2019年6月14日 (金)

「五個荘」…近江商人の街並みを訪ねる! 

 694回目のブログです

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 “すくすくと 生ひ立つ麦に 腹すりて 燕飛びくる 春の山畑”
                  橘曙覧(幕末・国学者/歌人)

 勢いよく伸びている麦の穂に腹をするくらいに低く燕が飛んでくる、春の山一面の麦畑よ…。

 勢いよく伸びている麦の穂、溌剌と飛ぶ燕、目の前を広がる春の山。自然と鳥とが生き生きと融合した姿を見事に詠んだ素晴らしい和歌です。

 先日、気の置けない友人10名と近江商人のふる里「五個荘」(ごかしょう)を訪ねました。五個荘一帯はめずらしく麦畑が多かったのですが、上記の和歌にあるような燕には出くわせず、替わりに、それこそきわめて珍しく「雲雀」が、垂直に、ぴーちくぱーちく鳴き揚って行くところを見ることができました。麦畑に雲雀、なかなか長閑な素晴しい景色でした。

 JR京都駅集合 ⇒(琵琶湖線)⇒ JR能登川駅 ⇒(近江鉄道バス)⇒ 五個荘「ぷらざ三方よし前」停留所 ⇒ 金堂町/伝統的建造物群保存地区散策 ⇒ 昼食 ⇒ 外村繁邸 ⇒ 外村宇兵衛邸 ⇒ 中江準五郎邸 ⇒ 観光センター ⇒ バス停「ぷらざ三方よし前」⇒(近江鉄道バス)⇒ JR能登川駅付近で打ち上げ ⇒ JR能登川駅 ⇒(琵琶湖線)⇒JR京都駅解散

 当日は曇り空、雨も霧雨が1~2分降っただけで、暑い太陽の光もなく、疲れもほとんど感じない快適な一日でした。

 五個荘は琵琶湖中部の東側にある東近江市に位置、近江商人のふる里として有名。近江(現在の滋賀県)に本宅・本店を置き、他国で商いをした商人を総称して「近江商人」と言います。出身地域によって、高島商人(高島)・湖東商人(五個荘/豊郷)・八幡商人(近江八幡)・日野商人(日野)とよばれています。

 わたしは既に日野と近江八幡を訪れましたので、今回の五個荘で近江商人のふる里のほとんどを訪れたことになります。もっとも、伊藤忠、丸紅の出身地である豊郷には又の機会に訪れたいと思っています。

【五個荘金堂町】(重要伝統的建造物群保存地区)

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 五個荘は湖東平野のほぼ中央に位置し、街並みは条里制地割を基礎に、集落中心に陣屋、神社仏閣、周辺に農家が集まる農村集落として出来上がっていました。これに加えて、近江商人発祥の地としての商人本宅の見事な構え(板塀・入母屋造りの主家・数寄屋風の離れ・土蔵・納屋・池や築山を配した大きく壮麗な日本庭園・「かわと」や「あらいと」で水路の水を引き込み生活用水に)が数多く建ち並んでいる景観は、さすがに重要伝統的建造物群保存地区として肯けます。

 街並みを散策しましたが、静かななかに凛とした雰囲気があり、何となく近江商人の心意気が感じられ、これぞ歴史散策の醍醐味と納得した次第です。

【外村繁邸】(外村繁文学館)

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 外村宇兵衛の分家が小説家・外村繁の生家。江戸末期の建造、総面積726坪、建物面積150坪、門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋があり、の広さは目を瞠らされます。典型的な日本家屋であり、の太さとの際立った大きさは圧巻。窓ガラスもいわゆる「レトロガラス」が使われており、少しく揺らいで見えるところは何とも言えない風情を感じさせてくれます。女中部屋、小説を書いていた小座敷も一見の価値があります。

【外村宇兵衛邸】(てんびんの里伝統家屋博物館)

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 外村宇兵衛家は、五個荘商人として活躍していた外村与左衛門の分家。文化10年(1813)独立して商いを始め、東京・横浜・京都・福井などに支店を有し呉服類の販売を中心に商圏を広げ、明治時代には全国の長者番付にも名を連ねました。

 四代目宇兵衛元亨は、これからは洋服の時代と考え、大正7年(1918)御幸毛織を株式会社化し、高級紳士服メーカーの礎をつくりました。

 外村繁邸の本家筋に当たりますからそれに相応しい建屋です。見上げるばかりの天井、破格の大きさの梁、作庭当時神崎郡一番と評された庭、まさにこれぞ近江商人の簡素な中にも豪華な設えの本宅を実感した次第です。

【中江準五郎邸】

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 この中江準五郎邸は、戦前に朝鮮半島・中国大陸を中心に20数店の百貨店を経営した「百貨店王」三中井一族の五男である中江準五郎の本宅。
 屋敷は、2階建ての切妻瓦葺で庭は池泉回遊式となっており、2階からは、まるで当時にタイムスリップしたかのような眺望を楽しめます。
 蔵の中には、郷土玩具・小幡人形と土人形が多数展示されていました。

 近江商人の三つの邸宅をじっくりと見学しましたが、簡素にして豪華な造りのなかにある種の美的センスを窺わせてくれます。これだけの財をなすには近江商人としての不断の努力があったればこそ、…それは「天秤棒一本で財を成す」「近江の千両天秤」という言い回しを見ればあきらかです。

 『近江の千両天秤』には“天秤棒一本あれば行商をして千両を稼ぎ財を成す”という、近江商人の商魂の逞しさと同時に、千両を稼いでも行商をやめず、初心を忘れることなく商売に励むという教訓が籠められており、今も昔も近江商人にとってそれが歴史的・精神的な原点となっているのではないでしょうか。

 近江商人はどんな人だったのでしょうか。それは、江戸~明治時代に活躍、「質素倹約」「しまつしてきばる」、「三方よし」の精神、この三つです。

 忘れてならないのは近江商人の理念『三方よし』の精神でしょう。

   売り手によし
   買い手によし
   世 間によし

 これは、近江国五個荘の中村治兵衛家の2代目宗岸の書置きにその趣旨が述べられているものを分かりやすく表現したものです。もしも、現代の企業経営者が歴史に学び、この「三方よし」の精神を実践すれば、続発する企業不祥事はなくなるのではないでしょうか。

 例によって、駅近くで打ち上げ、帰路に向かいました。歴史の散策、尽きることはありません。

 みなさまにも近間の歴史散策をお薦めします。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年6月 7日 (金)

「貿易戦争」か「冷戦」か … 米中覇権争いをどう見るか!

 693回目のブログです

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“吹きいづる はげしの風に 群雲の はれゆくあとの 月まどかなり”
              内藤政俊(幕末の挙田<ころもた>藩主)

 激しい風が吹きつけて暗雲を取り払った。その後の晴れた空の月の光の何とさわやかなことだろう…。

 幕末の挙田藩(愛知県豊田市)は財政難に苦心。それは賄賂をもらい浪費する家老たちがおり、そのあげく農民に増税しなければならなかった。藩の塾長で正義感の強い竹村梅斎がこの問題に取り組み再建に成功しますが、梅斎は自殺に追い込まれてしまいました。これを惜しみ、また梅斎の功績をたたえて藩主の内藤政俊が詠んだのが上掲の和歌です。

 いよいよ日本列島も梅雨に入りました。5月下旬には気温が30℃~35℃にもなり、今年も異常気象になるのかと心配になってきます。それに応じて、あるいはそれ以上に世界の政治・経済・外交はますます混迷を極めようとしていますが、この局面においては冷静沈着に、ことの本質を見ていく必要がありそうです。

 そこで、今、わが国で「米中貿易戦争」と称されているものが、果たしてそうなのか、あるいは「米中冷戦」ではないのか、ということを考えて見たいと思います。

 まず、簡単に米中の貿易問題が顕著になった平成28年(2016)からを振りかえりましょう。スタートは、2016年のアメリカ合衆国大統領選において。トランプ氏は中国(中華人民共和国)の「膨大な貿易不均衡」を大きな問題として指摘しました。

