々に大陸化・半島化してきていることを示すものであり、人間性を失った人々が増えていることに繋がっています。

 

 その最たる組織が日本弁護士会ではないでしょうか。日本弁護士会は事あるごとに市民の人権を強調しますが、北の拉致に対しては、永い歴史のなかで、わずか1回(平成14<2002>会長談話)触れただけに過ぎません。

 

 朝鮮学校への補助金支給などでは何度も声明をだし、実質的に北朝鮮を支援しているにもかかわらず、拉致では1度だけとは。やはり、サヨク思想によるとしか考えられません。自由民主国家・日本よりも、共産主義、社会主義、全体主義、独裁主義の方に心が惹かれているのでしょう。

 

 こんな人たちに人権を語ってほしくありません。

 

 わたし達は、今一度、北朝鮮による拉致問題を真剣に考え直し、与野党すべての政治家に、解決への強い要請をすべきではないでしょうか。

 

 バイオリニスト・五嶋龍氏の気高い思想と凛然たる姿勢に対しあついエールをおくります。
 

あわせて、大阪大学・関西学院大学・宮城教育大学の各交響楽団および交響楽団はやぶさにも、非難と雑音と臆病をはねのけた勇気ある姿勢に対してあついエールをおくりたいと思います。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月14日 (金)

“緊急事態条項”…憲法改正白熱討論で考える!

 594回目のブログです

 

“奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと 人に知らせん”
 
      後鳥羽院(
新古今集・平安末期~鎌倉初期・第82代天皇

 奥山の草木の茂り合っている下も踏み分けて、本来、道のある世であると、天下の人に知らせよう…。

 

 正しい道が行われなくなった世の中を正し“道ある国家”(道義国家)が存することを天下の民にあまねく明らかにしたいものだとの強い御意思の歌、すなわち「ますらをぶり」の素晴らしき述志の御製ではないでしょうか。

 

 時代が乱れてくると、正しい道が何であるか、何が本質的な問題なのかということを遠くに置いたまま、些末で刹那的、パフォーマンス的な議論ばかりが横行しがちです。今日もまた、そのような時代になってきたと思わざるを得ません。

 

 そんなことをつらつら考えながら、つい先日、興味を引く討論会に参加してきました。

 

       兵庫県弁護士会憲法市民集会
 
   日本国憲法施行70周年全国アクションプログラム
 

     憲法改正で白熱討論!緊急事態条項」

 

   反対派:永井幸寿氏(弁護士・日弁連災害復興委元委員長)
   賛成派:奥村文男氏(大阪国際大学名誉教授・憲法学者)

 

 いよいよ憲法改正が具体的に検討されようとするタイミングでの反対、賛成の議論を盛り上げることは、それはそれで、大いに価値のあることであり、参加者が300名以上もあったことから、難しいテーマではありながら、関心を呼んだものだと思います。

 

 まず最初に、司会者が会場参加者に対して、注意事項として、会場からの発言・ブーイング・鳴り物・プラカード掲示などを厳禁する旨の発言があり、緊張した雰囲気を醸し出していました。

 

 そのこともあってか、司会者は、反対、賛成の両論者に対して、公平・フェアーな進行を心掛けており、その誠に見事な司会振りに感心しました。

 

 というのも、日本弁護士会は、安全保障関連法案(集団的自衛権など)、テロ等準備罪法案(共謀罪)、憲法改正など、政府与党の重要法案に対しては全て反対の立場を明確に表明しており、公平な司会進行が危ぶまれていたためです。

 

 しかし、その不安は杞憂に終わり、真摯な討論となりました。反対、賛成の両氏は、自らの心情を熱く、また分かりやすく語りかけましたので、わたし達参加者は両論の考え方、思想の違いをそれなりに認識できたように思えます。

 

 「緊急事態条項」とは、有事(戦争・武力衝突・内乱・テロ)や大規模自然災害発生の際、国民の生命・財産を守るために、国家が非常措置を取り得る権限を定めた条項を言います。

 

 それでは、両論の骨子を記しましょう。

 

 「緊急事態条項」反対派(永井弁護士)

 

 緊急事態条項を憲法に設ける必要はない。緊急事態は、現行の法律(災害対策基本法・原子力災害対策特別措置法など)のもとで、準備を怠りさえしなければよい。

 

 自然災害については、被害者に近い市町村が対応するのが効果的であり、国が主導権を持てば現場にそぐわず、国は後方支援に徹するだけでよい。

 

 国や政府は、国家緊急権を必ず濫用するようになるのだ。ナチスはワイマール憲法の国家緊急権を使い独裁権を取得したし、戦前の日本は緊急勅令や戒厳令という国家緊急権を濫用した。現在の日本は議員内閣制であり、国会の多数派が内閣を形成するので、国会ならびに裁判所は政府を抑制することはできない。政府が一旦権力を握れば、それは戻らない。

 

 災害をダシに憲法を変えてはいけない。憲法は人権を守るためにある。

 

 「緊急事態条項」賛成派(奥村名誉教授)

 

 国民の生命・財産等を有事、大規模自然災害等から守るという憲法の基本原則に則り、緊急事態条項を憲法に設けるべきである。

 

 緊急事態に対して個別の法律のみでの対処では不十分、不完全である。憲法に「緊急事態条項」を規定し「緊急事態基本法」で行政への権限付与、立法府による行政のチェック機能を定め「個別法」で具体的に対処するという三層が望ましい。

 

 緊急事態における人権の制約については、国際人権規約B-第4条や現憲法の公共の福祉により認められているが、緊急事態ではこれを明確にした方がよい。

 

 反対、賛成、どちらも分かりやすく説明していただきましたので、私の理解の範囲で、問題点を指摘したいと思います。

 

 まず、最初に、反対派の永い弁護士は国家、政府に対してものすごい不信感を持っているように感じられました。どんな非常事態であったとしても、政府が大きな権力を持てば、濫用につぐ濫用を重ね、やがてはナチスのような存在になるので、決して付与すべきではないと主張。

 

 政府が日本国民の代表者だという認識を持たず、逆に、政府(権力)は国民・人権の敵であるとの認識を持っているということは、何か、アナーキーなにおいも感じました。

 

  【アナーキズム】
無政府主義。一切の権威、特に国家の権威を否定して個人の
自由を重視し、その自由な個人の合意のみを基礎にする社会を
目指そうとする政治思想

 

 しかし、良く考えれば、わが国は、選挙を基本とした民主主義国家であり、政府権力は「敵」ではなく「代表者」ではないのでしょうか。何と言っても、政府は、わたし達国民が合法的な選挙によって選んだ議員がつくったものですから。

 

 また、反対派の永井弁護士は、日本国民・特に政府権力者に対して基本的に信頼を置いていませんが、日弁連が最も敬意を捧げる「日本国憲法」の「前文」には、

 

 「~日本国民は~平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
 
         われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 

と書かれており、諸外国に対しては絶大な信頼を寄せています。日本は全く信頼できず、諸外国は全面的に信頼する。これは、まさしく、自虐・反日の思想ではないでしょうか。

 

 賛成派の奥村名誉教授はさすがに憲法学者、綜合的に精緻な理論をすすめ、憲法を正常に戻したいとの熱い心に触れたように思います。

 

 それにしても、討論、対論はお互いを理解することに役立ちます。兵庫県弁護士会の見事な対応と両講師の論述姿勢に真摯な心を感じたところです。

 

 なかなか実り多い討論会でした。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年7月 7日 (金)

山の邊の道…その歌碑を鑑賞する②!              

