2017年6月23日 (金)

“監視・密告”… これが中国社会の恐怖だ!

 591回目のブログです

 

   “国を鉄床にたとえよう。
 
ハンマーは支配者、打ちまげられる鉄板は民衆。
 
勝手気ままなめくら打ちに、
 
いつまでたっても金が出来上がらねば鉄板こそ迷惑だ。”
 
          (ゲーテ「ヴェニス警句」)

 

 政治が正しく、法に則り、一般の規範に従い、その国の歴史に沿い、文化・文明の実を上げようとするならば、それこそ、国民や民衆や庶民はこぞって同意と讃嘆の声を上げるに違いありません。

 

 これは洋の東西を問わず、どの国に於いても言えることではないかと思います。

 

 しかしながら、世の中、そうならない所が問題であり、そこに大きな悩みと強い怒りが現れることは、近隣の国を見ればよく分かります。その代表例が中国、すなわち、中華人民共和国であり、その権力体制を象徴するのが「中国共産党1党独裁」に他なりません。

 

 メディアのニュースを見てみましょう。

 

 スパイ容疑日本人6人、中国で今も拘束 3月に温泉調査

 

  中国の山東省と海南省で3月末、日本人男性計6人が中国の国家安全当局に拘束されたことが22日、明らかになった。具体的な容疑は不明だが、スパイ行為など国家の安全を害したとの疑いを持たれているとみられる。
          (2017/5/22 朝日新聞一部抜粋)

 

 中国は、2014年、反スパイ法を制定し、国外の企業や社員を簡単に逮捕できるようにしました。そして、北京市国家安全局は、2017410日からスパイ行為に関する新たな規制を制定。一般市民によるスパイ行為の通報を奨励し、事件の摘発につながる重要な情報を提供した通報者に、何と、最高で50万人民元(日本円で約800万円16.3/1)報奨金として支払うことにしたのです。

 

 まさしく、密告の奨励そのもの。現在、日本人で逮捕、拘束されているのは12人と伝えられていますが、いずれもスパイ容疑によるものです。

 

 上掲の朝日の記事にある、拘束された人達の会社は「()日本地下探査」の社員で、中国の企業と組んで温泉開発の調査をしており、通常的に写真を撮っていました。しかし、山東省と海南省には軍事施設があり、それへの接触を疑われたのではないかと推測されています。

 

 ゼネコンのフジタの社員が逮捕されたことも記憶に新しく、これからも、スパイなどしなくても、ちょっとした仕草、例えば風景、人物、街角の写真を撮ったりすれば、拘束される可能性はますます高くなってきたと言わざるを得ません。

 

 その理由として、中国事情に詳しい石平氏は、われわれ日本人には考えられないことをあげ、北京がスパイ狩りの天国になる危険性を指摘しています。(4/24 MAG2NEWSより)

 

  スパイの定義のひとつに「(5)その他のスパイ活動を行うこと」とあり、まったく無制限だという条文になっている。

 

  最高800万円という、普通の労働者年収の10倍以上という法外な報酬金は、あまりにも魅力的だ。

 

  首都・北京の社会の底層には「金の亡者」のゴロツキらずたち、賭博麻薬の常習犯、闇金融に手を出して借金の取り立てに追われている人たちは大勢いる。彼らにとって、当局の新規則はまさに「干天の慈雨」となる。

 

  彼らは、ビジネスに従事している外国人やその周辺の人達を監視し、ありとあらゆる捏造や妄想の情報を当局に通報するであろう。

 

  北京という街は、まさに「スパイ狩り」の天国となり、普通の外国人や中国人にとって恐怖の地獄と化していくであろう。誰でもいつでもどこでも「スパイ通報乱発」の餌食にされてしまう危険性があるからである。

 

 いやあ、聞きしに勝るスパイ摘発状態であり、あまりのひどさに身震いしてしまいそうです。それでは、わたし達はどうすればいいのかを考えてみたいと思います。

 

 中国へは、一般観光旅行に行くことも控えなければなりません。あまりにも危険すぎます。日本人は観光のつもりで写真を撮っても、そこに軍事施設があれば、あるいは軍事施設の周辺であれば、スパイ行為で摘発、拘禁、逮捕される可能性が大きいからです。

 

 写真だけではなく、録音、携帯・スマホでの通信相手及び内容もスパイ行為になる可能性があります。 こうなると、冤罪の多発は明白

 

 そして、一旦逮捕されたら、数ヵ月、数ヵ年、中国政府の気の向くままに拘引されるのは必定。ゼネコン・フジタのように外交取引、政治取引のツールに利用されますから、わが国益の足を引っ張ることに繋がります。

 

 石平氏は、これについて、次のように述べています。

 

  「おそらく唯一にして最善の対処法はできるだけ中国に、最低限、北京には近づかないことであろう。少なくとも私自身、前述の反スパイ法が制定されて以降、かの国の地に一切足を踏み入れないことを決めている。「危邦に入らず」というのは、他ならぬ中国最大の聖人である孔子様からの大事な教えだったのである。」

 

 中国の古典「論語」を引用していますが、そこをもう少し詳しく書きましょう。

 

   【 危邦不入 亂邦不居 】
         (「論語」泰伯第八の十三より)

 

    危邦(きほう)には入らず 乱邦(らんぽう)には居()らず

 

    危うい国には入らず 乱れた国には留まらず

 

 中国という国は、あまりにも問題を抱え過ぎています。世論戦、法律戦、心理戦を駆使し、世界覇権100年戦略を着々と進行中。環境も資源も無視した経済成長のすさまじさ、軍事費の激増による軍拡路線、中国共産党1党独裁体制の維持、中央集権の徹底、そのなかで、極端な格差の発生、党幹部の汚職腐敗、自由・民主主義・人権の無視、少数民族へのホロコースト的弾圧、それに加えて、上に述べたような息苦しい密告・監視社会、周辺国家との激しい諍いと紛争、…いやはや、これが理想的な国家でしょうか。

 

 もう、中国に尻尾をふることは止めにしたいものです。それにしても、いまだに、政・官・財・学・報などのあらゆる分野に、親中、媚中、屈中の人がかなり存在していることに驚きを隠せません。そんなに、現在の独裁国家・中国に魅力を感じているのでしょうか。理解できません。

 

 その意味で、わたし達は、日本人として、凛とした独立心と心豊かな精神を持ち、歴史を誇る国造りを目指したいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月16日 (金)

“サイバーテロ”… これは第5の戦場だ!

 590回目のブログです

 

 “下見れば 我に勝りし 者もなし 笠取りて見よ 天の高さを”
 
                    道歌(作者未詳)

 

 下を見れば自分よりも勝る人はいない。だからといって満足すべきではない。笠を脱いで天の高さを見てみよ。自分より勝っている者のいかに多いかが分かろう。常に向上心を忘れぬことだ…。

 

 「油断は大敵世界は広く、世の中の進展も日進月歩。いい気になって浮かれていれば、あっという間に足元を掬われます。高度成長、バブルの時から、なすすべもなく、つるべ落としに落ちて行ったわが国の経緯を見れば一目瞭然ではないでしょうか。

 

 思いだしてみてください。昭和54年(1979)、日本がちょうどバブル前夜、全国民怖いものなしのイケイケムードの時、ハーバード大教授のエズラ・ヴォーゲルさんが出版した本のタイトルであるJapan as Number Oneに心地よく酔いしれてしまったことを。

 

 Japan as Number Oneは、アメリカ人よ日本から良いところを学ぼうという趣旨であったにもかかわらず、マスメディアに引きずられた日本人はJapan is Number One!」(日本が世界でイチバン!)と誤解し、有頂天になり、その意識を永らく持ち続けてしまったのです。

 

 世界は混沌としてきました。戦争前夜とも常在戦時ともいうべき雰囲気を象徴するのが、世界に衝撃を与えたサイバーテロの実態です。スパイ」「サイバー」いずれもわが日本の最弱点ともいうべき大問題であり、国際的にも問題視されているにもかかわらず、わたし達はその重要性を認識してきませんでした。

 

 それは、遅ればせながら成立必至と言われる略称「テロ等準備罪法案」(反対の立場の人は「共謀罪法案」と呼ぶ)の国会審議の猥雑な混乱を見れば明らかです。

 