 平成29年(2017)には、ライトハイザー合衆国通商代表が、中国は、外国企業が中国に進出する際に「技術移転」を強要し、また「不公正な補助金」で輸出を促進するなど、国際貿易体制の脅威になっていると厳しく非難しました。

 これ以後連日の如く、中国との貿易摩擦、戦争、冷戦がクローズアップされてきました。その最たるものが、平成30年(2018))10月のペンス副大統領のハドソン研究所における次のような講演です。

中国の政治及び経済における自由が拡大することを期待して、米国は、中国がアメリカ経済にアクセスすることを許可し、WTOに加盟させた。

しかし、中国は、不適切な貿易慣行・関税・輸入枠があり、通貨操作し、技術を強制移転させ、知的財産を窃盗し、不適切に補助金を配布し、自由で公正な貿易とは相容れない行動を行っている。

中国製造2025を通じて、人工知能などの先端技術の90%を支配するために、アメリカの知的財産をあらゆる手段を講じて取得するよう中国政府が指 示。さらには軍事技術まで取得しようとしている。

南シナ海や尖閣諸島などで軍事力を行使している。

監視社会を構築し、国民の自由と人権を奪っている

キリスト教・チベット仏教・イスラム教などを宗教弾圧している。

借金漬け外交を行い、借金を返せなくなった国から港などを
  取り上げようとしている。

Supermicroスパイチップ埋め込み疑惑、Googleへの検閲システム、
  アメリカでのスパイ活動や宣伝工作。

中間選挙に干渉。

 平成30年(2018)11月には、アメリカは日本などの同盟国に対して「ファーウェイ」の通信機器を使用しないよう要請。日本政府はそれに応諾しました。

 これまでのアメリカによる対中制裁関税は下記の通り。

        (発動日) (対象金額) (関税率)
  第1弾 2018年7月   340億ドル 25%
  第2弾 2018年8月   160億ドル 25%
  第3弾 2018年9月 2,000億ドル 10%(2019/5/9まで)
                              25%(2019/5/10より)
  第4弾 2019年6月末以降
                   3,000億ドル 25%(最大)

 熾烈な駆け引き、争闘が行われていると見なければなりません。それもすべてアメリカが蒔いた種です。アメリカは、たとえ中華人民共和国という共産主義国家であったとしても、種々の暖かい援助を重ねて行けば、アメリカ流の民主主義を受け入れてもらえるとの“幻想”を懐き、中国共産党の建国以来、最先端技術の供与、人材育成への協力、などに注力してきました。

 しかしどうでしょう、アメリカは完全に中国という独裁国家、中華民族国家の真相を読み誤ったのです。中華人民共和国は、今や、世界を二分する勢力、いや世界に冠たる帝国として易々と君臨するまでになっています。アメリカ合衆国が国の総力を挙げて従来中国を蹴落とすことができるかどうか、予断を許さない状況にあると思われます。

 中国には「一山容不下二虎」(1つの山に2頭の虎を収容する空間はない)とか「不共戴天」(同じ天を共に戴くのは敵にほかならない)ということわざがあります。天を戴くのは中国の『皇帝』であり、米国のTOPは単なる一地区の『王』にすぎないと見ている限りは、米中間の争闘は短期間で終わるものではないと思います。アメリカも中国も同じような思考回路を持っていますから、両雄並び立たず、長期戦は必至の予感がします。

 米中の対立は、単なる貿易ではなく、経済、軍事、技術、情報、歴史認識、人権、宗教、など政治全般に関わるものだと考えれば、次のようになるのではないでしょうか。

    ×「米中貿易戦争」
    △「米中冷戦」
    ◎「米中覇権戦争」

 わが国のメディアを見れば、今日現在でも、この米中覇権戦争を単なる「貿易戦争」と表現していますが、これは間違いであり、為にするフェイクニュースではないでしょうか。ペンス副大統領の講演をみても、軍事、技術、政治の領域まで言及しているではありませんか。「覇権戦争」であることは明白。

 そう考えれば、わが国は中国につくのか、米国につくのかの旗幟を鮮明にしなければなりません。わが国は、当然ながら軍事同盟相手の米国を第1とし、ロシアを第2、反日ではあっても韓国を第3の関係先とし、中国に対峙することが求められます。

 しかしながら、先般、自民党の“大”政治家・二階幹事長は大デレゲーションを引きつれる訪中の前に、中国が世界覇権を目指して進める「一帯一路」について「米国の機嫌をうかがいながら日中関係をやっていくのではない。日本は日本として、独自の考えで中国と対応していく。米国から特別な意見があれば承るがそれに従うつもりはない」と言明しました。

 親中・媚中・屈中派二階氏の面目躍如。二階氏はかつて、チャイナの江沢民主席を讃える石碑を全国各地に建立しようとする運動を起こしたとんでもない政治家です。江沢民主席はガチガチの反日派であり、ことあるごとに日本に楯突いた人物。このような人物を尊敬する二階センセイが現在の自民党の幹事長ですから、どう考えれば良いのか、憲法改正も進まないのは、自国よりも他国にシンパシーを感じる政治家が多すぎるからと思えてなりません。

 激動の世界、一層厳しい環境になった令和の幕開け。冷静にものごとを判断したいものです。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月31日 (金)

徳島・鳴門吟行会…素晴らしき仲間たちとともに!

 692回目のブログです

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“牡丹花は 咲き定まりて 静かなり 花の占めたる 位置のたしかさ”
             木下利玄(大正12年 歌集「一路」)

 牡丹の花は満開となっても静かに定まっており、その花の占めている位置も何とたしかなことであろうか…。

 牡丹の花は華やかさと重量感で他を圧倒していますが、一頭地を抜いているのは、その静かな空間において、不動の場に固定されているように見えるからなのでしょう。

 5月とは言え、今年も異常な気象となるのでしょうか、真夏日が続く先日、関西から四国の徳島・鳴門を訪ねる小旅行に参加しました。参加者16名、お互いに気心の知れた友人であり、有意義な2日間を過ごしました。

 (1日目)JR大阪駅⇒(JR高速バス)⇒徳島駅ホテル<昼食>⇒(徒歩)⇒徳島城博物館⇒(タクシー)⇒阿波踊り会館⇒(ロープウェイ)⇒眉山山頂(ロープウェイ)⇒阿波踊り会館⇒(タクシー)⇒山屋商店⇒(タクシー)⇒徳島駅ホテル⇒(徒歩)⇒「昴宿よしの」<懇親会>⇒(徒歩)⇒徳島駅ホテル<宿泊>

 (2日目)徳島駅ホテル⇒(タクシー)⇒大塚国際美術館⇒(高速バス)⇒大阪なんばOCAT

 JR大阪駅で高速バスに乗り込み一路鳴門・徳島へ。本州四国連絡橋は3つのルート(神戸-鳴門、児島-坂出、尾道-今治)がありますが、今回は神戸・鳴門ルート。当日の天候は良く、瀬戸内海も穏やかであり、世界最大のつり橋「明石海峡大橋」「大鳴門橋」などから見る風光明媚な景色はバスから眺めていても飽きが来ません。眼下には鳴門の渦潮なども見え興味をそそられます。

【徳島城博物館】

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 徳島藩と蜂須賀家に関する資料が豊富に陳列。蜂須賀家は代々徳島藩を領地とし、外様であっても一度も国替えがなかったことを知りました。また、阿波水軍の活躍を象徴する豪華な和船「千山丸」が展示されており目を引きます。庭園も見事でした。

【阿波おどり会館】

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 阿波踊りと言えば、まず、
   “踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々!”