 593回目のブログです

 

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   “大和は 國のまほろば
 
   たたなずく 青かき
 
   山ごもれる 大和し
 
   美し”
 
   (倭建命<
やまとたけるのみこと>・黛敏郎<音楽家>自筆譜面)

 先週は、川端康成筆の倭建命の歌を写真に掲げましたが、今週は、著名な音楽家・黛敏郎氏の同じ歌を写真に載せました。お二人とも独自の風格ある書であり、特に黛氏は音符入りのものであり、同じ飛鳥時代の歌に対しても、音楽家と小説家では感応の仕方に大いに差異があることが理解できます。

 それにしても、わが国の碩学と言われる方々は、例外なく、飛鳥、万葉の歴史と風土に心を奪われると言われていますから、山の辺の道には、歴史という経糸と風土という緯糸の絶妙な組み合わせによる美しき綾織の空気がそこはかとなく漂っているのではないかと思います。

 

 “わが衣 色にそめなむ うま酒 三室の山は もみぢしにけり”
 
       (柿本人麻呂・林房雄<
小説家/文藝批評家>筆)

 

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  “うまさけを 三輪のはふりが やまてらす
 
            あきのもみじば ちらまくをしも”
 
            (長屋王・堂本印象<
画家>筆)

 

  “葦原の しけしき小屋に 菅畳 いやさや敷きて  わが二人寝”
 
            (神武天皇・北岡寿逸<
経済学者>)

  “古の 人の植ゑけむ 杉か枝に 霞たなひく 春は来ぬらし”
 
       (柿本人麻呂・徳川宗敬<
林学者/政治家>) 

 “あしびき野 山川の瀬乃 響るなべに 弓月が嶽に 雲立ち渡る”
 
          (柿本人麻呂・鹿児島寿蔵<
人形作家>筆)

 

 “ぬはたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも 嵐かも疾き”
 
         (柿本人麻呂・武者小路実篤<
小説家>筆)

 

 “天雲に 近く光りて 鳴る神の 見れば恐し 見ねば悲しも”
 
          (詠み人知らず・会津八一<
歌人>筆)

 

 “(長歌) 

   うま酒 三輪の山
 
  あをによし 奈良の山の
 
  山の間に いかくるまで
 
  道のくま いさかるまでに
 
  つばらにも 見つつ行かむを
 
  しばしばも みさけむ山を
 
  心なく 雲の
 
  かくさふべしや
 
  (反歌)
 
  三輪山を
 
  しかもかくすか
 
  雲だにも
 
  心あらなむ
 
  かくさふべし也”
 
  (額田王・中河与一<
小説家>筆)

 

 “衾道を 引手の山に 妹を置きて 山路を行けば 生けりともなし”
 
             (柿本人麻呂・犬養孝<
万葉学者>筆)

 

 まだまだいろんな歌がありますが「柿本人麻呂」の歌を選んだ碩学の方が多いことに気づきます。人麻呂は、長歌19首、短歌75首が集録されているのですから、万葉集第一の歌人といわれるのも肯けます。

 

 調べも格調が高く、賛歌、挽歌、恋歌などに加えて、先週のブログで紹介した「敷島の 大和の国は 言霊の 幸はふ国ぞ まさきくありこそ」という言霊の歌も詠んでいます。

 

 それにしても、万葉の時代の空気を、万葉集によって胸の奥まで吸い込むことの幸せと、山の辺の道を散策することによってさらに濃密な時間を持てることの喜びは、わが国の永くて豊かな歴史と、連綿とした民族の絆感覚があったればこそとの思いをしないわけにはいきません。

 

 そう考えれば、平成の御代を生きるわたし達は、わが国の先人が、その時代、時代において歴史を営み、その豊かな文化・文明の果実を、まさに、生きた歴史遺産として現在に引き継ごうと懸命な努力を重ねてきたことに、あらためて深い感謝の念を持たねばなりません。

 

 その意味で、もう、反日思想や暗黒史観を卒業し、豊かな歴史に素直に感応してもよいのではないでしょうか。

 

 山の辺の道の歌碑に触れて感想を述べました。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月30日 (金)

山の邊の道…その歌碑を鑑賞する ①!            

 592回目のブログです

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「山邊道」小林秀雄 筆

 湿っぽい梅雨が続いており、何となく鬱陶しくなるものですが、この梅雨の雨こそが農業にも林業にも、そして、都会の生活用水のためのダム貯水に決して欠かすことのできない大切な神からの授りものだということを理解しないわけにはいきません。 

 近年、梅雨による降雨量の局部的なゲリラ的豪雨や、全く雨を降らさない空梅雨など、何とも極端に振幅しますが、これは、わたし達日本人の心がかなり荒んできたことへの天の怒りと嘆きだと考えることもできるのではないでしょうか。

 

今や、下界においては、国の政治が不実なパフォーマンスに満ち溢れ、喧騒につぐ喧噪のなかにあることを思えば、天の荒れはまつりごと(政治のこと)の乱れにありという古くからの言葉に、肯かざるを得ないものがあります。

 

 こういう時こそ、わが国、日本の古の地を訪ね、古代の人の息吹きを感じられる豊かな歴史と文芸に触れ、乾いたこころを潤すのは極めて有意義なことと思います。

 

山の辺の道は、今日においても、当時の雰囲気を漂わせていますが、その道の傍にこじんまりとした歌碑が佇んでいることに目を向けたいものです。この歌碑は、各分野の豊かな精神を持つ著名人が自ら素晴らしいと思う「万葉の和歌」一首を筆にとって書いたものであり、なかなか見事なものです。

 

 著名人の揮毫した歌碑は32。その他にもいろいろありますが、そのなかから、私の好きな歌をえらびます。

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“大和は
 
國のまほろば
 
たたなずく
 
青かき
 
山ごめれる
 
大和し
 
美し”
 
(倭建命<やまとたけるのみこと>・川端康成筆)

 

“しきしまの 大和の国は 言霊の さきはふ国ぞ まさきくありこそ”
 
         (柿本人麻呂・平泉潔<歴史家>筆)

 

“鳴る神の 音のみ聞きし 巻向の 桧原の山を 今日見つるかも”
 
(作者不詳・千宗室<茶道宗匠>筆)

 

“紫は ほのさすものぞ 海石榴市の 八十のちまたに 逢へる子や誰”
 
(作者不詳・ 今東光<小説家>筆)
 
(海石榴市:つばいち、古代の市、歌垣でもあった)

 

“香具山は    (かぐやまは) 

畝火雄男志と  (うねびおおしと) 

耳梨と     (みみなしと) 

相あらそひき  (あいあらそひき) 