大規模サイバー攻撃、150カ国20万件以上で被害 拡大の恐れも

 

  世界的に広がっている大規模なサイバー攻撃で、欧州警察機関(ユーロポール)のトップは14日、被害が少なくとも150カ国で20万件に達し、週明けの15日には件数がさらに拡大する可能性があると明らかにした。
攻撃には、パソコンを感染させ、復旧と引き換えに300ドルから600ドルの支払いを要求する「身代金(ランサム)ウエア」が使われ、企業や病院、学校などが被害を受けた。
           (ロイター 17/5/15 一部抜粋)

 

 サイバーテロは、本来規制されてしかるべきですが、国際間で厳格に取り締まろうとの声も出ていないようです。天才ならば小学生でもプログラミング開発ができ、敵国を瞬時に機能不全にさせることができるのですから、軍事的にも魅力的であり、開発を中止させることなど無理な注文というものでしょう。

 

 現在、ITのトップクラスにある国(例えば、アメリカ、中国、北朝鮮、ロシア、インドなど)がサイバーテロに関与する必然性は否定できません。北朝鮮は中国からIT支援を受けており、過去にもバングラデシュ中央銀行をハッカー攻撃し90億円を窃盗したりしており、今回も北の仕業ではないかとの噂もあるほどです。

 

 そうとすれば、企業、銀行、自衛隊、警察、大学などあらゆる組織が高度なサイバーテロ対策を講じなければならないことは言うまでもありません。

 

 ところが、わが国の対応は絶望的です。こんな大問題が生じているのもかかわらず、政治においては、国会はテロ等準備罪法案(共謀罪)で大騒ぎのていたらくですから。

 

 一方、民間企業もお粗末限りなし。わが国を代表する日立製作所の社内システムの一部がウイルスに感染し、業務用パソコンのメールに障害が発生、国内のほか海外拠点でも不具合が出るなどしました。(日経新聞17/5/15

 

 今回のサイバー攻撃は、マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウインドウズ」の脆弱性を、米国安全保障局(NSA)のハッキングツールから盗んだものを使用したと言われています。

 

 日立製作所の場合、社内にあるパソコン「Windows」にセキュリティ対策がなされていなかったことから障害が発生したものと推測。マイクロソフト社が20169月に「Windows」ユーザーに示した勧告に対応していれば、被害は少なかったと見られています。

 

 日本の最有力企業でさえ、セキュリティに万全を期さなかったのは、おそらく、経費・お金がかかるから、一応重要なことだとは分かっていても出来なかったのではないでしょうか。それとも、もとから安全意識が低かったのかも知れません

 

 これは日立だけに限りません。わが国の中小企業では、独自でそこまでお金をかけることに躊躇してしまうことも理解できます。

 

 そう考えれば、わが国のサイバイーテロ対策は脆弱な基盤にあると認識し、あらためて、考え直す必要があるのではないでしょうか。これは、喫緊の課題というべきものです。

 

 しかしながら、わが国の学者の最高頭脳の集まりと言われる日本学術会議が、今年324「軍事目的のための科学研究は行わない」趣旨の声明を出しました。驚くべき姿勢に愕然とします。インターネットもパソコンも携帯電話も、軍事技術からの転用であることは自明のこと。何を寝ぼけたことを! 現実の世界を真正面から眺めて欲しいと思わざるを得ません。(3/24 小ブログ578回「“軍事アレルギー”…日本学術会議声明案に見る!」を参照ください)

 

 日本は科学立国のはず。これからますます高度化するロボット・AI(人工知能)・通信・自動運転・高機能複合材などなど、もう、軍事、民生の区別はありません。産・官・学・軍・報、総力を結集して世界の1番を目指すべきではないでしょうか。(間違っても、2~3重国籍疑惑・蓮舫女史の2番でもいいじゃないかという敗北者的発言は慎むべき)

 

 世界は大きく動いています。戦いの場、戦場も拡がってきていることを認識することが大切です。戦場は…

 

   ① 陸 

   ② 海 

   ③ 空 

   ④ 宇宙 

   ⑤ ネット

 

 サイバーテロ、サイバー攻撃は⑤のネット空間での戦争を意味します。平和のためにも、サイバー空間を制することが重要であることは論を待ちません。

 

 わたし達は、日本は、すでに、戦争の渦巻き状態の中にあることを知り、それを克服することに力を結集すべきではないでしょうか。油断は大敵、寝ぼけた発言はもう止めにしませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

 

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2017年6月 9日 (金)

“難民”… これは真剣に考えておくべき問題だ!

 589回目のブログです

 

 “信濃なる 須賀の荒野に ほととぎす 鳴く声聞けば 時過ぎにけり”
 
                信濃の国の防人の歌(万葉集)

 

 ここ信濃の人気のない須賀の荒野に時鳥(ほととぎす)の鳴く声を聞くようになった。防人として出て行った夫が帰ると言った時期はもう過ぎてしまったなあ…。

 

 防人。太古より、わが国の脅威は大陸と半島であり、特に半島からの防衛を担ったのが東国から集められた防人でした。

 

 万葉集は世界に誇る日本の国民歌集。4516首という膨大な数が編まれていますが、そのなかで、防人の歌は98首あります。東国の農家から赴く防人としての心意気や家族との別離の哀感を素朴な万葉調で詠う「防人の歌」は、平成の御代に生きるわたしたちの心に、日本人としての凛とした佇まいと豊かな情感を穏やかに伝えてくれます。

 

 さて、近時、北朝鮮の核・ミサイル開発が急速に進み、アメリカやわが日本国の脅威となっていることは、度重なる弾道ミサイル発射実験を見れば明らかなことと言えるのではないでしょうか。

 

 北朝鮮の周辺国は、中国は表向き警告、裏は黙認、ロシアは積極的支持、韓国は融和姿勢で跪いているのが実情でしょうか。一方、アメリカは思案に暮れ、軍事的圧力を徐々に加えようとしており、日本は具体的対処策を欠き、なす術もなしと言うありさまです。

 

 しかし「時」は静かに経過していくのではなく、大きな波乱を膨らませながら、ある段階で妥協か衝突の分岐点を迎えるのが歴史の流れというものだと思います。

 

 そう考えれば、早ければ今年8月には北朝鮮と米国が衝突する可能性もあるのではないかとの観測も流れている今日、わたし達は、この事態を深刻に捉える必要があるのではないでしょうか。

 

 今、国政などでは、大した根拠もないことを理由に、足を引っ張ることばかりに力を入れる、いわゆる「政局」のみという感がありますが、もっと外の脅威に目を向け、その対処策を講じる、いわゆる「政治」こそが、極めて重要な段階に至っているはずです。

 

 もしも、米と北が激突するという有事が生じたならば、北朝鮮から数万人~数十万人の難民が日本に押し寄せてくることは十分想定しておかねばなりません。その場合のわが国の対応策を考えてみましょう。

 

 (このようなことは、平時に、真剣に議論されていることが重要であるにもかかわらず、テレビや新聞や雑誌などのメディアでも語られることはほとんどありません。無きに等しい国防意識や希薄な危機管理意識から脱皮しなければとんでもないことを招く可能性が高いと思います)

 

 戦時難民といえども、一切受け付けず、海上で追い返す。
 
  (国際的非難は免れない)

 

 不法入国者として直ちに身柄拘束し強制収容する。
 
  (強制収容は人道的見地において国際社会から批判される)

 

 仮上陸を許可する。(行動範囲、出頭日指定などの条件あり)
 
  (条件に違反すれば、強制収容or強制送還を行い得る)

 

 庇護上陸を許可する。
 
  (一定期間後「難民認定」申請すれば、在留資格を取得できる)

 

 この他の対応策もあるかも知れませんが、上の4つを念頭に、問題点を抽出してみましょう。

 

 数万人規模の難民が一気に押し寄せてくる事態を想像してみてください。この難民には、いわゆる「武装難民」「特殊工作員」が多数紛れ込んでいることは容易に想定できます。

 

 彼ら偽装難民を特定することが困難を極めることは、ヨーロッパの難民に中東からの偽装難民(武装難民+特殊工作員)が紛れ込んでいることを見ても明らかです。彼らが社会的不安暴動の引き金になっていることも認識しておかねばなりません。
 