 阿波おどりホールでは「阿波おどり公演」が約40分あり。三味線・鉦・笛・締太鼓・大太鼓の賑やかでリズミカルな鳴り物をバックに、有名連の選抜とも言えるメンバー男女各5人による阿波おどりを観賞しました。初めて見る生の阿波おどりは迫力満点です。

 阿波おどりの知識や踊り方の説明があり、最後には観衆の大半が踊りに参加、ステージも大いに盛り上がり、わたし達のグループから表彰者もでました。

【眉山山頂】

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(万葉歌碑・犬養孝先生の揮毫)

  眉山はどの方角から見ても「眉(まゆ)」の形をしているところから「眉山(びざん)」と呼ばれ、標高290mの山と言うよりも高台と言った方がぴったりでしょう。

 眉山山頂からは徳島市街地の方角に「吉野川」のゆったりとした流れを一望できましたが、本来、吉野川は暴れ川と言われ、日本国三大暴れ川のひとつです。

   『日本国三大暴れ川』
      利根川 (異名:坂東太郎)
      筑後川 (  ∥  :筑紫次郎)
      吉野川 (  ∥  :四国三郎)

 山頂には、碩学、万葉学者・犬養孝先生の揮毫による万葉歌碑が建てられています。

  “眉のごと 雲居に見ゆる 阿波の山 かけてこぐ舟 泊り知らずも”
                 (船王<ふねのおほきみ>/万葉集)

 眉のように横長く遥か彼方に見える阿波の山、その阿波の山を目指して漕いで行くあの船の今夜の泊りはいったいどこであろうか…。

 犬養孝先生は万葉集に登場する国内すべての地を踏査されただけでなく、学生たちとともにその地を訪ねる「万葉旅行」を企画実施された偉大な先生です。わたしも一度“山の辺の道”に参加しましたが、その感激はいまだに忘れることは出来ず、この度、新しい元号が万葉集に典拠することになったことに限りない喜びを感じています。

 たとえ、歴史は経ていても、現地を訪ねその地の息吹きを体感することは大切ではないでしょうか。三現主義 …「現場」「現物」「現実」を基礎とすべきであり、ともすれば空理空論を展開しようとする愚を戒めたいもの。あらためて犬養孝先生の学恩に感謝します。

【合資会社 山屋商店】

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  (山屋商店玄関)

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   (レンガの煙突)

 創業160年、江戸時代末期の安政から、万延、文久、元治、慶応、明治、大正、昭和、平成、そして令和の現在まで、昔ながらの静置発酵法による手作り醸造酢をつくり続けています。店構えもレトロ、工場もレトロ、それにこだわり、それゆえに美味しい「酢」「醤油」「味噌」「麹」。店主(5代目)も実直なお人柄。お土産に酢と醤油を買って帰りましたが、美味しくいただいています。

 山屋には、大正7年(1918)建立した高さ21メートルのレンガの煙突があります。徳島大空襲や南海地震にも耐え、平成16年(2004)現役を終えましたが、今や山屋のシンボルであるとともに徳島のシンボル的存在となっているようです。

 レンガの壁の積み方には、ドイツ、イギリス、オランダ、フランス、アメリカの各種積み方があり、山屋のレンガの煙突は「イギリス積み」だそうです。それにしても、見上げるばかりの威容に声も出ません。

【懇親会】昴宿よしの)

 徳島駅近くの料理屋で懇親会。乾杯の前に、山屋の店主の計らいで「阿波人形浄瑠璃」による目出度い「三番叟」を観賞しました。淡路や阿波の人形芝居では,序開きの祝言に「神舞」と称して演じられるそうです。見事な人形浄瑠璃観賞のあとビールで乾杯、それなりに疲れた一日を癒しました。

【大塚国際美術館】

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   (システィーナ礼拝堂天井画)

 大塚国際美術館は20,000坪を超える広大さを誇る「世界初の陶板名画美術館」であり、古代壁画から現代絵画まで、世界の有名な美術館が所蔵する西洋名画1000点を原寸大で展示しています。

 最初に目にするのが、原寸大の「システィーナ礼拝堂天井画」(最後の審判/ミケランジェロ)ですから、圧倒的な臨場感と微妙多彩な色相に度肝を抜かれました。

 展示は古代、中世、ルネサンス、バロック、近代、現代と系統的になされており、わたしはその通りに10時から14時30分まで1日、駆け足でざっと鑑賞しました。教科書に載っていた有名な絵画が目の前にゴロゴロ、これでもかという位に圧倒されてしまいます。

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 写真撮影もOK、手で触ってもOK。何せ1300℃で焼成し、2000年もそのままの状態を保持できる革新的職人的技術による陶板(大塚オーミ陶業株式会社で制作)ですから納得させられます。

 1000点を超える点数であり、とても1日では無理でした。次の機会に興味ある絵画、好きな絵画にだけ向き合いたいと思った次第です。

 最後に、この美術館を設立された大塚グループ総帥の(故)大塚正士氏の心意気に敬意を表したいと思います。

 徳島、鳴門の小旅行、心の通い合う仲間と一緒ですから充実した楽しい時を過ごすことができました。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月24日 (金)

上高地・立山黒部アルペンルートを訪ねる!

 691回目のブログです

  “梓弓 磯辺の小松 たが世にか 万代かねて 種をまきけむ”
               柿本人麻呂(新古今和歌集)

 あの岩の上にある松は誰がいつ、その木の万年の寿命を願って種を蒔いたのだろうか…。

 磯辺に立つ、一本か二本の、緑豊かな松の木を感嘆した歌でしょうが、この柿本人麻呂の伸びやかな和歌の調べに、わたし達の心も清澄になってくるような気さえしてきます。

 先日、観光バスで、かねての念願であった上高地/立山黒部アルペンルートを1泊2日で訪ねました。天も味方したのでしょうか、両日とも素敵な晴れの天候、快適な旅となったのは幸いでした。

 (1日目)新大阪⇒平湯⇒上高地⇒安曇野⇒長野県栂池高原ホテル宿泊 (2日目)ホテル⇒扇沢駅⇒(関電トンネル電気バス)⇒黒部ダム⇒(徒歩)⇒黒部湖⇒(黒部ケーブルカー)⇒黒部平⇒(立山ロープウェイ)⇒大観峰⇒(立山トンネルトロリーバス)⇒室堂<雪の大谷>⇒(立山高原バス)⇒美女平⇒(立山ケーブルカー)⇒立山駅⇒新大阪

 JR新大阪駅で近鉄観光バスツアーに乗り込み、一路北陸へ。観光バスでの長旅ははじめてですが、座席もゆったりとしており、添乗員も大阪流のユーモアを散りばめ気づかいもよく、快適な2日間でした。

【上高地】

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 上高地は、長野県飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地。中部山岳国立公園の一部でもあり、国の文化財に指定されています。標高約1,500m。少し肌寒いくらいで、90分ほど自由散策しましたが、遠くに見える冠雪の山脈、生き生きした若緑の山々、透き通った清流のせせらぎ、散策コースの脇にある林を遊び場とするお猿さん親子、など「自然」を満喫するに相応しい絶好の散策道です。

 都会の猥雑な生活環境から見れば別世界の自然美に彩られた雰囲気に、心が洗われること必定。何度でも訪れたい所です。

 さて、2日目は立山黒部アルペンルート。ホテルからルートの入口である「扇沢駅」までは現地のバス。ここから、いよいよ期待の黒部ダム・室堂となりますが、このルートには6種の輸送手段があり、これも大いに楽しめます。

  関電トンネル電気バス
  ・黒部ケーブルカー
  ・立山ロープウェイ
  ・立山トンネルトロリーバス
  ・立山高原バス
  ・立山ケーブルカー

【黒部ダム】(黒四ダム)

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 黒部ダムは、関西電力が建設、昭和38年(1963)竣工したアーチ式コンクリートダム。標高1,470m。高さ186m、幅492m、貯水量2億トン(東京ドーム160杯分)の威風堂々としたものであり、堤の上を歩いても、その堂々たる姿とそこから眺める景観の素晴らしさに圧倒されました。(噴出する放水は6/26~10/15までであり、今回は見ることはできず、次回に持ち越しとなりました)

