「リベラル」と「左翼」の違い!
959回目のブログです。
“野に山に よしや飢ゆとも 蘆鶴の 群れおる鶏の なかにや入らん”
高橋泥舟(幕末百人一首)
もし野や山で飢えることがあっても鶴である自分は群れて飼われている鶏のなかには入らない…。
自分は、金も名誉も欲せず、野に住む気高い鶴として生きていくのだ、という達観を示した和歌。(幕末三舟とは:勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟)
あっという間に5月も過ぎ、梅雨の6月を迎える時になりました。
時代は厳しい転換期にあるにもかかわらず、世のなかは、まだまだぬるま湯の様相を抜け出せておらず、先行きに気掛かりを感じています。と言うのは、近年、「リベラル」という言葉の意味が、その本質とかけ離れて何とはなしに使われている事と通底しているように思われるからです。
「リベラル」と「左翼」、これらの言葉は思想的には異なった概念あるとすれば、本来、厳密に区別しなければならないと思われますが、世間では極めて曖昧に捉えられているように思います。
そこで、「リベラル」と「左翼」について考えて見ましょう。まず、5/25読売新聞の報道から。
【連合の組合員が支持する主な政党の支持率】
国民民主 26.8(%)
自民 15.5
立憲民主 11.3
中道改革 4.6
参政 3.8
支持政党なし 30.3
連合は、国民民主、立民の両党を連携政党と位置づけていますが、中道改革に対しては正式な連携関係は結んでいません。連合は、衆議院で国民民主(26.8%)と中道改革(4.6%)を同じリベラル政党として協力関係を結ぶのか、不安定極まりなく判然としません。
政治用語としては、保守、リベラル、左翼、右翼、左派、右派、など色々ありますが、とりあえず政治的な主張を、「保守」と「リベラル」に分けて見ましょう。
【保 守】憲法改正に積極的(改憲派が多い)
集団的自衛権を行使できる安全保障関連法支持
スパイ防止法、共謀罪法 支持
原子力発電を維持
伝統的な家族形態が大事(選択的夫婦別姓に反対)
首相の靖国神社公式参拝に賛成
【リベラル】憲法改正に消極的(護憲派が多い)
安全保障関連法は憲法違反として反対
スパイ防止法、共謀罪法 反対
原発ゼロを主張
夫婦別姓に賛成
首相の靖国神社公式参拝に反対
上記を見れば、保守とリベラルの主張は明瞭に分離しており非常に分かりやすい。一般的に、リベラルのイメージは、左翼、インテリ、外国かぶれ、上から目線であり、昨今は極めて評判が悪いように見えます。例えば、今年2月の総選挙の結果は、高市総理率いる自民党の圧勝、中道改革連合(立憲・公明)の完敗を見れば明らかではないでしょうか。
小子は、現在のリベラルと称するものは、本来の意味を逸脱しているのではないかと疑っていますが、ここに、元共産党員で現在リベラルを自称する評論家が、「リベラル」と「左翼」の特徴をまとめたものがありますのでご覧ください。
・人間としての基本姿勢
(リベラル) 自分に厳しく、他人に優しい
(旧左翼) 自分に甘く、他人に厳しい
・コミュニケーション方法
(リベラル) 意見の違いを発展の原動力にして味方を増やす
(旧左翼) 意見の違う者を排除して身内で固める
・政治的な目標設定
(リベラル) 選挙に勝って権力を握らないと話にならない
(旧左翼) 勝つのは結果論で常に正しいを言い続ける
・政策的な発想
(リベラル) 未来のあるべき社会の姿への夢から出発する
(旧左翼) 過去を肯定してその延長で少しだけ前進する
・組織論の基礎
(リベラル) ソフトなネットワーキング型
(旧左翼) ハードなピラミッド型
この評論家は、リベラルを高く評価していますが、現実はどうでしょうか。例えば、もしも、中道改革連合や立憲民主党をリベラルと称するならば、前回の衆院選で落選した大物議員、元民主党代表・岡田克也氏の姿勢を考えて見ましょう。
岡田克也氏は、敗因を「高市旋風」と「ネットによるデマや批判」と分析。これを見ると、岡田氏は自ら反省することがなく「他責思考」の人というべきです。さらに過去には「国民感情をコントロールしていかなければならない」という発言もあり上から目線の怖い人物でもあります。
そう考えれば、岡田氏が体するものは、リベラルというより左翼という方がぴったりはまるのではないでしょうか。
「リベラル」は、何となくきれいでソフトな言葉で表面が覆われていますが、実態に於いては、左翼との境目はなく、同じようなメンタリティで繋がっていると捉えるべきだと考えます。
今、政界や、メディアに於けるリベラルの概念は、その足元がぐらついており、中身は曖昧模糊、この際、「リベラル」という看板そのものを再定義していくことが求められているのではないでしょうか。
皆さんはどのようにお考えでしょうか。
次回は
時事エッセ-
です。
















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