 ・朝鮮半島からの難民は、大混乱のなかですから、北朝鮮だけではなく韓国も含まれることを覚悟せねばならず、そして、両国は、反日教育を受けて育った『反日難民』だということです。

 

 戦後70年経った現在でさえも、いわゆる在日問題は日本社会に微妙な影を落とす存在になっていると言っても差し付けないでしょう。もしも、北朝鮮や韓国から数万人以上の難民の上陸を許可したならば、彼らは、容易にゲットーを造り、団結し、政治的発言を繰り返し、歴史問題を繰り返し、騒動を巻き起こすであろうことは目に見えています。

 

 韓国が、いわゆる従軍慰安婦問題で世界に日本の悪口を喧伝しまくっていることだけを考えても、怪しからぬ振舞であり、さらに北と南の難民を加えることによる鬱陶しさの倍増、十倍増、百倍増は、ご免蒙りたいと思うのが平均的日本人の心情ではないでしょうか。

 

 難民、移民問題は、慎重にも慎重にすすめるべき重大な課題です。現在、安倍首相がすすめている移民政策は、まさに『気がつけば移民国家、中途半端な外国人受け入れを正せ』と雑誌「Wedge」(ウエッジ)が指摘している通り、大きな間違いを犯しています。わたしは、安倍首相の無原則な移民政策に強く反対するとともに『国を亡ぼすなかれ』と声を大にしたい。

 

 そう考えれば、国際社会から多少批判されても、国を亡ぼすわけにはいきませんから、難民への対処は、おのずから明らかではないでしょうか。

 

   「不法入国者として直ちに身柄拘束し強制収容する」
     あるいは、場合によっては「仮上陸を許可する」

 

 そして、早期に韓国へ強制送還すべきでしょう。なぜ韓国かと言えば、北朝鮮がなくなれば、韓国が北も支配下に置くと考えられますから。

 

 何はともあれ、わが国の将来の子孫に禍根を残すことだけは避けなければなりません。

 

 明治時代、福沢諭吉がいみじくも語っているように、半島や大陸の問題は本当に厄介です。半島の人々は、日・欧・米などの西洋先進国で使われる「論理」が通用せず、自分に都合の良い解釈をする天動説、他人が悪く自分は悪くない自己中、息を吐くように嘘をつく虚言癖とファンタジーに寄りかかり過ぎていると言われます。

 

 わたし達は、半島の難民について、あらためて深刻な問題として考えてみることが大切ではないかと考えます。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年6月 2日 (金)

ある「経済人」の愚かな言葉… 北朝鮮と北方領土に関して!

 588回目のブログです

 

  “国家の名誉は、
   国家の安寧よりも
   また国民の生活それ自体よりも
   大切である。”
 
   (ウッドロー・ウィルソン 第28代米国大統領)

 

 もう、夏が来たかのような暑い日が続いていますが、小奇麗な皐月の花が垣根一杯に咲いている姿は何となく心に潤いをもたらせてくれます。

 

 しかし、世界は激動の真っ只中。キナ臭さを紛々とまき散らしながら時は進んでいるように見えて仕方ありません。529日、早朝、北朝鮮弾道ミサイルを発射し、わが国の排他的経済水域に落下させました。

 

 排他的経済水域(EEZ・Exclusive Economic Zone)は、基線より200海里(370.4km)以内、漁業や油田などのすべての経済的資源を管理する権利や義務を有するものです。

 

 さあ、大変です。北朝鮮はいよいよわが日本を狙ってきていることが明確になりました。官邸、防衛庁、外務省など、政府も対処策を真剣に考えざるを得ない局面に追い込まれてきたことは間違いないと思います。

 

 しかしこの際、このようなわが国の北朝鮮への外交方針に厳しく異を唱える経済人がいることを知っておく必要があります。

 

「米国が北朝鮮を刺激することで、日本の安全を脅かしている
としたら、何のための日米同盟なのか首をかしげたくなる。」
 
(丹羽宇一郎・伊藤忠商事前会長「日経ビジネス4/17」)

 

 吃驚! これが大商社の社長・会長を経験した有力な財界人の言葉とは。丹羽氏は、北朝鮮の金正恩委員長が、核・ミサイル開発に成功し、今やアメリカ領土にまで届く弾道ミサイルや核弾頭を有していることを高らかに誇っているのを知らないのでしょうか。

 

 アメリカとしては穏やかではないでしょうし、厳しい軍事的圧力をかけながら対話を目指していくのは当然の選択だと思います。

 

 丹羽氏は、日米同盟が重要なのは言うまでもない、しかし在日米軍駐留経費の80.4%を負担しているのであり、アメリカは北朝鮮を刺激せず穏やかに静かに見守っておればいいのだと主張します。

 

 丹羽氏の本心は、反米親中、日本国家はどうでもよい、自由な経済活動で“金儲け”さえできればいいと考えているのではないでしょうか。金、かね、カネ…、日本国家の名誉などは頭の片隅にもないことは丹羽氏の過去の言動から明らかです。そのような人物を民主党政権は中国大使に選び汚点を残したにもかかわらず、日経新聞は今でも高い評価を与え、日経ビジネス誌では「賢人の警鐘」欄に登場させているのです。考えられません。

 

 とりあえず、過去の言動を繙いてみましょう。(①、②は花田紀凱 月刊『Hanada』編集長、③は日経ビジネス2016.12.19より)

 

東京都が尖閣諸島を購入しようとしていた時、猛反発。

 

「もし計画が実行されれば日中関係に重大な危機をもたらす」

 

「尖閣購入を支持する日本の国民感情はおかしい

 

日本は変わった国なんですよ」

 

かつて作家の深田祐介氏が、当時伊藤忠商事の役員だった丹羽氏をインタビューした時の発言をこう書いている。――

 

中国熱に浮かされ、ほとんど発狂に近い陶酔状態にあった。丹羽氏は私に向かい将来は大中華圏の時代が到来しますと言い切ったのだ。

 

「すると日本の立場はどうなりますか」と私は反問した。日本は中国の属国として生きていけばいいのです。丹羽氏は自信に満ちてそう明言したのだ。

 

「日本は中国の属国にならなくちゃならないんですか」と私が聞き返すとそれが日本が幸福かつ安全に生きる道ですと繰り返したのである。

 

 「北方領土で大切なのは、本音を言えば『領土』ではなく『漁業』のはず。領土返還よりも、北方四島をめぐる漁業の問題を解決することを急いだ方がいい」

 

  尖閣諸島での漁船衝突問題に関して、日本から中国への
ODAを復活させるよう進言、画策(中国大使の時)

 

  中国の新潟総領事館が求めていた広大な土地購入は地元の反対で頓挫していたが、丹羽氏は中国が購入できるよう玄葉外務大臣に直訴し、中国の不相応な広大な土地購入を実現させた。

 

 丹羽氏のように「商売さえできれば、日本が貶められようが、領土が奪われようが、知ったことではない、とにかく商売に影響ある言動や政策は困るのだ」という考えこそ、わたし達一般国民としては、それこそ困ると言わざるを得ません。いいかげんにしてほしいものです。

 

 驚きの言動。なぜこのような言動を取ったのかを調べてみると、やはり根っ子がありました。丹羽宇一郎氏は、学生時代、名古屋大学自治会会長として60年安保闘争の学生運動の先頭に立っており、商社に就職しても、左翼思想は衰えず、中国共産党や北朝鮮などへの熱い憧れが今も胸の中に燃え盛っているのではないでしょうか。

 

 20歳前後で培った思想は、それがいかに人間性を喪失した悪魔の思想―共産主義・全体主義・独裁主義―であっても、なかなか消えないものだということが分かります。

 

 その意味で、学生時代には「悪魔の思想」にかぶれることは避け、真の学問の道を歩む方が世のためになります。

 

 共産主義の信奉者が商社のTOP。不思議な気がしますが、商社マン、ビジネスマンとしては偉大な業績を残したのでしょうが、我が国の、政治、経済、外交、技術、教育、などの指針を示すことはぜひ止めてほしいと願うものです。

 

 どうして、わが国には、サヨク、リベラル、全体主義、共産主義、独裁主義、自虐思想、反日思想に共鳴する人が、特に中年世代以上に多いのがよく分かりません。

 

 彼、彼らは、本当に、中華人民共和国の1党独裁が善いと思っているのでしょうか。真実、朝鮮民主主義人民共和国の個人独裁が善いと思っているのでしょうか。特に、わが国のメディア界や教育界はサヨクイデオロギーが勝ちすぎており、もう少し現実を直視し、柔軟な考えを廻らすべきだと思います。

 

みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月26日 (金)

「堺」…刀鍛冶・利休・晶子を巡る!