 黒部ダム建設の困難さを乗り越えた物語として、三船敏郎・石原裕次郎主演の「黒部の太陽」を観たことがありますが、実際に現地、現物を見るとそのスケールの大きさに驚かされます。

 “時代”だったのでしょうか。産業発展には致命傷となる「電力不足」に対応するために全身全霊を打ち込んだのが産業界の傑物(関電社長・太田垣士郎)であったこと、それを国が全面的に支援したことであり、歴史の風雪に耐えている建造物を目の前に見るにつけ、それを建造した人々の“偉大な精神”に、心の底から感嘆しました。 

 それにしても、今、令和の時代の幕開け、時代を大胆に拓くためにも、各界に偉大な精神を求めたい心境です。

【大観峰】

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 標高2,316m、パノラマ的に眺めれば最高に美しく、しばしうっとりとします。

【室堂】“雪の大谷”

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 標高2,450m、アルペンルートの最高地にして中心地。今回の旅の目的は“雪の大谷”にあります。すでに5月中旬になっていましたので、道路の両側に聳える「雪壁」は20mもあるものから徐々に溶け出し14~15mになっていました。それでも、見上げる雪の壁は圧巻!であり「雪の大谷ウォーク」を満喫しました。

 雪の大谷は平成5年(1993)から始まり今年で26回目。約500mにわたる「ウォーキングゾーン」は、除雪車2台で高原バス道路に積もった約20mもの雪を除雪してできています。今ではGPS(人工衛星による位置情報計測システム)で道路の位置を正確に計算できるようになっているそうです。

 高度100mで0.7℃下がるため、この季節はまだまだ寒いとのことで冬の服装を準備していましたが、当日は極めて暖かくそれを着用せずに済みました。

【弥陀ヶ原】(みだがはら)

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 標高1,930m、東西4㎞・南北2㎞の溶岩台地ですが、5月の弥陀ヶ原はまだまだ雪が覆い被さっていました。見事な雪原でした。

【美女平】

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 標高977m、立山ケーブルカーと立山高原バスの乗継地点。駅周辺は樹齢1,000年を超える立山杉やブナの巨木がそびえたつ原生林が広がっています。このあたりでは立山を開いた佐伯有頼と許婚者の美しい姫にまつわる話が言い伝えられ「美女平」の地名の由来にもなっています。

 いよいよ立山ケーブルカーの終着点【立山駅】に到着。ここから一路大阪へ。2日間にわたる強行軍にもかかわらず、天候に恵まれ、快適なバス旅となったことに感謝するばかりです。

 それにしても、国内にはまだまだ訪れるべき土地がいくらでもあることをあらためて強く認識した次第です。

 旅行、散策の醍醐味は、上掲の柿本人麻呂の和歌にあるように、種を蒔いた人間の偉大な精神に触れることにもあるのではないかと思います。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年5月17日 (金)

「憲法改正」案を比較してみよう!…②            

 690回目のブログです

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 “うるはしく かきもかかずも 文字はただ
              読みやすくこそ あらまほしけれ”
                  明治天皇御製(明治38年<1905>)

 麗しく書いてもあまり麗しく書けていなくても、文字はただ読み易く書くようにしたいものだ…。

 令和の御代となり、世間では慶祝ムードが広がりを見せてはいますが、政治経済においては、難問続出の気配が窺われます。

 消費税増税による景気の冷え込み必至、中国産品に25%の関税を課す米中覇権戦争の緊迫化、北朝鮮のミサイル発射、欧州・英国の混迷、中国一帯一路の野望露見、韓国の反日徴用工判決成り行き、日米交渉の行方、など内外の混沌はかつてない激動を予感させ、わが国の対応も戦略的な腹をくくった対処が求められる状況に至っています。

 こうなってくると、先週のブログに記したように、今一度、冷静沈着に、国の背骨である「憲法」の改正案を真面目に考えて見ることが大切になってきました。憲法の趣意は前文に書かれていると思いますので、それをとりあえず読んでみましょう。

【現行】憲法“前文”

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

【自由民主党】日本国憲法改正草案“前文”

(前文)
 日本国は、長い歴史固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

【読売新聞】読売憲法改正試案“前文”

 日本国民は、日本国の主権者であり、国家の意思を最終的に決定する。国政は、正当に選挙された国民の代表者が、国民の信託によってこれに当たる。
 日本国民は、個人の自律と相互の協力の精神の下に、基本的人権が尊重され、国民の福祉が増進される、自由で活力があり、かつ公正な社会をめざす。
 日本国民は、民族の長い歴史と伝統を受け継ぎ、美しい国土や文化的遺産を守り、これらを未来に活かして、文化及び学術の向上を図り、創造力豊かな国づくりに取り組む。
 日本国民は、世界の恒久平和を希求し、国際協調の精神をもって、国際社会の平和と繁栄と安全の実現に向け、不断の努力を続ける。
 地球環境は、人類の存続の基盤であり、日本国民は、国際社会と協力しながら、その保全に努め、人間と自然との共生を図る。
 日本国民は、これらの理想と目的を達成し、国際社会において、名誉ある地位を占めることを念願する。
 この憲法は、日本国の最高法規であり、国民はこれを遵守しなければならない。

 現行憲法と改正2案(自民案と読売案)を比較してみてからの感想を記します。

現行憲法には、日本語として間違っているものや意味不明なものがあります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して~」は「~の公正と信義『を』 信頼して~」が日本語として正しいとされています。また、米占領軍が指示した英文が元になっているからでしょう、全体的に翻訳調文章の「空疎さ」が目立ちます。

現行憲法の「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは一体何を指すのか、また「政治道徳の法則は、普遍的なものであり」の政治道徳とは何を意味するのか、筆者のような低い頭脳では理解できません

さらに、最も“奇怪”なのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章です。わが国周辺を見回して、どこに“平和を愛する諸国民の公正と信義”を見出すことができるのでしょうか。それは、軍拡・覇権・1党独裁の中国(中華人民共和国)ですか、核・ミサイル・独裁の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ですか、反日・反米・容共の韓国(大韓民国)ですか、もう、寝ぼけるのもいい加減にしようではありませんか。

読売憲法改正試案の前文は逐条的な表現であり、心に響くものがありません。全面的に直すべきでしょう。

自由民主党の日本国憲法改正草案の前文には格調の高さがいま一つ不足しています。修正すべきだと考えます。

要するに、格調の高い日本語であり、かつ国民にも分かりやすいことが求められるのではないでしょうか。

 冒頭に掲げた明治天皇の御製から学ぶべきだと考えます。

 世界情勢を鑑みても、今や、憲法改正は待ったなし。全政党が議論を尽くし、早急に国民投票にまで持っていく必要があるのではないでしょうか。

 みなさんはどのようにお考えでしょうか。

次回は
時事エッセー
です。

 

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2019年3月15日 (金)

大阪“都構想”再燃…知事・市長W選挙!