神代より    (かみよより) 

斯くにあるらし (かくにあるらし) 

古昔も     (いにしえも) 

然にあれこそ  (しかにあれこそ) 

うつせみも   (うつせみも) 

嬬を      (つまを) 

あらそふらしき”(あらそふらしき) 

     (天智天皇・東山魁夷<画家>筆)
(香具山は畝火山を雄々しいと云って、耳成山と争った。
 神代からこのようであるらしい。昔もそのようであらばこそ、
 今のこの世の人も、つまを争うらしい。)

 

“足引きの 山かも高き 巻向の 岸の小松に み雪降りけり”
 
(柿本人麻呂・岡潔<数学者>筆)

 

“狭井河よ 雲立ち渡り 畝火山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす”
(
伊須気余理比売・ 月山貞一<刀工>)

 

夕さらば かはず鳴くなる 三輪川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも”
(
作者不詳・樋口清之<民俗学者>)

 

“痛足川 川波立ちぬ 巻目の 由槻が嶽に 雲居立てるらし”
 
(柿本人麻呂・棟方志功<版画家>筆)

 

 万葉集のなかで秀歌といえるものばかり。それが静かなものであったり、熱いものであったりしますが、これらの歌碑は、まさに、古代日本人の率直な心の叫びが、現代の傑出した芸術家、歴史家の琴線にふれた結晶と言えるかも知れません。

 

 わが日本人としては、迷ったり、悩んだときは、万葉の世界へ、古代の世界へ訪れるのが最も良き薬です。その世界が、まだまだ生きており、精神の遺産としても、わたし達の近くにあるという幸せを感ずることが大切でもあります。

 

 近ごろのマスメディアを見れば、日本を、日本人を悪しざまに貶すことばかりに血道を上げていますが、それは完全に間違いであり誤った道です。わが国の優れた歴史的事物に触れることにより、日本人の素晴らしさ、日本民族の見事さに、もっと自信をもってもよいのではないでしょうか。

 

 山の辺の道の和歌を鑑賞して感想を述べました。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月23日 (金)

“監視・密告”… これが中国社会の恐怖だ!

 591回目のブログです

 

   “国を鉄床にたとえよう。
 
ハンマーは支配者、打ちまげられる鉄板は民衆。
 
勝手気ままなめくら打ちに、
 
いつまでたっても金が出来上がらねば鉄板こそ迷惑だ。”
 
          (ゲーテ「ヴェニス警句」)

 

 政治が正しく、法に則り、一般の規範に従い、その国の歴史に沿い、文化・文明の実を上げようとするならば、それこそ、国民や民衆や庶民はこぞって同意と讃嘆の声を上げるに違いありません。

 

 これは洋の東西を問わず、どの国に於いても言えることではないかと思います。

 

 しかしながら、世の中、そうならない所が問題であり、そこに大きな悩みと強い怒りが現れることは、近隣の国を見ればよく分かります。その代表例が中国、すなわち、中華人民共和国であり、その権力体制を象徴するのが「中国共産党1党独裁」に他なりません。

 

 メディアのニュースを見てみましょう。

 

 スパイ容疑日本人6人、中国で今も拘束 3月に温泉調査

 

  中国の山東省と海南省で3月末、日本人男性計6人が中国の国家安全当局に拘束されたことが22日、明らかになった。具体的な容疑は不明だが、スパイ行為など国家の安全を害したとの疑いを持たれているとみられる。
          (2017/5/22 朝日新聞一部抜粋)

 

 中国は、2014年、反スパイ法を制定し、国外の企業や社員を簡単に逮捕できるようにしました。そして、北京市国家安全局は、2017410日からスパイ行為に関する新たな規制を制定。一般市民によるスパイ行為の通報を奨励し、事件の摘発につながる重要な情報を提供した通報者に、何と、最高で50万人民元(日本円で約800万円16.3/1)報奨金として支払うことにしたのです。

 

 まさしく、密告の奨励そのもの。現在、日本人で逮捕、拘束されているのは12人と伝えられていますが、いずれもスパイ容疑によるものです。

 

 上掲の朝日の記事にある、拘束された人達の会社は「()日本地下探査」の社員で、中国の企業と組んで温泉開発の調査をしており、通常的に写真を撮っていました。しかし、山東省と海南省には軍事施設があり、それへの接触を疑われたのではないかと推測されています。

 

 ゼネコンのフジタの社員が逮捕されたことも記憶に新しく、これからも、スパイなどしなくても、ちょっとした仕草、例えば風景、人物、街角の写真を撮ったりすれば、拘束される可能性はますます高くなってきたと言わざるを得ません。

 

 その理由として、中国事情に詳しい石平氏は、われわれ日本人には考えられないことをあげ、北京がスパイ狩りの天国になる危険性を指摘しています。(4/24 MAG2NEWSより)

 

  スパイの定義のひとつに「(5)その他のスパイ活動を行うこと」とあり、まったく無制限だという条文になっている。

 

  最高800万円という、普通の労働者年収の10倍以上という法外な報酬金は、あまりにも魅力的だ。

 

  首都・北京の社会の底層には「金の亡者」のゴロツキらずたち、賭博麻薬の常習犯、闇金融に手を出して借金の取り立てに追われている人たちは大勢いる。彼らにとって、当局の新規則はまさに「干天の慈雨」となる。

 

  彼らは、ビジネスに従事している外国人やその周辺の人達を監視し、ありとあらゆる捏造や妄想の情報を当局に通報するであろう。

 

  北京という街は、まさに「スパイ狩り」の天国となり、普通の外国人や中国人にとって恐怖の地獄と化していくであろう。誰でもいつでもどこでも「スパイ通報乱発」の餌食にされてしまう危険性があるからである。

 

 いやあ、聞きしに勝るスパイ摘発状態であり、あまりのひどさに身震いしてしまいそうです。それでは、わたし達はどうすればいいのかを考えてみたいと思います。

 

 中国へは、一般観光旅行に行くことも控えなければなりません。あまりにも危険すぎます。日本人は観光のつもりで写真を撮っても、そこに軍事施設があれば、あるいは軍事施設の周辺であれば、スパイ行為で摘発、拘禁、逮捕される可能性が大きいからです。

 

 写真だけではなく、録音、携帯・スマホでの通信相手及び内容もスパイ行為になる可能性があります。 こうなると、冤罪の多発は明白

 

 そして、一旦逮捕されたら、数ヵ月、数ヵ年、中国政府の気の向くままに拘引されるのは必定。ゼネコン・フジタのように外交取引、政治取引のツールに利用されますから、わが国益の足を引っ張ることに繋がります。

 

 石平氏は、これについて、次のように述べています。

 

  「おそらく唯一にして最善の対処法はできるだけ中国に、最低限、北京には近づかないことであろう。少なくとも私自身、前述の反スパイ法が制定されて以降、かの国の地に一切足を踏み入れないことを決めている。「危邦に入らず」というのは、他ならぬ中国最大の聖人である孔子様からの大事な教えだったのである。」

 

 中国の古典「論語」を引用していますが、そこをもう少し詳しく書きましょう。

 

