2018年7月13日 (金)

オウム真理教・死刑・破防法 !

 646回目のブログです

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  『長期的に見れば、品性が、
 
     個人の人生や国家の盛衰においても、
 
     最も決定的要因である。』
 
     (セオドア・ローズベルト 26代米大統領)

 大阪北部の強い地震に続いての、西日本一帯にわたる短期集中型の歴史的な豪雨。被災されました方々には心よりお見舞い申し上げ、一刻も早く元の状態に戻ることを祈っています。

 それにしても、日本列島が災害列島であることをつくづく痛感させられました。歴史的に見ると、天災は、政治の乱れと密接に関連していると言われており、そうであるならば、乱れに乱れ、弛緩し切った「今の政治」の有り様に強い警告を発しなければなりません。

 

 今回は、その意味もあり、三題噺めきますが、オウム真理教・死刑・破防法について考えて見たいと思います。

 

 カルト集団「オウム真理教」元代表や元幹部らに死刑執行 日本

 

  日本の法務省は6日、終末思想のカルト宗教「オウム真理教」の元代表、麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚の刑を執行した。死刑が確定していた元教団幹部6人の死刑も、その直後に執行。上川陽子法務相が同日午後記者会見で発表した。
    (2018/7/6 BBC <NEWS Japan> 一部抜粋)

 

 カルト宗教としてのオウム真理教は、平成元年(1989)坂本弁護士一家殺害事件(死亡3人・何とTBSが関与)、平成6(1994)松本サリン事件(住民8人死亡・負傷者600 )、平成7(1995)地下鉄サリン事件(死亡13人・負傷者6300)、など数々のテロ襲撃を実行。

 

 以上のオウム三大事件を見るだけでも、この世に、この日本に存在してはならないテロ集団であることは明白です。

 

 わたし達日本人は「わが国は平和で穏やかな国である」と思っているようですが、これは大変な誤解と言わねばなりません。昭和42(1972)イスラエル・テルアビフ国際空港乱射事件(赤軍派首謀・死亡者26人・負傷者73)「自爆テロ」の先駆者となり、平成7(1995)地下鉄サリン事件で「化学兵器」の先駆者となっています。これはまさしく日本はテロ先進国であることを示しているのです。九条があるから平和だという絵空事、寝ぼけた事を言うのではなく、現実を直視しなければなりません。

 

 このようなテロ行為を犯した以上は、法にもとづき死刑となるのは当然当為ではないでしょうか。

 

 ところが、朝日新聞は「戦後最大規模の死刑執行、世界に衝撃 非人道的と批判も」と題したニュースを世界に発信し、実質的に死刑の不当性を訴えているのです。

 

 そして、EU加盟国+3ヶ国は、麻原死刑のニュースに呼応し「いかなる状況でも死刑執行には強く反対する。死刑は非人道的、残酷で犯罪の抑止効果もない」と声明を発表し、わが日本国に対して「引き続き死刑制度の廃止を求めていく」としています。

 

 わたしは、小ブログで、過去2回死刑制度について書きましたので死刑についてはそこそこ知識を持っており、次のように考えます。

 

 米国大学での大掛かりな調査により、死刑制度には犯罪の
 
  抑止効果が高いことが立証されている。
 
 EU諸国は日本の犯罪実態のデータを分析して発言すべきである。
 
  たとえば、日本は殺人が極めて低い国であることを知るべきだ。
 
  (201ヶ国中197位)
 
 わが国は、死刑存続論の人が圧倒的であり、麻原彰晃らを死刑
 
  にするなとの考えを支持する人は極めて少数である。
 
 日本は精神文化の豊かな先進国であり、EU諸国に指図される
 
  言われはない。まさしく内政干渉・越権行為ではないか。死刑が
 
  不要の時が来れば、その時は日本国民が判断し、法律を変えれば
 
  よい。

 

 因みに、平成26年度の内閣府世論調査から、死刑制度の存続についての国民の意識を見てみましょう。

 

 【死刑制度の存続】

 死刑は廃止すべきである      .7(%)
 
 わからない・一概に言えない  9.
 
 死刑もやむを得ない      80.

 

 【死刑制度を存置する理由(複数回答)

 死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちが
 
  おさまらない。(53.4%)
 
 凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ。(52.9%)
 
 凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような
 
  犯罪を犯す危険がある。(47.4%)
 
 死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える。(47.2%)

 

 8割の国民が死刑制度の存続を支持していることに注目しなければなりません。これだけの支持を受けているからには、死刑については、変な雑音は聞き流し、淡々と法を実行すべきではないでしょうか。

 

 オウム真理教は、現在、次の3団体に分かれて積極的に活動中。

 

 「アレフ」
 
 「ひかりの輪」(上祐史浩派)
 
「山田らの集団」(山田美砂子派)

 

 この3団体は、オウム真理教の後継を広言している「アレフ」はもちろんのこと「ひかりの輪」「山田らの集団」のいずれも麻原彰晃を師事していると公安当局は見ており、その活動を注視しています。現在総数1650、入会、帰依する人は続々と増えていると言われています。

 

 こんな恐ろしい集団が、地下鉄サリン事件の前後に、どうして「破防法(破壊活動防止法)を適用されなかったのでしょうか。一応適用は検討されたのですが“公安審査委員会”で否決されました。当時、公安審査会を主導していたのは弁護士3名(総委員数6名)ですから止むを得ません。

 

 と言うのも、当時、破防法適用に猛烈に反対したのは、日弁連(日本弁護士連合会)、社会党、共産党、憲法学者、市民運動家、左翼知識人(江川紹子・有田芳生氏など多数)、リベラルサヨク・マスコミ、であり、日弁連会長は「破防法適用は将来に禍根を残す」と声明まで発表していましたから。

 

 オウム真理教は名前をかえて、今も生きており、続々と増殖中であることを厳しく認識しようではありませんか。破防法適用に反対し、オウムを今にまで生き延びさせた連中の責任は重いと言わざるを得ません。

 

 それにしても、あの時、オウム真理教に破防法の適用をしていたらと思うと、かえすがえす残念至極。もしも適用しておれば、地下鉄サリン事件は防げていたかも知れないのですから。

 

 加えて、オウムに関して、こんな事実が出てきたことに驚愕と恐怖を覚えます。

 

 「教団は、自分の手で製造した70トンものサリンを霞が関や皇居に空中散布して大量殺人を実行し、混乱に乗じて自動小銃を持った信者が首都を制圧するという国家転覆計画を企てていた(オウム捜査を指揮した東京地検次席検事・甲斐中辰夫氏の回顧談)

 

 さいごに。麻原尊師?はどう見ても品性下劣にしか見えないのですが…。洗脳は恐ろしい社会をもたらします。洗脳の手法を常時使い真摯さに欠けるマスコミは、ある意味で麻原と同類であり、麻原彰晃を厳しく批判できないのではないでしょうか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年7月 6日 (金)

「税収大幅増」…景気回復の本格化!

