2019年6月14日 (金)

「五個荘」…近江商人の街並みを訪ねる! 

 694回目のブログです

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 “すくすくと 生ひ立つ麦に 腹すりて 燕飛びくる 春の山畑”
                  橘曙覧(幕末・国学者/歌人)

 勢いよく伸びている麦の穂に腹をするくらいに低く燕が飛んでくる、春の山一面の麦畑よ…。

 勢いよく伸びている麦の穂、溌剌と飛ぶ燕、目の前を広がる春の山。自然と鳥とが生き生きと融合した姿を見事に詠んだ素晴らしい和歌です。

 先日、気の置けない友人10名と近江商人のふる里「五個荘」(ごかしょう)を訪ねました。五個荘一帯はめずらしく麦畑が多かったのですが、上記の和歌にあるような燕には出くわせず、替わりに、それこそきわめて珍しく「雲雀」が、垂直に、ぴーちくぱーちく鳴き揚って行くところを見ることができました。麦畑に雲雀、なかなか長閑な素晴しい景色でした。

 JR京都駅集合 ⇒(琵琶湖線)⇒ JR能登川駅 ⇒(近江鉄道バス)⇒ 五個荘「ぷらざ三方よし前」停留所 ⇒ 金堂町/伝統的建造物群保存地区散策 ⇒ 昼食 ⇒ 外村繁邸 ⇒ 外村宇兵衛邸 ⇒ 中江準五郎邸 ⇒ 観光センター ⇒ バス停「ぷらざ三方よし前」⇒(近江鉄道バス)⇒ JR能登川駅付近で打ち上げ ⇒ JR能登川駅 ⇒(琵琶湖線)⇒JR京都駅解散

 当日は曇り空、雨も霧雨が1~2分降っただけで、暑い太陽の光もなく、疲れもほとんど感じない快適な一日でした。

 五個荘は琵琶湖中部の東側にある東近江市に位置、近江商人のふる里として有名。近江(現在の滋賀県)に本宅・本店を置き、他国で商いをした商人を総称して「近江商人」と言います。出身地域によって、高島商人(高島)・湖東商人(五個荘/豊郷)・八幡商人(近江八幡)・日野商人(日野)とよばれています。

 わたしは既に日野と近江八幡を訪れましたので、今回の五個荘で近江商人のふる里のほとんどを訪れたことになります。もっとも、伊藤忠、丸紅の出身地である豊郷には又の機会に訪れたいと思っています。

【五個荘金堂町】(重要伝統的建造物群保存地区)

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 五個荘は湖東平野のほぼ中央に位置し、街並みは条里制地割を基礎に、集落中心に陣屋、神社仏閣、周辺に農家が集まる農村集落として出来上がっていました。これに加えて、近江商人発祥の地としての商人本宅の見事な構え(板塀・入母屋造りの主家・数寄屋風の離れ・土蔵・納屋・池や築山を配した大きく壮麗な日本庭園・「かわと」や「あらいと」で水路の水を引き込み生活用水に)が数多く建ち並んでいる景観は、さすがに重要伝統的建造物群保存地区として肯けます。

 街並みを散策しましたが、静かななかに凛とした雰囲気があり、何となく近江商人の心意気が感じられ、これぞ歴史散策の醍醐味と納得した次第です。

【外村繁邸】(外村繁文学館)

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 外村宇兵衛の分家が小説家・外村繁の生家。江戸末期の建造、総面積726坪、建物面積150坪、門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋があり、の広さは目を瞠らされます。典型的な日本家屋であり、の太さとの際立った大きさは圧巻。窓ガラスもいわゆる「レトロガラス」が使われており、少しく揺らいで見えるところは何とも言えない風情を感じさせてくれます。女中部屋、小説を書いていた小座敷も一見の価値があります。

【外村宇兵衛邸】(てんびんの里伝統家屋博物館)

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 外村宇兵衛家は、五個荘商人として活躍していた外村与左衛門の分家。文化10年(1813)独立して商いを始め、東京・横浜・京都・福井などに支店を有し呉服類の販売を中心に商圏を広げ、明治時代には全国の長者番付にも名を連ねました。

 四代目宇兵衛元亨は、これからは洋服の時代と考え、大正7年(1918)御幸毛織を株式会社化し、高級紳士服メーカーの礎をつくりました。

 外村繁邸の本家筋に当たりますからそれに相応しい建屋です。見上げるばかりの天井、破格の大きさの梁、作庭当時神崎郡一番と評された庭、まさにこれぞ近江商人の簡素な中にも豪華な設えの本宅を実感した次第です。

【中江準五郎邸】

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 この中江準五郎邸は、戦前に朝鮮半島・中国大陸を中心に20数店の百貨店を経営した「百貨店王」三中井一族の五男である中江準五郎の本宅。
 屋敷は、2階建ての切妻瓦葺で庭は池泉回遊式となっており、2階からは、まるで当時にタイムスリップしたかのような眺望を楽しめます。
 蔵の中には、郷土玩具・小幡人形と土人形が多数展示されていました。

 近江商人の三つの邸宅をじっくりと見学しましたが、簡素にして豪華な造りのなかにある種の美的センスを窺わせてくれます。これだけの財をなすには近江商人としての不断の努力があったればこそ、…それは「天秤棒一本で財を成す」「近江の千両天秤」という言い回しを見ればあきらかです。

 『近江の千両天秤』には“天秤棒一本あれば行商をして千両を稼ぎ財を成す”という、近江商人の商魂の逞しさと同時に、千両を稼いでも行商をやめず、初心を忘れることなく商売に励むという教訓が籠められており、今も昔も近江商人にとってそれが歴史的・精神的な原点となっているのではないでしょうか。

 近江商人はどんな人だったのでしょうか。それは、江戸~明治時代に活躍、「質素倹約」「しまつしてきばる」、「三方よし」の精神、この三つです。

 忘れてならないのは近江商人の理念『三方よし』の精神でしょう。

   売り手によし
   買い手によし
   世 間によし

 これは、近江国五個荘の中村治兵衛家の2代目宗岸の書置きにその趣旨が述べられているものを分かりやすく表現したものです。もしも、現代の企業経営者が歴史に学び、この「三方よし」の精神を実践すれば、続発する企業不祥事はなくなるのではないでしょうか。

 例によって、駅近くで打ち上げ、帰路に向かいました。歴史の散策、尽きることはありません。

 みなさまにも近間の歴史散策をお薦めします。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年6月 7日 (金)

「貿易戦争」か「冷戦」か … 米中覇権争いをどう見るか!