   【 危邦不入 亂邦不居 】
         (「論語」泰伯第八の十三より)

 

    危邦(きほう)には入らず 乱邦(らんぽう)には居()らず

 

    危うい国には入らず 乱れた国には留まらず

 

 中国という国は、あまりにも問題を抱え過ぎています。世論戦、法律戦、心理戦を駆使し、世界覇権100年戦略を着々と進行中。環境も資源も無視した経済成長のすさまじさ、軍事費の激増による軍拡路線、中国共産党1党独裁体制の維持、中央集権の徹底、そのなかで、極端な格差の発生、党幹部の汚職腐敗、自由・民主主義・人権の無視、少数民族へのホロコースト的弾圧、それに加えて、上に述べたような息苦しい密告・監視社会、周辺国家との激しい諍いと紛争、…いやはや、これが理想的な国家でしょうか。

 

 もう、中国に尻尾をふることは止めにしたいものです。それにしても、いまだに、政・官・財・学・報などのあらゆる分野に、親中、媚中、屈中の人がかなり存在していることに驚きを隠せません。そんなに、現在の独裁国家・中国に魅力を感じているのでしょうか。理解できません。

 

 その意味で、わたし達は、日本人として、凛とした独立心と心豊かな精神を持ち、歴史を誇る国造りを目指したいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月16日 (金)

“サイバーテロ”… これは第5の戦場だ!

 590回目のブログです

 

 “下見れば 我に勝りし 者もなし 笠取りて見よ 天の高さを”
 
                    道歌(作者未詳)

 

 下を見れば自分よりも勝る人はいない。だからといって満足すべきではない。笠を脱いで天の高さを見てみよ。自分より勝っている者のいかに多いかが分かろう。常に向上心を忘れぬことだ…。

 

 「油断は大敵世界は広く、世の中の進展も日進月歩。いい気になって浮かれていれば、あっという間に足元を掬われます。高度成長、バブルの時から、なすすべもなく、つるべ落としに落ちて行ったわが国の経緯を見れば一目瞭然ではないでしょうか。

 

 思いだしてみてください。昭和54年(1979)、日本がちょうどバブル前夜、全国民怖いものなしのイケイケムードの時、ハーバード大教授のエズラ・ヴォーゲルさんが出版した本のタイトルであるJapan as Number Oneに心地よく酔いしれてしまったことを。

 

 Japan as Number Oneは、アメリカ人よ日本から良いところを学ぼうという趣旨であったにもかかわらず、マスメディアに引きずられた日本人はJapan is Number One!」(日本が世界でイチバン!)と誤解し、有頂天になり、その意識を永らく持ち続けてしまったのです。

 

 世界は混沌としてきました。戦争前夜とも常在戦時ともいうべき雰囲気を象徴するのが、世界に衝撃を与えたサイバーテロの実態です。スパイ」「サイバー」いずれもわが日本の最弱点ともいうべき大問題であり、国際的にも問題視されているにもかかわらず、わたし達はその重要性を認識してきませんでした。

 

 それは、遅ればせながら成立必至と言われる略称「テロ等準備罪法案」(反対の立場の人は「共謀罪法案」と呼ぶ)の国会審議の猥雑な混乱を見れば明らかです。

 

大規模サイバー攻撃、150カ国20万件以上で被害 拡大の恐れも

 

  世界的に広がっている大規模なサイバー攻撃で、欧州警察機関(ユーロポール)のトップは14日、被害が少なくとも150カ国で20万件に達し、週明けの15日には件数がさらに拡大する可能性があると明らかにした。
攻撃には、パソコンを感染させ、復旧と引き換えに300ドルから600ドルの支払いを要求する「身代金(ランサム)ウエア」が使われ、企業や病院、学校などが被害を受けた。
           (ロイター 17/5/15 一部抜粋)

 

 サイバーテロは、本来規制されてしかるべきですが、国際間で厳格に取り締まろうとの声も出ていないようです。天才ならば小学生でもプログラミング開発ができ、敵国を瞬時に機能不全にさせることができるのですから、軍事的にも魅力的であり、開発を中止させることなど無理な注文というものでしょう。

 

 現在、ITのトップクラスにある国(例えば、アメリカ、中国、北朝鮮、ロシア、インドなど)がサイバーテロに関与する必然性は否定できません。北朝鮮は中国からIT支援を受けており、過去にもバングラデシュ中央銀行をハッカー攻撃し90億円を窃盗したりしており、今回も北の仕業ではないかとの噂もあるほどです。

 

 そうとすれば、企業、銀行、自衛隊、警察、大学などあらゆる組織が高度なサイバーテロ対策を講じなければならないことは言うまでもありません。

 

 ところが、わが国の対応は絶望的です。こんな大問題が生じているのもかかわらず、政治においては、国会はテロ等準備罪法案(共謀罪)で大騒ぎのていたらくですから。

 

 一方、民間企業もお粗末限りなし。わが国を代表する日立製作所の社内システムの一部がウイルスに感染し、業務用パソコンのメールに障害が発生、国内のほか海外拠点でも不具合が出るなどしました。(日経新聞17/5/15

 

 今回のサイバー攻撃は、マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウインドウズ」の脆弱性を、米国安全保障局(NSA)のハッキングツールから盗んだものを使用したと言われています。

 

 日立製作所の場合、社内にあるパソコン「Windows」にセキュリティ対策がなされていなかったことから障害が発生したものと推測。マイクロソフト社が20169月に「Windows」ユーザーに示した勧告に対応していれば、被害は少なかったと見られています。

 

 日本の最有力企業でさえ、セキュリティに万全を期さなかったのは、おそらく、経費・お金がかかるから、一応重要なことだとは分かっていても出来なかったのではないでしょうか。それとも、もとから安全意識が低かったのかも知れません

 

 これは日立だけに限りません。わが国の中小企業では、独自でそこまでお金をかけることに躊躇してしまうことも理解できます。

 

 そう考えれば、わが国のサイバイーテロ対策は脆弱な基盤にあると認識し、あらためて、考え直す必要があるのではないでしょうか。これは、喫緊の課題というべきものです。

 

 しかしながら、わが国の学者の最高頭脳の集まりと言われる日本学術会議が、今年324「軍事目的のための科学研究は行わない」趣旨の声明を出しました。驚くべき姿勢に愕然とします。インターネットもパソコンも携帯電話も、軍事技術からの転用であることは自明のこと。何を寝ぼけたことを! 現実の世界を真正面から眺めて欲しいと思わざるを得ません。(3/24 小ブログ578回「“軍事アレルギー”…日本学術会議声明案に見る!」を参照ください)

 

 日本は科学立国のはず。これからますます高度化するロボット・AI(人工知能)・通信・自動運転・高機能複合材などなど、もう、軍事、民生の区別はありません。産・官・学・軍・報、総力を結集して世界の1番を目指すべきではないでしょうか。(間違っても、2~3重国籍疑惑・蓮舫女史の2番でもいいじゃないかという敗北者的発言は慎むべき)

 

 世界は大きく動いています。戦いの場、戦場も拡がってきていることを認識することが大切です。戦場は…

 

   ① 陸 

   ② 海 

   ③ 空 

   ④ 宇宙 

   ⑤ ネット

 

 サイバーテロ、サイバー攻撃は⑤のネット空間での戦争を意味します。平和のためにも、サイバー空間を制することが重要であることは論を待ちません。

 

 わたし達は、日本は、すでに、戦争の渦巻き状態の中にあることを知り、それを克服することに力を結集すべきではないでしょうか。油断は大敵、寝ぼけた発言はもう止めにしませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月 9日 (金)

“難民”… これは真剣に考えておくべき問題だ!

