2022年8月12日 (金)

広島平和記念式典…静寂か喧噪か!

 853回目のブログです

20228121

 “蝉の声 何も替わって ないような 八月六日の 広島の空”
         内海暢子(うちうみのぶこ)
        (01年当時15歳、福山暁の星女子中学)

 今日は八月六日。広島の空はあの日から半世紀以上が過ぎた。蝉は、昔から何も変わっていないように鳴き続けている…。

 昭和20年(1945)8月6日、広島に原子爆弾が投下され、その原爆による死亡者は、31万人を超える数字となっており、犠牲者の惨状と被曝による後遺症の苦衷は今も続いています。

 さて、広島市は8月6日、77回目の原爆の日を迎えました。今年も「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式典)が行われましたが、例によって、誠に騒々しいものに終始したことは大きな問題として捉えられなければならないと思います。

 そもそも、この式典は慰霊式と祈念式であり、厳粛の中で行われるべきものでなければならず、このことは市の基本条例にも定められています。

 しかしながら、「第九条の会ヒロシマ」など市民団体のメンバーが参加する「8・6ヒロシマ平和へのつどい2020」は、会場となった平和公園での反戦・反核・脱原発を訴える行動を呼びかけました

   のぼり、プラカードの掲示
   シュプレヒコール
      “憲法改悪反対!”
      “核反対!”
      “岸田帰れ!”
      “安倍国葬反対!”

 市民団体の主張は、左翼、リベラル、反日思想丸出しの野卑な言動そのものであり、原爆の犠牲者に対する慰霊の真心を失った、悲しむべきイデオロギー人間であると言わねばなりません。

 本来ならば、原爆を不当に投下された静謐な環境の被爆地において、原爆犠牲者を心静かに悼むべきものであり、決してシュプレヒコールなどの雄たけびを挙げる場ではありません。厳粛なる平和の誓いというよりも、暗澹たる雰囲気に包まれた式典の印象を強く持ちました。(因みに、私の叔父も原爆の犠牲者であり、静寂な環境で式典が行われることを望む次第です。)

 同じことは、靖国神社の例大祭などについても言えるのではないでしょうか。靖国神社は、春季例大祭、秋季例大祭、全国戦没者追悼式などが毎年斎行されていますが、これも本来は静謐な雰囲気で執り行われるべきものです。ところがサヨクマスメディアの扇動により、半島や大陸を巻き込んだ喧噪のなかで執り行われているのが実情であり、これでは英霊も浮かばれないのではないでしょうか。

 わたし達は、なぜこんなにがさつな人間になってしまったのでしょうか。日本人にとって宗教は、基本的には「祈り」、先祖、英霊への鎮魂と精神的対話、山川草木、生きとし生けるものへの感謝、と言われています。そうだとすれば、原爆死没者慰霊式の異様な雰囲気から判断すると、わたし達日本人は、宗教的心性を著しく欠いており、あるいは、下記のごとく、文明の衰退の兆候を見せているのかも知れません。

 【文明の衰退の兆候】(6視点)

 ① 精神性、宗教性を失い、精神的価値を冷笑する。
 ② 断片的で実際的なものに関心、無機質、マニュアル的な知性を
   もてはやす。
 ③ 自らの属する土地、本来の居場所から切り離して激しく移動。
 ④ 特に農業が嫌われ、生産的なものよりも非生産的な生き方が好まれる。
 ⑤ 大都市・巨大都市へ1極集中的に人が群がる。
 ⑥ 既に衰退した異文明の遺産をわけもなく有難がり、遺品や遺産を
   見て廻ったり、手に入れたがる。

 この6視点に身震いします。全ての項目がわが国の現状に合致していると思われませんか。そうだとすれば、わたし達は、現在の風潮を懐疑的に見直し、日本文明の危機として考える必要があるのではないでしょうか。

 さて、平和記念式典で岸田首相は「77年前の惨禍を決して繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国であるわが国の責務であり、被爆地広島出身の首相としての私の誓いだ」と強調しましたが、核禁条約には触れませんでした。

 そして、広島の被爆者団体の代表らは首相との面会で、核禁条約の批准を求めましたが、首相は「条約は核兵器のない世界への出口に当たる。同盟国の米国を変えるところから始めなければならない」と、すぐに批准できる国際情勢ではないとしました。

 世界には、1970年3月に発効した「核不拡散防止条約」(NPT)があります。この条約は、露・米・中・仏・英を「核兵器国」として認め、それ以外の国は「非核兵器国」として核兵器保有を許さないというデタラメな条約です。

 現状の核保有国は下記の通りです。また、ロシアが核兵器使用をちらつかせ、非核兵器国のウクライナを脅している始末です。何をかいわんやではないでしょうか。

   【核弾頭数】(2021年)

   露    6255(発)
   米    5550
   中     350
   仏     300
   英     200
   パキスタン 160
   インド   140
   イスラエル  90
   北朝鮮    39

 わが国を取り巻く国で、中国・ロシア・北朝鮮が核を含む軍事力でわが国を脅しています。それに対抗するには、日米安保、米の核の傘に頼る以外に方策はありません。同盟と傘。一時の情緒的感情に走ったり、現実を見ず理想郷を夢見ては大変なことになります。岸田首相もそのことは十分に理解していただき、夢見る広島市民、日本国お花畑の人々の誘惑に引き込まれないことを願いたいものです。

 最後に、アメリカの原爆投下は「無辜の民」(何の罪もないのに被害を受けた人々)へのジェノサイドであることを忘れてはなりません。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年8月 5日 (金)

新宗教の衰退をどう見るか!

 852回目のブログです

2022851

 “白雲の 映るところに 小波の 動き初めたる 朝のみづうみ”
            与謝野晶子(明治~昭和・歌人)

 夏空の白い雲が、湖の水面に映って、ゆっくりと動いていく。その水面に風がでて、さざなみの立ち始めた朝の湖よ…。

 それにしても、暑い日が続きます。それに加えて、暴漢による元首相の暗殺をめぐるメディアの本質を離れた不毛な騒ぎもあり、暑さが2倍、3倍になりうんざりする今日この頃です。

 国際情勢は、風雲急を告げ、8月3日米国下院議長ペロシ女史が台湾を訪問、チャイナの怒りは沸騰寸前となってきました。台湾海峡がどのように展開するのかかたずをもってみなければならず、また、それはわが国の安全保障に大きく関係するからでもあります。そのような状況では、不毛な議論からはなれて物事を冷静に判断することが肝要ではないでしょうか。

 そう考えて、今回の小ブログでは、宗教、なかんずく新宗教の衰退が明らかに顕著になってきていることに目を向けてみたいと思います。

まずは、信者数の実態把握から。文化庁発行の宗教年鑑から拾いたいと思います。この数字は各教団の自主申告であり、大まかな数字しか把握できませんが、とりあえずその変化の激しさを確認してみてください。

 【新宗教の信者数の推移】

         平成2年(1990) 令和3年 (2021)
  天理教    180 (万人)  120 (万人)
  生長の家    82       37
  立正佼成会  634      222
  霊友会    317      118
  世界救世教   84       45
  PL教団   181       98
  真如苑     67       93
              『宗教年鑑』から抜粋