 693回目のブログです

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“吹きいづる はげしの風に 群雲の はれゆくあとの 月まどかなり”
              内藤政俊(幕末の挙田<ころもた>藩主)

 激しい風が吹きつけて暗雲を取り払った。その後の晴れた空の月の光の何とさわやかなことだろう…。

 幕末の挙田藩(愛知県豊田市)は財政難に苦心。それは賄賂をもらい浪費する家老たちがおり、そのあげく農民に増税しなければならなかった。藩の塾長で正義感の強い竹村梅斎がこの問題に取り組み再建に成功しますが、梅斎は自殺に追い込まれてしまいました。これを惜しみ、また梅斎の功績をたたえて藩主の内藤政俊が詠んだのが上掲の和歌です。

 いよいよ日本列島も梅雨に入りました。5月下旬には気温が30℃~35℃にもなり、今年も異常気象になるのかと心配になってきます。それに応じて、あるいはそれ以上に世界の政治・経済・外交はますます混迷を極めようとしていますが、この局面においては冷静沈着に、ことの本質を見ていく必要がありそうです。

 そこで、今、わが国で「米中貿易戦争」と称されているものが、果たしてそうなのか、あるいは「米中冷戦」ではないのか、ということを考えて見たいと思います。

 まず、簡単に米中の貿易問題が顕著になった平成28年(2016)からを振りかえりましょう。スタートは、2016年のアメリカ合衆国大統領選において。トランプ氏は中国(中華人民共和国)の「膨大な貿易不均衡」を大きな問題として指摘しました。

 平成29年(2017)には、ライトハイザー合衆国通商代表が、中国は、外国企業が中国に進出する際に「技術移転」を強要し、また「不公正な補助金」で輸出を促進するなど、国際貿易体制の脅威になっていると厳しく非難しました。

 これ以後連日の如く、中国との貿易摩擦、戦争、冷戦がクローズアップされてきました。その最たるものが、平成30年(2018))10月のペンス副大統領のハドソン研究所における次のような講演です。

中国の政治及び経済における自由が拡大することを期待して、米国は、中国がアメリカ経済にアクセスすることを許可し、WTOに加盟させた。

しかし、中国は、不適切な貿易慣行・関税・輸入枠があり、通貨操作し、技術を強制移転させ、知的財産を窃盗し、不適切に補助金を配布し、自由で公正な貿易とは相容れない行動を行っている。

中国製造2025を通じて、人工知能などの先端技術の90%を支配するために、アメリカの知的財産をあらゆる手段を講じて取得するよう中国政府が指 示。さらには軍事技術まで取得しようとしている。

南シナ海や尖閣諸島などで軍事力を行使している。

監視社会を構築し、国民の自由と人権を奪っている

キリスト教・チベット仏教・イスラム教などを宗教弾圧している。

借金漬け外交を行い、借金を返せなくなった国から港などを
  取り上げようとしている。

Supermicroスパイチップ埋め込み疑惑、Googleへの検閲システム、
  アメリカでのスパイ活動や宣伝工作。

中間選挙に干渉。

 平成30年(2018)11月には、アメリカは日本などの同盟国に対して「ファーウェイ」の通信機器を使用しないよう要請。日本政府はそれに応諾しました。

 これまでのアメリカによる対中制裁関税は下記の通り。

        (発動日) (対象金額) (関税率)
  第1弾 2018年7月   340億ドル 25%
  第2弾 2018年8月   160億ドル 25%
  第3弾 2018年9月 2,000億ドル 10%(2019/5/9まで)
                              25%(2019/5/10より)
  第4弾 2019年6月末以降
                   3,000億ドル 25%(最大)

 熾烈な駆け引き、争闘が行われていると見なければなりません。それもすべてアメリカが蒔いた種です。アメリカは、たとえ中華人民共和国という共産主義国家であったとしても、種々の暖かい援助を重ねて行けば、アメリカ流の民主主義を受け入れてもらえるとの“幻想”を懐き、中国共産党の建国以来、最先端技術の供与、人材育成への協力、などに注力してきました。

 しかしどうでしょう、アメリカは完全に中国という独裁国家、中華民族国家の真相を読み誤ったのです。中華人民共和国は、今や、世界を二分する勢力、いや世界に冠たる帝国として易々と君臨するまでになっています。アメリカ合衆国が国の総力を挙げて従来中国を蹴落とすことができるかどうか、予断を許さない状況にあると思われます。

 中国には「一山容不下二虎」(1つの山に2頭の虎を収容する空間はない)とか「不共戴天」(同じ天を共に戴くのは敵にほかならない)ということわざがあります。天を戴くのは中国の『皇帝』であり、米国のTOPは単なる一地区の『王』にすぎないと見ている限りは、米中間の争闘は短期間で終わるものではないと思います。アメリカも中国も同じような思考回路を持っていますから、両雄並び立たず、長期戦は必至の予感がします。

 米中の対立は、単なる貿易ではなく、経済、軍事、技術、情報、歴史認識、人権、宗教、など政治全般に関わるものだと考えれば、次のようになるのではないでしょうか。

    ×「米中貿易戦争」
    △「米中冷戦」
    ◎「米中覇権戦争」

 わが国のメディアを見れば、今日現在でも、この米中覇権戦争を単なる「貿易戦争」と表現していますが、これは間違いであり、為にするフェイクニュースではないでしょうか。ペンス副大統領の講演をみても、軍事、技術、政治の領域まで言及しているではありませんか。「覇権戦争」であることは明白。

 そう考えれば、わが国は中国につくのか、米国につくのかの旗幟を鮮明にしなければなりません。わが国は、当然ながら軍事同盟相手の米国を第1とし、ロシアを第2、反日ではあっても韓国を第3の関係先とし、中国に対峙することが求められます。

 しかしながら、先般、自民党の“大”政治家・二階幹事長は大デレゲーションを引きつれる訪中の前に、中国が世界覇権を目指して進める「一帯一路」について「米国の機嫌をうかがいながら日中関係をやっていくのではない。日本は日本として、独自の考えで中国と対応していく。米国から特別な意見があれば承るがそれに従うつもりはない」と言明しました。

 親中・媚中・屈中派二階氏の面目躍如。二階氏はかつて、チャイナの江沢民主席を讃える石碑を全国各地に建立しようとする運動を起こしたとんでもない政治家です。江沢民主席はガチガチの反日派であり、ことあるごとに日本に楯突いた人物。このような人物を尊敬する二階センセイが現在の自民党の幹事長ですから、どう考えれば良いのか、憲法改正も進まないのは、自国よりも他国にシンパシーを感じる政治家が多すぎるからと思えてなりません。

 激動の世界、一層厳しい環境になった令和の幕開け。冷静にものごとを判断したいものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月31日 (金)

徳島・鳴門吟行会…素晴らしき仲間たちとともに!

 692回目のブログです

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“牡丹花は 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる 位置のたしかさ”
             木下利玄(大正12年 歌集「一路」)

 牡丹の花は満開となっても静かに定まっており、その花の占めている位置も何とたしかなことであろうか…。

 牡丹の花は華やかさと重量感で他を圧倒していますが、一頭地を抜いているのは、その静かな空間において、不動の場に固定されているように見えるからなのでしょう。

 5月とは言え、今年も異常な気象となるのでしょうか、真夏日が続く先日、関西から四国の徳島・鳴門を訪ねる小旅行に参加しました。参加者16名、お互いに気心の知れた友人であり、有意義な2日間を過ごしました。

 (1日目)JR大阪駅⇒(JR高速バス)⇒徳島駅ホテル<昼食>⇒(徒歩)⇒徳島城博物館⇒(タクシー)⇒阿波踊り会館⇒(ロープウェイ)⇒眉山山頂(ロープウェイ)⇒阿波踊り会館⇒(タクシー)⇒山屋商店⇒(タクシー)⇒徳島駅ホテル⇒(徒歩)⇒「昴宿よしの」<懇親会>⇒(徒歩)⇒徳島駅ホテル<宿泊>

 (2日目)徳島駅ホテル⇒(タクシー)⇒大塚国際美術館⇒(高速バス)⇒大阪なんばOCAT

 JR大阪駅で高速バスに乗り込み一路鳴門・徳島へ。本州四国連絡橋は3つのルート(神戸-鳴門、児島-坂出、尾道-今治)がありますが、今回は神戸・鳴門ルート。当日の天候は良く、瀬戸内海も穏やかであり、世界最大のつり橋「明石海峡大橋」「大鳴門橋」などから見る風光明媚な景色はバスから眺めていても飽きが来ません。眼下には鳴門の渦潮なども見え興味をそそられます。

【徳島城博物館】

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 徳島藩と蜂須賀家に関する資料が豊富に陳列。蜂須賀家は代々徳島藩を領地とし、外様であっても一度も国替えがなかったことを知りました。また、阿波水軍の活躍を象徴する豪華な和船「千山丸」が展示されており目を引きます。庭園も見事でした。

【阿波おどり会館】

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 阿波踊りと言えば、まず、
   “踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々!”