 645回目のブログです                 

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  “一とせの 過ぎつるよりも たなばたの
                      こよひをいかに 明しかぬらん”

 
                        小弁(後拾遺和歌集)

 詞書…(七月六日<七夕の前夜>に詠んだ歌)

 織姫と彦星が、夜空に輝く天の川をはさんで、一年に一度だけ会うことを許されている七夕(たなばた)の逢う瀬はいよいよ明日。去年の七月七日から今日までの一年間のせつなさよりも、織女星は、今宵一夜を、どんなに待ち遠しい思いで明かしかねているのであろうか…。

 

 七夕、なかなかロマンティックな伝統ある祭りです。わが国には伝統的なお祭りが、全国いたるところで行われており、その地、その時代の特徴を彩り豊かに表現していることを見ると、民族の永き歴史と民俗の心の豊かさを感じないわけにはいきません。

 

 さて、現実の政治経済は、このような優雅な行事とは異なり、なかなか厳しいものがあります。例えば、デフレ脱却を目指したアベノミクス。思うように成果があがらず苦心を続けてきました。…が、ここにきて、経済指標に大きな変化が表れてきました。

 

 平成29年度の国の税収58兆円台後半
 
        景気回復で26年ぶり高水準

 

  平成29年度の国の一般会計税収が58兆円台後半になることが23日、分かった。前年度比で増収となるのは2年ぶりで、バブル期直後の平成3年度(59兆8000億円)以来、26年ぶりの高い水準となる。景気回復を背景に所得税、法人税、消費税の基幹3税がいずれも28年度を上回ったもようだ。
ただ、世界経済の先行きは不透明で、今後も税収増が続くかどうかは見通せない状況だ。
         (2018.6.24 産経ニュース一部抜粋)

 

 各紙一斉の報道ですから、財務省のリークでしょう。それにしても、こんな喜ばしいことはないにも関わらず、各紙とも、今後の見通しには、世界経済を背景に弱気であり悲観的

 

 例えば、毎日新聞は、上掲の産経と同じく「ただ、トランプ米大統領の保護主義的政策で、米国と中国や欧州連合(EU)などとの貿易摩擦が激化。世界経済が変調すれば、企業業績悪化などで税収に響く懸念もある。」と不安感横溢です。

 

 メディアの論調は、たとえ税収が大きく上がったにしても、世界経済の先行きは不安定であり、世界経済の変調により日本経済は一挙に悪化するとの見方をとっています。

 

 しかし、この見方は正しいのでしょうか。わたし達は、学校やメディアで、日本は貿易立国だと教えられたために、そう思い込んでいる節があります。GDPに占める貿易額の割合の世界ランキングは190位前後、先進20ヶ国で18位。輸出依存度は15%。わが国は輸出依存型ではなく、内需依存型なのです。

 

日本経済は、もちろん世界経済と深い関係にあることは知らねば人なりませんが、メディアの論調は、海外経済を心配するばかりで、一向に国内経済に目を向けようとはしていません。

 

 それにしても、税収がリーマンショック時の5割アップ。アベノミクスのスタート前から3割アップ。この素晴らしい結果を見れば『景気を良くすれば税収は増える』ことが明確になったのではないでしょうか。

 

 また、直近5月の完全失業率は2.2%に下がり、有効求人倍率は1.6倍になるなど、雇用環境は極めて良好に推移しています。

 

 これらの数値をもとに、経済のあり様を考えて見たいと思います。

 

 『景気を良くすれば税収は増える』ことが明確になったのであり、まず、景気を維持拡大することを本旨とすべきです。

 

 税収の主なものは、記事に記されているように、所得税、法人税、消費税。所得税は、景気が拡大すれば所得が増加し税収が増えます。また、景気拡大に応じて株価が上昇すれば、株式譲渡益からの税収も増えます。

 

 景気の拡大は法人税の増加となります。企業の売上の増加は当然利益の増加となりますが、その利益は売上の増加率よりも大きくなること(固定費はそんなに増えないため)は周知の事実でしょう。

 

 消費税は個人消費の増加に応じて増えます。景気の拡大は、個人消費の拡大に大きく依存しますから、その勢いを阻むべきではありません。

 

 日本経済は、輸出依存度は低く、内需経済の活発化に力を入れることが肝要であり、その成果はまだまだと言わねばなりません。

 

 以上を鑑みれば、これからやることは必然的に決まってきます。経済活性化、経済成長の微かな勢いを堂々たる奔流(ほんりゅう・激しい勢いの流れ)として発展させていくことであり、間違っても、この勢いを止めるべきではありません。

 

  そして、そのためには、次の二つの政策が、あらためて真剣に検討されるべきではないでしょうか。

 

  内需拡大策を積極的に講じる

 

  消費税の増税をやめる

 

  この二つを「政府特別宣言」として発信し、勢いを鼓舞する

 

 近年のわが国は、本来の日本人が有している“独立自尊”(福沢諭吉)の精神を忘れ、盲目的依頼心の塊のようになっているように思えます。自らを鼓舞することが大切です。

 

 たしかに、上の二つの命題を突破するには、足を引っ張る輩が魑魅魍魎(チミモウリョウ・いろいろな化け物)として跋扈(ばっこ・のさばること)しており、普通の力では不可能です。従って、細かなことに拘泥するのではなく、真の日本人としてのダイナミズム、新しき時代の経済のダイナミズムを索める強い姿勢が必要となるのではないでしょうか。

 

 税収の大幅アップがあきらかになりました。素晴らしい事ですが、まだまだこの数値では不足であり、この勢いを更に強化すべきだと思います。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年6月29日 (金)

米朝首脳会談…その毀誉褒貶を考える!

 644回目のブログです


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“白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあおにも 染まずただよふ”

 
         若山牧水(明治18年~昭和3年・歌人)

 雲ひとつない空の青、深く澄み渡る海の青、それに染まらずに漂う白鳥の姿は洵に哀しいではないか、哀感ただよう孤独な白鳥よ…。

 牧水自らの、清純な魂、高い志、多感な青春のすがたを白鳥に託した和歌であり、豊かな色彩、リズミカルな調べ、清らかな心が一体となった名歌として、人口に膾炙しているのも肯けます。

 

 牧水のこの和歌に託した高く清らかな志を思うにつけ、現実の政治のキナ臭さには、何とかならないのかという絶望的な気持ちになりかねません。考えても見てください。国内の政治は、もう1年半も連日連夜、いわゆるモリ・カケばかりが跋扈しており、常軌を逸しているのではないでしょうか。これは全く、明瞭な政治というものではなく、奇怪な闇夜の鍋を弄んでいるわが国リーダーの堕落を示していると言えます。

 

 目をわが国周辺にめぐらせば、何はともあれ、北朝鮮のことを真剣に考えなければなりません。そのエポックメーキングが6月12日、シンガポールでの「米朝共同声明」であることは周知の事実です。米朝が署名したこの共同声明については、毀誉褒貶が入り混じっていますので、ここで整理して考えて見たいと思います。

 

 【米朝共同声明】の骨子(4条項)

 

 ()アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けた両国国民の願いに基づいて、新しい関係を樹立するために取り組んでいくことを約束する。 

 ()アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する。 

 ()2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束する。 

 ()アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争中の捕虜や・行方不明の兵士の遺骨の回収に取り組むとともに、すでに身元が判明したものについては、返還することを約束する。

 

 これに関してのアメリカのメディア、特にMSM(メイン・ストリーム・メディア/主流メディア)は、すべてが否定的であり、トランプが敗者、失敗を犯すと痛烈に批判しています。海外の主要メディアの評価は次の通り(ニュースの視点/大前研一より)

 

  ニューヨーク・タイムズ:「声明の内容があいまい」
 
 ウォール・ストリート・ジャーナル:「中身がない」
 
 ワシントン・ポスト:「具体性のない声明」
 
 USAトゥデイ:「韓国に不意打ちを食らわせた」
 
 ファイナンシャル・タイムズ:「勝者は金正恩委員長」
 
 エコノミスト:「トランプはショーマンシップを発揮」

 

 確かに、主要メディアが主張するように、今回の声明では、米朝関係の肝でもある「北朝鮮の非核化」が具体化していないことは明白であり、また「非核化」の定義が北朝鮮と米国ではズレがあるのではないかと指摘されています。

 

 当初、米国が目指す北朝鮮の非核化の原則は、CVID(Complete, Verifiable, and Irreversible Dismantlement・完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)ですが、それが盛り込まれていないのです。

 

 更に、米国は、米韓合同軍事演習を中止し、近い将来「在韓米軍」の撤退をほのめかすなど、外から見れば、100%北朝鮮のペースのようでもあります。

 

 このように見てくると、トランプ大統領は、米国軍事力の善意の恫喝を背景に、金正恩委員長を信頼することで、非核化を実現できることを確信しているものと判断せざるを得ません。

 

 しかしながら、過去5回、北朝鮮は非核化の約束を破ってきています。

 

   1回目:韓国との約束    を破る(1993年)
 