 587回目のブログです

 

    【利休七則】

   茶は服のよきように点て(お茶は飲む人が飲みやすいように)
 
炭は湯の沸くように置き(炭火はお湯の沸く程度に心を配り)
 
花は野にあるように生け(花は野の花のごとく自然に生け)
 
夏は涼しく冬暖かに  (夏は涼しげに、冬は暖かい雰囲気に)
 
刻限は早めに     (時間に余裕をもって)
 
降らずとも傘の用意  (雨降らずとも雨具の用意をし)
 
相客に心せよ     (お客の心を心とせよ)

 利休七則は茶道の基本を示したもので、茶道のおもてなしの心を分かりやすく説いています。

 

 今回も、先週に続いての歴史・文化の散策となりました。先日、縁ある方のお誘いで、小宅からそんなに遠くない大阪市の南に位置する堺市を訪れました。久しぶりの近間への散策、時間もたっぷりあり、日ごろ目にすることのできない所へ足を運ぶという望外の幸運に恵まれた有意義な散策でした。拠点移動はバス。

 

 JR大阪駅・西梅田 ⇒ 水野鍛錬所 ⇒ さかい利晶の杜 ⇒ 昼食(梅の花) ⇒ インテックス大阪 ⇒ JR大阪駅・西梅田

 

 堺市は、大阪市の南に位置した人口84万人の政令指定都市であり、山梨・佐賀・福井・徳島・高知・島根・鳥取の各県を上回りますが、大阪市の衛星都市としての特徴を有してもいます。

 

 堺市には、旧石器・縄文・弥生時代の土器・石器・銅鐸・集落遺跡などが発掘。特に百舌鳥古墳群と呼ばれる古代文化遺産は圧巻です。

 仁徳天皇陵古墳
反正天皇陵古墳
履中天皇陵古墳
いたすけ古墳
御廟山古墳
ニホンザイ古墳
その他(永山・長塚・丸保山・竜佐山・収塚など多数)

 

 そして、堺は南北に貫く難波大道と東西に結ぶ竹内街道などの交通の要所となり、南北朝時代には勘合貿易で栄え、室町時代には、宣教師・フロイスが「東洋のベニス」と称する国際都市になり、安土桃山時代は自治都市としてその存在感が注目されます。

 

 このような歴史と文化を誇るだけに、堺市民は「堺」に対する愛着が極めて深く、先年の大阪都構想(大阪府+大阪市+堺市)には、市長自ら先頭に立って反対の姿勢を貫きました。

 

 何はともあれ、魅力ある都市であることに疑いをはさむ余地はないと思います。

 

 【水野鍛錬所】

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  明治5年(1872)創業。刀鍛冶として出発しましたが、現在5代目が鍛冶職人の道を引き継ぎ、料理包丁や銘刀の制作に携わっています。わたし達は5代目から刀や包丁の工程などの説明を受けましたが、ユーモアとウイットに富む、なかなかの話し上手で、従来職人のイメージを一変させました。

 

 5代目は、大阪府ではただ一人の刀鍛冶職人であり、その畏敬すべき職人が一本の料理包丁に技と叡知を注ぐのですから、性能、品質は折り紙付きではないでしょうか。

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 鍛冶場では、実際に鉄や鋼を鍛え上げる刀鍛冶の周囲は、注連縄(しめなわ)に紙垂(しで)が垂らされ、聖域とされているのを目にしました。凛とした空気。まさに神聖な鍛錬所であることを実感した次第です。

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(法隆寺・国宝五重塔九輪にある四方魔除け鎌・300年毎に架け替え)

 これらの光景は、つい先日、NHKテレビの人気教養番組「美の壺」で大きくとりあげられました。

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  わたしは、日本の職人中の職人である水野家5代目の、刀・包丁鍛冶の優れた職人魂に敬意を表し、料理包丁を1丁買い求めました。帰宅して早速使ってみましたが、切れ味は素人のわたしでさえ“抜群”の印象を持ったほどです。 

 【さかい利晶の杜】

 

 堺が生んだ二人の偉人、千利休と与謝野晶子。わびの美学を貫いた気高き天下一の茶人・千利休と、日本文学史に名を残す愛に生き真に生きた表現者・与謝野晶子の二人を顕彰した記念館です。

 

 千利休(大永2<1522>~天正19<1591>)は茶聖といわれ、千家茶道の始祖として知られています。堺の商家に生まれ、茶の湯の第一人者である武野紹鷗に学び、信長・秀吉の茶頭(さどう・茶の湯の師匠)となったが、晩年は秀吉に疎まれ切腹に追い込まれました。

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 しかし、現在日本の3大茶道流派は三千家の「表千家」「裏千家」「武者小路千家」と言われていますから、茶聖・千利休の偉大さが分かろうと言うものです。 

 1階が千利休茶の湯館として、千利休の歴史や復元した利休作茶室の展示、茶の湯体験施設など、楽しめる要素がいろいろあります。

 

 2階が与謝野晶子記念館。与謝野晶子(明治11<1878>~昭和17<1942>)の生家「駿河屋」は羊羹で有名な和菓子商であり、和洋折衷の建物を復元展示。それを見れば、彼女の豊かな感受性と好奇心旺盛な行動力は、生家における知的で優雅で裕福な環境に深く影響されたものだろうとの推測もあながち間違ってはいないように思われます。

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 記念館の中央には、出版された書物が円形に並べられていますが、どれも見事な装丁で、当時の一流画家たちの晶子への関心の高さを語っているようです。

 

 わたしの気に入った和歌を拾いましょう。

 

“海こひし 潮の遠鳴り かぞへつゝ 少女となりし 父母の家”
 
                (故郷・生家を偲んで)
 
 “和泉なる わがうぶすなの 大鳥の 宮居の杉の 青きひとむら”
 
                     (大鳥大社)
 
 “住之江や 和泉の街の 七まちの 鍛冶の音聞く 菜の花の路”
 
                    (水野鍛錬所)

 

 【食べどころ“梅の花”】

 

 ここで昼食、隣の食べどころに移動。梅の花は豆腐料理で有名。さかい利晶の杜との雰囲気のコラボはなかなか見事であり、味もよく、カロリーも低く、素晴らしい昼食でした。

 

 【インテックス大阪】

 

 ここでは、住宅関連製品の展示会があり、ズラッと見て回りました。それぞれのデザインが極めて洗練されてきていることと、気配りした技術の進歩があらゆるところに見受けられることに、新鮮な驚きを覚えました。世の中が、前向きに、確かな足で、急速に動いているとの実感を得ることが出来たのは予想外の喜びでした。

 

 今回は、主に堺市に触れたのですが、さすがに、歴史と文化の奥深い薫りにしびれました。特に鍛冶職人の真摯な熱情には圧倒され、日ごろの怠惰な姿に焼きを入れてもらったように感じたのは、ひとり私だけではないのではないでしょうか。

 

 みなさんには、近間であれ遠くであれ、歴史の散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月19日 (金)

「江戸吟行」…灘五郷の下り酒の地を巡る!