 阿波おどりホールでは「阿波おどり公演」が約40分あり。三味線・鉦・笛・締太鼓・大太鼓の賑やかでリズミカルな鳴り物をバックに、有名連の選抜とも言えるメンバー男女各5人による阿波おどりを観賞しました。初めて見る生の阿波おどりは迫力満点です。

 阿波おどりの知識や踊り方の説明があり、最後には観衆の大半が踊りに参加、ステージも大いに盛り上がり、わたし達のグループから表彰者もでました。

【眉山山頂】

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(万葉歌碑・犬養孝先生の揮毫)

  眉山はどの方角から見ても「眉(まゆ)」の形をしているところから「眉山(びざん)」と呼ばれ、標高290mの山と言うよりも高台と言った方がぴったりでしょう。

 眉山山頂からは徳島市街地の方角に「吉野川」のゆったりとした流れを一望できましたが、本来、吉野川は暴れ川と言われ、日本国三大暴れ川のひとつです。

   『日本国三大暴れ川』
      利根川 (異名:坂東太郎)
      筑後川 (  ∥  :筑紫次郎)
      吉野川 (  ∥  :四国三郎)

 山頂には、碩学、万葉学者・犬養孝先生の揮毫による万葉歌碑が建てられています。

  “眉のごと 雲居に見ゆる 阿波の山 かけてこぐ舟 泊り知らずも”
                 (船王<ふねのおほきみ>/万葉集)

 眉のように横長く遥か彼方に見える阿波の山、その阿波の山を目指して漕いで行くあの船の今夜の泊りはいったいどこであろうか…。

 犬養孝先生は万葉集に登場する国内すべての地を踏査されただけでなく、学生たちとともにその地を訪ねる「万葉旅行」を企画実施された偉大な先生です。わたしも一度“山の辺の道”に参加しましたが、その感激はいまだに忘れることは出来ず、この度、新しい元号が万葉集に典拠することになったことに限りない喜びを感じています。

 たとえ、歴史は経ていても、現地を訪ねその地の息吹きを体感することは大切ではないでしょうか。三現主義 …「現場」「現物」「現実」を基礎とすべきであり、ともすれば空理空論を展開しようとする愚を戒めたいもの。あらためて犬養孝先生の学恩に感謝します。

【合資会社 山屋商店】

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  (山屋商店玄関)

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   (レンガの煙突)

 創業160年、江戸時代末期の安政から、万延、文久、元治、慶応、明治、大正、昭和、平成、そして令和の現在まで、昔ながらの静置発酵法による手作り醸造酢をつくり続けています。店構えもレトロ、工場もレトロ、それにこだわり、それゆえに美味しい「酢」「醤油」「味噌」「麹」。店主(5代目)も実直なお人柄。お土産に酢と醤油を買って帰りましたが、美味しくいただいています。

 山屋には、大正7年(1918)建立した高さ21メートルのレンガの煙突があります。徳島大空襲や南海地震にも耐え、平成16年(2004)現役を終えましたが、今や山屋のシンボルであるとともに徳島のシンボル的存在となっているようです。

 レンガの壁の積み方には、ドイツ、イギリス、オランダ、フランス、アメリカの各種積み方があり、山屋のレンガの煙突は「イギリス積み」だそうです。それにしても、見上げるばかりの威容に声も出ません。

【懇親会】昴宿よしの)

 徳島駅近くの料理屋で懇親会。乾杯の前に、山屋の店主の計らいで「阿波人形浄瑠璃」による目出度い「三番叟」を観賞しました。淡路や阿波の人形芝居では,序開きの祝言に「神舞」と称して演じられるそうです。見事な人形浄瑠璃観賞のあとビールで乾杯、それなりに疲れた一日を癒しました。

【大塚国際美術館】

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   (システィーナ礼拝堂天井画)

 大塚国際美術館は20,000坪を超える広大さを誇る「世界初の陶板名画美術館」であり、古代壁画から現代絵画まで、世界の有名な美術館が所蔵する西洋名画1000点を原寸大で展示しています。

 最初に目にするのが、原寸大の「システィーナ礼拝堂天井画」(最後の審判/ミケランジェロ)ですから、圧倒的な臨場感と微妙多彩な色相に度肝を抜かれました。

 展示は古代、中世、ルネサンス、バロック、近代、現代と系統的になされており、わたしはその通りに10時から14時30分まで1日、駆け足でざっと鑑賞しました。教科書に載っていた有名な絵画が目の前にゴロゴロ、これでもかという位に圧倒されてしまいます。

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 写真撮影もOK、手で触ってもOK。何せ1300℃で焼成し、2000年もそのままの状態を保持できる革新的職人的技術による陶板(大塚オーミ陶業株式会社で制作)ですから納得させられます。

 1000点を超える点数であり、とても1日では無理でした。次の機会に興味ある絵画、好きな絵画にだけ向き合いたいと思った次第です。

 最後に、この美術館を設立された大塚グループ総帥の(故)大塚正士氏の心意気に敬意を表したいと思います。

 徳島、鳴門の小旅行、心の通い合う仲間と一緒ですから充実した楽しい時を過ごすことができました。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月24日 (金)

上高地・立山黒部アルペンルートを訪ねる!

 691回目のブログです

  “梓弓 磯辺の小松 たが世にか 万代かねて 種をまきけむ”
               柿本人麻呂(新古今和歌集)

 あの岩の上にある松は誰がいつ、その木の万年の寿命を願って種を蒔いたのだろうか…。

 磯辺に立つ、一本か二本の、緑豊かな松の木を感嘆した歌でしょうが、この柿本人麻呂の伸びやかな和歌の調べに、わたし達の心も清澄になってくるような気さえしてきます。

 先日、観光バスで、かねての念願であった上高地/立山黒部アルペンルートを1泊2日で訪ねました。天も味方したのでしょうか、両日とも素敵な晴れの天候、快適な旅となったのは幸いでした。

 (1日目)新大阪⇒平湯⇒上高地⇒安曇野⇒長野県栂池高原ホテル宿泊 (2日目)ホテル⇒扇沢駅⇒(関電トンネル電気バス)⇒黒部ダム⇒(徒歩)⇒黒部湖⇒(黒部ケーブルカー)⇒黒部平⇒(立山ロープウェイ)⇒大観峰⇒(立山トンネルトロリーバス)⇒室堂<雪の大谷>⇒(立山高原バス)⇒美女平⇒(立山ケーブルカー)⇒立山駅⇒新大阪

 JR新大阪駅で近鉄観光バスツアーに乗り込み、一路北陸へ。観光バスでの長旅ははじめてですが、座席もゆったりとしており、添乗員も大阪流のユーモアを散りばめ気づかいもよく、快適な2日間でした。

【上高地】

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 上高地は、長野県飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地。中部山岳国立公園の一部でもあり、国の文化財に指定されています。標高約1,500m。少し肌寒いくらいで、90分ほど自由散策しましたが、遠くに見える冠雪の山脈、生き生きした若緑の山々、透き通った清流のせせらぎ、散策コースの脇にある林を遊び場とするお猿さん親子、など「自然」を満喫するに相応しい絶好の散策道です。