 自己申告ですから、少な目に申告することは考えられません。この増減率を見ますと、天理教▲33%、生長の家▲55%、立正佼成会▲65%、霊友会▲63%、世界救世教▲46%、PL教団▲46%、惨憺たる数字、何と驚くばかりの大幅な減少率。一方、信者が増加しているのは、真如苑のみがプラス△39%という具合。

 ここで注目するのは、真如苑の伸びです。真如苑は「接心」という悩める人のカウンセリングが中心であり、他の新宗教とは毛色が違っていると考えられています。

 今、マスメディアの注目を浴びているのが、世界平和統一家庭連合(旧名称:世界基督教統一神霊協会)。信者数の明確な数字は不明ですが、週刊ダイヤモンド(2018/10)によれば、信者数はおよそ10万人と推定しています。

 わが国で政治と宗教との関わりで頭に浮かぶのは、公明党と創価学会であることに異を唱える人はいないと思います。両者は「異体同心」、メディアは公明党の支持母体は創価学会と明言しています。

 しかしながら、宗教年鑑を見ても、創価学会は「世帯数」で届けていますから、信者数は良くわかりません。宗教内での用語は一般社会の用語とは全く異なりますから、他の数値で把握することが望ましいと考えます。

 そこで、国政選挙における公明党の比例得票数が創価学会の信者数にほぼ近いと推定しました。その格好の数字から創価学会の推移を見てみましょう。

 【公明党の比例得票数の推移】(≒創価学会信者数と推定)

    (選挙年)    衆・参  比例得票数
  平成17年(2005)  衆   898(万票)
  平成19年(2007)  参   776
  平成21年(2009)  衆   805
  平成22年(2010)  参   763
  平成24年(2012)  衆   711
  平成25年(2013)  参   756
  平成26年(2014)  衆   731
  平成28年(2016)  参   757
  平成29年(2017)  衆   679
  令和 元年(2019)  参   653
  令和 3年(2021)  衆   711
  令和 4年(2022)  参   618

 12年前が898万票、それが今年は618万票、減少率▲31%、そして、昨年が711万票、今年が618万票、わずか1年の減少幅が約100万票何とも厳しい数字であり、他の新宗教と同じく、創価学会としても安閑とはしておれない状況のように見えます。

 しかし、創価学会は永年、与党政治に密着し利権を確保するとともに、学会内経済活動で利益を蓄積し、宗教を超えた日常を基盤とする組織を確立しており、とりあえずは安定感を持っていると言えそうです。

 ところで、なぜ、新宗教が衰退しつつあるのでしょうか。新宗教の多くは先祖供養と病気治しを主な活動として発展してきましたが、核家族化、都市化により先祖供養の意識が薄らぎ、医学の発達で宗教に頼るひとが少なくなってきたことがひとつの要因と考えられます。

 そして、ふたつ目には、労働者のコミュニティとして、インターネットなどで簡単に人と人が繋がる時代になり、入信しなくなったことが挙げられます。

 3つ目には、信者の高齢化が進むとともに、「創始者」の世代交代によって “絶対的カリスマ” が不在となり、信者の減少が避けられなくなってきたことではないでしょうか。

 このようなことは、先進国としても共通の現象であり “宗教消滅の危機” が叫ばれています。特に、1990年代以降インターネットの普及に伴い、人が悩みを抱えても宗教の門、教会の門を叩くことよりもネットで救済を求める時代になってきたことを認識しなければなりません。

 今や、人間関係はスマホやSNSで築きあげる時代となったことだけは確かかも知れません。家族でのコミュニケーションが希薄化し、会社でのコミュニケーションも弱まり、世の中との接点も全体的に揺らいでいるとすれば、旧来の「新宗教」でその心の叫びを受け止めることができるのか、それともSNSが包括するのか、今後を見守りたいと思います。

 さいごに。宗教界が揺らいできているということは、私たちの心も揺らいでいることを意味しており、今一度、心静かにわが身を振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年7月22日 (金)

「リモート勤務」は根づくか?

 850回目のブログです

20227222

 “さいはひは 山のあなたに 住むといふ かの歌うたひ 山に往かまし”
               吉井勇(1886~1960・劇作家)

 「幸いは山のあなたに住むという」その歌を自分もうたって、その憧憬の山に行きたいものだ…。

 『山のあなた』 カール・ブッセ(独) 訳:上田敏『海潮音』

   山のあなたの空遠く
   「幸」住むと人のいふ。
   噫、われひとゝ尋めゆきて、
   涙さしぐみ、かへりきぬ。
   山のあなたになほ遠く
   「幸」住むと人のいふ。

 人間は、現実の生活の中には物足りないものを常に感じ、どこかにさらに良い生活が待っているように想像し、未知の世界に対しては、より一層限りない憧憬を抱くものです。そして、その幻を追って行き、山のあなたに幸福が住んでいるというのに対し、思わず心を注がれる心情を歌ったものであり、上田敏の訳で有名な詩歌です。

 さて、新型コロナの拡大が収まったと思っていたら、7月に入り急速に感染が拡大し、分科会の尾身会長は、第7波に入ったとの認識を示しています。今後どのように展開してゆくのか予断を許しませんが、現時点での行動制限は必要ないとのことです。

 新型コロナの蔓延が長期化し、企業はテレワーク(リモート勤務)体制を余儀なくされ、それなりの対応をしてきました。これだけの長期にわたる勤務体系の変更を経験しますと、テレワークのメリット、デメリットがかなり明らかになったものと思えます。これらの中から2~3の例を取り上げたいと思います。

ホンダは5月下旬にテレワークから原則出社へ移行する

 「Hondaとして本来目指していた働き方を通じて変革期を勝ち抜くために、『三現主義で物事の本質を考え、更なる進化をうみ出すための出社/対面(リアル)を基本にした働き方』にシフトしていきます」…ホンダは2022年4月、国内営業部門の従業員向けに以上のようなメールを送付。

 ホンダの三現主義とは「現場・現実・現物」を基本とする企業理念であり、これは対面でのコミュニケーションを重視したものであり、出社を前提とした働き方を意味します。

 会社の判断としては、テレワークではコミュニケーションに齟齬を来たすため、対面のコミュニケーションの活性化を図り、『イノベーション』の “創出” を促すことが狙いだとしています。

 トヨタや日産はリモート促進を取っているようですが、各社、自社の明確な方針を示して対処すればよいのであって、流行語の “働き方改革” のムードに惑わされないことが大切ではないでしょうか。

 アメリカではテレワークを疑問視する企業が続出しています。米IBM、米ヤフー。最近では、電気自動車(EV)最大手のイーロン・マスク米テスラ最高経営責任者(CEO)が、5月末に幹部宛ての電子メールで「リモート(在宅)勤務は今後容認しない」と通告。マスクCEOは「在宅勤務はサボりの温床」と見ています。

 例えば、社員がサボってもリモートでは勤怠管理が難しいことでもあり、象徴的な事例として「在宅勤務者のうち3人に1人が仕事中にお酒(最も多いのはビール)を飲んでいることです。」(アメリカ依存症センター2020年3月調査)。リモートでは全く管理されませんから飲酒など自由自在、なかなか自制できないものです。

 さらに、米コロンビアビジネススクールと米スタンフォード大の共同研究で、「オンライン会議の有効性」についてのフィールド実験に基づいた研究が明らかになりました(4/47/Nature/夕刊フジ)。