 586回目のブログです

 

“うちしめり あやめぞかをる 時鳥 鳴くや五月の 雨の夕暮れ”
 
藤原良経
(平安末期~鎌倉初期・新古今集仮名序作者)

 

 しっとりと湿って、軒に挿したあやめ(端午の節句の菖蒲のこと)の薫がする。ほととぎすの鳴く五月の雨が降る夕暮れ時よ…。

 

 四季を詠った和歌は数えきれないほどありますが、この歌は四季歌として美しい響きとしっとりとした情感を覚えさせてくれる名歌のひとつと言われています。

 

 先日、1拍2日で東京に出向きました。学生時代の気の置けないOBが20数名、東西から集まり、産業考古学的な考察歴史散策吟詠を兼ねた、洒落た「江戸吟行」に参加したものです。

 

 吟行ですから、漢詩を吟ずるか、和歌を朗詠するか、あるいは詩を歌うかしなければならないのですが、初日は、激しい雨でしたのでそれは取りやめとなり、産業考古学の立場からの江戸歴史散策と相成りました。

 

 (1日目)東京晴海集合 ⇒ 江戸クルーズ(2時間・隅田川―明石町/住吉神社/「江戸湊」など) ⇒ 明石町周辺散策(霊岸島・新川公園・河村瑞賢屋敷跡) ⇒ 日本橋駅(煕代勝覧図絵) ⇒ 懇親会 ⇒ ホテル

 

 (2日目)深川不動尊 ⇒ 富岡八幡宮 ⇒ 昼食 ⇒ 深川江戸資料館 ⇒ 清澄庭園 ⇔ 芭蕉像 ⇒ 芭蕉記念館 ⇒ 都営地下鉄森下駅解散

 

 初日は、生憎の雨。そぼ降る春雨であれば、新国劇の月形半平太にならって“春雨じゃ濡れて行こう”という余裕もあるのですが、かなりきつい雨でしたから、そこまでは至りません。

 

 とはいうものの、江戸クルーズ、貸し切りの船で隅田川をゆったりと遊覧する気分はなかなかのものです。高層ビルの林立、多くの美しい橋、川の両岸に植えられた緑豊かな樹木、古くに掘削され造られた運河、それに加えての墨田のゆったりとした流れ、…これらのすべてが、地上から見る景色とは格別に異なって見え、江戸・東京の人達が歴史の流れのなかで、大地に根を張り、海や川に恩恵を受けてきている様子が肌に実感できました。

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 クルーズ船では、東京産業考古学会のメンバーでもあるOBが28ページに及ぶ自作の解説書をもとに、わかりやすく、ユーモアも交え、該博な知識と豊かな教養を披瀝してくれました。そのうち、記憶に残る興味ある話を記したいと思います。

 

 日本酒の名産地である灘五郷(なだごごう/神戸市東灘区・灘区と西宮市)から、上等の酒が、東下りとして、樽廻船で新川河岸に送られており、その地が「江戸湊」と言われ、周辺には、関西の地名が数多く残っている。播州明石の漁師が移り住んだという「明石町」、大阪市西淀川区佃から33名の漁師が移り佃煮をつくった「佃」、大阪の佃にあった住吉神社の分霊を祀った「住吉神社」。東西の関係の深さは海の繋がりによるもの。

 

 江戸時代の食生活は魚と野菜。調味料は、砂糖・塩・酢・醤油・味噌の5つ。江戸日本橋には全国の最上品が集結した。

 

 酒も同じことであり灘五郷の品が珍重されたのも上方の酒は美味しかったことに尽きる。「下り酒」が最上の評価を受けた理由は、精米度を上げ寒造りで「灘の生一本」としての品質を保ったこと。それには、海運の発達が貢献しており、運搬日数が短期化するほど酒の腐敗を避けることができた。また、運搬日数が「短いことは価格を抑えることにもなったのである。

 

 雑貨全般を載せるのが菱垣廻船であり酒樽専用が樽廻船。江戸時代、最初はすべて菱垣廻船であったが、樽は重いため船底に積まれ、雑貨は上に載せられる。少なくない海難事故の時は雑貨を捨てて船を守る。しかし海難の損害は組合全体で均等負担となっていた。そこで、酒樽の荷主は酒樽だけだと重心が低くなり、リスクも低く、加えて、早く荷役ができ、酒の腐敗を避けることができると考えたため、樽廻船が始まったのである。(なかなか面白い話ですね)

 

 (樽廻船オリンピック)大阪や西宮の廻船問屋が、14艘、千石船を仕立て、松の内に「新番酒船」を催し、江戸への一番乗りを競った。帆や操船術の改良などもあり、3~4日で航海したと言うから驚き。(因みに、忠臣蔵でおなじみの早水藤左エ門と萱野三平は、江戸~赤穂を早籠で丸4日と14時間かけています)

 

 その他、月島や晴海の埋め立て工事の具体的な方法などについての解説も聞きましたが、興味は尽きることはありません。

 

また、今、話題になっている「豊洲市場」を水面から見上げました。豊洲問題は「安全」と「安心」の区別ができない政局第一主義の都知事のもとで混迷を極めています。この堂々たる建物がその存在を不当に無視されているため、降りしきる雨は理不尽な世の中を悲しんでいる涙のように見えました。

 

 2日目は、天候は回復し、爽やかな風を顔に浴びながら、いわゆる深川を中心とした江戸名所を散策しました。

 

 成田山深川不動堂(深川不動尊)

 

千葉県の成田山新勝寺の東京別院。元禄16年(703)の成田不動の出開帳を始まりとします。本堂の外壁には一面に梵字が散りばめてあり見上げるものを圧倒。中には不動明王や大日如来の天井画がありますが、わたしは、珍しい簡単な心願写経を奉納しました。

 

 富岡八幡宮 

  寛永4年(1627)創建。祭神は応神天皇で、古くから庶民に「深川の八幡様」として親しまれています。境内には「横綱力士碑」「大関力士碑」「強豪関脇力士碑」「巨人手形・足形碑」「巨人力士身長碑」などが建立されており相撲との関係が深いことを窺わせます。試みに、わたしは巨人力士の身長碑と比較してみましたが、月とスッポン、釣鐘に提灯、2m30cmの大男とは端から比べ物になりません。

 

  「伊能忠敬の銅像」江戸時代の測量家である伊能忠敬は、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、銅像が建立されたそうです。

 

  深川祭は有名であり、境内には日本一大きく豪華な神輿が置かれていました。

 

 さて、ここで昼食。門前茶屋で評判の「深川めし」を軽くビールでのどを潤しながらいただきました。なかなかの美味でした。

 

 深川江戸資料館

 

江戸時代の深川の街並みを実物大で展示。一見の価値があります。

 

 清澄庭園

 

  三菱財閥の創始者である岩崎彌太郎が造園したもの。約3万坪の

  広大さを誇り「大泉水」と日本全国から集めた「名石」は見事な

  ものです。“古池や かはず飛び込む 水の音”が刻まれた大きな

  芭蕉の石碑もあります。ゆったりとした気分になれる名園だと

  思います。

 

芭蕉像(芭蕉庵史跡展望庭園)

  隅田川の遊歩道沿いにある芭蕉像。隅田川を眺めていたであろう往時の穏やかな俳聖・芭蕉の姿が偲ばれます。

 

 芭蕉記念館

 

  芭蕉に関するあらゆる資料を展示。特に人気があるのは紀行文「おくの細道」に関する貴重な資料だと言われます。江戸から奥州、そして岐阜大垣まで2,400kmの壮大な旅。学生時代に読んだ冒頭の「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」を思い起しました。ゆっくり鑑賞すべき記念館です。

 

  それにしても、江東区の芭蕉への思い入れはすごいものがあります。案内図を見ると、江東区内に芭蕉に関連する句碑が21ヶ所もありますから。

 

 これで1泊2日の江戸吟行は無事終了。1日目9,000歩、2日目11,000歩、合計20,000歩の歴史散策兼ウォーキングであり、心地よい疲れともに教養をわずかでも高めることができたことに、大いに満足しています。

 

 みなさんにも、近間であれ、遠方であれ、歴史の散策をお薦めします。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月12日 (金)

「非核平和都市宣言」…意義ありor意義なし! 