 都会の猥雑な生活環境から見れば別世界の自然美に彩られた雰囲気に、心が洗われること必定。何度でも訪れたい所です。

 さて、2日目は立山黒部アルペンルート。ホテルからルートの入口である「扇沢駅」までは現地のバス。ここから、いよいよ期待の黒部ダム・室堂となりますが、このルートには6種の輸送手段があり、これも大いに楽しめます。

  関電トンネル電気バス
  ・黒部ケーブルカー
  ・立山ロープウェイ
  ・立山トンネルトロリーバス
  ・立山高原バス
  ・立山ケーブルカー

【黒部ダム】(黒四ダム)

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 黒部ダムは、関西電力が建設、昭和38年(1963)竣工したアーチ式コンクリートダム。標高1,470m。高さ186m、幅492m、貯水量2億トン(東京ドーム160杯分)の威風堂々としたものであり、堤の上を歩いても、その堂々たる姿とそこから眺める景観の素晴らしさに圧倒されました。(噴出する放水は6/26~10/15までであり、今回は見ることはできず、次回に持ち越しとなりました)

 黒部ダム建設の困難さを乗り越えた物語として、三船敏郎・石原裕次郎主演の「黒部の太陽」を観たことがありますが、実際に現地、現物を見るとそのスケールの大きさに驚かされます。

 “時代”だったのでしょうか。産業発展には致命傷となる「電力不足」に対応するために全身全霊を打ち込んだのが産業界の傑物(関電社長・太田垣士郎)であったこと、それを国が全面的に支援したことであり、歴史の風雪に耐えている建造物を目の前に見るにつけ、それを建造した人々の“偉大な精神”に、心の底から感嘆しました。 

 それにしても、今、令和の時代の幕開け、時代を大胆に拓くためにも、各界に偉大な精神を求めたい心境です。

【大観峰】

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 標高2,316m、パノラマ的に眺めれば最高に美しく、しばしうっとりとします。

【室堂】“雪の大谷”

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 標高2,450m、アルペンルートの最高地にして中心地。今回の旅の目的は“雪の大谷”にあります。すでに5月中旬になっていましたので、道路の両側に聳える「雪壁」は20mもあるものから徐々に溶け出し14~15mになっていました。それでも、見上げる雪の壁は圧巻!であり「雪の大谷ウォーク」を満喫しました。

 雪の大谷は平成5年(1993)から始まり今年で26回目。約500mにわたる「ウォーキングゾーン」は、除雪車2台で高原バス道路に積もった約20mもの雪を除雪してできています。今ではGPS(人工衛星による位置情報計測システム)で道路の位置を正確に計算できるようになっているそうです。

 高度100mで0.7℃下がるため、この季節はまだまだ寒いとのことで冬の服装を準備していましたが、当日は極めて暖かくそれを着用せずに済みました。

【弥陀ヶ原】(みだがはら)

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 標高1,930m、東西4㎞・南北2㎞の溶岩台地ですが、5月の弥陀ヶ原はまだまだ雪が覆い被さっていました。見事な雪原でした。

【美女平】

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 標高977m、立山ケーブルカーと立山高原バスの乗継地点。駅周辺は樹齢1,000年を超える立山杉やブナの巨木がそびえたつ原生林が広がっています。このあたりでは立山を開いた佐伯有頼と許婚者の美しい姫にまつわる話が言い伝えられ「美女平」の地名の由来にもなっています。

 いよいよ立山ケーブルカーの終着点【立山駅】に到着。ここから一路大阪へ。2日間にわたる強行軍にもかかわらず、天候に恵まれ、快適なバス旅となったことに感謝するばかりです。

 それにしても、国内にはまだまだ訪れるべき土地がいくらでもあることをあらためて強く認識した次第です。

 旅行、散策の醍醐味は、上掲の柿本人麻呂の和歌にあるように、種を蒔いた人間の偉大な精神に触れることにもあるのではないかと思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月17日 (金)

「憲法改正」案を比較してみよう!…②            

 690回目のブログです

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 “うるはしく かきもかかずも 文字はただ
              読みやすくこそ あらまほしけれ”
                  明治天皇御製(明治38年<1905>)

 麗しく書いてもあまり麗しく書けていなくても、文字はただ読み易く書くようにしたいものだ…。

 令和の御代となり、世間では慶祝ムードが広がりを見せてはいますが、政治経済においては、難問続出の気配が窺われます。

 消費税増税による景気の冷え込み必至、中国産品に25%の関税を課す米中覇権戦争の緊迫化、北朝鮮のミサイル発射、欧州・英国の混迷、中国一帯一路の野望露見、韓国の反日徴用工判決成り行き、日米交渉の行方、など内外の混沌はかつてない激動を予感させ、わが国の対応も戦略的な腹をくくった対処が求められる状況に至っています。

 こうなってくると、先週のブログに記したように、今一度、冷静沈着に、国の背骨である「憲法」の改正案を真面目に考えて見ることが大切になってきました。憲法の趣意は前文に書かれていると思いますので、それをとりあえず読んでみましょう。

【現行】憲法“前文”

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

【自由民主党】日本国憲法改正草案“前文”

(前文)
 日本国は、長い歴史固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

【読売新聞】読売憲法改正試案“前文”

 日本国民は、日本国の主権者であり、国家の意思を最終的に決定する。国政は、正当に選挙された国民の代表者が、国民の信託によってこれに当たる。
 日本国民は、個人の自律と相互の協力の精神の下に、基本的人権が尊重され、国民の福祉が増進される、自由で活力があり、かつ公正な社会をめざす。
 日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ、美しい国土や文化的遺産を守り、これらを未来に活かして、文化及び学術の向上を図り、創造力豊かな国づくりに取り組む。
 日本国民は、世界の恒久平和を希求し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、不断の努力を続ける。
 地球環境は、人類の存続の基盤であり、日本国民は、国際社会と協力しながら、その保全に努め、人間と自然との共生を図る。
 日本国民は、これらの理想と目的を達成し、国際社会において、名誉ある地位を占めることを念願する。
 この憲法は、日本国の最高法規であり、国民はこれを遵守しなければならない。

 現行憲法と改正2案(自民案と読売案)を比較してみてからの感想を記します。

現行憲法には、日本語として間違っているものや意味不明なものがあります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して~」は「~の公正と信義『を』 信頼して~」が日本語として正しいとされています。また、米占領軍が指示した英文が元になっているからでしょう、全体的に翻訳調文章の「空疎さ」が目立ちます。

現行憲法の「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは一体何を指すのか、また「政治道徳の法則は、普遍的なものであり」の政治道徳とは何を意味するのか、筆者のような低い頭脳では理解できません

さらに、最も“奇怪”なのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章です。わが国周辺を見回して、どこに“平和を愛する諸国民の公正と信義”を見出すことができるのでしょうか。それは、軍拡・覇権・1党独裁の中国(中華人民共和国)ですか、核・ミサイル・独裁の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ですか、反日・反米・容共の韓国(大韓民国)ですか、もう、寝ぼけるのもいい加減にしようではありませんか。

読売憲法改正試案の前文は逐条的な表現であり、心に響くものがありません。全面的に直すべきでしょう。

自由民主党の日本国憲法改正草案の前文には格調の高さがいま一つ不足しています。修正すべきだと考えます。

要するに、格調の高い日本語であり、かつ国民にも分かりやすいことが求められるのではないでしょうか。

 冒頭に掲げた明治天皇の御製から学ぶべきだと考えます。

 世界情勢を鑑みても、今や、憲法改正は待ったなし。全政党が議論を尽くし、早急に国民投票にまで持っていく必要があるのではないでしょうか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月10日 (金)