2回目:米国との約束    を破る(2003年)
 
3回目:6ヶ国協議での約束 を破る(2006年)
 
4回目:6ヶ国協議での約束 を破る(2009年)
 
5回目:米国との約束    を破る(2013年)

 

 これを眺めれば、北朝鮮では、約束は破るためにあることになります。約束に対しての誠実さなどは微塵もないことがわかるのではないでしょうか。

 

 こんな不誠実な北朝鮮に対して、偉大なアメリカ合衆国が、またも、翻弄されて物笑いの種になるのでしょうか。アメリカの主流メディアは、トランプ大統領に対して、口汚くののしっていますが、主流メディアが間違っていないとは言えません。

 

 トランプ大統領が当選した時のことを思いだして見てください。トランプ氏を酷評した主流メディアのすべてが予測を誤り、大恥をかいたことを。

 

 トランプ大統領と金正恩委員長の会談は第1歩であり、すでに、第2弾、第3弾の日程も決まっており、動きを早めていると言われています。トランプ大統領が北の非核化に失敗するとすれば、トランプ大統領が外交上でピエロを演じたことになります。まさかそんなことってあるのでしょうか。

 

 メディアが勝って、トランプ大統領が負けるのか、あるいは、トランプ大統領が勝って、メディアが敗北するのか、まったく予断は許せません

 

 わたしは、ひょっとすれば、北朝鮮は非核化(核兵器を無効にする)を果し、経済活性化への道を進むのではないかとも思っています。なぜならば、核は放棄しても「化学兵器」「生物兵器」「弾道ミサイル」があれば、軍事大国としても悠然と闊歩できると考えてもおかしくないからです。

 

 そうは言うものの、約束の破棄と背信は北朝鮮の常。ウォール・ストリート・ジャーナルは「北朝鮮政府は今月のサミットで、米国と非核化の約束をしたにも関わらず、北朝鮮は、早いペースで各施設をアップグレードしていることが、新たな衛星写真の分析で示唆された」と報じています。……。

 

 いずれにせよ、北朝鮮は世界最貧の悪辣な個人独裁国家であることを忘れるべきではありません。どのような事態になっても厳しく対処することが肝要ではないでしょうか。

 

 ところで、わが国のマスコミを見れば、北朝鮮への融和ムードが演出され、何か明日にも、朝鮮半島に真の平和が来るような雰囲気が漂います。

 

 こんな状況に呼応して、さっそく、政治家が動き出しました日朝国交正常化推進議員連盟」(日朝議連・会長・自民党/衛藤征士郎氏)は、21日会合を開き、自民党から共産党まで約45人の国会議員が出席。

 

 彼らの主張は、米朝首脳会談でアメリカが国交正常化に踏み出した場合「日本だけが取り残される」「バスに乗り遅れるな」です。“バスに乗り遅れるな”…いつか聞いた言葉であり、マスコミに持て囃されるこの軽薄な言葉で誤った選択をした例は数多くあります。前のめり、焦り、彼らの姿勢そのものに問題があると言えるでしょう。

 

 さいごに。わが国は、米国と日本の国益は常に一致するのではないことを前提として、アメリカに決して追従せず「拉致・核・ミサイルの包括的な解決がなければ、北朝鮮支援は行わない」という従来方針を堅持すべきです。それが拉致解決と安全確保への正道ではないでしょうか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年6月15日 (金)

素晴しきかな湖東…近江八幡市を散策する!

 642回目のブログです


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“時ありて 花ももみぢも ひとさかり あはれに月の いつもかはらぬ”
 
                               藤原為子(鎌倉後期の歌人)

 花も紅葉も、それぞれの季節があって、盛りを見せるのに、あわれ深いことに、月はいつも変わらぬ姿で空にあることだ…。

 たしかに、月はいつも変わらずに存在し、不変のあわれの情趣がしみじみと心に沁みますが、さはさりながら、春の花、秋の紅葉、それぞれの一時の美しい姿には、心浮き浮きとする情緒が自然に沸き起こってきます。

 

 梅雨のしっとりとした空間には、数多くの種類で多彩な色づかいを誇っている花菖蒲(はなしょうぶ)紫陽花(あじさい)が似合います。花あればこそ、ジメジメした鬱陶しさを払い除けてくれ、梅雨はつゆとしての情趣を味わうことができるのではないでしょうか。

 

(今回のブログは、先日の米朝首脳会談を取り上げるべきかも知れませんが、少しく時間を置いてから論じてみたいと思います)

 

 さて、日本の国土は、春、夏、秋、冬、のいずれの季節であってもそれなりの魅力を有しています。そのなかで、四季のなかで最も情趣豊かな春と秋に、古都である京都や奈良、およびその周辺の歴史と文化と自然に触れるべく、気の置けない10名前後の友人と、散策をはじめてから今回の散策で21回目、11年目に入りました。

 

 それにしても、どこを訪ねても、書物から得た多少の知識があるだけですから、実際に訪れると新鮮な驚きの連続です。わが国の歴史の奥行きの深さにあらためて感動するとともに、日本の四季のきめ細やかな変化と色彩の豊かさに感動を覚えます。

 

 610日、日曜日、わたし達は歴史に名を残す滋賀県の湖東にある近江八幡(おうみはちまん)市を訪れることにしました。天気予報では、当日は台風の影響により雨から大雨となっていましたが、晴れ男・晴れ女が居たからでしょうか、ほんの小雨が時折ぱらつく程度であり、曇り空のなか快適な散策となり、丸一日を満喫しました。

 

 京都駅集合 ⇒(JR35)⇒ JR近江八幡駅 ⇒(徒歩50)⇒ 八幡山ロープウェー  ⇒【八幡山城跡】⇒ 八幡山ロープウェー ⇒ 【日牟禮八幡宮】⇒(昼食)⇒【かわらミュージアム】⇒ 【八幡堀】⇒【近江商人の街並み】⇒ JR近江八幡駅打ち上げ解散 ⇒ 京都駅

 

 近江八幡市は、わが国最大の湖である琵琶湖の東にあり、人口81,000人。豊臣秀吉の甥から養子になった豊臣秀次が築いた城下町を基礎とし、近世は商業都市として発展しました。いわゆる近江商人の発祥の地として有名です。

 

 近江八幡駅から八幡山ロープウェー登り口まで歩きましたが、道路は、車道も歩道も幅広く、ゆったりとした街の印象を持ちました。

 

【八幡山城跡(はちまんやまじょうせき)


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(西の丸跡からの眺め)
 

 天正13(1585)、豊臣秀次により築城。標高272m、急峻な山に築城されましたが、今は石垣を残すのみです。西の丸跡からは、琵琶湖、比良山系の眺望が素晴らしく、何か往時を懐かしく偲ばせるものがあります。

 

 山頂は、徒歩で1周30分の適度な散策コースとなっており、本丸跡には秀次の母日秀尼が開基した村雲門跡瑞龍寺が移転されています。なかなかの散策コースです。

 

【日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)

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 日牟禮八幡宮の祭神は、誉田別尊(ほんたわけのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、比賣神(ひめかみ)の三柱。創建は131()と驚くばかり古く、その雰囲気は境内全体にうかがうことができます。

 

 古くから近江商人の信仰を集め、毎年1000年以上の歴史を誇る「八幡まつり」(松明祭)が斎行されます。10mの大きな松明など30本が仕掛け花火とともに勇壮な火柱を上げるそうですから、一度は見てみたいものです。

 

 ここで昼食。近江牛の老舗が経営する八幡堀のレストランで牛丼を食しました。喉を潤すべく生ビールも合わせましたので、身体もシャンとしたところです。

 

【八幡堀(はちまんぼり)

 