 585回目のブログです
 

   “自らの安全を
自らの力によって守る意思を持たない場合
いかなる国家と言えども
独立と平和を期待することはできない”
 (マキャベリ・ルネッサンス期の政治思想家)

 

 いよいよ季節もかわり、空はあくまでもパステルの青さで覆われ、皐月はそれに鮮やかな色を添え、木々は若緑あふれる情趣豊かな初夏となり、肌に汗を滲ませる毎日が続いています。

 

 このような素晴らしき自然の恩恵にあずかっているわたし達ですが、世界や近隣諸国を俯瞰すれば、危機感あふれる情勢にあることを認識させられます。

 

 特に「核」「ミサイル」の挑発を続ける北朝鮮の若き独裁者の一挙手一投足は、わが国の安全を守るという観点からすれば、それを看過することは決して出来ず、じっと凝視しなければならない日々の連続です。

 

 そんな時、70年にわたる平和ぼけのなかで、地方自治体が掲げている『非核平和都市宣言』に着目し、それについて考えてみたいと思います。

 

 日本非核宣言自治体協議会は、昭和59(1984)設立。現在、1県・189市・7区・109町・17村の合計323の地方自治体が加盟しています。地方自治体の総数は1718791市・744町・183村)ですから、非核宣言をしている自治体の率は、およそ18.8%ということになります。

 

 さて、先日、わたしが住んでいる大阪府の茨木市(人口28万人・JR大阪駅まで12)

が「非核平和都市宣言」の大きな看板を掲げていることを知っていましたので、市役所に電話し、北朝鮮の核やミサイルの実験に抗議しているのかどうかを質問しました。

 

 茨木市は、核実験などが実施された時は、市議会の決議をもって、市長名で抗議文を送付しており、広報にも記されています。たとえば、昨年度は2回。

 

  平成28(2016)17
      「北朝鮮核実験に対する抗議文」
  平成28(2016)99
      「北朝鮮核実験に関する抗議文」

 

 抗議文を読みますと、宛先は『朝鮮民主主義人民共和国 国務委員会委員長 金 正恩 閣下』『国際連合 朝鮮民主主義人民共和国 代表部大使 慈 成男 閣下』となっています。

 

 平成21(2009)から平成28(2016)までを見れば、北朝鮮、ロシア、アメリカに抗議文を送付。この間、中国の名前がありませんが、これは核実験をしなかったのか、公表しなかったのかは詳らかではありません。因みに「非核平和都市宣言」関連の担当部署は、人権・男女共生課でした。

 

 それでは、非核平和都市宣言について吟味していきましょう。

 

  【非核平和都市宣言】
世界の平和と安全は全人類の願望であります にもかかわらず 核軍拡競争はとめどなく拡大しており 私どもは生存の危機に立たされています
 
日本は世界ではじめて広島・長崎に原爆の被災を受け 今もなお数十万の人びとがその後遺に苦しんでいます 再びその惨禍を繰り返させず 人類を滅亡から救うために 核兵器の使用を許してはなりません
 
私たちは太平洋戦争の苦しみの中から世界に誇るべき平和憲法を制定しました その精神に基づき 核兵器の廃絶を世界の人びとと共に強く主張し 「核兵器を作らず 持たず 持ち込ませず」という非核三原則の厳守を政府に求めます
 
更に市民に向けて平和のための諸施策を推進することを誓い ここに「非核平和都市」とすることを宣言します
 
     昭和59(1984)1217日  茨木市
 
(この宣言は 茨木市議会が決議し 議決されたものであります)

 

 これを読んでみると、言わんとすることは理解できるとしても、時代が変わっているのに古いままだなあ、絵空事、人が善い甘ちゃんだな、との思いを覆すことはできず、違和感を拭えません。

 

 「人類を滅亡から救うために核兵器の使用を許してはなりません」と高邁な言葉が目を引きます。しかし、地方自治体が、非核平和都市を宣言し核兵器実験などに抗議を、過去数十年にわたって繰り返してきましたが、ただの1国でも核を放棄した国はありません

 

 そう考えれば「非核平和都市宣言」そのものが、効果があるのかないのか、意義があるのかないのか、意味があるのかないのか、に対する答えは自ずから明らか。残念ながら、効果も意義も意味もなかったと言えるでしょう。

 

 「世界に誇るべき平和憲法を制定しました」という言葉がありますが、これは、先日の北朝鮮の日本に対する恫喝“日本列島が沈没しても後悔するな”を聞けば、厳しい現実の世界から遊離した文言と言わねばなりません。

 

  日本国憲法前文には≪平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。…≫と記されていますが、どこにそんなに優しく立派な国が存在しますか、あれば教えてほしいものです。中国や北朝鮮などのえげつない現実を直視すれば、日本国憲法そのものが全く間違った認識を示しており、まさしく『世界に恥ずかしい偽平和憲法』と言えるのではないでしょうか。

 

  わたし達は、過去70年、甘い世界観を刷り込まされ、ユデガエル理論そのままに軟弱な動物に成り下がってしまったような感があります。これを背筋のピンとした本来の日本人にしていくには、憲法の改正、その中でも、前文と9条の根本的な改正は避けて通れません

 

  先日、安倍自民党総裁(首相)が投げかけた憲法改正指針は、あくまでもタタキ台にして、必ずや国家の防衛と繁栄に真に役立つものにすべきだと考えます。

 

 「核兵器を作らず 持たず 持ち込ませず」という非核3原則で、はたして、わが国を守れるのかどうか、安全保障の専門家や政治家は真剣に検討し、答えを出す時機に来たのではないでしょうか。

 

 ただひとつ、茨木市の名誉のために言えば、核実験について全てに抗議している点については一応敬意を表したいと思います。効果はゼロだと思いますが、やらないよりはましでしょう。しかし、つけ加えて、ミサイル(誘導弾)発射についても抗議しなければ片落ちと言わねばなりません。

 

 地方自治体としては、本来は地方自治体のテーマではない「非核平和都市宣言」よりも、身近なこと、たとえば、学校教育の充実、偏向教育の是正、いじめの根絶など、いくらでもある課題を市民とともに掘り下げていくべきだと考えます。

 

 それにしても、近隣諸国(中・北・韓・露)の厳しさと、わが国のぬるい対処を見るにつけ、冒頭に掲げたマキャベリの箴言には、身につまされます。今一度、マキャベリの箴言に目を通してみてください。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年5月 5日 (金)

「幸福度」と「平和度」…日本の恵みを考える!

 584回目のブログです

 

 “春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり”
 
            道元(鎌倉初期・曹洞宗の開祖)

 

 (詞書:本来の面目を詠ず)自然は美しいものだ。春には野や山に美しい花が咲き、夏には時鳥がさえずり、秋には月を愛で、冬には雪が降った景色が美しい。季節の移りゆく情趣を味わい、心の支えとして自然と共に生きたいものだ…。

 

 上掲の和歌は、美しい日本の四季を、道元禅師が永平寺の夜空を眺めて詠われたものです。この四季の移り変わりを心から愛で、自然を愛することが道元禅師の言われる本来の面目というものであり、とりもなおさず、日本人の心性でもあります。

 

 5月になり躑躅(つつじ)皐月(サツキ)が咲き誇るようになり、まさに、道元の和歌にある通り、花は理屈抜きにして愛でたいもの。前々回のブログに書いたように、わが国は自然環境の重視に価値を置くことではダントツの世界第1位という調査結果を見ても、これからもこの感性を大切にしていきたいものです。

 

 さる320日、国際幸福デーに「世界幸福度報告書2017」(国連)が発表されました。幸福という概念は各国人さまざま、それを単純な数字で表すことには疑義もありますが、世界の155ヶ国を対象に、下記の6つの項目で数値化したものであり、ひとつの目安と言えるかも知れません。


  人口あたりのGDP
  社会的支援
  健康な平均寿命
  人生の選択をする自由
  性の平等性
  社会の腐敗度

 

 【世界幸福度ランキング】2017

 

    1位 ノルウェー      14位 アメリカ
 
   2位 デンマーク      16位 ドイツ
 
   3位 アイスランド     19位 イギリス
 
   4位 スイス        31位 フランス
 
   5位 フィンランド     49位 ロシア
 
   6位 オランダ       51位 日本
 
   7位 カナダ        56位 韓国
 
   8位 ニュージーランド   79位 中国
 
   9位 オーストラリア    97位 ブータン
 
  10位 スウェーデン    122位 インド

 

 何を基準にするかによって数値は著しく異なってくると考えられます。デンマークが2位で日本が51位。さらに、世界幸福デーを提唱したブータンが上位に入らず、97位とは、この数値そのものに問題があり、何か釈然としないものを感じます。(小ブログ97回「平成20年“G・N・H”を考えてみよう!」でブータン王国について述べていますのでご参考ください)

 

 そこで、他の指標を見てみる必要がありそうです。

 