「憲法改正」案を比較してみよう!…①            

 689回目のブログです

20195101

 “我が園に 梅の花散る 久かたの 天より雪の 流れ来るかも”
                         大伴旅人(万葉集)

 この我らの集う園に梅の花が舞い散る――天から雪が流れ落ちてくるのだろうか…。

 元号「令和」の元になった万葉集「梅花の歌三十二首」のなかの一首。天平二年(730)一月十三日、旅人邸で梅の花を賞美する宴を催した時、大宰府の官人ら総勢三十二名が梅の歌を詠んだものが万葉集に載りました。

 今、令和の時代を迎え、国民の関心は何となく明るい国家の到来を予感し、改元の祝賀のムードに満ち溢れていますが、現実の厳しさは増すことはあっても減少することはないのではないでしょうか。

 世界の政治、特に東アジア、中国(中共)、北朝鮮、韓国、そしてアメリカの動向に目を離すことはできません。

 このような時、国内問題も難問が山積みです。「令和」の船出はまことに厳しいものと言わざるを得ず、わが国が世界に伍していくためには、国の背骨をしっかりと立てることが大切であり、その第1歩が憲法改正だと思います。

 しかしながら、身の周りのミクロのお金のことには関心を示しても、依って立つ基盤である「憲法」の改正については理解がなかなか浸透していないように見受けられます。

 先日、安倍首相が憲法改正の呼びかけをしましたので、改正の最も重要な条文について整理をしてみたいと思います。それは、現行憲法第9条の安全保障・防衛・自衛隊についての条文であり、現在公表されている憲法改正案と比較してみましょう。(安全保障・自衛隊・軍備のところに焦点を当てます)

【日本国憲法】(現行憲法・昭和22年<1947>・72年間改正なし

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

【自民党憲法改正草案】(平成24年<2012>)

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

【読売憲法改正試案】(平成16年<2004>)

第11条(戦争の否認、大量破壊兵器の禁止)
(1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを認めない。
(2) 日本国民は、非人道的な無差別大量破壊兵器が世界から廃絶されることを希求し、自らはこのような兵器を製造及び保有せず、また、使用しない。

第12条(自衛のための軍隊、文民統制、参加強制の否定)
(1) 日本国は、自らの平和と独立を守り、その安全を保つため、自衛のための軍隊を持つことができる
(2) 前項の軍隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属する。
(3) 国民は、第一項の軍隊に、参加を強制されない。

【安倍首相改憲論】(自衛隊加憲論)

 ①9条1項 現行憲法(いわゆる平和主義)をそのまま
 ②9条2項 現行憲法(戦力持たず・交戦権認めず)をそのまま
 ③9条3項 自衛隊保有を明記する(…加憲)

 これらを比較して、私の感想をのべます。

 ・自民党案と読売案とは似通っているように思えますが、自民党案の方が整然としており分かりやすいと思います。

 ・自衛隊については、平成30年の内閣府調査によれば、国民の89.8%が良い印象を持っていますが、憲法学者は違憲の存在として否定しています。国民と学者の乖離は明白。そこで、自衛隊及び安保法制(集団的自衛権行使)が憲法違反かどうかについての「憲法学者」に対するアンケート(平成27年<2015>朝日新聞)を見てみましょう。

 【安保法制】(集団的自衛権行使)
   ① 憲法違反にあたる…………………………104人
   ② 憲法違反の可能性がある…………………15人
   ③ 憲法違反にはあたらない可能性がある…0人
   ④ 憲法違反にはあたらない……………………2人
   ⑤ 無回答 ……………………………………………1人
   ※122名中119名が違憲判断(97.5%)

 【自衛隊】
   ① 憲法違反にあたる ……………………………50人
   ② 憲法違反の可能性がある …………………27人
   ③ 憲法違反にはあたらない可能性がある…13人
   ④ 憲法違反にはあたらない……………………28人
   ⑤ 無回答………………………………………………4人
   ※122名中77名が違憲判断(63.1%)

 ・現行憲法9条2項(戦力持たず・交戦権認めず)を日本語として素直に読めば自衛隊は違憲の存在となるでしょう。そこで安倍首相が憲法に自衛隊保有を明記したいと言う気持ちも考えは分らないことはないのですが、違憲と合憲が隣り合わせの条文…まさに政治論的な奇手、一考を要すのではないでしょうか。

 ・自民党は党是が『憲法改正』です。したがって、安倍自民党総裁が進めようとする「自衛隊保有の明記という加憲論」と「自民党憲法改正草案」を党の正式機関である“憲法改正推進本部”で合議し、早急に結論を出し、改憲のムードづくりに邁進すべきではないでしょうか。

 ・安倍首相の自衛隊保有という加憲論が、自らのレガシーづくり、私心に基づくものでないことを祈っていますが、果たして…。

 ・72年間も憲法改正に手を付けなかったために、わが国の安全保障には大きなガタが来ており、近隣諸国の侵略攻勢には耐えられないはずです。いつまでもアメリカにおんぶに抱っこ出来ない時が遠からず来ることをも覚悟しなければならず、今から態勢を整備することが必要ではないでしょうか。

 ・憲法は、日本人が読んで、見事な内容であるとともに、素晴らしい日本語で書かれていなければなりません。現行憲法の前文などは、内容はもとより翻訳調文章の空疎さが目立ち、違和感を懐かせます。改正に当たっては、真の“碩学”に文章を練ってもらう必要があります。占領憲法、押し付け憲法、翻訳憲法を脱する時が来ました。待ったなし、それが令和の時代だと思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年4月26日 (金)

「日韓関係」…崩壊の兆し現れる!

 687回目のブログです

20194261

 “忘らむて 野行き山行き 我来れど 我が父母は 忘れせぬかも”
        商長首麻呂(あきのおさのおびとまろ・万葉集)

 忘れようとして、野行き山行き長い道のりを私はやって来たけれども、わが父母のことは忘れられないものだ…。

 これは防人の歌。防人というのは異国から日本を護るために天智天皇二年(664年)頃に、長崎県の壱岐・対馬、福岡県の筑紫などに置かれた律令制度下での兵士を言います。新元号「令和」の典拠となった万葉集には防人の歌が98首採用されており、上の歌はそのうちの一首です。駿河の国(静岡県)から難波(大阪)に向かう途中の野と山を詠んだものであり、素朴な情感がわたし達の胸に迫ってきます。

 防人と言えば半島への備え。古来、わが国は半島、大陸との関係に注力してきました。それは現代にも繋がっており、昨今の韓国及び北朝鮮の情勢は緊迫の度をいやが上にも増し、半島の情勢に対処しようとするわが国の苦心もなかなか容易ならぬものがあります。

 韓国との関係、いわゆる日韓関係に大きな変化が出てきました。

韓国子会社の事業撤退
   =「司法判断に懸念」-半導体関連のフェローテック

  半導体関連メーカーのフェローテック(本社東京)は16日、韓国子会社での半導体製造装置部材の開発・製造・販売事業から撤退すると発表。韓国の司 法判断に対する懸念が背景にあり、進出企業の事業継続に影響を与えた形だ。フェローテックは「昨今の韓国における日系企業に対する司法判断などに鑑みると、司法の独立性が完全に担保されない懸念があり、潜在的なリスクを現段階で最小化することが最も適切と判断した」と説明した。
             (4/16 jiji.com 一部抜粋)