 589回目のブログです

 

 “信濃なる 須賀の荒野に ほととぎす 鳴く声聞けば 時過ぎにけり”
 
                信濃の国の防人の歌(万葉集)

 

 ここ信濃の人気のない須賀の荒野に時鳥(ほととぎす)の鳴く声を聞くようになった。防人として出て行った夫が帰ると言った時期はもう過ぎてしまったなあ…。

 

 防人。太古より、わが国の脅威は大陸と半島であり、特に半島からの防衛を担ったのが東国から集められた防人でした。

 

 万葉集は世界に誇る日本の国民歌集。4516首という膨大な数が編まれていますが、そのなかで、防人の歌は98首あります。東国の農家から赴く防人としての心意気や家族との別離の哀感を素朴な万葉調で詠う「防人の歌」は、平成の御代に生きるわたしたちの心に、日本人としての凛とした佇まいと豊かな情感を穏やかに伝えてくれます。

 

 さて、近時、北朝鮮の核・ミサイル開発が急速に進み、アメリカやわが日本国の脅威となっていることは、度重なる弾道ミサイル発射実験を見れば明らかなことと言えるのではないでしょうか。

 

 北朝鮮の周辺国は、中国は表向き警告、裏は黙認、ロシアは積極的支持、韓国は融和姿勢で跪いているのが実情でしょうか。一方、アメリカは思案に暮れ、軍事的圧力を徐々に加えようとしており、日本は具体的対処策を欠き、なす術もなしと言うありさまです。

 

 しかし「時」は静かに経過していくのではなく、大きな波乱を膨らませながら、ある段階で妥協か衝突の分岐点を迎えるのが歴史の流れというものだと思います。

 

 そう考えれば、早ければ今年8月には北朝鮮と米国が衝突する可能性もあるのではないかとの観測も流れている今日、わたし達は、この事態を深刻に捉える必要があるのではないでしょうか。

 

 今、国政などでは、大した根拠もないことを理由に、足を引っ張ることばかりに力を入れる、いわゆる「政局」のみという感がありますが、もっと外の脅威に目を向け、その対処策を講じる、いわゆる「政治」こそが、極めて重要な段階に至っているはずです。

 

 もしも、米と北が激突するという有事が生じたならば、北朝鮮から数万人~数十万人の難民が日本に押し寄せてくることは十分想定しておかねばなりません。その場合のわが国の対応策を考えてみましょう。

 

 (このようなことは、平時に、真剣に議論されていることが重要であるにもかかわらず、テレビや新聞や雑誌などのメディアでも語られることはほとんどありません。無きに等しい国防意識や希薄な危機管理意識から脱皮しなければとんでもないことを招く可能性が高いと思います)

 

 戦時難民といえども、一切受け付けず、海上で追い返す。
 
  (国際的非難は免れない)

 

 不法入国者として直ちに身柄拘束し強制収容する。
 
  (強制収容は人道的見地において国際社会から批判される)

 

 仮上陸を許可する。(行動範囲、出頭日指定などの条件あり)
 
  (条件に違反すれば、強制収容or強制送還を行い得る)

 

 庇護上陸を許可する。
 
  (一定期間後「難民認定」申請すれば、在留資格を取得できる)

 

 この他の対応策もあるかも知れませんが、上の4つを念頭に、問題点を抽出してみましょう。

 

 数万人規模の難民が一気に押し寄せてくる事態を想像してみてください。この難民には、いわゆる「武装難民」「特殊工作員」が多数紛れ込んでいることは容易に想定できます。

 

 彼ら偽装難民を特定することが困難を極めることは、ヨーロッパの難民に中東からの偽装難民(武装難民+特殊工作員)が紛れ込んでいることを見ても明らかです。彼らが社会的不安暴動の引き金になっていることも認識しておかねばなりません。
 

 ・朝鮮半島からの難民は、大混乱のなかですから、北朝鮮だけではなく韓国も含まれることを覚悟せねばならず、そして、両国は、反日教育を受けて育った『反日難民』だということです。

 

 戦後70年経った現在でさえも、いわゆる在日問題は日本社会に微妙な影を落とす存在になっていると言っても差し付けないでしょう。もしも、北朝鮮や韓国から数万人以上の難民の上陸を許可したならば、彼らは、容易にゲットーを造り、団結し、政治的発言を繰り返し、歴史問題を繰り返し、騒動を巻き起こすであろうことは目に見えています。

 

 韓国が、いわゆる従軍慰安婦問題で世界に日本の悪口を喧伝しまくっていることだけを考えても、怪しからぬ振舞であり、さらに北と南の難民を加えることによる鬱陶しさの倍増、十倍増、百倍増は、ご免蒙りたいと思うのが平均的日本人の心情ではないでしょうか。

 

 難民、移民問題は、慎重にも慎重にすすめるべき重大な課題です。現在、安倍首相がすすめている移民政策は、まさに『気がつけば移民国家、中途半端な外国人受け入れを正せ』と雑誌「Wedge」(ウエッジ)が指摘している通り、大きな間違いを犯しています。わたしは、安倍首相の無原則な移民政策に強く反対するとともに『国を亡ぼすなかれ』と声を大にしたい。

 

 そう考えれば、国際社会から多少批判されても、国を亡ぼすわけにはいきませんから、難民への対処は、おのずから明らかではないでしょうか。

 

   「不法入国者として直ちに身柄拘束し強制収容する」
     あるいは、場合によっては「仮上陸を許可する」

 

 そして、早期に韓国へ強制送還すべきでしょう。なぜ韓国かと言えば、北朝鮮がなくなれば、韓国が北も支配下に置くと考えられますから。

 

 何はともあれ、わが国の将来の子孫に禍根を残すことだけは避けなければなりません。

 

 明治時代、福沢諭吉がいみじくも語っているように、半島や大陸の問題は本当に厄介です。半島の人々は、日・欧・米などの西洋先進国で使われる「論理」が通用せず、自分に都合の良い解釈をする天動説、他人が悪く自分は悪くない自己中、息を吐くように嘘をつく虚言癖とファンタジーに寄りかかり過ぎていると言われます。

 

 わたし達は、半島の難民について、あらためて深刻な問題として考えてみることが大切ではないかと考えます。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年6月 2日 (金)

ある「経済人」の愚かな言葉… 北朝鮮と北方領土に関して!