 「オンライン会議では、脇見をしただけでその共有環境から離れたことになる。そのため、オンライン会議に参加する人はたいてい、視線をスクリーンに固定する。これはアイデアの生成にも悪い影響を及ぼし、創造的なアイデアは生まれにくい」「Zoomでは、セレンディピティ(偶然の産物)が生まれることはない」

 逆に「コンピュータのスクリーンを見つめる時間の方が長いので、オンライン会議では効率化が促進される可能性がある」「したがって、意思決定には優れている

 米国では、オフィス復帰の企業が多数出始めましたが、日本企業ではどのように進展していくのかを考えて見たいと思います。

 まず、日本の職場では、テレワークにすると生産性が落ちるという問題を抱えていることに留意しなければなりません。なぜそうなのでしょうか。それは、わが国の雇用制度に関係するものであり、雇用には2つの型があります。

      【雇用制度】
   「ジョブ型雇用」    :「仕事に人をつける」
   「メンバーシップ型雇用」:「人に仕事をつける」

 わが国の多くの企業、官庁の現状の人事制度が「メンバーシップ型雇用」であり「ジョブ型雇用」ではないことです。そのために、業務の一環として教えるという動作が非常に多くなります。「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」を通じて、新入社員はもとより、人事異動があればその都度、「教える」ということに対して、極めて多くの労力が注ぎ込まれるのです。

 OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)においては、教える人と教わる人との濃密なコミュニケーションが期待されますが、オンラインで、果たして “ニュアンス” が伝わるでしょうか、…なかなか難しいと言わねばなりません。

 それでなくても、わが国の諸々の制度が「グレーゾン」にあふれた仕組みになっている社会であるとすれば、たとえ精緻に作成されたマニュアルがあったとしても、本質はグレーの中にあると言えるかも知れません。そうであるとすれば、オンラインに大半を頼るのが妥当かどうか考えて見る必要がありそうです。

 テレワークの専門家・東京工業大学・比嘉邦彦教授は「テレワークは3割弱くらいの企業で実施されているが、コロナ終息後には1割弱だろうと考えている。全体の1割が残れば上出来だと思う」と述べています。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
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2022年7月15日 (金)

岸田総理は「安倍元首相」の遺志を継ぐか!?

 849回目ブログです

20227152

  “ふるさとの 潮の遠音の わが胸に ひびくをおぼゆ 初夏の雲”
                   与謝野晶子「舞姫」

 初夏の空を流れてゆく雲を見つめていると、潮の遠鳴りを聞きながら育った故郷、堺の町のことが懐かしく思い出されます…。

 梅雨も終わり、一部には戻り梅雨の空模様もある中、わが国の先導役でもあった元内閣総理大臣・安倍晋三氏が7月8日、凶弾に倒れ、帰らぬ人になられました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。

 わが国は、これから、戦後75年間のたまりにたまった膿を摘出する「憲法改正」という大手術を行わなければならない時に当たり、そのリーダーが安倍晋三氏であることは、たとえ、立場の違いはあったとしても、誰しも認めることではないでしょうか。その意味では誠に残念な出来事であったと言わざるを得ません。

 安倍晋三氏が凶弾に倒れた2日後の日曜日、参議院選挙が行われ、安倍元首相の属する「自由民主党」は「大勝」という結果になりました。

 その勝利の一端、あるいはひとつの要因に、安倍元首相が暴漢に襲われた不慮の死があり、投票に当たり、国民がこの選挙の意味を改めて認識した結果ではなかったかと感じています。わたし達国民も、この事件に驚愕しただけでなく、在りし日の元首相・安倍晋三氏の「日本を普通の国」に戻さんと、勇気をもって果敢に取り組んだ姿勢に、心から共感を覚えたのではないでしょうか。

 わが国民だけではありません。世界各国の259ヶ国・地域は、安倍元首相の死去に対して弔意を表しました。一部をごらんください

  アメリカ    ホワイトハウスに半旗を掲げる
  インド     1日喪に服す
  オーストラリア 日章旗を掲げて悼む
  ドイツ     悲しみの日とする

 安倍元首相が世界各国と真の親善・友好に全身全霊を傾けたことがうかがわれます。アメリカ合衆国のホワイトハウスに半旗が掲げられたことは、安倍元首相が世界の中の偉大な政治家と位置つけられたあかしであり、日本の誇りではないでしょうか。考えて見れば、米国は、第2次世界大戦、大東亜戦争での戦勝国、日本は敗戦国、その日本の元首相に半旗を掲げて弔意を表すことは、稀有のことではないかと思います。

 さて、安倍晋三氏亡き後、わが国の政治はどのような道を辿るのでしょうか。自民党は今回の参議院選で大勝し、憲法改正を可能にする発議に足る3分の2を確保。与党(自民・公明)に加え、維新、国民民主を含めた「改憲勢力」は、非改選を含めた全議席で177となり、憲法発議に必要となる「3分の2」(166)を上回ったのです。これにより、衆議院・参議院ともに、改憲勢力が3分の2以上を占めました。

  【参議院:改憲勢力】
    自民   119
    公明    27
    維新    21
    国民    10
    (計)  (177)
       ※ 総議席数248×2/3=166

  【衆議院:改憲勢力】(参考)
    自民   276
    公明    32
    維新    41
    国民     8
    (計)  (357)
      ※ 総議席数465×2/3=310

 さあ、岸田首相はどうするのでしょうか。7月11日、岸田自民党総裁は、記者会見で、安倍元首相の遺志を継いで、憲法改正、拉致問題などの難題に取り組むことを強調しました。

 言や良し。当たり前の日本を構築していくためにも「憲法」の改正は必須、とりわけ第9条の改正は待ったなしと言わねばなりません。

 わが国の周辺を眺めれば、軍拡一筋のチャイナ、領土拡張意欲満々のロシア、ミサイル・核の拡大を目論む北朝鮮、危うい3ヶ国が包囲する危険極まりない情勢であることは言を俟ちません。

 このような国際情勢においては、わが国は、一刻の猶予もなく、対処に万全を期さなければなりません。そう考えると、岸田総理の就任から今日までのヌルイ言動、例えば「検討」の連発、「検討使」とまで揶揄された消極姿勢は、一日も早く取り下げていただき、紳士的と言われる無難な行動から、難題に果敢に挑戦する積極姿勢を望みたいものです。

 憲法改正に必要な衆参両院の3分の2の確保はできました。舞台は整ったのです。あとは、岸田総理大臣の華々しい出番であり、歌舞伎で言う“見得” “睨み”の所作で国民の心を鷲掴みし、大仕事を遂げてほしいものです。

 いよいよ、戦後の終わりの始め、本格的なターニングポイントが到来しました。岸田総理には、命を賭して戦っていく政治家として、まず、望みたいことは…。

      “ 自民党総裁として、声高らかに、
          『憲法9条の改正』を宣言すべし ”

 それからが本格的な憲法改正への道を進んで行くことになるのではないでしょうか。

 幕は切って落とされたのです。どんな政治家であっても、敗戦から占領を経て、今、名実共に真に独立した歴史の創造に参画し、名を残すことができる最大の機会が来たのではないでしょうか。

 その意味で、政治家のみなさんには、「憲法改正」において将来に禍根を残さないために、全身全霊を傾けていただきたいと念願するものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

 

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2022年7月 8日 (金)

「底辺の職業ランキング」…これはひどい!