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 八幡堀は、豊臣秀次が八幡山城を築城した際、市街地と琵琶湖を連結するために造られた堀であり、軍事的な役割と商業的役割を兼ねたもの。八幡堀により船や人の往来が増えたことで商業が発達し、江戸時代には、近江商人(八幡商人)による町の発展に大きな役割を果たしました。堀沿いには裕福な豪商たちの白壁の土蔵や旧家が建ち並び、江戸時代を偲ばせます。堀沿いの花菖蒲が咲く小道を歩きましたが、水と花と石畳、いかにも風情のある道であり、まことに心の落ち着く見事な堀です。
 

【かわらミュージアム】

 

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 近江八幡は城下町として、また商業都市として繁栄し、歴史的な景観にも恵まれたまちです。その一端を支えたのが、八幡瓦の魅力を随所に生かした建築であるといえるでしょう。

 

 信長と秀吉は金(きん)を惜しげもなく使い権力と美を追求したといわれます。近江八幡市には信長型と秀吉型の2種類の「金箔瓦」が出土。金箔を瓦の凹面に貼る信長型は安土城跡から、金箔を瓦の凸面に貼る秀吉型は八幡山城跡と秀次館跡から。瓦にもいろいろな歴史があることを知らされました。残念なことに、近江八幡には瓦を製造する工場はもう一軒も存在していないとのことでした。

 

【近江商人の街並み】

 

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 近江商人発祥の地である近江八幡。その街並みは重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。かなり広範囲の街並みは往時の隆盛を示しており、ゆっくり散策しても飽きはこず、これだけ整備された古き街並みは記憶にはありません。景観の保存に尽力された努力に頭が下がります。

 

 この地は、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家であるウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築作品を遺しています。

 

 近江商人と言えば、伊藤忠、丸紅、ワコール、西川、など多くの実業家を輩出しており、その商売の精神は「三方良し」(売り手よし、買い手よし、世間よし)として高く評価されています。日本型資本主義の極意というべきでしょうか、大したものだと思います。

 

 これで、湖東・近江八幡市の散策は終わり、近江八幡駅の近くで打ち上げのビールで乾杯のあと、帰路へと向かいました。

 

 みなさんにも、近郊の歴史散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年6月 8日 (金)

世界最大の債権国・日本…大胆な政策を!

 641回目のブログです

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  “弱体の国家は、常に優柔不断である。
 
     そして決断に手間取ることは、これまた常に有害である。
 
     このことについては、私自身確信をもって言える。
 
     国家活動において、物事を曖昧にしておいたことが、
 
     フィレンツェ共和国にとっていかに有害であったか
 
     私自身が体験した事であったからだ。”
 
    (マキャヴェッリ・伊ルネサンス期の政治家)

 6月に入り、初夏を通り越して盛夏ともいうべき暑い日々が続いています。そんな時、国際政治ではメトロノームのように情勢が多きく振れているため、著名な識者もなかなか予測がつかないようです。 

 いよいよ、米朝首脳会談が行われる手はずになっており、安倍内閣は、それに関連する当事者として、耳をそばだて、目を皿の如く注視しているのではないかと思われます。

 

 一方、大方の野党およびリベラルサヨクのマスコミは緊迫する国際情勢には目をつむり、相変わらずモリ・カケという内輪の問題に執心のご様子。米朝会談の進展はわが国にとんでもない影響を及ぼすことは確実であり、その対応について、すべての政治家が、みずからの使命として、真剣に議論しなければならないのではないでしょうか。

 

 わが日本国は、世界の中で、まだまだ経済では、押しも押されもせぬ大国であることを認識し、それを背景に政治の局面で“渾身の力”を発揮してほしいと願うものです。

 

 とは言うものの、マスコミや識者には、わが国が、大国から中堅国へと弱体化の道を歩んでおり、将来には悲観あるのみとの言説を唱える人が多く存在しているのは確かです。ここでは一つの観点からそれが事実、真実かどうか考えて見たいと思います。(5月25日発表された「本邦対外資産負債残高」財務省などを参考にします)

 

 【本邦対外資産負債残高(平成29年<2017>末現在)

 

  (資産)          (負債)
 
  直接投資    175   直接投資    29
 
  証券投資    463   証券投資   378
 
  金融派生商品   34   金融派生商品  34
 
  その他投資   198   その他投資  244
 
  外貨準備    142
   (資産合計) 1,012     (負債合計)  684
 
               (純資産合計) 328
 
   ※単位:兆円
 

 

 日本経済は良くなってきてはいますが、財政状況の劇的な好転は見込めず、マスコミやエコノミストの中には、日本経済は明日にも破綻するとの論を説いている人が大勢います。それにもかかわらず、為替市場においては、相変わらず「安全資産としての円」が求められているのです。その要因の大きなひとつが、上記の対外純資産が健在であり27年間も世界最大だということを認識しておきましょう。

 

 【本邦対外資産負債残高の推移】

 

          (資産) (負債) (純資産)
 
  平成24年末   659  360  299
 
    25 ∥   798  472  326
 
    26 ∥   942  579  363
 
    27 ∥   950  611  339
 
    28 ∥   986  650  339
 
    29 ∥  1,012  684  328
 
                 ※単位:兆円

 

 推移を見ても、対外純資産が堅調であることはわかります。

 

 【対外純資産(平成29年<2017>末現在)

 

  (上位3ヶ国)
 
  ①日本   328(兆円)
 
  ②ドイツ  261
 
  ③中国   205

 

 2016年は、ドイツと中国がほぼ同じでしたが、2017年末にはドイツは中国を蹴落とし、日本を追い上げる勢いを増しています。

 

 【円/USドル 為替レートの推移】

 

  平成24年(2012)    79.8(円)
 
    25年(2013)   97.
 
    26年(2014)  105.
 
    27年(2015)  121.
 
    28年(2016)  108.
 
    29年(2017)  112.
 
    30年(2018)   108.0(1月~5月平均)

 

 為替の変動も、第2次安倍政権(平成24年末発足)の金融政策から円安になってきましたが、今年はどうやら円高の傾向を迎えてきています。

 

 ところで、わが国では、財政収支における赤字が声高に指摘されます。国際的にはどうなっているのかということに目を向けてみましょう。

 

 【財政収支の国際比較(2018年 対GDP)

 

  アメリカ ▲4.5%(社会保障基金を含む)
 
  日本   ▲4.2 (    ∥    )
 
  フランス ▲2.8 (一般政府ベース)
 
  イギリス ▲2.1 (   ∥   )
 
  イタリア ▲1.6 (   ∥   )
 
  カナダ  ▲1.4 (   ∥   )
    ドイツ  △1.5 (   ∥   )

 

 わが国は一般政府ベースでは▲3.8%となります。それにしても、世界で悪い方の二番手ですから根本的な対策が必要になることは論を待ちません。

 

 財政は大幅な赤字。一方、対外資産残高は世界一。どう考えればいいのでしょうか。単純に考えれば、財政を改善するには、GDPを大きくするか、あるいは財政支出を減らすか、あるいはどちらの政策も追求するかしかありません。

 

 そうであるとすれば、対外資産残高を誇れるうちに、積極的で大胆な政策を講じて成長路線を歩むことが大切だと考えます。もう成長なんて出来っこないという敗北主義は脱ぎ捨てて、新しい時代を創造するのだとの強い姿勢を持つことが求められます。将来人口の減少に怯えるのではなく、それを克服する政策(人口増対策、AI・ロボットなどの産業技術振興、新技術の創生など)を積極的に打ち出すべきではないでしょうか。

 

 そのためにも、あらゆる政策を総動員しなければなりません。ただし、原則を欠いたやみくもな政策はとんでもない結果を招くことを認識し、軸と絆を失いふらふらしている社会から、真の“国家・国民主義”にもとづく豊かで安定した国への展望に沿った政策を採るべきではないでしょうか。たとえば、間違っても、安倍内閣の推進する現在のような原則なき移民政策は採るべきではありません。近い将来に大きな禍根を残すことは間違いありませんから。

 

 わたし達は、もっと自信をもって、経済の成長を含めた将来を語ろうではありませんか。わが国は世界最大の債権国であり、大国ですから、それなりの使命があるはずです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年6月 1日 (金)

韓国人の8割が金正恩委員長を“信頼”!