 588回目のブログです

 

  “国家の名誉は、
   国家の安寧よりも
   また国民の生活それ自体よりも
   大切である。”
 
   (ウッドロー・ウィルソン 第28代米国大統領)

 

 もう、夏が来たかのような暑い日が続いていますが、小奇麗な皐月の花が垣根一杯に咲いている姿は何となく心に潤いをもたらせてくれます。

 

 しかし、世界は激動の真っ只中。キナ臭さを紛々とまき散らしながら時は進んでいるように見えて仕方ありません。529日、早朝、北朝鮮弾道ミサイルを発射し、わが国の排他的経済水域に落下させました。

 

 排他的経済水域(EEZ・Exclusive Economic Zone)は、基線より200海里(370.4km)以内、漁業や油田などのすべての経済的資源を管理する権利や義務を有するものです。

 

 さあ、大変です。北朝鮮はいよいよわが日本を狙ってきていることが明確になりました。官邸、防衛庁、外務省など、政府も対処策を真剣に考えざるを得ない局面に追い込まれてきたことは間違いないと思います。

 

 しかしこの際、このようなわが国の北朝鮮への外交方針に厳しく異を唱える経済人がいることを知っておく必要があります。

 

「米国が北朝鮮を刺激することで、日本の安全を脅かしている
としたら、何のための日米同盟なのか首をかしげたくなる。」
 
(丹羽宇一郎・伊藤忠商事前会長「日経ビジネス4/17」)

 

 吃驚! これが大商社の社長・会長を経験した有力な財界人の言葉とは。丹羽氏は、北朝鮮の金正恩委員長が、核・ミサイル開発に成功し、今やアメリカ領土にまで届く弾道ミサイルや核弾頭を有していることを高らかに誇っているのを知らないのでしょうか。

 

 アメリカとしては穏やかではないでしょうし、厳しい軍事的圧力をかけながら対話を目指していくのは当然の選択だと思います。

 

 丹羽氏は、日米同盟が重要なのは言うまでもない、しかし在日米軍駐留経費の80.4%を負担しているのであり、アメリカは北朝鮮を刺激せず穏やかに静かに見守っておればいいのだと主張します。

 

 丹羽氏の本心は、反米親中、日本国家はどうでもよい、自由な経済活動で“金儲け”さえできればいいと考えているのではないでしょうか。金、かね、カネ…、日本国家の名誉などは頭の片隅にもないことは丹羽氏の過去の言動から明らかです。そのような人物を民主党政権は中国大使に選び汚点を残したにもかかわらず、日経新聞は今でも高い評価を与え、日経ビジネス誌では「賢人の警鐘」欄に登場させているのです。考えられません。

 

 とりあえず、過去の言動を繙いてみましょう。(①、②は花田紀凱 月刊『Hanada』編集長、③は日経ビジネス2016.12.19より)

 

東京都が尖閣諸島を購入しようとしていた時、猛反発。

 

「もし計画が実行されれば日中関係に重大な危機をもたらす」

 

「尖閣購入を支持する日本の国民感情はおかしい

 

日本は変わった国なんですよ」

 

かつて作家の深田祐介氏が、当時伊藤忠商事の役員だった丹羽氏をインタビューした時の発言をこう書いている。――

 

中国熱に浮かされ、ほとんど発狂に近い陶酔状態にあった。丹羽氏は私に向かい将来は大中華圏の時代が到来しますと言い切ったのだ。

 

「すると日本の立場はどうなりますか」と私は反問した。日本は中国の属国として生きていけばいいのです。丹羽氏は自信に満ちてそう明言したのだ。

 

「日本は中国の属国にならなくちゃならないんですか」と私が聞き返すとそれが日本が幸福かつ安全に生きる道ですと繰り返したのである。

 

 「北方領土で大切なのは、本音を言えば『領土』ではなく『漁業』のはず。領土返還よりも、北方四島をめぐる漁業の問題を解決することを急いだ方がいい」

 

  尖閣諸島での漁船衝突問題に関して、日本から中国への
ODAを復活させるよう進言、画策(中国大使の時)

 

  中国の新潟総領事館が求めていた広大な土地購入は地元の反対で頓挫していたが、丹羽氏は中国が購入できるよう玄葉外務大臣に直訴し、中国の不相応な広大な土地購入を実現させた。

 

 丹羽氏のように「商売さえできれば、日本が貶められようが、領土が奪われようが、知ったことではない、とにかく商売に影響ある言動や政策は困るのだ」という考えこそ、わたし達一般国民としては、それこそ困ると言わざるを得ません。いいかげんにしてほしいものです。

 

 驚きの言動。なぜこのような言動を取ったのかを調べてみると、やはり根っ子がありました。丹羽宇一郎氏は、学生時代、名古屋大学自治会会長として60年安保闘争の学生運動の先頭に立っており、商社に就職しても、左翼思想は衰えず、中国共産党や北朝鮮などへの熱い憧れが今も胸の中に燃え盛っているのではないでしょうか。

 

 20歳前後で培った思想は、それがいかに人間性を喪失した悪魔の思想―共産主義・全体主義・独裁主義―であっても、なかなか消えないものだということが分かります。

 

 その意味で、学生時代には「悪魔の思想」にかぶれることは避け、真の学問の道を歩む方が世のためになります。

 

 共産主義の信奉者が商社のTOP。不思議な気がしますが、商社マン、ビジネスマンとしては偉大な業績を残したのでしょうが、我が国の、政治、経済、外交、技術、教育、などの指針を示すことはぜひ止めてほしいと願うものです。

 

 どうして、わが国には、サヨク、リベラル、全体主義、共産主義、独裁主義、自虐思想、反日思想に共鳴する人が、特に中年世代以上に多いのがよく分かりません。

 

 彼、彼らは、本当に、中華人民共和国の1党独裁が善いと思っているのでしょうか。真実、朝鮮民主主義人民共和国の個人独裁が善いと思っているのでしょうか。特に、わが国のメディア界や教育界はサヨクイデオロギーが勝ちすぎており、もう少し現実を直視し、柔軟な考えを廻らすべきだと思います。

 

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月26日 (金)

「堺」…刀鍛冶・利休・晶子を巡る!