 経済・平和研究所(Institute for Economics and Peace)が毎年調査し、戦争、紛争、犯罪、テロ、軍事費など22項目の指標を数値化した『世界平和度指数(2016年度)では、日本は上位の9位となっています。韓国のしつこい反日攻撃や中国の尖閣沖縄略取への強引な軍事行動がなければ、3位を維持できていました。(これも、小ブログ436回「日本の評価…各種世界ランキングに見る!」で触れていますのでご参考ください)

 

 BBCによる『世界に良い影響を与えている国ランキング』(2014年度)では日本は上位の5位となっており、世界で良い印象を持たれていることが分かります。

 

 わが国をどう見るかということについて、アンドロイド(人間酷似型ロボット)研究開発の世界的第1人者である大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授は、「幸福度指数」もさることながら、もう一つの「世界平和度指数」を見ることも大切だと述べています。

 

 『世界平和度指数』では、日本は9位に対して、フランス46位、イギリス47位、アメリカ103位、中国120位、北朝鮮150位ですから、日本の高さが際立っています。

 

 日本はどのくらい暮らしやすいかについて、世界中の国々を回っている石黒教授の論稿を引用したいと思います。4/18 ダイヤモンド オンライン)

 

 「日本のように暮らしやすい国はほかにないと実感しています。これはもう奇跡的なレベルです。とくに何がいいかと言えば、バランス。公共サービスが中途半端なところで止まっているところが素晴らしいのです。」

 

 「幸福度ランキングで2位のデンマーク。公共サービスがすごく充実していますが、その背景にあるのは貧しさです。」

 

 「デンマークのように公共サービスが重たくなり過ぎてネガティブフィードバックが起こる状態になっているわけでもないし、逆に公共サービスが手薄過ぎて、死者が出るような状態でもなく、適度なところでバランスを取っている、日本は世界でも稀有な国なのです。世界中からあこがれられている国です。」

 

 「さらに国民性として真面目で誠実、差別が少なく、貧富の差が小さくて社会がフラットなので、相互扶助の精神が行きわたっている。そんな国だからこそ、僕は世界に先駆けて“日本こそ国民全員が家族になることができる国”だと考えています。」

 

 「日本のものづくり世界一は労働を苦役としない社会ゆえ」

 

 鋭い指摘に感動さえ覚えます。わが国は、適度のバランス感覚を持ち続けなければならないと思いますが、近年は、単純なレッテル貼りが流行る世の中になっている一面もあり、多少の不安感もなしとはしません。

 

 しかし、反日、反国家、反歴史を是とする風潮も、いわゆる反日サヨク・イデオロギストの信頼低下により、わが日本を正しく見つめ直そうとの空気がやっと出始めてきたことは喜ばしい事だと思います。

 

 ただ、ひとつ心配なのはわたし達日本人の労働観。労働観とは労働をするときの心構えですが、次の2つの見方があります。


    ① 苦役(Labor
    ② 仕事(Work

 

 石黒教授が述べているように、日本人は、いままでは労働を苦役とは見做さず仕事として見做し、仕事自体に価値を認めていました。しかし、昨今の働き方改革の議論は、政府も労働界も財界も、単なる労働時間だけに目を向けていますが、それでは、労働を苦役と規定していることになりはしないかとおそれます。

 

 冒頭に掲げた道元の和歌にあるように、わたし達は、わが国の歴史が営々と築き上げてきた、わが国の“恵み”である「美しい日本の四季」「バランスのとれた自立心」「苦役ではない価値ある労働観」などを、国民こぞって大切に守り続けていくべきではないでしょうか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年4月28日 (金)

「北核への対抗策」…これが喫緊の課題だ!

 583回目のブログです

 

花の色は 散らぬ間ばかり ふるさとに 常には松の 緑なりけり”
 
         藤原雅正
(平安中期・紫式部の祖父・後撰和歌集)

 

 花の色が素晴らしいのは散らない間だけのこと。この古い里で常に私を待っている松の緑こそが真に素晴らしいものである…。

 

 桜の花は完全に散り、柔らかい緑色の葉桜の美しさを見せ始めてきました。緑と言えば松。常に瑞々しく深い緑色を湛えている松こそは、人に例えれば、ひとりの堂々とした姿を彷彿とさせてくれます。

 

 今日、人と同じように、国も凛然とした佇まいを求められるようになってきたように感じざるを得ません。

 

 と言うのも、北朝鮮(正式には朝鮮民主主義人民共和国!)が、ミサイルや核の開発を通じて、日本国に恫喝と不法行為を重ねているのもかかわらず、わたし達日本人の「平和ボケ」が依然として続き、いたずらに時間が経過して行き、北への毅然とした対処策を講じないままにあるからに他なりません。

 

 はたして、このように、なるがままにまかせ、アメリカにおんぶに抱っこ、考えることさえ放棄した戦後の70年間、…これはまさしく「ユデガエルの70年」と言うべきではないでしょうか。

 

 「ゆでガエル理論」とは、ゆっくりと進行する危機や環境変化に対応することの大切さ、難しさを戒めたたとえ話。カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び出しますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、カエルはその温度変化に慣れていき、生命の危機と気づかないうちに茹であがって死んでしまうという話です。

 

 しかし、過去はそうであったとしても、わたし達は、このまま「日本」と言う歴史ある立派な国を幻の過去の国にしてしまうことは許されません。そのためには、わが国の防衛、安全保障について真面目に考えることが大切ではないでしょうか。

 

 北朝鮮「日本列島沈没しても後悔するな」などと威嚇

 

  北朝鮮は21日夜、アジア太平洋平和委員会の報道官声明を発表。アメリカのトランプ政権が、北朝鮮への対応で軍事的な選択肢も排除しない姿勢を示していることについて「水爆から大陸間弾道ミサイルまで、すべてを持つわれわれは、アメリカのいかなる挑発にも対応する準備がある」「われわれの首脳部を狙う敵対勢力は、南が灰となり、日本列島が沈没し、アメリカ本土に核が降り注いだとしても、後悔してはならない」と威嚇牽制しました。
            (422日 NHK)

 

 北朝鮮は、415が金日成の生誕日であり、平壌にて軍事パレード。党副委員長は「米国が挑発を仕掛ければ、即座に殲滅的攻撃を加え、核戦争には核攻撃で応じる」と述べました。

 

 425は北朝鮮の挑戦人民軍創建85周年記念日。米国、日本、韓国などの周辺国は北朝鮮による核実験などの挑発行為を警戒し、米海軍は原子力潜水艦「ミシガン」を韓国・釜山に入港浮上させ、北朝鮮に見せつけています。「ミシガン」はトマホーク巡航ミサイルを154発という凄まじい数を搭載した米海軍最大級の原潜ですから、その威圧感は半端ではありません。

 

 トランプ大統領は、対北朝鮮において8年間全く無為無策だった民主党のオバマ大統領とは全く異なり、保有する軍事力を最大限に威圧的に使用しているのは間違いないと思われます。

 

 では、わたし達日本人は、北朝鮮の核武装、北核に対してどのように対抗策を講じればよいのか、どういう姿勢を覚悟するのかについて、色々な考えを見てみましょう。

 

(A)世界の秩序と平和のために、日本が核ミサイル攻撃を受けても
 
甘んじて受ける

 

  憲法前文の趣旨から、外国からの攻撃はないと信じるとともに
   憲法9条にもとづき自衛隊を解散し、武力を放棄し、非戦・平和
   に徹する。万々一侵略されたら、白旗をあげ、あきらめる。
  自力だけでは防衛できず、現状のまま、アメリカに全面的に頼り
   北核に反撃してもらう。(敵基地先制攻撃は不可)
   万一防衛できなければ、あきらめて死を待つ。

 

(B)日本国民の安全保護のため、世界秩序の安定のために、日本が
 
核ミサイル攻撃を受けることを許さない。甘んじて受けない。

 

  核武装への道を早急にすすめる。
  非核3原則「核兵器を持たず・作らず・持ち込ませず」を廃し
 
   「持ち込ませず」を削除。そのうえ、アメリカとの「核シェア」
 
   を行い、実質的には核保有国として臨む。
  ※いづれにしても、防衛予算の現行GDP比1.0%を修正し、
   1.5%へのアップを段階的に図る。

 