 640回目のブログです                           

2018612

   「心をひらく」 

   人生をひらくとは心をひらくことである。
 
心をひらかずに固く閉ざしている人に、人生はひらかない。
 
「ひらく」には、開拓する、耕す、という意味もある。
 
いかに上質な土壌も、コンクリートのように固まっていては、
 
よき種を蒔いても実りを得ることはできない。
 
心をひらき、心を耕す――
 
人生をひらく第一の鍵である。

 

 社会教育家の田中真澄さんが講演でよく話される言葉だそうですが、こころを開くことは全ての人に求められ大切なことだと言えましょう。しかしながら、特に求められるのは、社会のリーダーでしょう。上に立つ人が、人間性に問題を抱えており、それゆえに判断に間違いが生ずれば、その組織が大変な事態に至ることはわたし達の周辺でも見聞きすることでもあり、近くは、日大アメフト部の例をみてもあきらかです。

 

 更に、大きく求められるのは国家のリーダーではないでしょうか。この観点から、隣国の韓国や北朝鮮について考えてみたいと思います。

 

 先月4月27日、朝鮮半島38度線の板門店で南北首脳会談が開かれました。北から南へ、軍事境界線を歩いて越えた北の金正恩委員長と南の文在寅大統領の映像が世界に拡散され、南北融和、南北統一の希望的雰囲気がパフォーマンス的に醸成されていたことは周知のとおりです。

 

 しかし、共同宣言(板門店宣言)の内容は、非核化への努力は記されていたものの、具体的プロセスはなく、核の廃棄の言及もなく、ふんわりとした曖昧なものでした。

 

 ところが、この南北首脳会談を契機に、韓国メディアは平和ムード』一色となり、国内世論も劇的な変化を見せたのです。韓国ギャラップ社の世論調査を中心に具体的に見ていきましょう。

 

 【大統領支持率】(就任1年目の歴代大統領と比較)

 

  文在寅現大統領 83%(2018年)<不支持率10%>
朴槿恵前大統領 56 (2014年)
李明博元大統領 34 (2009年)
盧武鉉元大統領 25 (2004年)
金大中元大統領 60 (1999年)
金泳三元大統領 55 (1994年)
盧泰愚元大統領 45 (1989年)

 

 何と、文在寅現大統領は歴代最高の支持率。左翼政権は、盧武鉉と文在寅ですが、文在寅氏の方が圧倒的に支持されていることが分かります。不支持が極少であることにも注目。

 

 【文在寅大統領の分野別の政策評価】

 

   北朝鮮政策 83(%)
 
  外交    74
 
  福祉    55
 
  高官人事  48
 
  経済    47

 韓国経済は悪いと言われる中で47%も支持とはわが国と感覚が違います。3月の失業率は4.5%。問題は青年層。15~29歳の青年層の失業率は11.6%、臨時パートの就職浪人を加えた拡張失業率は何と「24%」に達しています。

 

 そして、文政権は就職難緩和に向け、大学4年生を日本に留学させ、日本で就職先を探す政策を推進しており、留学生の大量受け入れを日本政府に働き掛けています。(苦しい生活を余儀なくされている日本人学生を支援するのではなく、とにかく韓国を支援しようとする勢力が政府、与党、野党およびマスコミにゴマンと存在することに警戒の目を向けなければなりません)

 

 【南北首脳会談の結果の評価】

 

   よかった   88%
 
良くなかった  5%

 

 【北朝鮮は合意内容をよく守るか】

 

   よく守ると思う  58%
 
守らないと思う  20%

 

 北朝鮮に対しての警戒感は極端に薄らぎ、完全に融和ムードに浸っていると思えます。約束、協約を守ると考える人がそうでないと思う人の3倍も存在することに驚きます。最後に、最も重要な調査結果をごらんください

 

 【金正恩委員長への信頼度】

 

   とても信頼できる  17.1(%)
 
  概ね信頼できる   60.
 
    (計)      (77.)

 

 驚愕の数字! 8割に近い韓国民が北朝鮮の金正恩委員長を信頼できると答えたのですから。つい、昨日までは全く信頼していなかったのが、一日にしてコロッと変わる、そんなことって先進国では考えられません。

 

 確かに、韓国、朝鮮は歴史をファンタジーと捉え、妄想・幻想・空想という情念に生きる民族と言われており、理性と知性で判断できないことは重々承知していますが、それにしても…の不可解さに戸惑ってしまいます。

 

 考えても見てください。金正恩委員長は、完全なる独裁者であり、人権弾圧国家の支配者であることを。また、つい先日、金正恩は「叔父を銃殺刑に」「兄を毒ガスで殺害」した残忍極まりない人物であることを。

 

 韓国人は、報道でそのことを間違いなく知っています。そして、北朝鮮がチュチェ思想の独裁体制ゆえに数百万人の餓死者をだしたことも知っているにもかかわらず、その若きドン(首領・首魁)を信頼するのはなぜでしょうか。ジャーナリストの崔碩栄氏によれば次の三つ。

 

 教育とメディアの沈黙がもたらした「過去の忘却」
民族主義的な真理 ―「価値観」より「血」を強調
目の前の利益だけを追う韓国
 
  ―北朝鮮観光と平壌冷麺の話に夢中の韓国人たち
 
      (5/14 WEDGE Infinityの論稿から)

 

 わたしは、このうちの②の“「価値観」よりも「血」”が最適解だと考えます。以前にも書きましたが、朝鮮民族は自民族優越主義を根底に持っており、朝鮮民族の純粋性の観点から言えば、韓国は北朝鮮よりもはるかに劣っているのです。なぜならば、北朝鮮はチュチェ思想での民族主義を旗印にしてきていますから。

 

 したがって、韓国の人々は北朝鮮をずっと仰ぎ見てきました。その首領が独裁者であり、殺人者であり、人権抑圧者であったとしても、韓国人の脳内では光り輝く存在になっていると考えるべきではないでしょうか。

 

 そうであれば、もしも近い将来、南北が連邦国家として統一するとすれば、周辺国家を考えず南北だけの力関係を見た場合、完全に北が権力を掌握する体制となるでしょう。今、文在寅大統領や韓国左派は北を歓迎し、ひれ伏している状況ですが、本当に、北の金正恩委員長は心を開いたのでしょうか。

 

 それにしても、朝鮮半島は不可解です…。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年5月25日 (金)

福沢諭吉「スポーツ論」…日大アメフト事件に思う!

 639回目のブログです

 

  “「正道」を行ない、それを楽しめ”
 
           西郷隆盛(維新の三傑)

 

 西郷隆盛は、十の「訓え」のなかで、こうも言っています。「理不尽は理不尽のままでよい。自分が理不尽なことをせねばよい」と。

 

 5月の好季節、報道によれば、京都では青紅葉(あおもみじ・カエデ)が見ごろになっているそうです。秋の紅葉で有名な東福寺、北野天満宮、光明寺などが、新緑の眩しさに大きくつつまれ、拝観者の心を清々しいものにしてくれるとして人気が集まっています。

 

 わたし達は、汚濁なものよりも清浄なものに触れるべく、それが最も感じられる「自然」の若緑が豊かなところに足を運びたいと思うものであり、間違っても、汚い所へは足を運びたくはありません。

 

 ところが、人間社会はそうもいかず、あの爽やかであろうスポーツの世界、ましてや大学スポーツの世界で、とんでもない不祥事が発生しました。普通ならば決してありえないことですが、アメリカンフットボールの「日本大学」対「関西学院大」で生じた事件を考えてみたいと思います。

 

 日大アメフト悪質タックルは監督の指示か
 
   「最初のプレーで相手のQBにけがをさせる」

 

  悪質なタックルは6日に都内で行われた定期戦で発生。日大選手が、無防備な状態の関学大クオーターバック(QB)に背後からタックルするなど複数回の反則行為を繰り返した。QBは右膝軟骨損傷と腰の打撲で全治3週間との診断。その後、左足のしびれも訴えたため、精密検査を受け「椎間関節のよじれによるもの」と診断された。
        (2018/5/15 スポーツ報知 一部抜粋)