 来るべきものが来たと言わざるを得ません。いわゆる徴用工問題で、韓国司法は日本企業に賠償義務ありとの判決を下し、該当企業の財産没収へと舵を切りました。日韓の関係は日韓基本条約ですべてを解決しているにもかかわらず、韓国政府はそれを無視しています。

 このままでは、韓国での事業展開においては余りにもリスクが多過ぎると考え、韓国から撤退することを決断した日本企業の第1号が、上場企業・フェローテックホールディングです。いよいよ日韓関係は「新段階」に突入したと判断せざるを得ません。

 今、日韓関係は一触即発の緊張関係にあり、いつ断交があっても不思議ではないくらい、双方に不信感が横溢しています。特にわが国サイドでは、韓国政府・国民の徹底した反日姿勢、反日感情に嫌気が指している状況ではないでしょうか。

 現在、日韓関係には下記のような懸案事項が横たわっています。

  竹島をめぐる問題(日本領土を韓国が占領)
  ・いわゆる慰安婦問題(約定破棄・世界にプロパガンダ)
  ・歴史教科書問題(日本の歴史教科書へ内政干渉)
  ・いわゆる徴用工問題(判決・賠償請求)
  ・日本海呼称問題(日本海を東海に・世界にプロパガンダ)
  ・仏像盗難事件(盗難仏像を返却せず)
  知的財産権侵害問題(日本製イチゴ新品種の盗用栽培など)
  旭日旗批判問題(旭日旗=軍国主義との主張)
  ・韓国海軍レーダー照射事件(危うく戦闘一歩前)
  ・韓国国会議長・天皇陛下に謝罪要求(慰安婦に対して)

 あるは、あるは、まだまだいくらでもありますが、安倍内閣は穏忍自重し「残念」「遺憾」の意をただ述べるだけの状況が続いています。反論しない、反撃しない、何も対策を講じない、まったく軟弱外交の見本のようになっていることは衆目の一致するところです。ただ唯一、日韓の通貨スワップ協定(実態として:韓国が金融不安に陥った時日本は円およびドルを融通し支援すること)だけは打ち切っています。

 このような中、日韓の信頼関係は世論ベースではどうなっているでしょうか。平成30年(2018)6月、特定非営利活動法人・言論NPOが行った日韓共同世論調査を見てみましょう。

   【韓国に対する日本世論の印象】
      良くない印象           46.3(%)
      良い印象              22.9
      どちらともいえない        30.8

   【日本に対する韓国世論の印象】
      良くない印象            50.6(%)
      良い印象              28.3
      どちらともいえない        21.1

 この数字を見れば、両国民とも半数近くが不信感を抱いていることが分かりますが、ここ数か月の韓国政府の法理をわきまえない反日攻勢、例えば、いわゆる徴用工賠償判決などによる、わが国の嫌韓意識の高まりを加味すれば、日本世論の韓国に対する「良くない印象」は70%を越すのではないかと思われます。

 ここで、文在寅大統領率いる韓国の状況について考えて見ましょう。

 韓国最大の財閥企業であるサムスンが営業利益60%減を発表。また、中堅財閥企業の錦湖アシアナグループが中核企業である韓国第2位のエアライン「アシアナ航空」の売却を発表、韓国経済の行きづまりが顕著になってきました。

 左翼である文在寅政権は、人気取りのために2018年に前年比16.4%、2019年に10.9という急激かつ大幅な最低賃金引き上げ行いました。実体経済が上向いていないのですから、その結果、中小企業がガタガタになりました。

 韓国は、一応民主主義の形は取ってはいますが、文政権は司法も含み全権力を掌握し、「積弊清算」「親日派排除」の掛け声のもと、保守派や守旧派を弾劾、逮捕・失脚に追い込んでいます。

 4月5日韓国ギャラップ社の調査結果によると、文在寅大統領の支持率は41%で過去最低、不支持率は49%で過去最大となっています。不支持の理由は、経済問題と偏向した親北政策。

 ・文在寅大統領は、自ら蒔いた国内問題の解決が難しいことから、その矛先を外に向けようとしました。しかし、中国、ロシア、アメリカには頭があがらず、反論も反撃もしない弱腰の日本に向け、連日、国民受けもよく心地もよい「反日」姿勢を強く打ち出しているのです。

 韓国は、政治・経済・外交とあらゆる領域で袋小路に入ったと思われます。島田久仁彦氏によれば、韓国は世界の信頼を失い、世界的な韓国離れを来たしていると指摘。そして【朝鮮半島におけるEnd Games(終局・大詰め)】の局面を次のようにあげています。

  4/18北朝鮮による“新型誘導兵器”の発射実験
  落ちる一方の韓国の国際社会での威光
    ノーベル平和賞に言及
    北朝鮮に接近(国際社会にはかることなく)
    トランプ大統領との対話わずか2分
    戦略的な戦力を沖縄およびグアムに移動
  国際ビジネスの韓国離れ
      アメリカ・欧州・中国、日本企業も引き上げ、投資回収
  ④ローマ法王の政治利用
      ローマ法王に訪朝を依頼(金正恩氏の名代で)

  朝鮮半島におけるEnd Gamesから見えてくることは、これらは南、北、両朝鮮を孤立化させる方向に進んでいることであり、その矛先が日本に向かうこともありうると島田氏は警鐘を鳴らしています。

 End Gamesとは気付きませんでした。指摘されてみれば肯くことがあります。年初に、現役大統領である文在寅氏の娘と孫が東南アジアに移住したことが報道されましたが、これは極めて異例であり、一部では「亡命の準備」とも言われています。

 歴代の大統領はすべて、逮捕、収監、暗殺、亡命、自殺、など不幸な結末を招いていますから、いつ「亡命」があってもおかしくはありません。

 それにしても、1000年もの長い間「恨」(ハン)の感情を抱く民族に、未来志向を期待することは空しいことかも知れません。しかし歴史に学べば、隣国でもあり一定の距離を置いて最低限の付き合いをすることしかないような感じがします。近隣つき合いはそんなものではないでしょうか。

 難しい課題ですが、歴史に学びたいと思います。

 みなさんは半島との関係をどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年4月 5日 (金)

“平成”から“令和”へ … 新元号に思う!

 684回目のブログです

2019451 (万葉集)

“春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ”
             山上憶良(奈良時代初期・万葉歌人)

 春になると真っ先に咲く庭前の梅の花、この花を、わたし一人見ながら長い春の日を過ごすなどどうして出来ようか…

 大宰帥(大宰府長官・九州総督/外務大臣兼務)の重職にあるとともに万葉歌人でもあった大伴旅人は、天平2年正月、文化人30余名を招き観梅の宴を催しました。その折詠まれた32首が万葉集に載せられました。そのうちの一首が上掲の山上憶良の歌です。

 4月1日、新しい元号が発表。新元号は“令和”(れいわ)。「令和」の文字の出典は、万葉集巻五に収録された梅花の歌(32首)の「序」からです。

 “初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ、
   梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす”

  (初春のよき月にして、空気はよく風は爽やかに、
   梅は鏡の前の美女が装う白粉のように白く開き、
   蘭は身を飾った香のように薫っている)

 万葉集は、奈良時代およびそれ以前に詠われた4536首を収めた日本最大の古典のひとつであり、天皇、貴族、官僚から、農民、防人に至るまでの歌を集めた「国民歌集」と言われます。