 587回目のブログです

 

    【利休七則】

   茶は服のよきように点て(お茶は飲む人が飲みやすいように)
 
炭は湯の沸くように置き(炭火はお湯の沸く程度に心を配り)
 
花は野にあるように生け(花は野の花のごとく自然に生け)
 
夏は涼しく冬暖かに  (夏は涼しげに、冬は暖かい雰囲気に)
 
刻限は早めに     (時間に余裕をもって)
 
降らずとも傘の用意  (雨降らずとも雨具の用意をし)
 
相客に心せよ     (お客の心を心とせよ)

 利休七則は茶道の基本を示したもので、茶道のおもてなしの心を分かりやすく説いています。

 

 今回も、先週に続いての歴史・文化の散策となりました。先日、縁ある方のお誘いで、小宅からそんなに遠くない大阪市の南に位置する堺市を訪れました。久しぶりの近間への散策、時間もたっぷりあり、日ごろ目にすることのできない所へ足を運ぶという望外の幸運に恵まれた有意義な散策でした。拠点移動はバス。

 

 JR大阪駅・西梅田 ⇒ 水野鍛錬所 ⇒ さかい利晶の杜 ⇒ 昼食(梅の花) ⇒ インテックス大阪 ⇒ JR大阪駅・西梅田

 

 堺市は、大阪市の南に位置した人口84万人の政令指定都市であり、山梨・佐賀・福井・徳島・高知・島根・鳥取の各県を上回りますが、大阪市の衛星都市としての特徴を有してもいます。

 

 堺市には、旧石器・縄文・弥生時代の土器・石器・銅鐸・集落遺跡などが発掘。特に百舌鳥古墳群と呼ばれる古代文化遺産は圧巻です。

 仁徳天皇陵古墳
反正天皇陵古墳
履中天皇陵古墳
いたすけ古墳
御廟山古墳
ニホンザイ古墳
その他(永山・長塚・丸保山・竜佐山・収塚など多数)

 

 そして、堺は南北に貫く難波大道と東西に結ぶ竹内街道などの交通の要所となり、南北朝時代には勘合貿易で栄え、室町時代には、宣教師・フロイスが「東洋のベニス」と称する国際都市になり、安土桃山時代は自治都市としてその存在感が注目されます。

 

 このような歴史と文化を誇るだけに、堺市民は「堺」に対する愛着が極めて深く、先年の大阪都構想(大阪府+大阪市+堺市)には、市長自ら先頭に立って反対の姿勢を貫きました。

 

 何はともあれ、魅力ある都市であることに疑いをはさむ余地はないと思います。

 

 【水野鍛錬所】

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  明治5年(1872)創業。刀鍛冶として出発しましたが、現在5代目が鍛冶職人の道を引き継ぎ、料理包丁や銘刀の制作に携わっています。わたし達は5代目から刀や包丁の工程などの説明を受けましたが、ユーモアとウイットに富む、なかなかの話し上手で、従来職人のイメージを一変させました。

 

 5代目は、大阪府ではただ一人の刀鍛冶職人であり、その畏敬すべき職人が一本の料理包丁に技と叡知を注ぐのですから、性能、品質は折り紙付きではないでしょうか。

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 鍛冶場では、実際に鉄や鋼を鍛え上げる刀鍛冶の周囲は、注連縄(しめなわ)に紙垂(しで)が垂らされ、聖域とされているのを目にしました。凛とした空気。まさに神聖な鍛錬所であることを実感した次第です。

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(法隆寺・国宝五重塔九輪にある四方魔除け鎌・300年毎に架け替え)

 これらの光景は、つい先日、NHKテレビの人気教養番組「美の壺」で大きくとりあげられました。

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  わたしは、日本の職人中の職人である水野家5代目の、刀・包丁鍛冶の優れた職人魂に敬意を表し、料理包丁を1丁買い求めました。帰宅して早速使ってみましたが、切れ味は素人のわたしでさえ“抜群”の印象を持ったほどです。 

 【さかい利晶の杜】

 

 堺が生んだ二人の偉人、千利休と与謝野晶子。わびの美学を貫いた気高き天下一の茶人・千利休と、日本文学史に名を残す愛に生き真に生きた表現者・与謝野晶子の二人を顕彰した記念館です。

 

 千利休(大永2<1522>~天正19<1591>)は茶聖といわれ、千家茶道の始祖として知られています。堺の商家に生まれ、茶の湯の第一人者である武野紹鷗に学び、信長・秀吉の茶頭(さどう・茶の湯の師匠)となったが、晩年は秀吉に疎まれ切腹に追い込まれました。

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 しかし、現在日本の3大茶道流派は三千家の「表千家」「裏千家」「武者小路千家」と言われていますから、茶聖・千利休の偉大さが分かろうと言うものです。 

 1階が千利休茶の湯館として、千利休の歴史や復元した利休作茶室の展示、茶の湯体験施設など、楽しめる要素がいろいろあります。

 

 2階が与謝野晶子記念館。与謝野晶子(明治11<1878>~昭和17<1942>)の生家「駿河屋」は羊羹で有名な和菓子商であり、和洋折衷の建物を復元展示。それを見れば、彼女の豊かな感受性と好奇心旺盛な行動力は、生家における知的で優雅で裕福な環境に深く影響されたものだろうとの推測もあながち間違ってはいないように思われます。

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 記念館の中央には、出版された書物が円形に並べられていますが、どれも見事な装丁で、当時の一流画家たちの晶子への関心の高さを語っているようです。

 

 わたしの気に入った和歌を拾いましょう。

 

“海こひし 潮の遠鳴り かぞへつゝ 少女となりし 父母の家”
 
                (故郷・生家を偲んで)
 
 “和泉なる わがうぶすなの 大鳥の 宮居の杉の 青きひとむら”
 
                     (大鳥大社)
 
 “住之江や 和泉の街の 七まちの 鍛冶の音聞く 菜の花の路”
 
                    (水野鍛錬所)

 

 【食べどころ“梅の花”】

 

 ここで昼食、隣の食べどころに移動。梅の花は豆腐料理で有名。さかい利晶の杜との雰囲気のコラボはなかなか見事であり、味もよく、カロリーも低く、素晴らしい昼食でした。

 

 【インテックス大阪】

 

 ここでは、住宅関連製品の展示会があり、ズラッと見て回りました。それぞれのデザインが極めて洗練されてきていることと、気配りした技術の進歩があらゆるところに見受けられることに、新鮮な驚きを覚えました。世の中が、前向きに、確かな足で、急速に動いているとの実感を得ることが出来たのは予想外の喜びでした。

 

 今回は、主に堺市に触れたのですが、さすがに、歴史と文化の奥深い薫りにしびれました。特に鍛冶職人の真摯な熱情には圧倒され、日ごろの怠惰な姿に焼きを入れてもらったように感じたのは、ひとり私だけではないのではないでしょうか。

 

 みなさんには、近間であれ遠くであれ、歴史の散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月19日 (金)

「江戸吟行」…灘五郷の下り酒の地を巡る!

 586回目のブログです

 

“うちしめり あやめぞかをる 時鳥 鳴くや五月の 雨の夕暮れ”
 
藤原良経
(平安末期~鎌倉初期・新古今集仮名序作者)

 

 しっとりと湿って、軒に挿したあやめ(端午の節句の菖蒲のこと)の薫がする。ほととぎすの鳴く五月の雨が降る夕暮れ時よ…。

 

 四季を詠った和歌は数えきれないほどありますが、この歌は四季歌として美しい響きとしっとりとした情感を覚えさせてくれる名歌のひとつと言われています。

 

 先日、1拍2日で東京に出向きました。学生時代の気の置けないOBが20数名、東西から集まり、産業考古学的な考察歴史散策吟詠を兼ねた、洒落た「江戸吟行」に参加したものです。

 

 吟行ですから、漢詩を吟ずるか、和歌を朗詠するか、あるいは詩を歌うかしなければならないのですが、初日は、激しい雨でしたのでそれは取りやめとなり、産業考古学の立場からの江戸歴史散策と相成りました。

 