 

 テレビでは、どのチャンネルも朝から晩まで、何回も何回も、この場面を連日放映していますから、ほとんどの人が映像を見たことがあるでしょう。

 

 日大の守備選手が行ったプレーは、異常、異様であり「殺人タックル」とも言うべき犯罪行為であり、全治3週間の重傷どまりで良かったと胸をなでおろしました。場合によっては死に至った可能性もあるのです。

 

 アメフトは、競技中の事故で、半身不随や死んだりすることもあるほど危険な競技です。そうだからこそ、あの重いプロテクターを装着してプレーし、危険から守ろうとしているのであり「無防備」な選手を背後から狙うなんて完全なルール違反であり、悪質極まりない事と断定できます。

 

 ところが、この行為が「監督からの指示」である可能性が高いと報道されています(日大関係者は一応否定していますが真相はいずれ明らかになるでしょう)。 もしもそうであるならば、日大アメフト部の監督は全職務を辞職し、アメフト部は1年間の謹慎あるいは解散すべきではないでしょうか。なぜならば、これを許せば、アメリカンフットボールというスポーツは成り立たないばかりか、これは単なるルール違反ではなく、刑事事件に当たるほどの重大な犯罪ですから。すでに被害者から被害届も警察に出されており、この事件がどのような決着を迎えるのか、大いなる関心があります。

 

 わが国のスポーツ界では、最近、次のような不祥事が続出していることに留意しなければなりません。
  ・カヌー選手の禁止薬物混入事件
  大相撲横綱のリンチ暴力事件
  レスリング界のパワハラ事件

 

 なぜこのようなことが生じるのでしょうか。これにはスポーツに携わる人達の根本的な認識に何か間違いがあるような気がしてなりません。

 

 そこで、慶応義塾の創設者にしてスポーツの意義を明らかにした福沢諭吉のスポーツ論をひもとき、あらためて考えてみたいと思います。

 

 福沢諭吉は大阪の『適塾』で、わが国の先端医学を拓く蘭医の緒方洪庵に学びました。そして、諭吉は、洪庵の訳である「健康」の維持増進を重視し、運動・スポーツの意義を早くから認め、慶応義塾では、古くから塾生の健康に留意し、スポーツも盛んでした。

 

 それを示すものとして、福澤諭吉の墨書に「身体健康精神活発」があります。身体が健康であってはじめて精神が活発になると言う意味でしょうか。また、少年に対して「精心は活発、身体は強壮(こころはいきいき、からだはじょうぶ)」という語りかけもしています。

 

 さらに注目すべきこととして、明治26年(1893)3月22日の時事新報社説【体育の目的を忘るゝ勿れ】において、目的を忘れた体育重視に対して警鐘を鳴らしていることです。

 

  全国の学校でも学生が体育を重んじるようになってきたのは喜ばしいことではあるが、その目的を忘れてはならない。

 

  目的は「身体を練磨して無病壮健ならしむれば、随て精神も亦活発爽快なる可きは自然の法則にして、身心ともに健全なる者は、能く社会万般の難きを冒して、独立の生活を為すことを得るの利あるが為のみ」

 

  ところが、世間の「体育熱心家」を見ると「身体発育が人生の大目的となってしまい、腕力抜群の称を得られればそれで全て終わり」とでもいうような感がある。

 

  「近来、世間の体育論者の中に往々其目的を誤解する者少なからざるを見て、一言以て反省を促すのみ。」

 

 いち早くスポーツを導入した福沢諭吉が、学生における「体育・スポーツ」の目的を忘れた姿に警鐘を鳴らしていることに驚かされます。あらためて素晴らしい教育者であることを認識しました。

 

 また、今上陛下が皇太子殿下の折の東宮御教育常時参与でもあった第7代慶應義塾塾長・小泉信三は、スポーツについて次のように語っています。(山内教授・慶応義塾史にみるスポーツより)

 

 【スポーツが与える三つの宝】

 

  「練習の体験を持つということ」
 
    (練習によって不可能を可能にするという体験)

 

  「フェアプレーの精神」
 
    (フェアプレーというのは、正しく戦え、どこまでも争え、
 
    しかし正しく争え、卑怯なことをするな、不正なことを
 
    するな、無礼なことはするな、ということ)
       
 Be a hard fighter and a good loser!
    (果敢なる闘士であっていさぎよき敗者である)

 

  「友」

 

 小泉信三も素晴らしい言葉を残していますね。それに比べ、日大アメフト部の所業は②のフェアプレーの精神と真逆の振る舞いに見えます。殺人的なタックル、それを平然と見過ごし、容認さえもし、すぐには詫びも会見もしない日大の指導者、…フェアプレーの精神はどこにいったのでしょうか。

 学生スポーツの草分けでもある福沢諭吉先生が草葉の陰で嘆いておられるように思われてなりません。

 

 あらためて、スポーツの意義について考えたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年5月18日 (金)

今、「政治倫理綱領」を読む!

 638回目のブログです

 
20185183
   (衆議院議場)

  “まつりごと 正しき國と いはれなむ
 
         もものつかさよ ちから盡して”
 
             明治天皇御製(明治37年)

 政治が正しく行われている国であると、国民からも諸外国からも言われるように、百官諸々の司たちよ、共に力を尽して行こうではないか…。

 

 明治天皇は9万3000余首という厖大な数の和歌を詠まれています。上の和歌を拝読しましたが、やはり天皇(すめらみこと)というお立場からくるものでしょうか、清澄な雰囲気が滲み出ており、特に、ももの司という言葉に大和ことばの高い品格を感じます。

 

 今、国内の政治が混沌としており、その内容も下衆っぽいことをめぐっての政治的駆け引きばかりが目立ちますが、政治家も、官僚も、これで良しと思っているのでしょうか。もしもそうだとすればあまりにも情けないと言わざるを得ません。

 

 たまには明治天皇の御製などに触れ、己の、日本人としての魂を清らかにすることなどを考えるべきではないでしょうか。そうすれば日ごろ積み重なった薄汚れた精神が洗われること間違いないと思います。真の文藝はそれだけの力を有していますから。

 

 さて、先週のブログでは「新聞倫理綱領」を取り上げ、現在の新聞業界が綱領から遠くに離れ、あまりにも荒んできていることを指摘しました。

 

 そこで、今週は、政治家、特に国会議員のあるべき姿、倫理について定められている「政治倫理綱領」について考えたいと思います。

 

 「政治倫理綱領」は、時の腐敗と汚濁と理念を欠いた政治姿勢の反省から、昭和60年(1985)に衆議院と参議院の両院で制定されたものです。

 

 一読、美しい言葉が並んでおり、目が眩むほどです(まさしく先週の「新聞倫理綱領」と同じ印象を持ちました)

 

 【政治倫理綱領】

 

 政治倫理の確立は、議会政治の根幹である。われわれは、主権者たる国民から国政に関する権能を信託された代表であることを自覚し、政治家の良心と責任感をもつて政治活動を行い、いやしくも国民の信頼にもとることがないよう努めなければならない。ここに、国会の権威と名誉を守り、議会制民主主義の健全な発展に資するため、政治倫理綱領を定めるものである。

 

 ※現在の政治状況を見れば、政治家が国民の信託を受け、政治と真正面に取り組んでいるとは到底思えません。世界が、特に東アジアが激変の真っ只中にある時、小さな国内問題の足の引っ張り合いだけを生き甲斐にしている姿、…これはまさしく奇異としか言いようがありません。国会議員の最大の使命は国を守ことであり、そのためのより良き体制を議論、決定すべきではないのでしょうか。

 

  口幅ったいようですが、政治倫理綱領を絵に描いた餅にするのではなく、自ら書いたものを神棚に供え、月に一度は真剣に口の端にのぼらせ、自覚をもって国民の信頼に応えるよう努めるべきだと考えます。

 