 848回目ブログです

2022781

“藤が咲き つつじは開き 牡丹かがやく。季節ともなれば、もう 止めどもなく”
                八代東村(明治~昭和「東村遺歌集」)

 藤、つつじ、牡丹、季節ともなれば、それに応じた花が、止めどもなくいっぱい咲き、楽しませてくれる…。

 草木の花は、それを植えた人がおり、水をやり、手入れをする人がいて美しい花を咲かせる。社会の進歩、発展を願い、苦しみの先の明るい夢を見ている作者の感懐を詠った素晴らしい現代短歌です。

 今年の梅雨はあっという間に過ぎ、もう酷暑を迎えた季節感がします。自然の営みもそうなら、国際情勢も激変、国内のニュースも人間性の乾いた側面が浮き彫りにされる事象が露出してきました。そのうちのひとつを取り上げてみたいと思います。

 時折ネットを渉猟するのですが、先日、大学生のための就職情報サイト『就活の教科書』底辺の職業ランキング として12の職業を紹介し、大炎上している記事に行き当たりました。

 この記事に対して、「職業差別だ!」「仕事をバカにしている!」などの批判が殺到し、記事は削除に追い込まれました。

 【12の職業をピップアップ】

   ① 「土木・建設作業員」
   ② 「警備スタッフ」
   ③ 「工場作業員」
   ④ 「倉庫作業員」
   ⑤ 「コンビニ店員
   ⑥ 「清掃スタッフ」
   ⑦ 「トラック運転手」
   ⑧ 「ゴミ収集スタッフ」
   ⑨ 「飲食店スタッフ」
   ⑩ 「介護士」
   ⑪ 「保育士」
   ⑫ 「コールセンタースタッフ」

 これらの特徴として、・「肉体労働」・「誰にでもできる仕事」・「同じことの繰り返しであることが多い」を挙げており、また、これらのデメリットとして、・「年収が低い」・「結婚のときに苦労する」・「体力を消耗する」を挙げています

 この記事は「就活の指針」として書かれたものであり、就職活動に勤しむ学生に対して適切な指針でなければならないことは言を俟ちません。しかしながら、この記事はそれを完全に裏切ったものであり、犯罪的と言えるものではないでしょうか。以下、具体的に述べたいと思います。

 この12種類の職業は、果たして「誰にでもできる」職業でしょうか。どの職業も、熟練と経験を積まなければ一人前になれません。この職業を上から目線で差別的に見た立場であり、事実誤認と言える完全に誤った判断ではないでしょうか。

 職業をあえて底辺とそれ以外とに区分するならば、公平な立場、冷静な視点で判断しなければならないにも関わらず、片落ちとなっています。それは、12種類の職業を「マイナスの特徴」と「デメリット」だけを取り上げており、「メリット」を見ていないことです。この判断をした人の人格を疑います。

 考えてもみてください。「感謝の言葉を貰いやすい」「日々の生活を支えるというやりがい」など、メリットもあるのではありませんか。公平に見なければならないと思います。

 12の職業に従事する人や家族にとっては、「誰にでもできる」「同じことの繰り返し」「年収が低い」「結婚のときに苦労する」などと誹謗中傷に近いレッテルを貼られたわけですから、怒りの感情を抱いて当然と言えるのではないでしょうか。なぜ、運営サイドは、それを慮る想像力を持ち合わせていなかったのでしょうか。

 12種類の職業は、よくよく見れば、いずれも「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる生活に必要不可欠な職種ばかりです。「必要不可欠な(essential)」「労働者(worker)」を意味する英語であり、近年コロナニュースでよく聞かれるようになった言葉です。

 ・看護師・医師・薬剤師・保健師、介護・福祉、ドライバー・電車/バスの公共交通業務、電気・ガス・水道の社会インフラ、消防・警察・自衛隊・役所、など、私たちの社会生活で欠くことのできない職種としてコロナ禍のような国難時において、あらためて注目されました。

 ・テレビやネット上での意見は、この記事に対して辛辣です。当然と言えば当然の言葉だと言えるのではないでしょうか。

 「底辺職業というのはすごく残念。人が生活する上でないと成り立たない」
  (ごみ収集スタッフ)
 「誰にでもできる仕事っていうのはないんじゃないか」(土木作業員)
 「大変大変っていうところだけをクローズアップしないで、楽しいとか、
  やりがいがあるって感じでやっている」(介護士)
 「悲しいというか、悔しい。私たちも国家資格という資格を持った上で
  働いておりますので、理解度が上がるとうれしい」(保育士)

 (“底辺”という言葉について)
 「わざわざ煽(あお)るようなことしないで」
 「当事者に、すごく残念、悲しい、悔しいと言わせるなど鬼畜の所業」
 「せめて“エッセンシャルワーカーの劣悪な労働環境と待遇は改善が必要”
  くらいは報道してほしかった」
 「わざわざ他人を傷付けに行くのはデリカシーがない」

 さて職業に貴賤なしと述べたのは、石門心学の石田梅岩という有名な江戸時代の思想家です。梅岩は「武士が治め、農民が生産し、職人が道具を作り、商人が流通させる。士農工商の階層は、社会的職務の相違であり、人間価値の上下・貴賤に基因しない」として、それが「職業に貴賤なし」という言葉の由来となりました。

 わたしは子供のころ親から職業に貴賤はないと教えられましたが、いま改めて、エッセンシャルワーカーの人たちの仕事に思いを馳せ感謝の気持ちを表したいと思います。

 ところで、近年、乱暴な言葉穢い言葉が横行し、目に余るものがあります。これは、政治を始め、社会の上層部が日ごろより言葉遣いに配慮を欠いていることが要因になっているからではないでしょうか。“底辺の職業” という言葉が大手を振って歩いていることをお互いに反省したいものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年7月 1日 (金)

若者の政治離れを懸念する!

 847回目ブログです

2022711

 “思ふこと いふべき時に いひてこそ 人の心も つらぬきにけれ”
               明治天皇御製(明治44年)

 思うことを言うべき時に言ってこそ人の心も貫き通すことができるのである…。

 7月10日には参議院選挙の投開票がおこなわれ岸田政権の信任が問われることになります。一般的に選挙とは「民意」を問うものであり、この選挙こそが民主主義の根幹をなす制度と言われますが、民意、国民の意思というものが果して選挙に臨んで存在するものかどうか考えてみなければならないのではないでしょうか。

 私たちは確かな個人として強い意思を表明しているように思っているのかもしれませんが、よくよく見れば、研ぎ澄まされた教養ある「輿論」(よろん)ではなく、付和雷同的な「世論」(せろん)の風に乗っているのかも知れません。

 現在社会を席巻する「多様性」「LGBT」「データ」「実証」「可視化」「説明責任」「SDGs」「クリーンエネルギー」「脱炭素化」「改革」、従来からの「経済成長」、少し前までの「平和」「平等」「民主」「人権」…、これらは、言霊的に社会の空気を支配したものということもできます。

 今、時代は屈折点に掛かっていると見るならば、わたし達は、国際情勢に敏感でなければならないにもかかわらず、鈍感になってしまっているのは、強い意思の「輿論」を避け、表面的な「世論」にふんわりと乗ってきてしまっているからではないでしょうか。