 新元号は万葉集からの出典ですが、中国の古典である文選にも「仲春令月、時和気清」という言葉があるようですから、和漢折衷と言えるかも知れません。

 新元号は4月1日午前11時40分、菅義偉・内閣官房長官が、墨痕鮮やかな文字『令和』の額を掲げ、発表しました。この映像は北海道から沖縄まで、全国いたるところに流れ、一瞬にして全国民の瞼に焼き付いたものと思います。

 新元号への感想について、ロバート・キャンベルさん(東京大学名誉教授/国文学研究資料館館長/TVコメンテーター)は次のようにツイートしています。

 “「令和」ぱっと見で「和せしむ」と読み世の中が平和になるよう
   仕向けること、平和に「させる」心で感心もしたが、万葉集
  「梅花歌」序の季節感あふれる取り合わせだと分かり再度合点。
  文選「仲春令月、時和気清」(張衡「帰田賦」)へのオマージュを
  含めてナイスチョイス。と言って、和せしむもいいなと”

 さて、この新元号について、あるいは元号について、わたしの感想を述べたいと思います。

 「令和」の発表映像をみての直感は次のとおりです。

    ・文字面がしっかりしている。
    ・新鮮な響き。発音が明るく軽快である。
    ・穏やかな中に凛としたイメージがある。

 新元号が日本の国書、それも、文化の香り高い万葉集に典拠していることに大変な喜びを覚えます。万葉集は国民歌集であり、素朴、伸びやか、雄々しさ、豊穣な美、豊かな人間性を率直に表現しており、古典のなかの古典と言っても言い過ぎではありません。

  わたしも万葉集は好きですが、全てを読んでいませんので、この新元号、新時代に絡めて、あらためて読破しようと思っています。

 新元号「令和」の決定まで、選定の経緯を秘密にしたままに進めるには大変な苦労があったかと思いますが、政府が、菅官房長官を中心に立派にやりとげたことに敬意を表します。

 しかし、発表の翌日、4月2日には、本来、マル秘にすべき新元号の原案が漏れてしまいました。関係者に“精神の弛緩”があるからでしょう。わたしは、これには政府基幹統計の不適切な処置に通底するものを感じますが、いかがでしょうか。

     <新元号案>
       「 英 弘 」(えいこう)
       「 久 化 」(きゅうか)
       「 広 至 」(こうし)
       「 万 和 」(ばんな)
       「 万 保 」(ばんぽう)
       「 令 和 」(れいわ)

 「平成」のイメージは、国際的には、ベルリンの壁破壊、ソ連社会主義体制崩壊、イラク戦争、NYテロ、イスラムテロ、リーマンショック、トランプ大統領登場、などプラスマイナスいろいろ。国内的には、バブル経済の崩壊、非自民党政権誕生、オウム地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、東日本大震災・福島原発事故、などマイナス面ばかりが目立ちます。

  国内経済を振りかえれば、安倍首相、一強体制はできたものの、アベノミクス政策3本の矢の金融緩和1本が辛うじて成果を得るも、2本目の財政投資、3本目の成長戦略には全く注力せず、財務省の財政規律最優先に従うことにより成果はなし。アベノミクスは実らず33点。日本経済は縮小均衡へ、国際社会における地位の低下はいよいよ明白になってきました。

  今のままですと、安倍首相にはいわゆる「レガシー」(遺産・業績)はありません。憲法改正、北方領土返還、北朝鮮拉致被害者帰国、国民所得の大幅増加、中韓の反日的歴史攻勢、靖国参拝、などどれもスローガン倒れの様相を呈しています。

 そうだとすれば、新元号による新時代において、積極的な平和主義、積極的な経済成長、積極的な国益確保、積極的な安全保障体制の確立を目指す以外に、わが国の道は拓かれないのではないでしょうか。

 新元号については、本来は、政府が新元号を内定の形で発表し、改元の政令には、これからの時代を担われる新しい天皇が御名御璽の署名・押印されるべきでしょう。そして、天皇が詔書で公布されることが望ましいと思います。

 新元号の選定が、内閣、総理大臣で決められるのにはかなり違和感があります。今回の総理談話を聞いても、自己の政治への利用ととられる表現が見受けられますから。そうだとすれば、新元号の選定は天皇大権事項とすべきではないでしょうか。それが、歴史に則った自然な流れだと思います…。

 以上、思いつくままに書きました。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年3月29日 (金)

“元号”or“西暦”…時代の空気を表わすには!

 683回目のブログです


20193291 


“時知らぬ 富士のたかねの みゆきにも 春の光は みゆるなりけり”
                      明治天皇御製(明治31年)


 時を知らない富士山の高い峰にある御雪にも春の光が見えることである…。


 富士の高峰に降り積もった雪も、春の季節を迎えるようになると、何となく暖かい日差しの春の光が見えてきます。上掲の写真にあるように、桜の花だけでも素晴らしい景色ですが、それに加えて、富士山、それも冠雪の富士ともなれば、一幅の絵どころか二幅の絵が合体した、贅沢な日本の景色の最高峰と言えるのではないでしょうか。


 これを、神武の古から平成の今日まで万代に聳え立つ富士の山と言うべきか、2019年に聳え立つ富士山と言うのが良いのか、それは人それぞれかも知れません。


 さて、いよいよ4月1日には「新元号」が制定発表されます。どんな年号になるのか皆目わかりませんが、先日、国民が日ごろ使用するのが、元号か、西暦か、元号・西暦の両方かについての世論調査がでました。


  西暦より“元号”を使う…4割超 調査


  NNN(Nippon News Network)と読売新聞が週末に行った世論調査で、
  普段の生活や仕事で元号と西暦では元号を多く使っていると答えた人が最も
  多く、4割を上回った。
  【元号と西暦のどちらを多く使っているか】
    「元号」        41%
    「西暦」        25%
    「どちらも同じくらい」33%
             (3/24 日本テレビ)


 元号が、日常かなり使われていることがこの調査でわかります。そのことは、警察庁のパブリックコメントからも窺えるのです。


 昨年、警察庁は、日本で運転免許証を保有する外国人が増えていることから、免許証の有効期限をこれまでの「元号」から外国人にもわかりやすい「西暦」に表記を一本化する方向を打ち出し、パブリックコメントを実施しました。


 ところが、その結果、およそ2万件の意見が寄せられ、その8割が「西暦だけ」の表記に否定的だったのです。警察庁はこれを踏まえ「西暦(元号)」すなわち、西暦と元号の併記となりました。


 そもそも、元号を変える理由は何でしょうか。久禮旦雄・京都産大准教授は、歴史的な観点から次のように述べています。


  (1)新天皇の即位による「代位(=即位)改元」
  (2)縁起の良い奇跡を記念する「祥瑞改元」
  (3)自然災害や戦乱が起きたのを一新する「災異改元」
  (4)干支で大きな変革が起こる巡り合わせの年に
     差し替える「革年改元」


 明治以来は「一世一元」が制度としてあり、明治、大正、昭和、そしてこのたびは、譲位による新天皇即位の改元ということになるのでしょう。


 何はともあれ、一般の国民は、元号というものを身近に、大切に感じていると判断して良いかと思います。


 ところが、これに異を唱えるメディアがあります。それは、誰しも推測できるであろう、わが国唯一の高級紙を自称する「朝日新聞」に他なりません。もちろん、他の左翼リベラル紙もそうですが、朝日が最も露骨だと言えるでしょう。角度をつけることを社是とする朝日の主張を、3/21朝日新聞社説「『改元』を考える 時はだれのものか」から一部引用します。