 【一】
われわれは、国民の信頼に値するより高い倫理的義務に徹し、政治不信を招く公私混淆を断ち、清廉を持し、かりそめにも国民の非難を受けないよう政治腐敗の根絶と政治倫理の向上に努めなければならない。

 

 ※長期にわたってマスコミと国会で騒がれているのが「森友・加計事件」いわゆるモリ・カケ問題です。これは、安倍首相サイドの脇の甘さが原因のフラチなことなのか、戦後最大級の倒閣運動のための報道犯罪なのか、識者によって見方が異なります。

 

  森友・加計の点については、大所、高所からの議論が必要であるにもかかわらず、枝葉末節なことにばかり目が行き、些事偏見の類が多すぎるように思えてなりません。

 

  また、大きく騒がれた「忖度」(そんたく・他人の心を推しはかり配慮すること)は、すべての組織でも存在することであり、ある意味で美徳としなければならない面もあることを指摘したいと思います。しかしながら“瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず”(かでんにくつをいれず、りかにかんむりをたださず「古楽府・君子行」)という格言もあり、疑惑をもたれるような公私混淆は避けるようにつとめるべきではないでしょうか。

 

 【一】
われわれは、主権者である国民に責任を負い、その政治活動においては全力をあげかつ不断に任務を果たす義務を有するとともに、われわれの言動のすべてが常に国民の注視の下にあることを銘記しなければならない。

 

 ※政治家が“主権者である国民に責任を負い”と言うのであれば、今、北朝鮮問題が急迫している時、各政党は、なぜ、国会で全党一致して「拉致被害者救出宣言」を発しないのでしょうか。北の拉致はわが国主権の侵害であり、人権の侵害でもあります。そうだとすれば、政府・国会・司法の日本国三権が団結している姿勢を北朝鮮の独裁者・金委員長に見せつけなければなりません。このような行動を取って初めて日本のリーダーと呼ぶに相応しいと考えます。まさに今が千載一遇のチャンスと言うべき。

 

  わたし達国民は、永年に亘る拉致家族の皆さんの悲しみを思うと胸が張り裂けますが、政府、各政党、司法のトップ層は、そのような感慨に至らないほど鈍感であり、人間性を欠いているのでしょうか。政治倫理綱領に素直に従ったらどうでしょう。

 

 【一】
われわれは、全国民の代表として、全体の利益の実現をめざして行動することを本旨とし、特定の利益の実現を求めて公共の利益をそこなうことがないよう努めなければならない。

 

 ※綱領の通り、何も言うことはありません。地元、業界、組合など、いづれも重要な支援者でしょうが、ここという重要な場面では、国益、公共益の立場に立ってほしいものです。

 

 【一】
われわれは、政治倫理に反する事実があるとの疑惑をもたれた場合にはみずから真摯な態度をもつて疑惑を解明し、その責任を明らかにするよう努めなければならない。

 

 ※綱領の通り。真摯な態度をみせるべきです。

 

 【一】
われわれは、議員本来の使命と任務の達成のため積極的に活動するとともに、より明るい明日の生活を願う国民のために、その代表としてふさわしい高い識見を養わなければならない。

 

 ※政治家には、些事、些末なことはさて置いて、国家意識を明確に持ってもらいたいと願うものです。国家意識の乏しい政治家が多すぎるので、国会の議論が空回りし、時間を浪費しているように思えます。国家意識のない人は政治家になるべきではありません。そのような人は国民にとっては大迷惑。今や、世界は激烈な競争社会であり“井の中の蛙、大海を知らず”の人材では世界に伍していくことはできないでしょう。謙虚な姿勢のなかでの高い識見が求められていることははっきりしています。

 

 国会の騒動をみると何ともあきれ果てます。傲慢、横柄、汚いヤジの応酬、上から目線、国会内プラカード、国会18連休・職場放棄、パフォーマンスのオンパレード、…いかにも低レベル。政治家には、良識と美徳に溢れた政治倫理綱領のレベルに早く戻り、真の選良としてご活躍願いたいものです。

 

 それとも、政治倫理は見果てぬ夢?

 

 “政治家に古典道徳の正直や清潔などという徳目を求めるのは、八百屋で魚をくれというのに等しい”(秦野章法務大臣)という名言の通り、元々倫理感等を持たない人に、それを求めること自体が無理なことなのでしょうか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年5月11日 (金)

「新聞倫理綱領」は生きているか!

 637回目のブログです

 

“月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして”
 
                在原業平
(平安初期・古今和歌集)

 

 この月は以前の月ではないのか。春は去年の春と同じではないのか。わたしひとりだけが昔のままであって、月や春やすべてのことが以前と違うように感じられる…。

 

 月や春がかつてと同じであることは疑いのない事だが、自分の心が変わったからなのか、それらが以前と違うように見えて仕方がないと感じた在原業平の心境を、現代のメディア世相に当てはめてみたいと思います。

 

 新聞はまだまだ主力のメディアですが、近年の記事を見れば、かつてとは大きく変わり、捏造、虚報、誤報、印象操作の報道記事や異常なコラムが闊歩しているように思えて仕方ありません。

 

 しかしながら、新聞が報道の論調を少しも変えていないことを考えれば新聞は元のままであり、反対に、私自身の心が大きく変わったからそう思えるのかも知れません。はたしてどっちなのでしょうか。

 

 最近、企業や官庁で、不法、不正なことが続出し、いわゆるコンプライアンスが周知徹底されていないことが指摘されています。企業にとってのコンプライアンスは企業倫理、企業規律とも言われている重要な課題であることは言うまでもありません。

 

 とは言うものの、単に掲げておくだけでは意味をなさず、現実に現場において実行されなければ絵に描いた餅になってしまいます。

 

 日本新聞協会は平成12年(2000)、21世紀を迎え、新しい『新聞倫理綱領』を定めました。マスコミは第4の権力と言われるほど強大な権力を保持しており、新聞はマスコミの雄です。その権力を行使するに当たって、新聞倫理綱領に掲げられた崇高な精神が、発揮されているか、絵に描いた餅になっているかを吟味したいと思います。

 

 一読、美しい言葉が並んでおり、目が眩むほどです

 

【自由と責任】

 

 表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない。

 

 ※「表現の自由は“人間”の基本的権利」…これは立派な言葉です。が、表現の自由のない国(中国などの全体主義国)におもねるのはどうしてなのでしょうか。たとえば、中国のチベットやウイグルへの民族的・宗教的・経済的・政治的弾圧をなぜ報道しないのか全く理解できません。

 

【正確と公正】

 

 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。

 

 ※「報道は正確かつ公正」…こんなことは決してありません。たとえば朝日。朝鮮(北と南)の報道に胸を当てるべきではないでしょうか従軍慰安婦問題」では捏造、虚報記事のオンパレード、世界に対して日本人を辱める報道を続け、やっと間違いを認めるも英文での訂正は行わず頬っ被り。また、今に至るも国民に対しての謝罪は行われていないと言う面妖さです。

 

  アメリカ大統領選において、事前の選挙報道でトランプ大統領が優勢であったことを一度も報じていないという愚かしさ。常に党派とかイデオロギーで見る習慣がついているために、現実を見ることができなくなったとしか思えません。どうして、正確かつ公正と言えるのか、理解に苦しみます。

 

【独立と寛容】

 

 新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。

 

 ※「寛容」という言葉の真逆の存在が一部の新聞にあります。朝日新聞社は『徹底検証「森友加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』の著者小川榮太郎氏と出版社の飛鳥新社を名誉棄損で5,000万円の損害賠償を求めています。巨大新聞社が民間の一言論人と小さな出版社を巨額の賠償金をもって訴えるのは、言論人としてのプライドを捨て裁判所にことの善悪の判断を求めるという、実に滑稽な構図を示していると言わねばなりません。

 

 これは、まさしく、スラップ訴訟そのものです。スラップ訴訟(Strategic Lawsuit Against Public Participation・恫喝訴訟・威圧訴訟)は先進国では法律で禁じられていますが、わが国では、現時点で法律はできていません。