 それを、打開するのは、若者であり、その若者が日本の未来に責任をもって意思表明しているのかどうか、分析してみたいと思います。

 投票率は55.9%と戦後3番目に低い記録を出した昨年10月の衆議院選を振り返ってみましょう。(Wedge ONLINE・総務省)

 【年代別投票率】

  10歳代   43.2(%)
  20歳代   36.5
  30歳代   47.1
  40歳代   55.5
  50歳代   62.9
  60歳代   71.4
  70歳代以上 61.9
   (全体) (55.9)

 10~30歳代が低く、40~70歳代が高い。60歳代が最高投票率。

 【世代別投票者の割合】
2022712

 【若い世代の投票者の割合】

    10代    1.7%
    20代    6.9%
    30代   10.7%
    (計)  (19.3%)

 【シニア世代の投票者の割合】

    60代   18.2%
    70代以上 28.7%
    (計)  (46.9%)

 若い世代の投票者の割合は、合計して、何と20%以下です。「若もの投票率低下」や「若い世代の政治離れ」がこのまゝ続けば、世の中は、シニア世代、シルバー世代に向けた政策が優遇される “シルバーファースト主義” がわが物顔に横行することに繋がり、将来世代に大きなツケを残すことになるのは間違いありません。

 本来は、世代間に亘ったバランスある政策が望まれるにも関わらず一方に偏向することは「多様性」が失われ、社会の「寛容性」も維持できなくなり、ギスギスした世の中を招来してしまうのではないでしょうか。これは民主主義の危機でもあります。

 もちろん、若ものの政治離れ防ぐために、地方自治体も手をこまねいているのではなく、いろいろな対策を講じつつあります。例えば、投票率のアップのために。①バスを利用した移動型の期日前投票所の設置(愛知県豊田市)、②市内の高校に移動型期日前投票所を設置(茨城県日立市)、③市内の高校生に選挙に従事してもらう取り組み(千葉県富里市)、④インターネット投票を目玉に(茨城県つくば市)、など。

 インターネット投票などの試みは注目に値するのではないでしょうか。

 さて、わが国の若者は、自国の社会と、政治についてどのように思っているのでしょうか。内閣府の調査『令和元年版 子供·若者白書 日本の若者意識の現状~国際比較からみえてくるもの~』から引用します。

 【自国の社会に満足していますか?】 単位:%

      満足/ドチラカトイエバマンゾク  不満/ドチラカトイエバフマン
 日 本     38.8       44.1
 米 国     57.8       35.7
 英 国     56.9       34.3
 ドイツ     68.9       28.5

 【自国の政治にどのくらい関心がありますか?】 単位:%

       ある/ドチラカトイエバアル  ない/ドチラカトイエバナイ
 日 本     43.5       47.0
 米 国     64.9       29.4
 英 国     58.9       36.4
 ドイツ     70.6       27.5

 若者の多くは日本社会に不満を持っているようですが、政治への関心はほぼ同程度ですから、まんざら政治に関心を失っていると言うのは即断し過ぎではないでしょうか。彼ら若者は、国家の将来、未来に対して絶望などしていなくて、意見を出す手がかりを求めてじっと静観しているように思えます。

 若者たちに問いたいと思います。現下の国際情勢を眺め、独裁・専制・権威主義・ジェノサイドを志向する国家認めますか。そして、残念ながら、わが国を取り巻く近隣諸国にはそのような国々が多く存在していることを厳しく認識しなければならないのではないでしょうか。

 かつて、英国のウィンストン・チャーチル首相は、

 民主主義は最悪の政治形態と言っていい。ただし、これまで歴史上
  試されてきたそれ以外のあらゆる政治形態を除けば…。」

と述べました。民主主義には欠点もありますが、それに勝る政治形態はないと言えるのではないでしょうか。

 日本はアジア最古の民主主義国として民主主義を守り、育む責務があります。

 そのためには、若い諸君が、来る7月10日の参議院議員選挙において、みずからの意思で投票する「1票」が、若い世代の将来と未来を力強く創造していく機会となることを心から望んでやみません

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年6月24日 (金)

『国のために戦いますか』…日本人の「はい」率は?

 846回目ブログです

20226242

   君が代は広く人々が愛誦してきた
   長寿の雅歌であり
   万葉集からの伝統を継ぐ
   まさに真珠のごとき愛の歌を
   日本人は宝としつゞけるのである
       令和三年弥生 中西進

 ロシアによるウクライナ軍事侵略から4ヶ月を超えようとしています。ロシア、ウクライナの双方が疲弊しているように見えますが、はたしてどのような結末を迎えるのでしょうか。

 このような時、世界の各国とも国防、軍事に大きな関心をもっていることが調査データに表れています。しかしながら、唯一、わが日本国だけが “例外” であること、それも極めて特異な数値を明瞭に示していることに注目しなければなりません。

 とりあえず、調査データを覗いてみましょう。

 「世界価値観調査」から。世界数十カ国の大学・研究機関が参加し、各国国民の意識を相互比較する「世界価値観調査」ものであり、1981年から、また1990年からは5年ごとの周期で行われている。(ただし最新調査は7年経過したもの)サンプル数は各国18歳以上、男女1000~2000人、

 日本語での設問文の全文はもう二度と戦争はあってほしくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますかとなっており、各国の調査票も同様です。

 【国のために戦いますか】2021.1.29 単位:%

             はい   いいえ  わからない
   (1)日本       13.2  48.6  38.1
   (2)リトアニア    32.8  42.8  20.0
   (3)スペイン     33.5  55.3   9.8
   (5)イタリア     37.4  45.0  13.9
 (10)ニュージーランド 40.9  33.0  26.1
 (14)ドイツ      44.8  40.6  12.2
 (16)オランダ     46.7  40.8  11.8
 (26)オーストラリア  56.9  40.8    ―
 (27)ウクライナ    56.9  25.5  16.6
 (30)米国       59.6  38.6    ―
 (31)スイス      59.9  34.4   3.4
 (32)エストニア    61.3  24.7   7.4
 (35)英国       64.5  31.9   3.3
 (38)フランス     65.6  28.1   5.6
 (40)韓国       67.4  32.6    ―
 (45)ロシア      68.2  22.0   9.1
 (49)ポーランド    72.6  20.0   7.3
 (52)デンマ―ク    74.6  23.3   2.0
 (53)フィンランド   74.8  18.3   6.1
 (57)フィリピン    76.0  24.0    ―
 (58)トルコ      76.4  19.2   3.6
 (60)台湾       76.9  23.1    ―
 (65)スウェーデン   80.6  15.6   3.0
 (70)ジョージア    85.3  13.0   1.3
 (73)インドネシア   86.4  12.8   0.8
 (74)ノルウェー    87.6  10.4   1.9
 (75)中国       88.6  10.2    ―

 びっくり仰天! “国のために戦いますか” はいの回答「日本」13.2%、断トツの悲しい1位。わが日本の現状認識と意識は、諸外国と比較して余りにも乖離があり過ぎるのではないでしょうか。現状認識と意識には深い関係があり、おそらくは現状認識の甘さが意識の緩さに影響していると考えられます。