 681回目のブログです                    

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“空に向きて 羽ひろげたる 鳥のごと 辛夷は咲けり 卒業の季”
 
                 佐藤靖子(平成2年時/学習院女子短大生)

 空に向かって白い翼を広げた鳥のように、辛夷(こぶし)の花が咲いている。卒業の喜びのこの季節に…。

 辛夷(こぶし)は、3月から4月にかけて咲く木蓮科の美しい花であり、蕾が開く前の形が子供のこぶしに似ていることからこのように呼ばれています。

 

 学窓を巣立ち、実社会に入っていく若き人々が幾多の挫折や苦しみを乗り越え、豊かな実りある人生になっていくことを望まずにはいられません。

 

 世の中は、表面を見れば奇々怪々の様相を呈しているように思えることも多々ありますが、裏面に立ち入り、事態を虚心に静かに見れば、その本質、実相が見えてくるものです。その観点から、東京のマスコミがほとんど理解していない大阪“都構想”(都抗争?)について考えてみましょう。

 

 大阪 松井知事と吉村市長が辞職願 ダブル選挙へ

 

大阪府の松井知事と大阪市の吉村市長は、いわゆる「大阪都構想」の実現に向けて改めて民意の後押しを得たいとして、辞職願を提出し、松井氏が市長選挙に、吉村氏が知事選挙に立候補することを正式に表明しました。
2人の辞職に伴う大阪府知事選挙と大阪市長選挙は、統一地方選挙前半の4月7日に行われることになりました。
        (3/8 NHKニュース一部抜粋)

 

 【大阪都構想】は、大阪市を廃止し、現行の24行政区を東京23区と同様の特別区に再編しようとする構想。他府県の方はなかなか理解されないことですが、大阪府と大阪市の関係は、市民の間では永年に亘って“府市合わせ”(不幸せ)と揶揄されるほど、対立状態にありました。構想は広域行政を一本化して二重行政を解消する狙いです。

 

 平成27年(2015)5月「大阪市を廃止し5特別区を設置する」大阪都構想の是非を問う「住民投票」が、大阪市民を対象として実施されました。

 

       支持  694,844票  49.6%
 
      反対  705,585票  50.4%
 
           (投票率:66.8%)

 

 何と10,791票の僅差で都構想は否決。.77%の差ですから、大阪維新の会は諦められません。同年の平成27年(2015)11月には松井氏が知事選に、12月には吉村氏が市長選に「大阪都構想を1丁目1番地」の公約として掲げ、激戦の結果二人とも圧勝しました。

 

 爾来、大阪府と大阪市は、トップ同士が大阪維新の会ということもあるのでしょう、協調してことに当たっていると伝えられています。

 

 大阪維新の会としては、都構想を一歩進めるべく、公明党(母体/創価学会)と住民投票の実施について同意する密約を交わしていましたが、いざとなった段階で約束が反古となったのです。政治家の、あるいは政党の約束なんて羽毛のように軽いものなのでしょう。まあ、お隣の韓国(朝鮮)では、国家間の条約でさえ無きものにしようとしていますから、何か、風土、民俗が似ているようにも思えますが…。

 

 そこで、今回の府知事、市長のW選挙となり、あらためて大阪都構想が争点になってきました。これに関しての私の感想を述べたいと思います。

 

 在阪マスコミは、ほとんどが反維新です。かつて、橋下徹氏(府知事&市長)が定例の記者会見で、新聞・テレビ記者の、行政というものの無知、非論理性、イデオロギー、いい加減さなどを、毎回、徹底的に、時間制限なくやり込めました。記者会見のすべてが放映されましたから、報道記者のレベルの低さが如実に示されたと思います。あわせて、コメンテーター、学者、知識人の多くが橋下徹氏に完膚なきまでに論破されていたことも鮮明な記憶として残っています。(そのためもあり、批判の的になったマスコミやコメンテーター、学者、知識人は恨み骨髄ではないでしょうか)

 

  毎日新聞3/9には、大阪ダブル選のネーミングとして「どの面下げて選挙(ジャーナリスト・大谷昭宏氏)「恨みつらみ選挙(大阪国際大准教授・谷口真由美女史)「いびつな自治軽視選挙」(作家・若一光司)など、反維新、反都構想の人の言葉を取り上げています。

 

果してこれでよいのか。4年前の住民投票でほぼ五分五分であったことを考えれば、W選についての意見、都構想についての意見は、双方半々に割り振った意見を取り上げるべきだと考えます。0対100で印象操作をするのは精神の弱さをしめすものであり、マスコミが真のメディアとなるためにも、陰湿な印象操作は止めるべきではないでしょうか。

 

 基礎的な自治体の最適規模は、人口30~50万人というのが定説と言われており、大阪市のような260万人規模が適切かどうかは、当然、議論を尽くさなければなりません。

 

  そのためには、大阪市のホームページに掲載されている大都市制度(総合区設置及び特別区設置)の経済効果に関する調査検討業務委託 報告書をベースに真摯に議論、対話を重ねるのが、市会議員、府会議員の当然果たさなければならない重要な役割だと考えます。

 

  そこには、具体的な数値(政策効果分析・マクロ計量経済モデルなど)が分かりやすく掲載されており、党利党略の足の引っ張り合いは検討の後にすべきだと思います。

 

 反維新、反都構想の自民党は、元大阪府副知事・小西禎一氏を擁立しましたが、報道によれば、維新以外の政党もこちらに結集する見込みです。

 

  大阪の自民党は、前回の大阪府知事・大阪市長のダブル選の時、自民党の柳本卓治参院議員(大阪府連元会長)「共産党系の集会」に参加したり、大阪都構想の住民投票の際には「共産党の街宣車」に上って、共産党をベタほめした過去を有しています。

 

  これが4年前。大阪自民党は、他の都道府県とは異なり、もともと有していたはずの志、理念をかなぐり捨て、その時その時の利害で動いていると考えられますから、人間としての矜持を失い、政治的資質も大きく劣化しているのではないでしょうか。今回がそうでないことを願っていますが…。

 

 マスコミは今回の“たすきがけW選”に批判的ですが、わたしはそうは考えません。政策実現のために、最善の策で権力を奪取しようとする姿勢は当然のことではないでしょうか。リスクを賭してこそ、新しき政策をすすめていけると思います。

 

どういう結果になるかわかりませんが、実りある選挙を望みます。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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2019年3月 8日 (金)

待たれる新元号…元号について考える! 

 680回目のブログです                     

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       橿原神宮

“天てらす 神の御光 ありてこそ わが日の本は くもらざりけれ”
 
                明治天皇御製(明治43年)

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御神光が六合(くに)のうちに照り徹(とほ)りてあればこそ、わが日本の国は曇ることなく晴れ渡るのである…。

 

 日の神の子孫の治める国、だから日の本「日本」なのです。国生みの神話と建国の神話と皇統は一続きのものであり、この神話を無視しては日本の国柄は解らないのではないでしょうか。

 

 いよいよ改元の時が迫ってまいりました。5月1日、践祚・改元の儀式が厳粛にとりおこなわれ、新しい御代を迎えることになります。今上陛下で125代ですから、次は126代、永い、永い、誇るべき歴史の新たな積み重ねを目前にしているのが今だと言えるでしょう。

 

 改元に先立ち、4月1日には新元号が発表される予定になっていますので、ここで「元号」について考えて見たいと思います。

 

 わが国では日常使用するにあたって、元号と西暦の二つがあり、近年では、徐々に西暦の使用が増えているようです。全国紙の日付欄の表記は以下の通りです。

 

 朝日新聞  西暦(元号) 昭和51(1976)元号(西暦)より変更
 
 毎日新聞    ∥   昭和53(1978)    ∥
 
 読売新聞    ∥   昭和63(1988)    ∥
 
 日本経済新聞  ∥   昭和63(1988)    ∥
 
 産経新聞  元号(西暦) 変更せず

 

 これを見れば、わが国の歴史の中心に対する姿勢、考え方がよく分かります。わたしは、例えば今であれば、平成31年(2019) と表記し、いままでずっとこのスタイルで来ましたが、特に問題はなかったと思います。

 

 現在、元号を使用している国は「日本」以外にはありません。古き時代に、中国、ベトナム、朝鮮で元号が取り入れられたことはありますが、現在は使用されていません。

 

 日本の元号(年号)の始まりは大化の改新の「大化」(西暦645)です。爾来、現在の「平成」まで247の元号を数えます。元号の漢字は、天平の時に四文字が数回使われただけで、他はすべて二文字となっています。そして、明治以後は「一世一元」であり、改元は御代替わりの時しか行われません。

 

 さて、この元号に対して、その存在価値に疑問を投げかけた論稿が、東洋経済オンラインに載っています。(H30/7/26

 

  『世界で日本だけが「元号」に固執し続ける理由』
 
   このガラパコスな慣習はいつまで続くのか?
 