 朝鮮半島が、異常に緊迫した情勢にあり、わが国の安全は、場合によっては風前の灯と言えるかも知れません。わが国の周辺は、中国・ロシア・北朝鮮が核武装国家であり、中国・北朝鮮・韓国が永きに亘り徹底した反日国家であることを認識すれば、甘い対応、緩い対抗策ではどうにもならないでしょう。

 

 わたしは(B)の②と③が現実的に見て緊急な対抗策だと考えます。核を持つのが理想かも知れませんが、そうすれば、中国、アメリカ、ロシア、欧州まで敵にまわしてしまいます。であれば、ヨーロッパの核兵器を持たないベルギー、イタリア、ドイツ、オランダがアメリカと結んでいる仕組みにならって、わが国も、ニュークリア・シェアリング(核の共有)をはかるべきだと思います。

 

 「核シェア」(ニュークリア・シェアリング Nuclear Sharing)とは、日常的にアメリカの核を使って訓練を行い、一朝、有事の際には、そのアメリカの核を使って反撃できることを言います。

 

 これであれば、アメリカや欧州から文句は出ず、わが国は、アメリカの核兵器を利用することになり、中国の武力的威圧に対する抑止力となり、毅然と対峙できるのではないでしょうか。

 

 国政に携わる政治家には、周辺国からの脅威、特に北の核、中国の尖閣・沖縄侵略に対してどう対処すべきかについて、真剣に考えて欲しいもの。

 

 しかしながら、残念なことに、一部の政治家はとんでもない言動(言葉と行動)を繰り返しています。
 ・武藤貴也
(自民党・滋賀4区)未公開株金銭トラブル
 ・宮崎謙介
(自民党・京都3区)育児有給休暇不倫
 ・務台俊介
(自民党・長野2区)東北被災地おんぶ視察
 ・中川俊直
(自民党・広島4区)不倫セクハラ
 ・小西洋之
(民進党・千葉・参)「テロ準備罪成立したら国外亡命」
 ・今村雅弘
(自民党・比例九州)「東北大震災、東北の方で良かった」

 

 そのほか、あるはあるは。今、わが国が大変な事態のど真ん中にあるという意識が皆無であり、精神状態は緩みっぱなし、あまりにも低次元で言葉もありません。政治家の前に、人間であり、日本人であってほしいと切に願うところです。

 

 喝! もっと真面目になりませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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2017年4月21日 (金)

「自然環境の重視」…素晴らしき日本人の価値観!

 582回目のブログです

 

 “見るままに 花も霞も なかりけり 春をおくるは 峰の松風”
 
      藤原良経
(平安末期~鎌倉初期・新古今集仮名序作者)

 

 みるみるうちに櫻の花も霞もなくなってしまい、峰を吹く松風のみが春を送っている…。

 

 ついこの間の満開を楽しんだばかりなのに既に散ってしまうとは、これは毎年のことではありますが、何と淡くて儚い盛りだなあと自然のあわれを感じざるを得ません。

 

 桜と言えば、韓国にもあり、今、その起源や原産地が韓国だと言う主張が喧しくなされています。世界の事物の始まりは韓国だという韓国起源説(ウリナラ伝説)が韓国内に広く流布していればこそ、桜も当然韓国の原産ということになるのでしょう。しかし、韓国では、桜をモチーフにした文学や料理、芸術は全く痕跡がなく軽んじられてきたことは疑いもありません。

 

 昭和20(1945)以前は、桜は日本の代表的な花と考えられ、朝鮮半島の各地に植えられ、それなりに観られていましたが、日韓合邦から解放されるや、逆に、日本の代表的な花であるがゆえに、韓国人の手により、伐採されてしまいました。戦後は在日の人々が韓国に桜の木を贈り、今や美しい花を咲かせ、韓国民の目を楽しませています。

 

 しかし、これが日本原産の花であるならば心から楽しむことが出来ず、韓国原産であれば大手を振って楽しめるという心情のようであり、その意味で、昨今、桜は韓国が原産だとの主張を強め、何としても桜を愛でることを正当化したいと考えているのではないでしょうか。

 

 いやはや、こんなひねくれた心情は理解に苦しみますが、韓国の中にもこのことに苦言を呈している人がいます。たとえばジャーナリストの崔碩栄氏などは、民族が違ったとしても、美しいものを見ては美しいと思い、それを愛でればいいではないか、「原産地」や「起源」よりも、その対象を認め、評価し、愛してきたのかということの方が、よほど重要な問題に思えてならない、と述べています。(4/13 WEDGE REPORTより)

 

 これは、歴史的な国民性、民族性によるものではないかと考えます。わたし達日本人は、世界中の花々の中で、原産地が自国であろうが他国であろうが、美しいものは美しいと評価し、純粋に愛でているのではないでしょうか。日本人は、古より自然を愛し、その中に奥ゆかしい「美」を感じ、それを和歌、俳句、絵画、小説、随筆、陶芸、その他のあらゆる芸術において崇高に表現してきました。

 

 ここで、わたし達日本人が、それほど意識していないことかもしれませんが、最も重視している価値観が「自然環境の価値」であるという世界的な調査結果がありますので見てみましょう。世界の異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査するための「世界価値観調査(World Values Survey)のデータです。

 

 【自然環境の価値の相対的重視度世界ランキング(60ヶ国中)

 

    1位 日本       1.71
 
   2位 オランダ     1.46
 
   3位 スウェーデン   1.39
 
   4位 ニュージーランド 1.36
 
   5位 スロベニア    1.35
 
   6位 台湾       1.34
 
   7位 ルーマニア    1.33
 
   8位 オーストラリア  1.31
 
   9位 スペイン     1.31
 
  10位 エストニア    1.30
 

   22位 中国       1.22
 
  25位 アメリカ     1.20
 
  26位 ドイツ      1.19
 
  34位 韓国       1.14
 
  39位 ロシア      1.12
 
  46位 インド      1.07
 
  60位 チュニジア    0.86
 
 
4/12 DIAMOND online 本川裕氏論稿より)

 

 これを見れば、日本人は、自然環境の価値を最も重視しており、2位のオランダを圧倒し、ダントツの1位にあることが分かるとともに、日本文明の特徴のひとつがこのことであるとすれば素晴らしいの一言につきます。

 

 さらに「自然は支配すべきものか、共存すべきものか」との設問に対して、日本は96.1%の人が「自然とは共存すべきだ」と答えており、これも世界でトップですから、自然環境に対する思いのほどが理解できるでしょう。

 

 このわたし達日本人の感性は、一朝一夕に持ち得たものではなく、縄文以来、日本列島での度重なる自然の災厄を、共に手を携えながら克服してきた経験の積み重ねを知恵として、永い歴史の中で育まれてきたものではないでしょうか。

 

 しかし、わたし達はそこまでの意識を明確にしているのかどうか、多発する自然環境の破壊などを耳にするにつけ、疑問なしとはしません。

 

 そうとすれば、現代に生きるわたし達は、今いちど、この問題を真剣に考え、先人が培ってきた麗しい歴史のバトンを次世代に引き継ぐ努力が必要ではないかと思います。

 

 大正11(1922)、天才物理学者のアインシュタイン博士が来日、わが日本の印象を次のように記しています。(伊勢雅臣氏論稿「来日したアインシュタインを感動させた神秘の国ニッポン」より)

 

 “日本では、自然と人間は、一体化しているように見えます。…

 

 この国に由来するすべてのものは、愛らしく、朗らかであり、自然を通じてあたえられたものと密接に結びついています。

 

 かわいらしいのは、小さな緑の島々や、丘陵の景色、樹木、入念に分けられた小さな一区画、そしてもっとも入念に耕された田畑、とくにそのそばに建っている小さな家屋、そして最後に日本人みずからの言葉、その動作、その衣服、そして人びとが使用しているあらゆる家具等々。

 

 …どの小さな個々の物にも、そこには意味と役割とがあります。そのうえ、礼儀正しい人びとの絵のように美しい笑顔、お辞儀、座っている姿にはただただ驚くばかりです。しかし、真似することはきません。”

 

 わが国の基本は「和をもって貴し」としてきました。自然と人間が一体化している姿こそがわが国に相応しいものであり、そのためには、日本の自然環境は、単なる物質ではなく、偉大なる生命そのものである考えるべきではないでしょうか。

 

 

 みなさんは自然環境についてどのようにお考えでしょうか。

 

次回は
時事エッセー
です。

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