 取り敢えず、分かりやすい例で見ましょう。今、北欧のフィンランド、スウェーデンがロシアの侵略に備えて北大西洋条約機構(NATO)に5月18日加盟申請しました。

 北欧三国が、ロシアからの侵略をいかに脅威に感じているかを「国のために戦う」数値から窺がうことができます。74%~88%という数値、それに比してわが日本の数値は13.2%。 北欧と日本との驚くべき数値の差異に深いため息をつかざるを得ません。

 北欧三国の「国のために戦う」姿勢をよくご覧ください。

  (53位) フィンランド 74.8%(NATO未加盟)
  (65位) スウェーデン 80.6%(NATO未加盟)
  (74位) ノルウェー  87.6%(NATO加盟済)

 対して、日本の「国のために戦う」姿勢は、

  ● (1位) 日本     13.2% 

 主権国家「ウクライナ」が大国ロシアの侵略に晒されている現実を見れば、フィンランドおよびスウェーデンが国家防衛の実をあげるために、NATOへの加盟に踏み切ったことは素晴らしい外交戦略であると言わねばなりません。

 それに引き替え、中国・北朝鮮・ロシア・韓国の近隣周辺4ヶ国から連日の如く脅迫を受けている「日本」は、「国のために戦う」姿勢としてわずか13.3%の国民しか有していないという実態に愕然とさせられます。

 中国の軍船は連日の如く尖閣周辺を遊弋し脅しを加え、北朝鮮は精度の高いミサイル発射を重ね軍事力を誇示しています。ロシアもしかり、韓国もしかり。わたし達日本人は、これだけ周辺国から軍事的脅威を与えられても何の恐怖も覚えないのでしょうか。あまりにも不甲斐ないとともに、不感症の体質になってしまっていることに深い絶望を覚えざるを得ません。

 日本が、なぜこのような体質になっているのかを考えて見ると、①憲法に他国にはない戦争放棄条項を有している、②日教組の影響、③若者の軟弱さ、④愛国心の欠如、⑤戦争は悪とたたき込まれた「戦後民主主義」の洗礼(=中高年の国防意識の衰え)、が考えられると思います。

 であるとすれば、いよいよ参議院議員選挙、今は「時代の屈折点」、戦後政治の抜本的見直しを期し、勇気ある参議院議員に投票したいものです。…日本のために!

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年6月17日 (金)

『所得倍増計画』…岸田首相の信念なき政策を問う!

 845回目ブログです

20226171

 “あぢさゐの 下葉にすだく ほたるをば 四ひらの数の そふかとぞみる”
                藤原定家(平安末期~鎌倉初期)

 紫陽花の下の方の葉に集まる螢は、四枚の紫陽花の花びらが添うように見える…。

 紫陽花の花は夕闇に見えなくなり、それと引き替えに螢が紫陽花の下葉に集まり、それが四枚の花びらが増えたように見える、その黄昏時の情景を美しく詠ったものです。

 自然界は春から夏へとその麗しい姿に変化を持たせ情緒の一端を感じることができますが、人間世界の、特に国際政治の複雑極まりない姿からは乾いた感情を抱くほかには何もないような状態です。

 しかし、よくよく見れば、世界は大きく変貌を見せており、時代は屈折点を迎えているのではないでしょうか。

 そんな時、岸田首相は「骨太の方針」「新しい資本主義」を閣議決定しましたが、詳しく見れば、問題点ばかりという有様です。岸田首相が就任以来発言してきたことが手の平返しになっていることに、その軽薄さと信念のなさを指摘したいと思います。新自由主義からの転換は無し、国民の財布事情を無視した1億総株主化策、格差是正のための金融所得課税強化を回避、そして、肝となる「令和の所得倍増」が何と「資産所得倍増」へ! と子供だまし的な手のひら返し。

 そもそも、岸田首相の「新しい資本主義」とはなんでしょうか。日経新聞が岸田首相を忖度して分かりやすく解説しています。

   ①  経済成長しつつ格差をなくしていこうとの意気込みで
   「分配と成長の好循環」の実現を目指す。
 ② 「株主至上主義」の是正
 ③ 「ステークホルダー資本主義」(従業員や、取引先、地域社会、
    環境など、あらゆる関係者に配慮した企業経営)を是とする。
 ④ 「資産所得倍増プラン」資産運用所得の重視。

 岸田首相は、国の基盤とも云える経済政策を、真剣に哲学的に内省したのでしょうか。思索があまりにも薄く見えて仕方がありません。例えば、岸田首相は就任当初から「所得倍増」を唱えてきましたが、いつの間にか「資産所得倍増」へと衣替え。本当に大丈夫でしょうか。

 ここで、かつて「所得倍増」を腹の底から唱え、その政策を「信念」をもって敢然と実行に移した池田勇人首相の勇気ある姿勢を振り返ってみたいと思います。

 所得倍増計画は、昭和35年(1960)年に池田勇人内閣が掲げた長期経済政策。10年間で国民所得を2倍にすると宣言し、高度経済成長を背景に国民1人当たりの消費支出は10年で2.3倍に拡大しました。立案は経済学者の下村治博士

 池田首相は、国民総生産(GNP)を10年以内に倍増させ、国民の生活水準を西欧先進国並みに到達させるという経済成長目標を設定し、完全雇用の達成、福祉国家の実現、国民各層の所得格差の是正を目指しました。さらに減税、社会保障、公共投資を三本柱として経済成長を推進。(∴ 大目標の設定、明確な項目、推進力の明示…参考になります!)

 「国民所得倍増計画」は、下村博士たち池田首相のブレーンがケインズ的思想を導入し、潜在成長力の推計をもとに、池田首相とのディスカッションを重ね、立案には約3年間を費やし、民間の有識者など各方面から1000人もの意見を聞いて練り上げたともいわれ、最後に池田内閣として政策体系にまとめられました。∴ 3年間・1000人・ディスカッション…この驚嘆すべき熱量!

 「いま月給をすぐ二倍に引上げるというのではなく、国民の努力と政策のよろしきをえれば生産が向上する。せっかく力が充実し、国民経済が成長しようとしているのに、これを無理に抑えている。いま日本でインフレの心配は少しもない」(池田勇人首相・日経・「私の月給倍増論」)

 当時、日本の経済成長は、戦後の復興段階を終えて「屈折点」を迎え、鈍化するのではないかと見られていましたが、池田内閣の「国民所得倍増計画」は、このような殻を打ち破ろうとする「積極的経済政策」だったのです。(∴ 時代に対する積極性!)

 「国民所得倍増計画」は、池田首相の迫力のあるキャラクターによるアナウンス効果もあり、国民に新鮮な響きとして受け取られるとともに、日本経済と国民生活がこれから10年間に、どこまで、どう、豊かになるのか、分かりやすく、かつ緻密に示したことは刮目に値するのではないでしょうか。

 池田首相が所得倍増のヒントを得たのは、一橋大学教授・中山伊知郎氏のエッセーにある「賃金2倍を提唱」だとされていますが、教授は「経営者は賃金のコストの面ばかりを見て抑えつけようとするが、賃金のもうひとつの側面である所得ををあげることこそが、かえって生産性を上昇させ労働争議のロスを少なくさせ、社会全体にとってよいものなのだ」と主張しています。(∴賃金は「コスト」と「所得」の両面を見よ!)