 

  強者が言論以外で弱者を恫喝する姿勢を寛容とは言わず「寛容」の言葉があきれています。朝日新聞は、あまりにも酷薄過ぎるのではないでしょうか。

 

【人権の尊重】

 

 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。

 

 ※ぜひとも、こうして貰いたいものです。実態は、適切な処置を取っているとは思えません。

 

【品格と節度】

 

 公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

 

 ※綱領に掲げてある通り、新聞は公共的、文化的使命があるでしょう。しかし、押し紙という無駄な印刷によって環境に負荷をかけていることを認識し、環境問題を論ずるならば、自らを反省し、直ちに「押し紙」を止めるべきす。

 

  「押し紙」とは、売れる見込みもないのに新聞社が販売店に押し込む新聞紙のこと。発行部数にカウントされており、広告、チラシ折り込み代金などの基礎数字を構成しています。まさに、詐欺行為そのもの、ペテンの類だと言えます。大手A新聞社の押し紙は内部告発で32%!もあることが明かになっています(平成29年)

 

 「新聞倫理綱領」は素晴らしい内容です。この通り、あるいはこれに近い内容で新聞が発行されれば、何も申し上げることはなく、社会にとっても、国にとっても、模範的存在になり得るのではないでしょうか。

 

 現実の荒んだ姿勢から良識と美徳に溢れた綱領のレベルに早く戻ることを切望します。

 

 (ところで、話は変わりますが、国会議員にも政治倫理綱領があるようです。現在の国会状況を見れば、倫理の香りさえ感ずることはできません。次回は「政治倫理綱領」について考えてみようかと思います…。)

 

 「新聞倫理綱領」は死んでいる!

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2018年5月 4日 (金)

安倍政権はどうなる…「青木の法則」から判断する!

 636回目のブログです

 

 “ 守成は創業よりも難し”『唐書』

 

 何事であっても、物事を新しく始めることは容易ではあるが、すでに出来上がっている事を引き継いで、衰えないように守っていくことは難しいものだ…。

 

「創業」とは、孟子にある言葉で、業を創めることであり、守成」とは、築き上げたものを守り続けていくこと。唐の太宗が側近に「帝王の業は創業と守成と、どちらが難しいか」と尋ねたときに、房玄齢は「創業が難しい」、魏徴は「守成が難しい」と答え、

それに対して太宗が「創業の難事は過去のこと。今は守成の難事に当たろう」と答えたという故事に基づくものです。

 

組織や権力を維持することはなかなか難しく、とてつもない努力と戦略と、ある意味では運さえも必要かも知れません。

 

 組織は順調であればあるほど陥穽(かんせい/落とし穴)に嵌りやすく、今回の安倍政権をめぐるゴタゴタはまさしくそれを示しているのではないでしょうか。

 

 今や、わが国の政治は、風雲急を告げる国際情勢には、見ざる、言わざる、聞かざる、三猿の姿そのままに、まったく上の空で眼中になし。まさしく政局only、安倍内閣を倒すことだけで駆け引きが行われているように思えてなりません。

 

 確かに、政官界に於いては、森友学園小学校建設、加計学園獣医学部新設、自衛隊日報報告、働き方改革虚偽データ、財務省事務次官セクハラ、など緊張感のない場面が続出し、あわせて、それに対処する政権側の真摯さを欠く姿が見えてきます。

 

 安倍政権を倒すことが使命だという朝日のようなマスコミもありますから、テレビや新聞、雑誌だけを見ておれば、安倍政権は、支持率ガタ落ちで青息吐息、崖っぷちで明日にも倒れ、谷底に落ちてしまうような雰囲気でもあります。

 

 それが、果たして真実なのか、あるいは印象操作なのかを見分けるために、国民の意識実態がどうなっているのかを冷静に分析していきましょう。メディアは毎月、定期的に世論調査(内閣支持率・政党支持率・他)を行っておりそれを参考にします。

 

 まず注目すべきこととして、内閣支持率と政党支持率に関しては青木の法則というものがあります。元・官房長官/自民党参議院議員会長の青木幹雄氏が唱えたもので、長い政界の中で把握した“政局の経験則”と言われているものです。

 

 【青木の法則】
   内閣支持率と与党第1党の政党支持率のふたつを足した数値
 
   が、50を下回った場合に政権が倒れる。

 

【青木率】
内閣支持率と与党第1党の政党支持率のふたつを足した数値
 
のこと。

 

 【安倍内閣:青木率】 
  

 

 

内閣支持率

 
 

自民党支持率

 
 

  青木率

 
 

共同通信

 
 

42.

 
 

39.

 
 

81.

 
 

読売新聞

 
 

39.

 
 

37.

 
 

76.

 
 

産経新聞

 
 

38.

 
 

36.

 
 

74.

 
 

NHK

 
 

38.

 
 

35.

 
 

73.

 
 

TV朝日

 
 

29.

 
 

37.

 
 

66.

 
 

時事通信

 
 

38.

 
 

25.

 
 

63.

 

     (単位:内閣支持率・自民党支持率は%、青木率はポイント) 

 これは4月度の各社世論調査の結果から引用しました。若い人達が圧倒的にスマホをつかっており、従来の固定電話だけの調査では実態を把握できないため、ごく最近、やっと、固定電話+スマホで調査するようになっています。

 

 それにしても、各社の調査結果にこれほどバラツキがあるとは。最高と最低の数字の差が、内閣支持率で4.0%、自民党支持率で13.8%もあるのですから。色々な理由があるのでしょうが、内部告発の容易な時代ですから、昔のように、決して鉛筆を舐め舐め数字を触ることだけはしていないと思っていますが…。

 

 ザッと眺めて、倒閣ラインと言われる「50」に至るには、まだまだの感がします。注目の青木率は、最高ポイントの共同通信では81.5もあり、最低の時事通信でも63.7もありますから。

 

 今後、50を割るケースを考えれば、自民党支持率は最低でも25%あるでしょうから、内閣支持率が25%を切る場合が考えられます。それは、今以上の大事件が生じた時以外はありえないと思います。

 

 現在、安倍政権が支持率を下げているのは、国民がマスコミの報道により政権に対して何かモヤモヤしたものを感じているからではないでしょうか。

 

 その証拠に、リアリズムに徹さざるを得ないわが国の経営者(中堅・大企業)の意識は、安倍首相支持が圧倒的です。わが国マスコミとは異なる視点からの調査をごらんください。

 

 ロイター企業調査:
 
   安倍首相続投「望ましい」73%、安定重視

 

ロイター企業調査によると、安倍晋三首相が自民党総裁に3選されることが望ましいとの回答が7割を超えた。国民による政権への信頼は低下しているものの、企業にとっては政権安定によるアベノミクス継続が事業活動にプラスとの考えが勝っている。
一方、首相の3選は望ましくないとする回答も27%あった。
この調査は、資本金10億円以上の中堅・大企業542社を対象、回答社数は220社程度。
野党への期待は極めて低い。「世の中が大きく動こうとしている時に、モリカケ問題だけに固執する野党、マスコミのあり方にも問題がある」といった見方がある。
        (2018423日ロイター一部抜粋)

 

 安倍首相を信任するのか不信認するのかにおいて、企業経営者は、ここ数年の為替円安や雇用の向上など、景気が浮揚しつつあるとの実感を背景に、ある意味でリアリズムに徹した反応を示していると判断します。

 

 もちろん、政治は経済だけではなく、外交や憲法、財政、金融、教育、人口、移民、医療、そして最も重要な先端科学技術の振興、そして忘れてならないのが国民精神の涵養などなど、ありとあらゆる課題が山積していることを認識しなければなりません。

 

 その意味で、国政を預かる政治家(選良)には、私を捨て去り、公のために力を尽くしていただきたく、その意識の高い政治家に内閣総理大臣の大役を担ってほしいと願うばかりです。安倍総理の続投か交代かは、その観点から判断すべきだと考えます。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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