   元号は今もなお天皇の権威を示す記号なのでしょうか?
     鈴木洋仁(事業構想大学院大学准教授)

 

 中身を読まなくても、この見出しを眺めるだけで、理解できそうです。わたし流に反論、批判をしてみましょう。

 

 “「元号」に固執”とありますが、固執とは、自分の意見を主張してまげぬこと(新潮国語辞典)とあるように、むりやり自分の主張を通すことであり、良い意味には使われません。裏から陰険に非難する用語を使うべきではないと考えます。

 

  学者として客観的に分析しようとするのであれば、陰険な用語は使わず『世界で日本だけが「元号」を継続しようとする理由』とのタイトルにすべきです。

 

 “ガラパコスな慣習”と言いますが、元号は、単なる慣習ではなく「大化」以来1300年以上続く日本国の伝統なのですよ。あだや疎かにすべきものではありません。慣習は意識するしないにかかわらず続いていくものを言います。元号は一般的な慣習とは異なり、時代を拓こうとする強い意識でもって決められてきたものです。たとえガラパコスであっても、聖なるもの、美なるもの、徳なるもの、真なるものであるならば、それを保持することは正しい認識に基づくものと言えるのではないでしょうか。

 

 “元号は今もなお天皇の権威を示す記号なのでしょうか?”とあります。このフレーズから解釈すると、准教授は、今までの元号は単なる記号であり、新元号は内閣総理大臣が選定するものであるかぎり、天皇の権威を示す記号でさえないとの主張に聞こえます。

 

  わたしは、元号は日本の歴史を体現したもの考えます。単なる記号ではないはずです。わが国の歴史を翻って見ても、大きな事象は元号で表すのが最もしっくりと行くように思えます。

 

  また、たしかに、天皇陛下が元号を選定され、御示しされる方が永い歴史の精髄に沿っていると思います。

 

 全般的に見て、鈴木准教授の見立ては、余りにもシニカルすぎます。もう少し、柔軟に、歴史を大切にするという普通の感覚で論をすすめて貰いたいと思います。歴史というものは、単純に捨てるものではなく、暖かく育み、後世に引き継ぐものではないでしょうか。

 

 日本の近代化である明治維新は、ヨーロッパや中国の革命の血なまぐささとは異なり、最小限の紛争で決着し、穏健な政治姿勢が終始貫かれ、いろいろな難関を見事切り開き成功へと進むことができました。これも偏に、幕府が政治権力を大政奉還により天皇にお返しし恭順の意を示したこと、そして、明治以後、立憲君主制としての天皇を戴き、国の安全と国富の強化、四民平等、国民の安寧と教育の深化につとめたことによるものです。

 

 わたし達の父祖は、常に天皇と共に歴史を歩んできたのです。

 

 歴代の天皇は神武天皇から今上陛下まで125代、皇紀2679年の輝かしい歴史を有しています。そして、元号、年号は「大化」から「平成」まで、これまた1374年の輝かしい歴史でもあります。

 

 永い歴史を持つことは誇りです。わたし達現代日本人は、今、熱い目が注がれている「縄文」から数えると1万5000年の悠々とした歴史の上を歩んでいることを認識しようではありませんか。

 

 もう、自虐・反日の思想は放り投げてしまいましょう。そして、永い歴史に包まれた豊かな文明を誇りに思う普通の感性をとり戻そうではありませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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2019年3月 1日 (金)

中国・伊藤忠社員拘束事件の不可解!

 679回目のブログです             

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 “春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ”
 
                 大伴家持(万葉集)

 春の庭が紅色に美しく照り輝く桃の花が木の下まで照り映えている道に出てたたずむ少女よ…。

 小ブログを始めたのが、平成18年(2006)3月3日、桃の節句、雛祭りの日でしたから、早いもので、この3月3日で丸13年になります。13年、679回、われながらよく続いたものだと思っています。

 

 続けるにはなかなか骨が折れ、そういう時には、古都散策エッセーを筆休めにしながら、今日まで何とか繋いできました。ブログ発信の内容は大したものでないことは重々承知していますが、自分なりのプロットをつくるべく多少の工夫は凝らしたつもりでいます。もうすぐ700回になりますので、そこまでは1週も欠かさずに続けたいと考えています。まあ、内容はともかくとして、無欠勤だけが自慢の種とは、何とも地味だなと思ってしまう今日この頃です。

 

 …という風に、多少回顧にふけようとはするのですが、現実の国際社会が断然と厳しさを増してきていることの方に心が向いてしまいます。

 

 去る2月14日、伊藤忠商事につとめる40代の男性社員が、昨年2月より1年に亘って中国広東省広州市の国家公安局に逮捕、拘束されていることが判明しました。

 

 男性社員は、国家の安全を害したとして、スパイ行為を取り締まる国家安全局に拘束され、昨年6月に「国家機密情報窃盗罪」で起訴されたようです。

 

 この事件については不可解なことが多過ぎますので、いろいろと考えて見たいと思います。

 

 中国ビジネスでは「最強の商社」を誇る伊藤忠商事の社員がなぜ逮捕拘禁に至ったのでしょうか。中国共産党との太いパイプを有している伊藤忠が、本来ならば逮捕されるというヘマなことをするはずはなく、その理由について巷間では、①権力闘争(電力利権 伊藤忠=李鵬 ⇔ 習近平)、②反スパイ法絡み、など種々の憶測を呼んでいます。

 

 それにしても、伊藤忠はなぜ、逮捕されたことを即時に公表しなかったのでしょうか。これが不可解の①。1年間も公表しないということは、中国ビジネスに従事している数多くの社員の恐怖感にあまりにも鈍感であることを意味します。いつ拘禁されるかもしれない恐怖を事前に出来るだけ除去するよう努めることこそ企業が配慮すべき重要なポイントのはずです。これでは、高級なブラック企業と言われても返す言葉はないのではないでしょうか。企業は、社員の命と安全を守るべきです。

 

 また、政府、外務省も1年間何をしていたのでしょうか。中国へ赴く日本人に“危険”の警鐘を鳴らすことこそ国家の役割のはずです。いつまでも、親中・媚中・屈中の姿勢のままで、伊藤忠社員の逮捕拘束の理由さえ問いただそうとしないとは全く言語道断。これが不可解の②。

 

  外務省の海外安全情報によれば、中華人民共和国は、新疆ウィグル自治区とチベット自治区がレベル1(暴動など・十分注意してください)で他は危険度ゼロとなっています。中国が危険度ゼロとは…本当ですかね。甘すぎる判定ではないでしょうか。

 

 125日の小ブログにおいて、中華人民共和国では習近平主席になってから安全保障法案が立て続けに法制化されてきたことに留意すべきと書いています。

 

     2013年「国家安全保障理事会」設立
 
2014年「反スパイ法」     (新設)
 
2015年「国家安全法」     ( ∥ )
 
2016年「インターネット安全法」( ∥ )
 
  ∥  「反テロ法」      ( ∥ )
 
2017年「NGO管理法」    ( ∥ )
 
  ∥ 年「国家情報法」     ( ∥ )

 

  ものすごい安保補強態勢であり、中国共産党独裁、あるいは習近平個人独裁ならではという感じがします。

 

 この事件について、マスメディアはどのように報道しているのでしょうか。一例を挙げましょう。218日の日経ビジネスon lineでは
 『伊藤忠社員の拘束は中国が進める“近代化”の余波か?』
というタイトルで、副編集長が寄稿しているのです。

 

  えっ!と吃驚しました。中国は、上に記した苛斂誅求極まりない法律によって、全国民を、全中国訪問者を「スパイ嫌疑」で合法的に逮捕できるようになりましたが、果たして、それを近代化というべきなのかどうか、これが不可解の③です。

 