 昭和35年(1960)5年7月19日に池田は内閣総理大臣に就任し、9月5日に「所得倍増論」の骨子を発表。
 「今後の経済成長率を経済企画庁は年率7.2%といっているが、私の考えでは低すぎる。少なくとも年率9%は成長すると確信している」
 「過去の実績から見て、1961年度以降3ヵ年に年平均9%は可能であり、国民所得を1人あたり1960年度の約12万円から、1963年度には約15万円に伸ばす。これを達成するために適切な施策を行っていけば、10年後には国民所得は2倍以上になる」

 「所得倍増論」は、野党、エコノミスト、マスコミからは冷ややかに見られ “絵に描いた餅” であり、実現は不可能だと批判されました。一橋大学教授・都留重人氏は「日本経済は伸びているように見えるが、それは"回復であって"成長"ではない」などと「所得倍増論」は本質を見誤った“錯覚”と切り捨てたのです。

 「所得倍増計画」は、いろいろと批判を浴びましたが、結果として、国民1人当たりの消費支出は10年で2.3倍に拡大しました。

 「所得倍増計画」は、素晴らしい成果をあげたと思います。そのダイナミズムは括目に値する歴史に残る偉大さではないでしょうか。

 ところで、過去30年も経済が低迷しているにつけ、わが国のリーダーは歴史に学ぶ必要があるのではないのでしょうか。ざっと上記を見ただけでも、池田首相の国家、民族に対する揺るぎない信頼、3年間に亘る周到な立案ためのディスカッション、1000人を超す識者の知恵を結集する努力、…素晴らしい日本の叡智を誇りに感じないではおられません。

 翻って、岸田首相は、なぜ、国民の全てが歓迎、期待するであろう「所得倍増」を引っ込め「資産所得倍増」を打ち出したのでしょうか。全く理解に苦しみます。

 岸田首相には、財務省に目を向けるのではなく、国民に目を向け、郷里広島の大先輩でもあり、派閥・宏池会の創設者でもある池田勇人首相の「所得倍増」政策の実行に向けた不屈の信念に思いを馳せていただきたいと思います。

 何はともあれ、政治の責任において、強い信念のもと、積極的経済政策で国の難局を乗り切ってほしいと願うのみです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年6月10日 (金)

ウイグル人弾圧…中国「新疆公安文書」流出の衝撃!

 844回目ブログです

20226101

“かくばかり ことしげき世に たへぬべき 人をえたるが うれしかりけり”
                   明治天皇御製(明治37年)

 これほどまでに様々なことが起こってくる時代に耐えられる人材を得られたことは大変嬉しいことである…。

 ロシアのウクライナ侵略がとのように決着がつくのか予測さえつかない情勢ですが、マスコミでは国際問題と言えばロシア・ウクライナ問題一色の感があります。しかし、忘れてならないのは、中国での人権問題であり、そのおぞましい姿が先日報道されました。

新疆の内部資料が大量流出 収容所の「衝撃的」実態浮き彫りに

 中国当局から流出した新疆ウイグル自治区に関する数万点の内部資料が、5/25公開された。資料には数千枚の写真や公文書が含まれ、同自治区でウイグル人などの少数民族が暴力的な手段で収容された実態が改めて浮き彫りとなった。
 新疆ではウイグル人ら少数民族100万人以上が収容所や刑務所に収容されてきたとされるが、中国政府はこれら施設を職業訓練所としており、強制収容の事実を否定。
 だが、公開された写真や文書から、習近平国家主席をはじめとする政権上層部の厳しい取り締まりが示されている。
           (5/25 jiji.comより一部引用)

 従来より、中国のウイグル人に対する弾圧や虐殺、100万人の収容所送りの実態について、時折報道されていましたが、中国政府は一貫してその事実を全否定してきました。

 ところが、今回の「新疆公安文書」は半端なく膨大な資料であり、衝撃的な事実を浮き彫りにしました。この文書については、AFP(仏)、BBC(英)、仏紙ルモンドなどの報道機関によって信憑性が確認されています。

 小ブログでも、過去、数回ウイグル人弾圧について記しましたが、改めてその実態に触れてみたいと思います。(福島香織女史の論稿を参考)

 中国共産党によるウイグル人迫害の新たな証拠となる公安内部の文書や写真を集めた「新疆公安文書」は、米NPO「共産主義犠牲者記念財団」上級研究員のドイツ人ウイグル問題研究者、エイドリアン・ゼンツ氏により公表されたものであり、新疆公安当局のシステムに対する第三者のハッキングによって流出した機密文書

 【ファイル】
  政策文書
  スピーチ原稿
  2,800人以上の収容者の写真、
  23,000人以上の収容者データ
  300,000万人以上の個人データ
  収容施設における警察の活動や武器などの膨大な写真や情報

 これまで、ウイグル人弾圧に関する内部文書のリークの多くは、ウイグル官僚が良心に基づいて人づてに海外に流出させたものだが、今回のものは地域の警察内部のネットワークに保存されている内部資料であり、量、質とも桁違いである。

 新彊におけるウイグル人ジェノサイドが習近平総書記の肝いりの指示であることが判明。強制収容施設から逃亡しようとするウイグル人に対する射殺命令殺人許可なども含まれており、想像を超えるすさまじさに国際社会が震撼している。

 手錠と足かせをつけられて頭に黒い袋をかぶせられた男がこん棒をもった警官に連行される写真、銃を構えた迷彩服の武装警官が物々しく警備する鉄檻の施設・・・。そして年端も行かぬウイグル人少年少女から老人までの強制収容者の顔写真・・・。新疆警察文書には、新彊で今世紀最大規模の民族ジェノサイドが侵攻中であることの膨大な証拠が集められていた。

 「新疆公安文書」の公表時は、国連人権高等弁務官のミシェル・バチェレの調査チームの訪中するタイミングあり、中国の人権弾圧問題を提起する格好の材料だったが、弁務官は「新疆訪問はウイグル人の人権を調査することではない」と人権問題をスルーしたのです。習近平主席に篭絡されたとしか思えず、国連「人権」高等弁務官を名乗ることを止め、国連弁務官と名乗るべきであり、国連の信頼は地に落ちたというべきではないでしょうか。

 新疆ウイグル自治区書記・陳全国のリークされた原稿から「講話」ヲ引用します。

 『強制収容所においては、五防(トラブル、逃亡、地震、火災、感染の予防)を、ひとつとして失敗してはならない。誰であっても、このコントロール監視を逃れようと思えないように、何重にも防衛線をしき、鉄壁で囲み、それでもアクションを起こすなら(コントロールから逃れようとするならば)発砲せよ』

 『軍警兵民は気を緩めることなく、誰であれボトムラインに触れる者には攻撃を加え、7.5暴動(2009年7月5日のウルムチ騒乱)を二度と繰り返すな。誰であれ戦を挑む者は先に斃し(落命させ)、事後報告後でよい』

 『7人で警備し、そのうち2人が銃を持つこと。逃げ出そうとしたらまず言葉で制止し、警告に従わねば威嚇発砲し、それでも言うことを聞かないようなら即銃殺せよ』

 『「4つの打破」をパーフェクトに行えたことに祝意を表す』

   【4つの打破】とは、
    ウイグル人の根源を打破し
    ウイグル人の血統を打破し
    ウイグル人の関係を打破し
    ウイグル人の起源を打破する。…という意味です。