 (1日目)東京晴海集合 ⇒ 江戸クルーズ(2時間・隅田川―明石町/住吉神社/「江戸湊」など) ⇒ 明石町周辺散策(霊岸島・新川公園・河村瑞賢屋敷跡) ⇒ 日本橋駅(煕代勝覧図絵) ⇒ 懇親会 ⇒ ホテル

 

 (2日目)深川不動尊 ⇒ 富岡八幡宮 ⇒ 昼食 ⇒ 深川江戸資料館 ⇒ 清澄庭園 ⇔ 芭蕉像 ⇒ 芭蕉記念館 ⇒ 都営地下鉄森下駅解散

 

 初日は、生憎の雨。そぼ降る春雨であれば、新国劇の月形半平太にならって“春雨じゃ濡れて行こう”という余裕もあるのですが、かなりきつい雨でしたから、そこまでは至りません。

 

 とはいうものの、江戸クルーズ、貸し切りの船で隅田川をゆったりと遊覧する気分はなかなかのものです。高層ビルの林立、多くの美しい橋、川の両岸に植えられた緑豊かな樹木、古くに掘削され造られた運河、それに加えての墨田のゆったりとした流れ、…これらのすべてが、地上から見る景色とは格別に異なって見え、江戸・東京の人達が歴史の流れのなかで、大地に根を張り、海や川に恩恵を受けてきている様子が肌に実感できました。

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 クルーズ船では、東京産業考古学会のメンバーでもあるOBが28ページに及ぶ自作の解説書をもとに、わかりやすく、ユーモアも交え、該博な知識と豊かな教養を披瀝してくれました。そのうち、記憶に残る興味ある話を記したいと思います。

 

 日本酒の名産地である灘五郷(なだごごう/神戸市東灘区・灘区と西宮市)から、上等の酒が、東下りとして、樽廻船で新川河岸に送られており、その地が「江戸湊」と言われ、周辺には、関西の地名が数多く残っている。播州明石の漁師が移り住んだという「明石町」、大阪市西淀川区佃から33名の漁師が移り佃煮をつくった「佃」、大阪の佃にあった住吉神社の分霊を祀った「住吉神社」。東西の関係の深さは海の繋がりによるもの。

 

 江戸時代の食生活は魚と野菜。調味料は、砂糖・塩・酢・醤油・味噌の5つ。江戸日本橋には全国の最上品が集結した。

 

 酒も同じことであり灘五郷の品が珍重されたのも上方の酒は美味しかったことに尽きる。「下り酒」が最上の評価を受けた理由は、精米度を上げ寒造りで「灘の生一本」としての品質を保ったこと。それには、海運の発達が貢献しており、運搬日数が短期化するほど酒の腐敗を避けることができた。また、運搬日数が「短いことは価格を抑えることにもなったのである。

 

 雑貨全般を載せるのが菱垣廻船であり酒樽専用が樽廻船。江戸時代、最初はすべて菱垣廻船であったが、樽は重いため船底に積まれ、雑貨は上に載せられる。少なくない海難事故の時は雑貨を捨てて船を守る。しかし海難の損害は組合全体で均等負担となっていた。そこで、酒樽の荷主は酒樽だけだと重心が低くなり、リスクも低く、加えて、早く荷役ができ、酒の腐敗を避けることができると考えたため、樽廻船が始まったのである。(なかなか面白い話ですね)

 

 (樽廻船オリンピック)大阪や西宮の廻船問屋が、14艘、千石船を仕立て、松の内に「新番酒船」を催し、江戸への一番乗りを競った。帆や操船術の改良などもあり、3~4日で航海したと言うから驚き。(因みに、忠臣蔵でおなじみの早水藤左エ門と萱野三平は、江戸~赤穂を早籠で丸4日と14時間かけています)

 

 その他、月島や晴海の埋め立て工事の具体的な方法などについての解説も聞きましたが、興味は尽きることはありません。

 

また、今、話題になっている「豊洲市場」を水面から見上げました。豊洲問題は「安全」と「安心」の区別ができない政局第一主義の都知事のもとで混迷を極めています。この堂々たる建物がその存在を不当に無視されているため、降りしきる雨は理不尽な世の中を悲しんでいる涙のように見えました。

 

 2日目は、天候は回復し、爽やかな風を顔に浴びながら、いわゆる深川を中心とした江戸名所を散策しました。

 

 成田山深川不動堂(深川不動尊)

 

千葉県の成田山新勝寺の東京別院。元禄16年(703)の成田不動の出開帳を始まりとします。本堂の外壁には一面に梵字が散りばめてあり見上げるものを圧倒。中には不動明王や大日如来の天井画がありますが、わたしは、珍しい簡単な心願写経を奉納しました。

 

 富岡八幡宮 

  寛永4年(1627)創建。祭神は応神天皇で、古くから庶民に「深川の八幡様」として親しまれています。境内には「横綱力士碑」「大関力士碑」「強豪関脇力士碑」「巨人手形・足形碑」「巨人力士身長碑」などが建立されており相撲との関係が深いことを窺わせます。試みに、わたしは巨人力士の身長碑と比較してみましたが、月とスッポン、釣鐘に提灯、2m30cmの大男とは端から比べ物になりません。

 

  「伊能忠敬の銅像」江戸時代の測量家である伊能忠敬は、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、銅像が建立されたそうです。

 

  深川祭は有名であり、境内には日本一大きく豪華な神輿が置かれていました。

 

 さて、ここで昼食。門前茶屋で評判の「深川めし」を軽くビールでのどを潤しながらいただきました。なかなかの美味でした。

 

 深川江戸資料館

 

江戸時代の深川の街並みを実物大で展示。一見の価値があります。

 

 清澄庭園

 

  三菱財閥の創始者である岩崎彌太郎が造園したもの。約3万坪の

  広大さを誇り「大泉水」と日本全国から集めた「名石」は見事な

  ものです。“古池や かはず飛び込む 水の音”が刻まれた大きな

  芭蕉の石碑もあります。ゆったりとした気分になれる名園だと

  思います。

 

芭蕉像(芭蕉庵史跡展望庭園)

  隅田川の遊歩道沿いにある芭蕉像。隅田川を眺めていたであろう往時の穏やかな俳聖・芭蕉の姿が偲ばれます。

 

 芭蕉記念館

 

  芭蕉に関するあらゆる資料を展示。特に人気があるのは紀行文「おくの細道」に関する貴重な資料だと言われます。江戸から奥州、そして岐阜大垣まで2,400kmの壮大な旅。学生時代に読んだ冒頭の「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」を思い起しました。ゆっくり鑑賞すべき記念館です。

 

  それにしても、江東区の芭蕉への思い入れはすごいものがあります。案内図を見ると、江東区内に芭蕉に関連する句碑が21ヶ所もありますから。

 

 これで1泊2日の江戸吟行は無事終了。1日目9,000歩、2日目11,000歩、合計20,000歩の歴史散策兼ウォーキングであり、心地よい疲れともに教養をわずかでも高めることができたことに、大いに満足しています。

 

 みなさんにも、近間であれ、遠方であれ、歴史の散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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