  「『習政権になってから次々新たな立法をして取り締まりを強化している』というイメージがあるが、過去に中国人相手には法律に基づかない苛烈な取り締まりがあった。皮肉を言えば、人治を、全人代が関与した法治に変えようとしているとも言える」という識者の発言を紹介していますから、マスコミの人は、中国を、明るい未来、近代法治国家、民主主義国家へ着々と進んでいるとの幻想に捉われているのではないでしょうか。

 

  習近平氏は、2012「中国国家の偉大な復活を実現することは現代中国の夢である」とぶち上げており、世界覇権、世界制覇への道をまっしぐらに歩んでいますが、これはいわゆる「民主主義への道」とは全く異なるものであることを知らなければなりません。詳しくは、『China 2049』秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」マイケル・ピルズベリー著 日経BP社 をお読みください。中国の長期戦略にまんまと騙されたアメリカの驚愕と恐怖がまるで知的サスペンスのように描かれており、背筋の寒くなること請負いです。

 

 当局は、過去法律に基づかず苛烈な取り締まりを行っていましたが、2013年~2017年の安保関連法7本により、スパイ容疑での逮捕に御墨付けを貰ったことになります。今後、スパイ容疑での逮捕が激増するであろうことは大いに予想でき、これは、まさしく、近代化ではなく、弾圧の強化と見るべきではないでしょうか。

 

 いよいよ恐ろしい国になりました。外交評論家の宮家邦彦氏「中国にとって、外国人は基本的にみんなスパイだと思われています。なぜかというと、中国のシステムでは外国に行っている中国人は誰でもスパイになり得ると思っているからです」「港で不用意にスマホを出してカシャッと撮るなんてやめて下さい、お願いだから」と警告を発しています。

 

 くわばら、くわばら。中華人民共和国には警戒を怠ることのないようにしたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
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2019年2月22日 (金)

民主党政権は“悪夢”か否か? …スローガン政治に思う

 678回目のブログです                   

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  “七里浜 夕日漂ふ 波の上 伊豆の山々 果てし知らずも”
 
            西田幾多郎(哲学者・京大教授)

 ゆったりとした時の流れを感じさせてくれるのが鎌倉の七里浜である。波の上には今まさに夕日が沈み赤く輝いており、伊豆半島の山々が果てしなく続いている。わが人生は波乱万丈ではあったが、今は安らぎの境地に立っている…。

 「人間の至福は高屋にあらず、風景にあらず、ただ無事平常の中にあり」の心境を詠んだものであり、七里ガ浜にはこの歌の歌碑が建てられています。

 

 世界的に高名な哲学者である西田幾多郎(明治30年~昭和20)は、若い時、姉・弟・娘二人・長男を亡くし、父の事業の失敗で破産、妻との離縁など、多くの苦難を味わっていますが、晩年の鎌倉での生活では心を安んじたと言われています。

 

 “人間の幸せは、無事平常のなかにあり”という言葉は、心の荒んだ現在社会に生きているわたし達にとって教えられるところ多いものがあります。

 

 さて、内政、外政に厳しい環境が続く中、わが国の政界が近年、混乱、混迷の坩堝にあったことは紛れもない事実と言えるでしょう。去る210日、自民党大会の演説で、安倍総裁(首相)「民主党政権時代は悪夢であった…」と発言、これに対して野党の幹部、とりわけ岡田克也氏(立憲民主党会派)は国会討論で「悪夢というレッテルを貼るべきではない。発言を撤回せよ」と舌鋒鋭く反論、追及しましたが、安倍首相は「民主党政権時代は少なくともバラ色ではなかった」とし、発言の撤回を強く拒否しました。

 

 それでは、ここで、民主党政権時代がどんな内容であったか振り返ってみたいと思います。

 

 民主党政権時代とは、鳩山由紀夫 菅直人 野田佳彦の3人が首相の大権を担った時代であり、平成21年(2009)9月~平成24年(2012)12月の3年3ヶ月の期間を言います。

 

 この民主党政権は圧倒的な国民的人気とマスメディアの支持を背景に成立したものですが、ひとつには、首相などの上に立つ政治家の「国家観」の薄っぺらさや「危機管理」の未熟さなどから、ふたつには、易しい時代に恵まれず厳しい「時代」に遭遇してしまったことにより、僅かに3年3ヶ月で終了となりました。

 

 人気は移ろいやすいもの。日本国を守る姿勢がはっきり見えず、バラ色の公約は極端に色褪せたため、国民の支持は急降下し、この期間を「失われた3年」と今でも揶揄されるほどです。その結果、民主党は四分五裂の状態になり、現在は、立憲民主党・国民民主党・自由党・希望の党・無所属などに分かれています。

 

 民主党の特徴は素晴らしい「スローガン」「キャッチフレーズ」「キャッチコピー」にありました。

 

 「マニフェスト―甘くて美味しい政権公約
 
 「埋蔵金」すぐに使える隠された予算・10数兆円あり
 
 「コンクリートから人へ人工物から生きた人間を主体に
 
 「2位じゃだめなんですか日本の科学技術振興を抑制
 
 「最低でも県外米軍普天間飛行場の移設先
 
 「中国人船長釈放!」尖閣での中国漁船と日本巡視船衝突
 
 「現地視察最優先!」福島原発事故・首相官邸による人災

 

 まだまだいろいろありますが、思いだすと言うよりも頭にきちっと記憶されているものばかりです。このスローガンはことごとく裏目、虚偽、安易、夢想、実念であり、覚悟をもって「最低限の」国家を守る・国民を守る・未来への針路を示すというリアルポリティックス(現実政治)が欠けていたと思います。

 

 それは、おそらく、政権奪取の可能性が高くなりつつあった世間の空気から、民主党内の雰囲気が全体的に高揚感で満ち溢れ、冷静な判断が全くできなかったこともあるのでしょう。余りにも空虚なスローガンが多くはありませんか。

 

 外交面でも見ていきましょう。

 

 民主党政権で最初の首相となった鳩山由紀夫氏は、悪名高いスローガン「最低でも県外」という、実行不可能な無責任な言葉で沖縄県民を弄び、結果的に普天間基地の移設問題を複雑にしたまま現在に至っています。鳩山首相の責任は極めて大きいと言わざるを得ません。

 

 そして加えて、普天間基地の移設問題に関して、アメリカのオバマ大統領に「トラスト・ミー」と断言したのです。ところが何も進捗できず、米大統領に嘘をついたことになりました。史上最悪の総理大臣と言われるのも肯けるところです。

 

 また、鳩山内閣時の小沢一郎幹事長は483人の使節団を率いて訪中、胡錦濤主席に全員握手してもらいました。TV放映されたこの時の胡錦濤主席の小沢一郎氏ら483人に対する憐れみの表情は、いまだに私の脳裏に焼き付いています。

 

 そして、あろうことか、小沢一郎氏は胡錦濤主席に対して「私は、人民解放軍の野戦軍司令官であります!」と宣言したのです。まさに“属国宣言”そのもの。日本国が民主党政権により中国共産党の軍門に下った瞬間でした。

 

 次の菅政権の時、平成22年(2010)「尖閣諸島中国漁船衝突事件」が発生。証拠映像があるにも関わらず隠蔽し、船長を釈放しました。義憤に駆られた海上保安官・一色正春氏は、映像をYouTubeに投稿、事件があからさまになり、国民の怒りは怒涛の如く弱腰・屈中の民主党菅政権へ向かいました。

 

 一方、中国はこうした日本を弱腰と判断し、尖閣諸島の領有権は中国にありというプロパガンダを積極的に世界に発信し続けています。そして今も中国漁船軍団が虎視眈々と尖閣領域を侵略しようとしていることを知らねばなりません。

 

 さいごの野田政権の時、平成24年(2012)ロシアのメドベージェフ首相が北方領土(国後島)に上陸、国民は激怒。また韓国李大統領が竹島に上陸「日王は韓国に来たければ土下座して謝罪せよ」と暴言、日本国民の怒りは沸騰しました。その後、日韓関係は悪化の一途を辿っており、今やPoint of no return(帰還不能点)の状態ではないでしょうか。