 これは民族の遺伝子を抹殺することであり、これを“ジェノサイド”といわずして何と言えばよいのでしょうか。

 身の毛もよだつ民族抹殺の思想、それをもとに収容所はもとより、新疆ウイグル自治区内の全てにおいて、厳格な管理体制、厳しい懲罰、民族言語の排除、宗教・文化への圧力、自由の剥奪、人間性の否定、人権の完全無視、断種、拷問、銃殺、…ヒトラー、スターリン、毛沢東と並ぶ極悪非道、鬼畜の振る舞いと言わねばなりません。

 ここまでくると、国際社会も動き始めました。英国外相、ドイツ外相らは早速この証拠をもとに中国を非難し、中国の王毅外相に調査を行うよう要請しました。さすがに欧州は動きが早いですね。

 ところで日本政府はどうなっているのでしょうか。中国の新疆ウイグル人に対する、苛斂誅求なる人権弾圧、えげつないジェノサイドについて、わが国は、対中非難も、対中制裁も、一切行っていないのです。国会もしかり、国内人権団体も口をつぐんでだんまり。果たしてこのままでよいのか!

 いいかげん、怒りを爆発させなければなりません。

 日本は道徳を誇る国ではないのでしょうか。事ここに至れば、薄汚いイデオロギーを離れ、まことの人間として、人権について堂々と主張しようではありませんか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2022年6月 3日 (金)

企業の四半期決算に異議あり! 

 843回目ブログです

2022631

  “五月雨は 露か涙か 不如帰 わが名をあげよ 雲の上まで”
               足利義輝(室町13代将軍)

 降りしきる五月雨であるが、はかなく消える露なのだろうか。それとも、私の悔し涙なのだろうか。そのどちらにも思える。自分が死んだ後、高く鋭く鳴く不如帰よ、どうか雨雲を突き抜け、より高みへと飛翔して広い晴天まで私の名を広げておくれ…。

 政敵に襲われ暗殺され、非業の死を遂げた13代将軍の辞世の句と言われています。

 6月は、一般の企業であれば3月期末の決算を終え、株主総会が多く行われる月でもありますが、果して経営者として、余裕の笑みか、苦渋の顔か、株主からの審判が下される時でもあります。

 わが国の上場企業約4千社は、以前は、中間期(6ヶ月)・通期(12ヶ月)の2回の決算を行っていましたが、現在では、3ヶ月・中間期・9ヶ月・通期の決算報告を行っています。即ち、年間4回も経営内容(決算・財務など)の開示を行なっているのです。この3ヶ月ごとの決算・財務などの内容を開示する制度を四半期開示制度と言います。

 岸田首相は、1月の所信表明演説で、企業が3カ月ごとの業績などを公表する「四半期開示」では経営が近視眼的になると示唆し、その見直しに言及しました。それを受けて、金融庁の金融審議会は、開示義務の廃止までも一応検討はしましたが、「四半期報告書」を廃止し、「四半期決算短信」に一本化すること落ち着きました。抜本的な制度見直しにまで至らず、例によって中途半端のままとなりました。

 それでは、「四半期開示」のメリット、デメリットを考えてみましょう。

 ●メリット
  ・財務や予算進捗状況をいち早く知ることができる。
  ・変化のスピードが速い現在、四半期ごとの情報は投資家に有益だ。
  ・企業の不正を早い段階で発見できる。

 ●デメリット
  ・中長期的な視点に立った経営が行われない。
  ・四半期決算作成の人的労働時間、監査料などの負担が大きすぎる。
  ・四半期ごとに利益を上げなければならないプレッシャーが大きい。

 要は、経費のことは別にして、短期視点の投資家の肩を持つか、中長期視点での経営を求めるかの問題になると考えます。

 ここで、有識者の発言を見てみましょう。

・サントリーH鳥井信吾副会長(大阪商工会議所会頭)

 「四半期開示は全く必要なく、半期(中間期と通期)で十分」
 「四半期開示では、やはり中長期の考えができなくなる。今儲かっている事業が赤字になったり、当社のビールのように昔、赤字だった事業が数十年たって黒字転換したりするケースもある。決算は半期か1年、あるいは3年という単位で見ないと本当の経営は出来ない」

・ウォーレン・バフェット氏(米国の著名投資家・オハマの賢人)

 「企業が四半期決算に縛られると数字合わせという操作に走り、長期的な重要関心事に反した愚かなことをする」

・JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO

 「四半期の数字作りのため、CEOはマーケティング予算を削減したり、新規支店を断念したり、安売り競争を展開したりする。バフェット氏のおっしゃるように、数字操作は自己増殖するものだ」

 英国やフランスが四半期開示を任意化しており、任意化後の英国では、財務諸表を含む四半期開示を継続している企業は7.8%に過ぎず、簡素化が進んでいると言われます。

 関西経済連合会の松本正義会長(住友電工会長)は、四半期開示の義務付け廃止を求める緊急提言をまとめ「負担が大きすぎるので止めたい。英国やフランスが任意化する中、日本の政府は企業を信用していないことになる」と語気を強めて語りました。(5/11産経)

 【四半期開示制度】に関する提言の主眼は下記の通り。

 ① 経営者や投資家の短絡的な利益志向を助長。
 ② 3ヶ月毎に膨大な人的資源を投入し、長時間労働是正の観点から問題。
 ③ 国際的に任意化される中、日本企業は詳細な開示を求められること
   で不利な競争条件に置かれる。

 わが国の識者は、外国の手法を金科玉条のように有難がり、そのまま導入しようとしますが、日本人には日本人としての特質がありそれに適合したやり方にしてゆくことが求められているのではないでしょうか。

 実は日本でも2018年3月に経団連が(EUでの流れを受けて)四半期開示制度の見直しを要望しておりました。また、米国では2018年8月トランプ大統領が米証券取引委員会に、四半期決算開示を廃止した場合の影響を調査するように要請した経緯もあります。

 この問題は日本社会としてどう捉えるのが正しい選択であるかを考えるべきであり、欧州が、アメリカがという浮付いた考えで取り組むべきではないと思います。

 実際問題、企業人であれば、決算を3ケ月に1回行うとすれば、それが毎年であれば、どうしてもものの見方が短期的になるのは止むを得ないと思います。また、日本人は、もって生まれたDNAが農耕民族の濃い血を持っており、コツコツと辛抱強く育てていくことで大きな成果を得てきました。そう考えれば、「四半期決算」の制度は決して日本人の肌に合ったものとは言えず、日本人の叡智や能力や知的水準を存分に生かすことには繋がっていないのではないでしょうか。

 今、わが国の経済が沈滞しているのは、国民の能力を活かすよりも引き下げることに力を入れているように見えてなりません。例えばいわゆる「働き方改革」にしても、真に、私たち国民の肌感覚に合ったものを志向しているとは思えず、逆に活力をそぐ側面があるのではないでしょうか。日本人は生来、労働は、大方は、仕事(Work)として捉え、苦役(Labor)ではなかったのです。

 そう考えれば、私たちは、国民全体の本来の能力を最大限引き出すためにも、弊害のある、超短期の視点での「四半期決算」制度は廃止しなければなりません。

 日本人には、日本人に合ったやり方があるのではないでしょうか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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