 多くのメディアは「平成最後」や「平成30年間」といった表現をよく使っている。一つの時代が終わり、新しい時代が始まる、と感じる人も少なくないだろう。 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。「平成」といった元号による時の区切りに、どんな意味があるのだろうか。そもそも時とはいったい何なのか。誰かが時代を決める、あるいは、ある歳月に呼び名が付けられることを、どう受け止めればいいのだろうか。


 スターリン時代の旧ソ連の強制収容所には、時計が無かったそうだ。歴史を振り返れば、多くの権力は、時を「統治の道具」として利用してきた。日本の元 号も「皇帝が時を支配する」とした中国の思想に倣ったものである。


 「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」(元海軍兵士・作家・渡辺清「私の天皇観」)


 人間は誰もが、何にも代えがたい時を持っている。そうした時の流れをどう名付け、区切るかは、個々人の自由の営みである。時を過ごし、刻む自由はいつも、自分だけのものである。


 左翼の元号観が滲み出ている社説といえるのではないでしょうか。彼らは、元号は最も排除すべき天皇の支配の道具、統治の道具、強制のツールであるとみなしており「時」の支配による束縛から免れたいとの願望を強く持っていることを示しています。


 この社説を読めば、左翼である朝日が度し難い思想の持ち主であることが良く分かります。文章は何となくソフトイメージを醸し出していますが、言わんとすることは、半島と同じく、恨み、妬み、民族への憎しみ、伝統の拒否、歴史の否定、唯物史観、などなど、豊かな人間性から遠く離れたものを感じざるを得ません。


 わが国で最初の公的な元号は「大化」(645年)ですが、全国的に定着したのは、律令制度の整備が完成した「大宝」(701年)以降になります。1400年近く続いてきている元号は、素直な気持ちで引き継いでいくべきではないでしょうか。そんなに、イデオロギー丸出しで、排除の論理を展開することは、悠久の歴史に対する個人的な冒涜とみなされることにもなり兼ねず、もう少し謙虚になるべきだと思います。


 わが国において、この道の第一人者である、碩学、京都産業大学・所功名誉教授「時代を『点』で示すには西暦が便利だろう。しかし『帯』として理解するには、元号が優れている」と述べておられます。(3/18 日経BizGate「元号が21世紀まで続く3つの理由」)


 今「平成30年を振り返る」「平成史 流行語」など、平成という時代を、平成という元号の時代を、平成の御世を『帯』として理解し、ベクトルを合わせた記事が続々と取り上げられています。したがって、反元号の朝日にとっては、怒りに震え、歯がゆくてならない現象でしょうが、国民の大多数が元号を使用したいと考えているのですから、朝日さん、本当に残念ですね!という以外に慰めの言葉をみつけることはできません。


 わたしは、所先生ご指摘のように、元号は時代の「帯」として位置づけることが正しいと考えます。


 みなさんはどのようにお考えでしょうか


次回は
時事エッセー
です。


 

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2019年3月22日 (金)

“地図”から世界を考えよう!

 682回目のブログです


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 “若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る”
                      山部赤人(奈良時代・万葉集)


 和歌の浦に潮が満ちて来ると、干潟が無くなるので、葦の生える岸辺を目指して鶴が鳴き渡ってゆく…。


 歌聖と呼ばれる山部赤人の著名な和歌のひとつ。和歌の浦の絶景を格調高く詠ったものであり、万葉集のなかでも秀歌と言われ、ひろく人口に膾炙しています。まさに、和らいだ気持ちで眺めるに相応しい一幅の絵を描いていると言えるでしょう。


 それにしても、日本の美はその景色にあり、山、森、野原、あるいは、川、湖、海があってこそ、その趣を際立たせるように思えます。そして、海と言えば、瀬戸内のような穏やかな内海ばかりではなく、外海、大海原が日本海や太平洋を通じて地球全体に広がっていることに目を向けなければなりません。


 今や、地球は、未踏の地は皆無と言っていいほど狭くなってきました。加えて、情報革命が激烈に進みそれに輪をかけていることは周知の事実です。近年のインターネットなどの高度情報産業の目まぐるしく凄まじい進展を目の前にすれば、誰しも納得できることではないでしょうか。


 そう考えれば「世界のなかの日本」という視点を忘れるわけにはいきません。そのためには世界地図は必須でしょう。


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  そこで、日本版「世界地図」を見てみると、日本が真ん中、中心にある世界地図であることに気づきます。自国のポジションを中心に置くのは他の国も同様であり、イギリスだとイギリスが中心、アメリカではアメリカが中心です。


 しかしながら、小学生の時から成人に至るまで、いつも日本が中心にある世界地図だけを見ていれば、日本を中心に世界情勢が動いているような錯覚に陥ってしまうのではないでしょうか。わが国の政治家を含めたリーダーが、往々にして「井のなかの蛙」的な発言をするのも、これが一因になっているのかも知れません。


 それでは、スタンダードな世界地図をみてみましょう。


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 この地図では、日本は東の端「極東」に位置していることが明瞭です。日付変更線はいちばん右、したがって太陽が最も早く昇るのが日本、すなわち「日出ずる国」と言うこともできるのです。


 次に、欧州とアメリカ大陸(北米・南米)の近いことが画像として脳にインプットされます。「欧米」ということが何となく理解できるのではないでしょうか。


  そして、中南米にスペイン語圏がなぜ多いのかの答えもすぐ出てきます。それは、スペインと中南米が「すぐそこ」に位置していたから、スペインが植民地にしてしまったことに他なりません。因みにスペイン語圏を挙げてみましょう。


  ・キューバ   ・コロンビア   ・ドミニカ
  ・ベネズエラ  ・メキシコ    ・エクアドル
  ・グアテマラ  ・ペルー     ・エルサルバドル
  ・ボリビア    ・ホンジュラス  ・チリ
  ・ニカラグア  ・アルゼンチン ・ コスタリカ
  ・パラグアイ  ・パナマ     ・ウルグアイ


 このように見てきますと、教室で学ぶ地図は、日本が中心にある地図と日本が東の端にあるスタンダード世界地図の両方ある方が望ましいことになります。


 地図と言えば、世界覇権に全力を傾注している独裁国家・中国(中華人民共和国)は、日ごろ、中国本土から南シナ海・東シナ海を睥睨した地図(俗にいう逆さ地図)を見ています。


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 太平洋に大手を振って進出し、海洋覇権を握ろうとする中国にとって、最も邪魔になるのは「日本」であることは、この逆さ地図を見れば一目瞭然。尖閣諸島・沖縄諸島は目の上のたんこぶ、いかなる手段を弄しても侵略しようとする魂胆は見え見えであり、わが国は一瞬たりとも領域防衛の力を抜くわけにはいきません。ハードパワー、シャープパワー、ソフトパワーのすべてに警戒を怠ってはならないのです。


 わが国は領土面積だけ見れば世界で60位にすぎない小国ですが、海域を加えた海陸総面積で見れば、何と世界第6位の大国です。そうだとすれば、わたしたちは海洋というものを基本的に意識しなければなりません。


  【海域】
    領海              12海里( 22km)
    接続水域           24海里( 44km)
    排他的経済水域(EEZ)    200海里(370km)


 世界のなかの日本、海洋国家日本を感覚的に認識するために最も効果があるのは『地球儀』(made in JAPANに限る!)を備え、日々眺めることではないでしょうか。それが、国際派日本人になるための第一歩。


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 教室に、家庭に、地球儀を備えましょう!


 みなさんはどのようにお考えでしょうか


次回は
時事エッセー
です。

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