 

 上で見てきたように、外交面においては、民主党政権時代は最悪だと言っても過言ではありません。①日米関係、②日中関係、③日露関係、④日韓関係、全てにおいて悪化、戦後最悪の状態になったことは断言できると思います。

 

 悪夢の反対は吉夢あるいは瑞夢ですが、民主党政権を吉夢と言うことはできません。「悪夢」と表現するよりも「最悪の事実」という方がぴったりと来るのではないでしょうか。

 

 これもそれも、民主党政権が国家観をもたず、スローガン政治で理想を志向したからに他なりません。(もっとも、近年、自民党がスローガン政治の様相を見せていることに対し警戒が要りそうです。)

 

 さいごに、批評家・小林秀雄の含蓄のある言葉を引用します。

 

  “理想というものは一番スローガンに堕し易い性質のものです。自分で判断して、自分の理想に燃えることの出来ない人はスローガンとしての理想が要るが、自分でものを見て明確な判断を下せる人にはスローガンとしての理想などは要らない。若しも理想がスローガンに過ぎないのならば、理想なんか全然持たない方がいい。”――『歴史の魂』

 

 本当の理想を持たない人ほどスローガンで理想を語るようですから、スローガンに容易に惑わされないようにしたいものです。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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2019年2月15日 (金)

「慰安婦」「徴用工」… ジャパン・タイムズ英語表現を変更!

 677回目のブログです


20192151

“思ふこと いふべき時に いひてこそ 人のこころも つらぬきにけれ”
 
                  明治天皇御製(明治44年)

 思う事を言うべき時に人に言う。そうすることによってのみ人の心を貫くことができる。当たり前のことのように思えますが、言うべき時に言うことができず、大切な機会を逃したことが如何に多かったかを反省するばかりです…。

 さて、日韓の間で様々な問題が横たわり、暗礁に乗り上げたままになっており、今や一触即発、外交断絶にまで至るのではないかと言われるほどです。日韓間の主要な懸案事項をあげてみます。

 

 竹島をめぐる問題(日本領土を韓国が占領)
いわゆる慰安婦問題(約定破棄・世界にプロパガンダ) 

  ・いわゆる徴用工問題(賠償請求・裁判)
 
 日本産水産物等の輸入規制問題
 
 日本海呼称問題(日本海を東海に・世界にプロパガンダ)
 
 仏像盗難事件(盗難仏像を返却せず)
 
 韓国海軍レーダー照射事件(危うく戦闘一歩前)
 
 韓国国会議長・天皇陛下に謝罪要求(慰安婦に)2月8日

 

 それにしても、凄まじい問題ばかりであり、韓国サイドの不実には言うべき言葉もありません。このうちどんな人にも、子どもから大人まで、男子でも女子でも、理解できるのは、韓国の窃盗団が盗んだ仏像(重要文化財)を返さなくてもいいとの判決を韓国裁判所が下したことでしょう。もう、無茶苦茶、窃盗が正義とは、韓国人の民度を疑わざるを得ません。未だに近代社会を築けない遅れた民族なのでしょうか。

 

 上に掲げた日韓間の主要な懸案事項が生じたのは、ひとつには韓国が未近代社会であること、ふたつには韓国サイドの小中華思想による日本蔑視であり、三つには、わが国の親韓・媚韓・屈韓の人々が反日姿勢と韓国アシスト姿勢を煽りに煽ったことにあるのではないでしょうか。

 

 特にわが国の大半のマスコミは「言葉」「用語」の点についても、自虐、反日の立場をずっと守ってきていると言う摩訶不思議な現象があります。この件について、いわゆる慰安婦問題といわゆる徴用工問題で考えて見たいと思います。

 

 朝日新聞は、平成26年(2014)、いわゆる慰安婦問題の誤報(…実際には「虚報」「フェイクニュース」というべきもの)を認め、読者に詫びましたが、英字報道においては従来路線を引き継いだままです。

 

 ところが、その朝日と同調していた国内英字新聞大手の「ジャパン・タイムズ」が「慰安婦」と「徴用工」に関して、誤解を招く表現を用いてきたとして、昨年11月30日付の紙面において変更する旨を告知したのです。

 

 私はそのことに気付くのが遅く今ごろになって気付きましたが、ジャパン・タイムズの決断には拍手を送りたいと思います。

 

 まず、どのように変更したのかを見ていきます。

 

 【慰安婦】

 

  従来 women who were forced to provide sex for Japanese troops before and during World War(第2次世界大戦前と戦中に、日本軍に性行為を強要された女性たち

 

  変更 women who worked in war time brothels, including those who did so against their will, to provide sex to Japanese soldiers ”(自ら望まなかった者も含み、戦時下の娼館で日本兵相手に性行為を提供していた女性たち)

 

 【徴用工】

 

  従来 forced labor ”(強制労働)

 

  変更war time laborers ”(戦時労働者)

 

 簡単に言いますと、今後は戦時売春婦』『戦時労働者と表現するとしているのです。

 

 ジャパン・タイムズのこの変更は極めて常識的であり、高く評価したいと思います。加えて、NHKや朝日も、事実を歪めた表現を排し、常識的な線に変更してほしいもの。

 

 ジャーナリズムの雄を自称する朝日新聞は、平成18年(2006)

 

 “言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞”

 

というキャッチフレーズでジャーナリスト宣言を大々的にキャンペーンしましたが、宣言は良しとしても、その根底には事実は事実として報道するという基本的な姿勢が不可欠のはずです。そもそも、誤報・虚報・捏造はもとより、自虐反日の姿勢が根本的に誤っていることを認識しなければなりません。

 

 余りにも遅かったとは言え、ジャパン・タイムズ紙が、正しい用語、言葉に変更したことを評価したいと思います。

    過ちては則ち改むるに憚ること勿れ”(論語) 

あやまちては すなわち あらたむるに はばかることなかれ)

 

という有名な格言もありますから、NHKも朝日も、今からでも勇気を奮って英文表記を変更してはどうでしょうか。あらためて強くすすめたいと思います。

 

 ところで、韓国がとうとう本性を表わしてきました。2月8日、韓国の国会議長が、いわゆる従軍慰安婦に関して、日本国天皇陛下の謝罪を要求したのです。日本の中枢に匕首を突き付けてきました。“日本を代表する首相から謝罪の一言でいい。近く退位するのだから、日王がそれを行うことを願う。日王は戦争犯罪の主犯の息子ではないのか。そのような人が、高齢の元慰安婦の手を握り本当に申し訳なかったと言えば、これを最後に問題は解決する”(日王とは韓国が使う天皇陛下を蔑んだ言葉)

 

 まあ、まるで土下座を要求すると言わんばかりの強い口調です。まさに暴言の極と言わざるを得ません。

 

 それに対して、安倍首相は、僅かの憤りを表わし、謝罪と発言の撤回を求めました。河野外務大臣に至っては「発言には気をつけていただきたい」と苦言を呈したに過ぎません。

 

 これが、わが国の内閣総理大臣と外務大臣の姿ですから開いた口が塞ぎません。本来ならば、直ちに閣議を開き、現代版の「暴韓膺懲」(ぼうかんようちょう/暴虐な韓国を征伐して懲らしめること)の策を講ずべきではないでしょうか。政府も、政治家も、マスコミも、国民も、平和ボケで指を咥えてポカーンと、…余りにも鈍くなってしまっているように思えてなりません。

 

 韓国の国会議長が天皇陛下を中傷する言葉を吐くとは、これはまさしくPoint of no return(帰還不能点)、日本国民は、もはや後に引けない段階に来ていると考えなければなりません。

 

 厳しい怒りの声を発しようではありませんか。

 

 みなさんはどのようにお考えでしょうか

 

次回は
時事エッセー
です。

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